救助を求むる者あらば 2

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この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください

「うーん。うーん・・・・・・」
 ルイが基地に帰還する数十分ほど前――大きなポケモンが、藁のベッドの上に横たわる一匹の小さなポケモンを前に座り、うなっていた。
 ピカチュウのユウがこの小さなポケモンを運び入れ、二階のこの小部屋まで連れてきたのが、つい先ほどのことだった。一階のメンバーが経験したことのない症状を抱えているポケモンだったため、経験豊富なこの大きなドラゴンタイプのポケモン、カイリューが診ることになったのだった。
 ドラゴン、といっても厳ついいでたちではない。ブイゼルのルイよりは淡いオレンジ色の巨体ではあるが、頭から足のさきまで丸みをおびた姿がむしろその雰囲気に親しみを覚えるほどまでその印象を和らげるはたらきをしている。
 名はカイナと言った。この建物の第二責任者、サブリーダーである。
 カイナは取りあえず救助活動直後のユウには休むように言って、不規則な呼吸を続ける小さなポケモン、イーブイに向き合った。見たところ外傷はなく、ユウの報告だと不規則な呼吸も発見時より徐々に落ち着いてきているとのことだった。
 このイーブイは、体毛はほぼ茶色でおおわれた四足のポケモンである。ただ、首まわりにふっくらとたくわえた毛皮と、同じくふっくらとした尾の先端だけは白っぽい。耳は、ピカチュウのユウと負けず劣らずの長さだった。
 このあたりでは見ないポケモンだなぁと思いつつ、カイナはイーブイの後ろ足のつけ根で脈をとった。やや早い。そう判断すると、イーブイの頭ほどある大きな手を上にかえして念じた後、ゆっくりとイーブイの胸の辺りに置いた。頭のなかでたっぷりと三十ほど数えると、再び脈を計る。徐々にイーブイの脈は落ち着き、不規則だった呼吸もすっかり安定した。
 それを見て取ったカイナはうんうんとうなずくと、しばらく様子を見ることにした。呼吸も脈も落ちついたなら、あとは休ませておくほうがいい。起きたときのために水と、口にできそうなだけの食料を用意しておこうかな。そう考えていたとき、予想に反してイーブイはすぐに目を覚ました。
 ゆっくりと頭を上げたイーブイは、しばし薄目で外からの光を瞳に招きいれたあと、重そうなまぶたを開いたり閉じたりしながら少しずつ目と頭を慣らしていく。しばしゆっくりと瞬きをくり返し、ようやく目を開ききったとき。映ったのは、心配そうにのぞき込む、自分の背の五倍はあろうかという巨体ポケモンだった。
「きゃんっ!?」
 イーブイは自分が身をうずめていた藁を、おどろいてやみくもに動かした足で撒きちらしてしまう。寝覚めに受けたインパクトはそれほどのものだったらしい。
「ありゃ、ありゃりゃ・・・・・・」
 自分の巨体が要救助者をおびえさせてしまった事に少々へこみながら、カイナはすっかり藁模様の服を着込んだイーブイに、声をかけた。
「だいじょうぶ、だいじょうぶ。落ち着いて」
 ピタッと動きをとめたイーブイはゆっくりとカイナに顔を向けると、その場から動かず自分に微笑む巨体ポケモンに、まったく敵意がないことを感じ取った。と、同時に自分を中心とした周りの惨状にハッとする。
「ご、ご、ごめんなさい!!」
 先ほどの眠気もどこへやら、ぴしっ! という書き文字がこれ以上ないほどピッタリとした姿勢をとって起き上がり、イーブイはカイナと向き直った。
「いいの、いいの。謝らないで。楽にしてね。僕は、この建物のサブリーダーのカイナっていいます」
 ふふふ、と柔らかい笑みとともに名乗ると、気分はどうかな、とイーブイにたずねた。
「はい・・・・・・ちょっと、頭が痛いです」
 イーブイは体からすこし緊張をとくと、力のない声で答えた。ちょっと、とは言っているものの、見せる表情はすぐれない。顔色も良いとは言えなかった。
「そっか、全快するにはまだかかるかもねぇ。まぁここに来たのも何かの縁だし」
 ゆっくり休んでいってよ、とカイナが部屋にある瓶から木の器に水をそそいだ。それを目のまえに置かれたイーブイはありがとうございます、とお礼を言い、口をつけた。
 イーブイがのどを潤すあいだ、カイナはここが救助したポケモンを連れ帰る救護所だという事、元気になるまで気兼ねなく休んでいていい事を説明した。イーブイは途中顔をあげ、ただ無言で話を聞いていた。しかし心なしか、始めの背筋が通った姿勢がだんだんと沈んでしまっている。
 それを見て取ったカイナは話を切り上げ、部屋を出ることにした。
「疲れていることだろうし、またちょっと眠るといいよ。後で元気になるきのみとか食べものも持ってくるね。倒れちゃったわけはその時にでも・・・・・・あ、そうだ」
 立ち上がったカイナは、そういえば、といった顔でイーブイに尋ねた。
「名前は、なんていうの?」
 そう聞かれたとたん、イーブイは固まってしまった。
「・・・・・・・・・・・・ごめんなさい」
 予想外の返答に、ぽかんとするカイナ。あわてて尋ねなおす。
「あ・・・・・・えと、どうしたの? もしかして、あんまり聞かれたくないことだったかな?」
 ふるふると、かむりを振るイーブイ。だがすっかりとうつむいて、耳は垂れてしまっている。体もふるえていた。
「違うんです、ごめんなさい・・・・・・名前、わからないんです」
「え・・・・・・」
 今度はカイナが固まってしまう。よく見ると、そう言ったイーブイの目には涙が溜まっていた。
「それに・・・・・・なんでボクは・・・・・・『ここ』って、どこなんですか? ボクは何をしていたんでしょう?」
 泣き声こそあげないが、イーブイの声はうまく通っていない。
 カイナはイーブイにいくつかの質問をした。驚くべきことに、自分のこと、他のポケモンのこと、救護所から見える景色にも覚えはなく、さらには『ポケモン』という言葉自体がわからないようだった。つまり彼にはいま、語れる過去が無いに等しい。
 イーブイの身の周りで起こったことが尋常でないことを、カイナは瞬時に悟った。

 イーブイからの記憶喪失の告白を受け止めたカイナは、その後何とかイーブイを落ち着かせ、とにかくもう一度眠るようにすすめた。念のため、すいみんのタネも置いてきた。
 珍しい症状だと覚悟はしていたが、まさか記憶を失うほどのものだったとは思っていなかったため、カイナは自分の未熟さを心の中で嘆いた。それと同時に、記憶を失ったイーブイの恐怖を思い描いた。
 目を開けたら、その何もかもが初めての世界。無知は一種の恐怖だと信じていたカイナにとって、それは想像だにしなかった状況だった。目の前の世界のすべてがわからないことと同じなのだ。物事ひとつを知らないこととはわけが違う。自分を見たあのイーブイのパニックぶりも、この巨体が持つ威圧感のためだけではなかったのかもしれない。たったいま対処の仕方を知らない症状に出会っただけで、これだけ気を落としてしまった自分を鑑みると、いきなり出会う何もかもが分からない、分かる術も分からない状況、というのは・・・・・・カイナはぞっとするほか無かった。
「カイナさん!」
 小部屋を出ると、ピカチュウのユウがいた。少しの休憩をとったユウは、自分が連れ帰ったイーブイの様子を見にきたのだった。
「ユウちゃん。大丈夫? 疲れてないかい?」
 ユウは首を振ると、すぐに気がかりを口にした。
「私はあの子を連れ帰ってきただけなので・・・それよりも、あの子の具合はどうですか?」
 カイナの邪魔になってはいけないと考え、イーブイが運ばれた部屋には入れずにいたユウ。自分のするべき行動はわきまえていたため、しばらく自分の体力回復に専念してみたものの、気がかりは消えなかったのだった。
「大丈夫、命に別状はないよ。ここで休めば、数日で元気になると思う。ただ・・・・・・あんまり気を落とさないで聞いてね」
 カイナは、ユウにイーブイの事情を話した。
「そんな・・・・・・」
 ユウも、予想だにしていなかったのだろう。そこまで口に出し、絶句してしまう。
 もしかしたら何かが起こる前兆なのかもしれない、カイナはそう言いかけて、胸の内に押しとどめた。むやみにメンバーの不安を煽るのは好ましくない。仮にも彼は、その発言に影響力を持つサブリーダーだった。
 あごに手を当てて考える仕草を見せたカイナは、よし、と小さくうなずくと、ユウに言った。
「ちょっと上に戻るね。あ、イーブイ君のこと、ちょくちょく看てあげてくれるかな?」
 何とかユウがうなずいたのを見ると、カイナは翼を広げ、吹き抜けになっている部分から三階に羽ばたいていった。基地の三階には彼と第一責任者の、いわば事務室兼雑務室、というべきスペースがある。
 ルイが戻ってきたのは、その後すぐだった。

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