Mission #152 突き付けられた真実

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「ハーブさん、セブンさん……」
「良かった。無事のようね」

二人の姿を認め、アカツキがつぶやく。
ハーブがホッと胸を撫で下ろしたような表情を見せた――次の瞬間。
音もなく駆け出していたガブラスが、瞬時にイオリの眼前に迫り、すさまじい眼力で彼を睨みつけた。

「え……」

突然の出来事に、イオリは何もすることができず――何をしようと考えてもいなかったが――、ただ呆然とガブラスを見つめるばかりだった。
アカツキはガブラスが――というより、セブンが何を考えているのかすぐに理解して、歩み寄ってくる彼に言葉をかけた。

「セブンさん、彼は敵じゃないですよ。
……ぼくのスクール時代の同級生なんです」
「そうか……ガブラス、もういいぞ」

敵のアジトにいる以上、慎重に慎重を期すのは当然で、いくら警戒しても慎重すぎるということはない。
ただ、イオリが明らかに無防備で、ポケモンだって連れていないところを見ると、ガブラスがいちいち睨みを利かさなくても問題はなさそうだった。
取り逃がした白衣の女のような酷薄めいた雰囲気はなく、どこにでもいるような年頃の少年でしかなかったからだ。
ガブラスはセブンの言葉を受け、イオリに視線を据えたまま、ゆっくりと後退した。
セブンの方は任せておいて問題ないと判断し、ハーブがアカツキに言葉をかけた。

「アカツキ、何があったの?」
「実は……」

アカツキはハーブに、彼女と別れてから今までに起きた出来事を包み隠さず報告した。
途中でライチュウの襲撃を受けて気を失っていたところを、イオリに助けてもらったこと。
目が覚めた後で、彼といろいろ話をしていたこと。
要約すればその二点だったのだが、ハーブはそれだけとは思わなかったらしい。
返す刃で、アカツキにこんな言葉を突きつけてきた。

「……それで、相手が親友であるというだけで、ここがどこかも弁えずに話をしていたわけね」
「…………!!」

皮肉をありありと込めた言葉。
口調こそ普段の彼女と変わらないだけに、インパクトは大きかった。
アカツキはまるで鎚で頭を殴られたような衝撃を受け、何も言い返せなかった。
直接言われなかっただけダメージはなかったらしく、ハーブの言葉に眉を吊り上げて反論したのはイオリの方だった。

「そんな言い方はないでしょう!!
あなたがトップレンジャーだかなんだか知りませんけど、アカツキはアカツキなりに僕から情報を仕入れようとしてたみたいなんですよ?
それをサボっているかのように言うのはいかがかと思います」

激昂したかと思いきや、言葉を並べていくにつれてトーンが落ちていく――が、相手の上から目線にあからさまに対抗するような挑発的な口調だった。
イオリなりに、親友であるアカツキがサボっていると見られたのが許せなかったのだろう。
逆に、アカツキはハーブの言葉に一理あると思ってしまったため、見事なまでにヘコんでしまった。
確かに、ここはヤミヤミ団のアジトだ。
本来、のんびりしていられるような場所ではない。
それを、相手が親友であるというだけで長々と話してしまっていた。
もちろん、情報を仕入れるという目的はあったし、イオリにもそれは理解してもらっていたようだが……ハーブには、サボっているように見えたのだろう。
そうでなければ、そんなことをいちいち言ったりはしない。
言っていること自体は、ポケモンレンジャーの感覚からすれば間違っていない――が、口調的に威圧的なのは否めない。

「ハーブ、ちょっと言いすぎだ」
「事実よ」
「そりゃそうだが、言い方ってモンがある」
「甘やかすつもりはないの」
「あ、そう……」

セブンが助け舟を入れるも、ハーブはつっけんどんな口調で返すだけだった。
確かに、甘やかすつもりはないのだろうが……それでも、言い方というものがある。
これ以上彼女に言葉をかけても無駄だろうと思い、セブンは萎縮しているアカツキの肩を何度か軽く叩き、励ましてやった。

「まあ、あいつはそういうヤツだから、気にするな。
誰もおまえがサボってたなんて思っちゃいないよ。
……それより、こっちの状況も伝えとかなきゃいけないんだが……」

『こっちの状況』という言葉に、アカツキが弾かれたように顔を上げた。
目つきは真剣そのもので、ハーブにきつい言葉をぶつけられて萎縮していたとは思えないような力強さがあった。
立ち直るの早いな……なんて思いつつ、セブンはこれまでの状況をアカツキに言って聞かせた。

「結果から言うと、ダズルの奪還には失敗した。
……というか、俺たちが乗り込んでくるのは最初から想定していたらしくて、すでに別の場所に移送されたようだ」
「そうですか……」

ダズルがヤミヤミ団の手の中にいることは変わらないと聞いて、アカツキとイオリは肩を落とした。
自分がその場にいたとしても結果は変わらなかったと思うのだが、それでも悔しい気持ちでいっぱいだった。

(ダズル、大丈夫かな……)

すぐにどうにかなるとは考えにくいが、今後どうなるかまったく読めない。
トップレンジャーでさえ失敗するのだから、相手が相当に用心深く、想定される事態にすべて対応できるよう、策を弄していたのだろう。
恐らく、あの女が絡んでいるのではないか……アカツキはそう思ったが、それを訊ねることはしなかった。

(心配だけど、だからこそ早く助け出せるように動かなきゃ)

どこに連れ去られようと、絶対に助け出す。
……と、心の中で息巻いてみたのはいいものの、セブンとハーブも、ダズルの行方はつかめていないのだろう。
つかめていれば、ここにいちいち立ち寄ったりはしない。
なにやら思案顔のアカツキに目を向け、セブンはため息混じりに言った。

「……すまないな。
おまえにとってとても大事なヤツだってのは分かってたが、まんまと出し抜かれて助けられなかった」
「いえ……」

謝られるようなことなんて、何もない。
自分がセブンと同じ立場だったとしても、ダズルを助け出すことはたぶん無理だっただろう。

「それで、気になったんだけど」
「……はい」

落ち込んでいたところで何も始まらないと言いたげな表情で、ハーブが口を開く。
彼女の視線の先には、初対面であるイオリがいた。
アカツキが彼女の視線を追うと、タイミングを見計らったように彼女が疑問を口にした。

「あなたの親友ということだけれど、どういう立場の子なの?」
「アンヘル・コーポレーションで働いてるんです」
「それがどうしてヤミヤミ団のアジトに?」
「なんか、研究テーマがどうとかでここに来たって言ってました」
「ふむ……」

当たり前と言えば当たり前の疑問だが、アカツキはイオリに聞いたとおりに答えた――否、答えるしかなかった。
他の情報など持ち合わせていなかったし、彼がヤミヤミ団のことを世間一般で言われている以上に理解していないのだから、他に言うこともない。
……が、当然と言うべきか、ハーブはしっかりとイオリに質問を投げかけてきた。

「イオリ君……だったわね」
「はい」

イオリはどこかむっとした表情で頷いた。
アカツキに対しての言葉から、彼女にあまり良い印象を抱いていないようだったが、当の本人はそんなことを気にするでもなく、言葉を続けてきた。

「あなたはアンヘルの人間だそうだけど……ここがヤミヤミ団のアジトとして使用されていたことには気づいていなかった?」
「そうなんですか? まったく気づきませんでしたけど」
「じゃあ、あなたの周囲でおかしなことは起きていないのね?」
「おかしいも何も……ここに来てからだって、僕と同じセクションの人とは会いましたけど、それ以外の人は見かけませんでしたよ」
「なるほど……」

短いやり取りの中で、ハーブはイオリがヤミヤミ団と無関係であると理解したようだった。
いい感情を抱いていないとはいえ、問いかけには素直に応じているし、言いよどんだり口ごもったりしていないところからすると、嘘をついているとも思えない。
当然と言えば当然なのだが、場所を考えれば、シロの可能性が高い人間も、まずは疑ってかからなければならないということなのだろう。

(しょうがないとは思うけど……なんか、嫌だな)

ハーブの言わんとしていることは理解できる。
頭では理解できるのだが、気持ちが不快感を覚えている。
彼女のように割り切って考えられれば楽だろうが、残念ながら、今のアカツキにそれはできそうにない。
仕事を仕事と割り切るには幼すぎるし、心が未熟だった。
ハーブとイオリのやり取りを見やりながら、アカツキはなんとも言えない複雑な気持ちを抱いた。
自分もいずれは彼女のような振る舞いをしなければならないのだろうか……?
トップレンジャーがそういうものなら、必ずしもなりたくないと思うが、今の自分の立場を考えれば、そんなことを口にできるはずもない。
モヤモヤしたものを舌の上で転がしていると、ハーブがイオリにこんなことを言った。

「ところでイオリ君。
君はポケモンと仲良くなるための装置というものを作ったと聞いたことがあるんだけど、そのことについていくつか聞きたいことがあるの」
「ええ、構いませんよ」
「…………!!」

彼女の問いかけに、イオリは警戒するでもなく、普通に頷き返した。
それを見て、アカツキは嫌な予感を覚えずにはいられなかった。
彼女がイオリに訊こうとしているのは、モバリモのことだ。
イオリは自分の作ったものが悪用されるなどとは考えたこともないし、今現在そうなっていることも知らない。
いずれは話さなければならないと思ったが、今いきなり、何の前触れもなく、相手の心の準備ができていないうちに話すのはどうか……
しかし、だからこそ『いずれ話さなければならない』と理解して、ハーブを止めることもできなかった。

「君が作った装置は、ノートパソコンに三脚のようなものをつけた、これくらいの大きさをしているものよね?」
「はい。僕はスマイリー一号(Smiley First)って名前をつけたんですけど、なぜか不評で……それで、モバリモ(Mobile Remoter)って名前になったって聞いてます。
まだ試験段階で、実際に使うのはもっと先だって上司が言ってました」

イオリの淡々とした受け答えから、やはりヤミヤミ団が自分の装置を悪用しているなどとは、夢にも思っていない……現状を知っているアカツキには、これからイオリがどれだけ傷つくのか、考えるだけでも嫌だった。
そして、それをするハーブと止めないセブンを見ているしかない自分も嫌だった。

「ヤミヤミ団がポケモンたちを操ったり誘拐したりして事件を起こしてるって話はテレビでも繰り返し放送してたから知ってると思うけど、それらの事件に用いられた装置が『モバリモ』だってことは知ってる?」
「え…………?」

ハーブの言葉に、イオリは言われている意味が理解できないのか、開け放った口を閉じることも忘れ、ただ呆然と立ち尽くすばかりだった。
そんな彼に追い討ちをかけるように、ハーブは言った。

「あなたにそのつもりがあったとは思えないけれど……
実際、あなたが作った『モバリモ』を使って、ヤミヤミ団はポケモンの自律神経を麻痺させることで操って悪さをしたり、誘拐事件を起こしたりしているの。
そのことだけは分かってほしい」
「え……なんですか、それ……?」

言葉が与えた衝撃は相当に大きかったらしく、イオリは足腰の力が抜けてその場に座り込んだ。

「僕が作ったスマイリー一号って……ヤミヤミ団に悪用されてるんですか……?」
「ええ。それだけの機能を持つ装置だったということね」
「そんな……そんなつもりで作ったんじゃ……」

開け放った瞳は動揺を隠し切れないほどに震え、寒いわけでもないのに身体を震わせている。
そんなイオリを見ていられなくて、アカツキは目をそらした。

(イオリ……)

ただならぬ衝撃を受けるのは当然だ。
イオリは、ポケモンと人が今まで以上に仲良くなれるように、可能な限りポケモンに害を与えない方法で『スマイリー一号』――後に『モバリモ』と呼ばれることになる装置を作ったのだ。
それをヤミヤミ団に悪用されてしまい、逆の使い方をされたのだから、精神的なダメージは凄まじいだろう。

「結果論から言えば、君はヤミヤミ団の悪事の片棒を担いだことになる。
だから、レンジャーユニオンとしては『モバリモ』を作り出した君を放置しておくことはできない。
この場で身柄を確保させてもらうことになるが……無論、情状酌量に足る事情はあるだろうから、刑事訴追まで行おうとは考えていない。
そこはユニオン上層部の判断を仰ぐところなんだが」

言葉を返すどころか、かなり冷酷なことを口にするセブンを見る気力も奪われてしまったらしく、イオリは信じられないといった表情で呆然とするだけだった。
さすがにここまで言われてはアカツキも看過できなくなり、イオリをトップレンジャー二人から守るように、間に立ちふさがった。

「ハーブさん、セブンさん!! そんな言い方しないでください!!
結果から見たら言うとおりかもしれない……でも、イオリはそんなつもりで装置を作ったんじゃない!!
イオリは自分の作った装置が悪用されてるって分かっただけで傷ついてるのに、もっと深く傷つけるようなことを言わないでください!!
セブンさんの言う措置が必要なのは分かります。
分かりますけど……傷ついた人のことをもっと考えてあげてほしいんです!!」

ここがどこかも、今がどんな時なのかも忘れて、アカツキは叩きつけるように叫んだ。
一分の嘘もない、本心を。
イオリが傷ついているところなど見ていられないし、見たくもない。
放っておけば、ハーブとセブンはどこまで話していたか分かったものでもないのだ。
傷ついた者に逃げ場すら与えないような言葉を見逃すことはできなかった。

(ぼくにはムックやブイがいてくれた。
でも、イオリには……ここじゃパートナーって呼べる人がいたかも分からない。
今、頼れる人がいないかもしれない。だから、ぼくが支えてあげなきゃ……支えたい!!)

頼り、縋れる人がいなければ、人は立ち直ることができない。
それはアカツキがよく理解している。
だからこそ、放ってはおけなかった。
アカツキの気持ちを理解しているのか、ムックもイオリの前に立ちふさがった。
こちらに睨みを利かしているフィートとガブラスは、特に何の感情も抱いていないように思える。
そんな空虚な恐ろしさに脚がすくんでしまいそうになるが、それでも精一杯の気持ちで踏ん張る。

「…………」
「…………」
「…………」
「…………」

無言のまま、時が過ぎる。
アカツキが今までに見せたこともないような迫力で、凄まじい目つきでトップレンジャー二人を睨みつけている。
親しい人間を傷つけられた怒りからだが、それについてはトップレンジャー二人に全面的な責任があると言っていい。

「…………っく、えぐっ……」

イオリは低い嗚咽を漏らしながら涙を流していた。
自分の作った装置が、自分にそのつもりがなかったとはいえ、ポケモンたちを苦しめていたのだ。しかも、ヤミヤミ団に悪用されて。
トップレンジャー二人が投げかけた言葉は確かに厳しく、イオリの心を刃のように切り裂いたが、それよりも実際に起こっていることの方が、彼の心を傷つけていた。
結果論だけで言えば、糾弾されても文句は言えない。
それは分かっているが、理性と感情は別物だ。
増してや、悪事の片棒を担いでいるとまで言われては……心が未成熟な少年には、辛すぎる現実だった。
受け止めるしかないと分かってはいても。

「もしもイオリが立ち直れなかったら……ぼくはセブンさんとハーブさんを絶対に許しません」
「……だったら、ユニオン本部を出るなり、ビエンに戻るなり好きにすればいい」

アカツキの言葉に、セブンは小さくため息などつきながら返した。
怒りに満ちた視線と言葉が、胸に痛い。
自分たちを許せないと言うのなら、一緒にいるだけ辛い気持ちになるだけだ。
だったら、好きにすればいい。
それはセブンなりの思いやりだったのかもしれない。
しかし、アカツキは頭を振った。

「ぼくならできるって信じて送り出してくれた人たちを裏切るようなことはできないから、ぼくはユニオン本部を出ることも、ビエンのレンジャーベースに戻ることもしません。
今までどおり、頑張るだけです」
「そうか……こりゃ俺たちの負けだな、ハーブ」
「ええ、まったく」

少しでも心が揺らぐかと思いきや、アカツキは天晴れなまでにまっすぐな気持ちを示した。
気持ち的に辛かろうが、ここで頑張っていくだけ。
その理由がありふれたものであろうと、言葉に込められた意志の固さは、相当なものだ。
少しは彼を試すつもりで言った言葉が、逆に決意を固めるだけの結果になったのかもしれない。
だとすれば、素直に負けを認めるしかないだろう。

「アカツキ、イオリ……すまなかったな。言い過ぎた」
「わたしたちも、好きであんなことを言ったんじゃないわ。
いずれ言わなければならないことは、アカツキ、あなたなら分かっていると思う。
……ただ、今ここで言うべきじゃなかったっていうのは、痛感しているわ。ごめんなさいね」

セブンとハーブは素直に謝罪した。
言い訳めいたものが混じっているようにも思えたが、二人の謝意はアカツキと届いていた。

(……セブンさんとハーブさんがそんなこと言うなんて……でも、言わなきゃいけないくらい、事態が逼迫してるってことなのかな。
ダズルが捕まっちゃったことも含めて……でも、なんか嫌な気持ちだ。誰が悪いってわけでもないのにさ)

アカツキは怒りがすっと引いていくのを感じ、同時にむなしい気持ちを味わっていた。
いずれ言わなければならなかったことを、今この場で、傷ついている人間に対して言ったことは許せないが、トップレンジャーとしての判断でそうせざるを得なかった気持ちを、アカツキはまったく考えていなかった。
イオリのことばかり考えていた……それが無性に恥ずかしくなる。
そんなアカツキに歩み寄り、ハーブは口の端に笑みすら浮かべながら言葉をかけてきた。

「だけど……あなたも言う時は言うのね。見直したわ」
「え……いや、その……」

相手がトップレンジャーでも物怖じせずに自分の意見を述べたことに、感心している様子だった。
だが、冷静になってみれば、それは怒りに任せての発言であって、本当の意味で自分の意見だったのかと言われると、自信を持ってそうだとは言えない。

「すいません、そんなつもりで言ったんじゃ……」
「いいのよ。むしろ、あなたは今までおとなしすぎただけだもの。
相手がトップレンジャーでも、相手が間違っていると思えば自分の意見を正々堂々口にすればいい。
……今のあなたに欠けているものがあるとすれば、そういった積極性ね。
慎重なのはいいけど、必要な時にまで動けなくなってしまうような慎重さでは意味がないわ。
もっと大胆にやってみればいい」
「あ、はい……ありがとうございます」

正直、アカツキは自分がおとなしすぎるとは思っていない。
少しはおとなしいし控え目だという自覚はあるが、行き過ぎたものだと思うレベルではないと考えていた。
ただ、トップレンジャーの目には、少し積極性が足りないと映ったらしい。
アドバイスはアドバイスとして素直に受け入れて、今後に活かしていくだけだ。
ハーブがアカツキに構っている間、セブンは泣き崩れたイオリの前で膝を折り、同じ高さに目線を合わせた。

「すまないな……辛い思いをさせてしまって。
言い訳でしかないが、ダズルを助け出せなくてイライラしていたところがあったみたいだ。
それをぶつけるようなマネをして、本当にすまない。
……俺たちのことを許せないと思うならそれでもいい。
ただ、君には頼れるヤツがすぐ傍にいる。
今すぐにとは言わないが、君なりに考えて、身の振り方を決めてほしい。
これ以上今の職場にいると、恐らくもっと深くヤミヤミ団と関わっていくことになる……それだけは理解していてもらいたいんだ」

手で顔を覆って泣いているイオリに言うが、彼がまともに聞いているとは思っていない。
ただ、それでも言わずにはいられなかった。
トップレンジャーでも、失敗することはある。
セブンもハーブも、ミッションでの失敗や、人間関係に無用な亀裂を生じさせるような失敗を今までいくつも犯してきた。
そのたび、次は同じ失敗をしないようにしようと思っても、なかなかうまくはいかない。
今回は今までと比べるとかなり堪えたのは言うまでもないが。

(泣いた子供をあやすのは昔から苦手なんだよな……俺が撒いちまったタネなのは分かっちゃいるんだが)

イオリを泣かし、なおかつアカツキまで一度は怒らせてしまったのだ。
一応は言い訳めいた言葉をかけたとはいえ、本当に『一応』程度のものでしかない。
誠心誠意、なんとかして謝らなければならないのだろうが、人のポケモンとの橋渡しになれると心の底から信じてモバリモを作り、それを悪用されて心を深く傷つけられた少年にかける言葉が、セブンには思い当たらなかった。
昔から、泣いた子供をどうにかするのは非常に苦手だった。
親戚の子の面倒を看た時も、不注意から泣かしてしまい、あやすのにすごく時間をかけてしまったことがあった。
その時は途中で母親がやってきて何とかしてくれたのだが……今回もそれを期待するわけにはいかないだろう。
さて、どうしたものか……
何気に必死に思案しているセブンの肩を、ハーブが軽く小突いた。
振り向くと、彼女は顎でアカツキを指し示した。

「ん……?」

視線の先では、アカツキがイオリを宥めていた。
何気に無責任な言葉を投げかけてしまったセブンやハーブへの怒りは消えていないようだが、二人に当たるよりは、イオリを立ち直らせる方が先と判断したらしかった。

「あとはアカツキに任せましょう。
……わたしたちじゃ、たぶん無理よ」
「そうだな」

小声で話しかけてきたハーブに頷き返し、セブンはアカツキの顔を見やった。
親友のことを本気で心配しているのが伝わってくるような、年頃の少年とは思えないような切なさが入り混じった表情だ。
親友の身に起こったことを我が身に置き換えて接しているようだ。
それこそ無責任な考えだが、今はアカツキに任せるのがベストだろう。
トップレンジャーの自分たちにもできないことはある――要は、適材適所だ。
それこそ言い訳じみた理屈であることは十分に承知していたが、イオリは今後の局面を左右するキーパーソンと言ってもいい。
モバリモの作成者なら、その弱点や壊し方なども熟知しているはずだ。
今すぐは無理でも、いずれはヤミヤミ団に対する切り札にもなる。
だからこそ、なんとしてでもレンジャーユニオンに協力してもらわなければならない。
そのための橋渡しを、後でアカツキに頼むとしよう。

(アジトの探索もあらかた終わったが、手がかりになると思うものはなかった。
間違いなく、俺たちが乗り込んでくる前に隠滅していたな……手際が良いというか、なんというか)

今は、自分にできることをしていくしかない。
そう考えて、セブンは今までの状況を改めて整理することにした。
先ほどまでアジトの探索をしていたが、見た限り、ヤミヤミ団の悪事に関する手がかりはなかった。
パソコン関連は、ハードディスクに高電圧を通電したりハンマーで粉々に壊した跡があったため、データの復元は望めない。
その他、紙での資料はことごとく消し炭になっていたし、身柄を確保したヤミヤミ団の団員たちは下っ端だろうから、重要なことを聞き出そうにも知らされていないに違いない。
あの女は抜け目がない……噂には聞いていたが、実際に対峙して、そのえげつなさというか狡猾さを嫌でも理解せざるを得なかった。

(だが、この子をこちらに確保されることは想定していなかったのか……?
アンヘルとヤミヤミ団がつながっていれば、間違いなく想定していたと思うが……いや、つながっている可能性は濃厚だな。
ヌリエ高原でのアンヘル石油本社の社屋に、アンヘルの無人島研究プラント……そこがヤミヤミ団のアジトになっていると考えれば、一部にしろ全部にしろ、真っ黒なのは間違いないな。
厄介なことになりそうだ……)

これからすぐにユニオン本部に戻り、ササコ議長にありのままを報告することになるが、本当に厄介なことになってきた。
アンヘルとヤミヤミ団がつながっている可能性は濃厚だが、それを証明する証拠はない。
モバリモにしても、アンヘルの中にヤミヤミ団の内通者がいて、そこから流れたというだけでは、つながっていることを証明することはできないのだ。
暗中模索……といった言葉が似合う状況だけに、これからの舵取りが非常に重要となってくる。

(さて、これからどうするかだな……)

打つ手を間違えないためにも、一人でも多くの味方と方策を出し合っていかなければならないだろう。
そう思い、セブンはアカツキを呼びつけた。
こちらの言うことなど優先度が低いと言わんばかりに無視するのではないかと思っていたが、思いのほか素直に彼はセブンの傍にやってきた。

「俺とハーブは先にユニオン本部に戻る。
ここがヤミヤミ団のアジトの一つであることはすでに報告しているから、じきに本部の応援がやってくるだろう。
アカツキは本部の連中と一緒に、イオリ君を連れてきてほしい」
「分かりました」

――本部に行くのを嫌がったらどうするんですか?

とは言われなかった。
口には出さないものの、アカツキも似たような考えを抱いているらしかった。
これなら安心だと思い、セブンは「頼んだぜ」と口の端に笑みを覗かせながら言い残し、ハーブと共に部屋を出て行った。
トップレンジャーがいなくなって少しは落ち着いたのか、イオリは立ち上がり、ゆっくりとアカツキの前まで歩いてきた。

「……アカツキ。僕はこれからどうすればいいのかな……?」

弱々しい口調で、表情には憂いを存分ににじませながら言葉をかけてくる。
セブンとハーブの言葉が相当に堪えたようだが、ただ座り込んで泣いているだけでは駄目だと思っているようで、言葉には『これから何かしなければならない』という意気込みが感じられた。

「今すぐじゃないけど、ぼくと一緒にユニオンの本部に来てほしいんだ。
……イオリには辛いと思うけど、モバリモってヤミヤミ団に悪用されて大変なんだ。
持ち運びも便利だし、ドカリモと違ってポケモンごとに違う命令を出すこともできるし。
そんな装置をほったらかしになんてできないから、基本的な構造を熟知してるイオリの力を借りたいんだ」
「……………………」

アカツキの言葉に、イオリはしばらくうつむきながら何か考え込んでいるような表情を見せた。
人とポケモンのためを思って作った装置が、ヤミヤミ団によって悪用され、凶器と化している。
思いもよらない現実に衝撃を受けたものの、今はそれをどうにかしたいと思っている。
そのためには、アカツキの言うとおり、レンジャーユニオン本部に赴いて、力を貸すのがベストな選択なのだろう。
そうして思案していることが、アカツキには悩んでいるように見えたのか、こんなことも言った。

「嫌なら無理にとは言わないよ。
……セブンさんとハーブさんがイオリの気持ちも知らずにあんなこと言ったから、嫌だって思ってるかもしれないけど」
「そんなことないよ」

イオリは顔を上げ、ニコッと微笑みかけてきた。
それが無理をしているようにしか見えなくて、アカツキは居たたまれない気持ちになった。
ポケモンレンジャーという立場上、セブンとハーブの言葉に少しは責任を感じていたからだ。
二人にその気があったとは思いたくないが、事実として二人の言葉で、イオリは心に傷を負ったのだ。

「僕の作った装置でポケモンが辛い想いをしてるんだったら、どうにかしなきゃって思うし。
……ねえ、アカツキ」
「なに?」
「モバリモって、きっとミラカド先生からヤミヤミ団に流れたんだと思う。
ミラカド先生は……ヤミヤミ団の一員なんだろう?」
「それは……」

思いもよらない言葉だった。
彼のことを思うなら、『知らない』『分からない』と返事を濁すべきだったのだろうが、それはあまりに唐突すぎた。
アカツキが言葉を返せなかったのを見て、イオリは小さく息をついた。

「今にして思えば、おかしいって思うところはいくつもあったんだ。
だけど、僕の能力を買ってくれてることはよく分かったから、裏切ってしまうような気がして、スクールの頃は言い出せずにいたんだよ」

スクール時代に、ミラカドが自分ばかり目をかけてくれていることを不思議に思っていたらしい。
人とポケモンが仲良くなるための機械を作らないかと持ちかけられたことが最初だと、イオリは言った。

「本当なら、それはレンジャーユニオン本部か行政に掛け合うべきことなんだろうけど……でも、それをすると誤解を与えたり、倫理的な問題になるかもしれないから、先に骨子だけでも作っておこうって。
結果的に、ほとんど全部できちゃったわけだけど……」
「うん……」

ミラカドはヤミヤミ団の一員だった。
スクールの教師としてレンジャーユニオンに潜入し、優秀な生徒をヤミヤミ団に送り込んでいたと以前に言っていたのを思い出す。
同時に、ミラカドの口から、モバリモを作ったのがイオリだとも聞かされた。
その時のことが脳裏によみがえり、アカツキはミラカドへの怒りから拳をぐっと握りしめた。
爪が皮膚に食い込んで痛いが、そんなことは気にもならなかった。

(そうだ、あの人はイオリの気持ちを裏切ったんだ……絶対に許せない)

そう思う反面、ミラカドはイオリをヤミヤミ団に送り込むことをしなかった。
やろうと思えばできたはずだが、それをしなかったのはなぜか?
アンヘルで働かせるよりももっと効果的で、レンジャーユニオンに奪われる心配もなかったと考えられるのだが……

(たぶん、イオリが少し不審に思ってることに気づいてたからだろうな……)

イオリも、盲目的に従っていたわけではない。
ちょっとした表情やしぐさから、全面的にこちらに従う気はないと判断して、下手に突っ込んだ話はしなかったのだろう。
逆に情報が漏洩する可能性を考慮すれば、十分にありうることだ。
イオリにとっては辛いことの連続だが、ここで予期せぬ再会を果たした時から、いずれはそうなるだろうということがアカツキには分かっていた。
分かっていたから……今後、自分にできる限りのことはやっていきたいと思っている。
時には、先ほどみたいにトップレンジャーに食ってかかるようなこともあるだろうが、それは親友のためを思えばこそだ。
悪いことをしたとは思っていないし、後悔だってもちろんしていない。

「アカツキ。
僕はユニオン本部に行って、君たちに力を貸すよ。それがモバリモを作った僕の責任の取り方だと思う」
「イオリ……」
「さっきはありがとう。
相手はトップレンジャーなのに……僕のために怒ってくれて」
「当たり前じゃないか。大切な親友にあそこまで言われて黙ってなんかいられないよ」
「ムクバーっ!!」

その通りだと言わんばかりに、アカツキの言葉に大きく嘶くムック。
相手がトップレンジャーだろうと、親友を傷つけた相手を易々と許すわけにはいかない。
それは立場云々の話ではなく、固く結ばれた友情が為せるワザなのだ。

「僕も、ダズルを助け出せるように少しでも力になれたらいいなって思ってる。
どれだけのことができるかなんて分からないけど、頑張るつもりだよ」
「うん。一緒に頑張ろう」

アカツキが差し出した手を、イオリはぎゅっと握った。
二人の顔には、いつしか誇らしげな笑みが浮かんでいた。






To Be Continued...

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