救助を求むる者あらば 3

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この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください

「そんなことが・・・・・・」
 ユウから一連の事情を聞いたルイは、カイナから事を聞いたユウと同じ反応をし、不安をあらわにした。
 なんで彼は記憶喪失になっちゃったんだろうか。それに、そのあとのカイナさんの行動もなにか気になる。いろいろ考え出したら止まらない気がしたルイは、直接話して確かめたほうがよさそうだ、と思い至った。
「ルイ? どうしたの?」
 何かを決心した表情を見せたルイに、ユウは問いかけた。
「イーブイくんのところにいこう」
 そう言うと、イーブイが休む小部屋に向かって歩きだすルイ。
 すかさずユウが止める。
「ちょっと待って。イーブイくん、眠ってるかもしれないから・・・・・・とりあえず、静かにね」
 あとこれは思いつきなんだけど、とユウはルイに耳打ちした。
 ルイはすぐに賛成した。いつも思うことだけれど、この自分よりも小さなパートナーの思いやりには、感心するしかない。

 カイナが去り、小部屋に一匹となったイーブイは、藁のベッドに伏せたまま顔だけを上げ、窓から暮れゆく朱色の空をみていた。
 つい寸刻前のカイナとの会話を思いだす。カイナと名乗ったカイリューというポケモンと、名前がわからないと言ったイーブイというポケモンらしき自分。そのことが頭から離れなかった。
 窓越しの夕暮れを見ていても、とくに不安は感じない。カイナが置いていったまま手をつけていなかった、ひとくち食べれば眠りやすくなるといわれた『すいみんのタネ』も、見覚えはなかったが、それはそこにあっていいものだと思えた。なのに、カイナと自分は同じポケモン(自分がイーブイという種族だということはカイナが教えてくれた)だというのに、そこに絶望的ともいえる違和感を、イーブイは覚えていた。
 ただそれだけなのだが、それだけだった。何を考えても、けっきょく同じ不安に――何もわからないから、違和感についても自分についても、その先を考えようがないという結論に――いき着くと無意識ながらに確信していたイーブイは、それでも眠ることができず、ただ空をみていた。
 きぃ、と木製の扉がひかえめに音を鳴らした。
 イーブイが顔を扉のほうに向けると、一匹のオレンジ色のポケモンが、首から上だけを入れて部屋の様子をうかがっていた。イーブイと目があうと、いったん首をひっこめて「起きてるみたい」と誰かに小声で伝え、また顔を出した。
「いきなりごめんね。寝てるかなって思ってたから・・・・・・入っていいかな?」
 そうオレンジ色のポケモンがことわると、イーブイははい、と返事をした。
 小部屋には、カイナよりはやや濃いオレンジと白の毛皮を持つ、しっぽが二股に分かれたポケモンと、きいろの毛皮に、背中にはこげ茶いろの横縞が入ったぎざぎざしっぽの耳の長いポケモンが入ってきた。二匹とも、カイナに比べればずいぶんと小さかった。イーブイと同じくらいの背丈だろうか。
「はじめまして。ここの基地所属のチーム『LUCKS』、ブイゼルの、ルイです」
「ピカチュウのユウです!」
 イーブイの近くまで来た二匹は、対照的な語調で自己紹介をした。
「あ・・・・・・はじめまして、あの、ボクは」
 とまどうイーブイに、それを見越していたようにユウが微笑んだ。
「イーブイくんだよね? カイナさんから聞いてるよ~・・・・・・と、いうよりも」
 ここに連れてきたのは私たちなの、とユウがルイとイーブイを交互に見ながら言った。
「ルイが倒れてたイーブイくんを見つけて、大あわてで私を呼んでたから、びっくりしちゃって」
「すみません、迷惑をかけちゃって・・・・・・」
 どうにも申し訳なく思えてしまって、イーブイは頭を下げる。
「すみませんなんて! むしろこっちがお礼したいくらいなんだよ~!」
 やたらと楽しそうなユウに、イーブイは不思議そうなまなざしを向けた。
「あんなに慌ててるルイなんて、めったに見れなかったんだから! 基本的にはこんな感じで、だんまりさんなのですよ~」
 ユウはにこにこしながら、ごらんの通りとルイを両手でアピールした。
「主にさらったのは、ユウだけどね」
 おちょくられるままなのも不本意だったルイは、さらりとひとことの反撃をくり出した。
「そうそう。『へっへっへー、このイーブイは上玉だぁっ』てね・・・・・・ってなんてポケ聞きの悪いこというのっ!?」
 ルイがイーブイに微笑み、冗談のネタにされたユウはむくれた。
 イーブイは突然の来訪者たちがいきなりはじめた掛けあいにあっけに取られていたが、二匹の期待するようなまなざしを見て、その意図を理解した。
 そして、いつのまにか笑っていた。『ここ』に来てからはじめて出した笑い声だった。

「ありがとうございました。助けていただいて」
 イーブイは、ルイとユウに向かって姿勢をただすと、頭を下げた。
「助けたなんてたいそうなもんじゃないよ」
「うん、それに私たちのおしごとみたいなもんだしね」
 ルイとユウはそう謙遜した。実際、イーブイを基地に連れてきたのは主任務の途中でたまたま見つけたからであり、ほかの救助チームや行きがかりのポケモンに発見された可能性もあったのだった。
「それで、なんで倒れちゃったのかっていうのは・・・・・・」
「はい、それも、覚えてないんです」
 改めてイーブイは自分の置かれた境遇と、それ以前について思い出せないことをルイとユウに話した。どうすればイーブイの記憶が戻ってくるか。三匹の話は、自然とその方法を考える方向に進んでいった。
「いろんなものを見てみて、見たことがあるものを探していくとか・・・・・・」
「それはいいかも! 夕暮れはみたことあるんだよね~?」
 ルイの提案を受け、ユウがイーブイにたずねた。
「はい、あります。もうすぐ夜がきて一日が終わるんだなっていうのが・・・・・・」
 イーブイは言いかけて、はっとした。『ここ』はこの夕暮れのあとに、ちゃんと夜がきて、朝がきて、それでまたあたらしい一日が始まるのかな。もしかしたらまたすぐに明るくなって、朝になっちゃうってこともあるかもしれない。
 イーブイはユウとルイを見た。二匹とも、うんうんとうなずいている。おかしなことを言ったわけではなさそうだ、とイーブイは少し安心した。
「夕暮れは同じ。でもポケモンは知らない。ここの景色も知らないとなると・・・・・・別世界から来たって可能性も、あるかもね」
 ルイが自信なさげに漏らした。
 別世界。イーブイは考えた。自分は別世界から来たのかな。もし、ボクが別世界から来ていたしても、それはそれで納得ができるような気がする。それなら、ボクの記憶はそっちに置いてきたってことになるから。・・・・・・なるのかな。よくわかんない。
 ルイはさらにつづけた。
「けっきょくは、知ってるものと知らないものが手がかりになりそうだね」
 うん、とユウとイーブイはうなずく。
「あとは・・・・・・ショック療法とか?」
 そうユウが提案すると、ルイはあまり好きじゃないチーゴの実を口に入れたときのような顔をして、言った。
「ユウがそれを言うと、冗談じゃなくなるんだけど・・・・・・」
「え?」ユウは心外そうな顔をした。
「なんで~? 冗談って、どういうこと?」
 イーブイはショック療法と聞いて、目が覚めたら巨大なカイナが目の前にいたシチュエーションを思い出していた。

 窓から見える空は、すでに朱色から限りなく黒に近づいていた。外からひんぱんに聞こえていたポケモンの声もなくなり、今日の町の活動時間はもう終わりのようだ。
 けっきょく、イーブイの記憶を取りもどす決定的な解決案は出なかった。取りあえず明日、イーブイが倒れていた場所までルイとユウが案内することになった。倒れていたときの状況をさぐれば、何か糸口になるかもしれない。
 三匹は、イーブイがいる小部屋で夕飯のきのみやリンゴをいっしょにほおばった。イーブイにはおおきなリンゴがふんぱつされている。
「まぁ、すこしずつ思い出していこう」
 ルイは、きのみとリンゴの汁がついてしまった手をきれいになめ取りながら言った。
「はい・・・・・・そうします」
 イーブイはおおきなリンゴに少々苦戦しながらこたえた。ユウがあわてなくてもいいよ、とイーブイを気づかった。
「記憶もなんだけど・・・・・・」ルイが、別の話題を切り出す。
「名前は、どうしよう?」
 イーブイの耳がぴくっと振れる。
「そういえば、ずっとイーブイくんって呼んでたね」
 ユウも思い出したようにつぶやいた。
「名前というか、呼び名かな・・・・・・それがなくてもイーブイ種ってめずらしいから、イーブイくんで通じるし、いいと言えばいいんだけど・・・・・・」
 ルイは、三本指の先っぽが丸い手をくるくると、文字を描くように空中で泳がせた。
「あったほうがこう・・・・・・もっと親しみやすいかも」
 ユウも、それに賛成らしい。早くもイーブイの名前を考えるしぐさに入った。
「私たちも――ピカチュウもブイゼルも、この町にたくさんいるわけじゃないんだけど、自分で決めた名前で呼びあってるんだ~」
 イーブイは、なぜか何ともいえない、むずがゆい気持ちをおぼえた。嫌なわけではもちろんない。その感覚は、いいのかな、といった遠慮のそれと似ていた。
「名前、ですか・・・・・・」
「イーくん・・・・・・ブイくん・・・・・・イブくん・・・・・・ブルくん・・・・・・ブブくん?・・・・・・」
 イーブイのつぶやきが聞こえているのかいないのか、ユウは名前の候補をつぎつぎと挙げはじめた。
「よいしょ」
 ルイは食べ終わったきのみのヘタや殻をあつめ、器に片づけると、立ちあがった。
「そろそろ僕たちも寝るね。名前は、自分がいちばんしっくりくるものにしたらいいと思うよ」
「はい、考えておきます」
 イーブイの返答に微笑むと、ルイはユウをちょんちょんとつついた。
「このままユウをほっといたら、イーブイくんの名前がおかしなことになっちゃいそうだしね・・・・・・」
 ユウは「イーアルブルりんいちごう」とつぶやいたところで、我にかえった。そしてすっかりもどり支度が完了したルイをみて、赤面しながらいつもの数倍の動きで後かたづけに取りかかった。

「おやすみなさい、ありがとうございました」
 イーブイはあいさつをして小部屋の入り口まで二匹を見送ると、藁のベッドに横になった。
 今日出会った三匹のおかげで、だいぶ気持ちが楽になっていた。内心、カイナに問われてから気にしていた自分の名前についてまで解決できる気がしていた。もしかしたら、彼らははじめからイーブイの気持ちに気づいていたのかもしれない。イーブイはそう思えた。間違いなく、自分はあの三匹に心と体の両方を、救われていたのだった。
 名前は、眠りにおちるころには決まった。明日からは、そう呼んでもらおう。イーブイは、ちょっと照れくさいような、うきうきするような気分を覚えながら、名前を呼んでもらえる明日の楽しみを夢想した。
 ただ、それは「イーアルブルりんいちごう」ではなかったのだけれど。

 町も、周りの山々も、ほとんどのポケモンといっしょに深い眠りについている夜更け。空にかがやく無数の星と地上との間には、やや厚めの雲が割り入っているため、辺りはすっかり闇につつまれている。
 一匹のポケモンが、注意深い足取りで『基地』に向かっていた。音もたてず、その動きはだれにも自分の存在を知らせることを許していないかのようだった。
 そのポケモンは基地のそばまでたどり着くと、一気に三階の壁にある扉まで跳躍した。扉からつき出た足場へ着地する音をも完全に消し、そのままゆっくりと扉を開け、中に入り込む。
 部屋にはカイリューのカイナが、藁のベッドの上に寝そべっていた。開いた片目を、扉の方に向けながら。
「久しぶりだな、『伝説』の片割れさん?」
 カイナの視線を受け止めながら、そのポケモンが先に口を開いた。カイナはひとつ大きなあくびをすると、体を起こし、その場に座った。
「・・・・・・たしかに、久しぶりだけど・・・・・・こんな時間にわざわざ頂きたいあいさつじゃありません」
 手振りで、どう見ても歓迎はしていない『客』に座るよう勧めるが、その『客』は首を振り、辞退した。静かだが、確かな口調で切り出す。
「ひとつ、忠告と相談をしに来た」
 露骨に聞きたくなさそうな表情を作って、カイナが返す。
「・・・・・・どうせまた、ろくでもないことなんでしょ」
「果たしてそうかな」
 『客』は鼻で笑うような音を出したが、口元にすら笑みを作っているようには見えない。相手の様子をいぶかしんだカイナは、話を聞くことにした。
 話自体はすぐに済んだ。しかし、その内容はカイナの憂慮をさらに深めるものとなった。
「・・・・・・」
 『客』からすべてを聞き終えたカイナは、無言だった。即答できなかったのだった。
「どうするかは、お前に任せるよ・・・・・・だが」
 くれぐれも判断を誤るな。そう言い残して、『客』はもと来た扉から闇夜に消えた。

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