Mission #151 予期せぬ交差

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その頃、セブンはアジトの最深部で白衣の女と対峙していた。
眼前の壁はガラス張りとなっており、その向こうには海中の景色が広がっている。
地下数十メートルの水圧にも負けない強化ガラスの向こう側は、場合が場合でなければ美しいと思える景色……

「……ダズルを返してもらおうか」

剣呑な雰囲気が似合わない場所で、しかしセブンは眼光鋭く女を睨みつけていた。
会うのは初めてだったが、相手がヤミヤミ団の中でも指折りの――いや、現時点でユニオンが認識している限り、ヤミヤミ団の中では最も狡猾な相手として警戒されている者なのだから、いくら警戒しても警戒しすぎることはない。
しかも、一見すると丸腰で、護衛もつけていない。
これを『罠ではないか』と勘繰らずにはいられなかった。
女はセブンとガブラスの敵意をものともせず、涼やかな眼差しを返してきた。
白衣のポケットにはモンスターボールが入っており、中ではガブラスの電撃を無効化できるグライオンが待機しているのだ。

「ここでダズルを返して、その後で逮捕されるか。
それとも逮捕されて尋問された後にダズルを返すか。
……好きな方を選ばせてやるよ」

セブンの声に、抑揚はなかった。
普段の陽気さを微塵も感じさせない、野生的で敵意に満ちた低い声音。
付き合いが浅いといっても、ダズルは彼にとって弟子……いや、弟同然の存在なのだ。拉致した相手に情けなど無用である。
ガブラスも、女が妙な動きをすればすぐにでも飛びかかれるよう、腰を低く構えていた。
女はガブラスがこちらの喉を掻き切れるような体勢でいることを理解してか、その場で背筋を伸ばしたまま、微動だにせず立っている。

「月並みで悪いですが、どちらも断ると言ったら?」
「問答無用で逮捕……その後に洗いざらい話してもらうコースに招待するぜ」
「残念ですね」

女は両手を白衣の袖から出したまま、くるりと背中を向けた。
何も持っている様子はないが、彼女の手持ちがグライオンであることは割れている。
こちらが動けば、間違いなくグライオンが現れる……それが分かっているだけに、セブンとしても迂闊に手を出せなかった。
女はセブンに背を向けたまま、言葉を続けてきた。

「彼はすでに別の場所に移送しました。
ボイル火山から追っ手がかかっていることは分かっていましたから。
それに、レントラーを連れているとなると、下手な偽装工作は致命的な隙を生むことにもなりかねない……だから、移送することにしたんですよ。
もちろん、場所を教えるつもりはありませんし、ここでわたしが捕まるつもりもありません。
信じる信じないはそちらの自由ですが」
「……………………」

ふてぶてしい口調。
ふざけているようにも思えたが、セブンは彼女が真実を言っているのだと直感した。
ここに至るまでにかなりの数のヤミヤミ団の団員を手早く尋問してきたが、その全員が口を揃えて『知らない』と言い張った。
それは『知っているが言わない』という意味ではなく、ダズルがここに連れてこられたことを本当に知らなかったからだと判断していた。
ボイルランドから誘拐したポケモンたちを貨物船もろとも海に沈めようとする狡猾さを持つ女なら、人質として有効活用しようというダズルの居場所を、下手をすれば口を割りかねない不特定多数の団員に教えておくようなヘマはしないだろう。
だから、すでに別の場所に移送したのだ。何も知らない団員たちをけしかけて、時間稼ぎをしている間に。
セブンが他のポケモンレンジャーに連絡を取ることは間違いないし、時間をかければその間にアジトが壊滅状態に陥る可能性が高い。
そうなれば、人質を有効活用するどころの話ではなくなる。

「…………要求は何だ?」

ここでダズルの行方を訊ねたところで、口を割るような相手ではない。
そう判断して、セブンは質問を変えた。
ヤミヤミ団相手に妥協などしたくないが、ダズルの身の安全が第一だ。
多少の条件なら呑んでやるつもりで、敢えて訊ねる。
しかし、女はセブンの対応を予想していたらしく、すぐに言葉を返してきた。

「今は何もありません」
「ふざけてるのか?」
「いいえ」
「…………」

すでに移送している人質を餌にしてもしょうがない。
女の言葉に、セブンは「ちっ」と舌打ちした。
ここで何かを要求したところで、ダズルを返せないことは百も承知だ。
……となれば、少なくとも本格的な要求を突きつけられるまでは、ダズルの身の安全は確保できるか……?
ここからどのように対応していくのが最善なのか、セブンは頭脳をフル回転させて考えをめぐらせていたが、女はその思考にヒビを入れるかのように言葉をかけてきた。

「いずれ、本格的な要求はさせていただきます。
ボイル火山であなた方が手に入れられた『赤の石』、大切に持っておくことです」
「いずれ貰い受けるということか?」
「単刀直入に言うと、そうなりますね」
「俺がここで逃がすとでも?」
「あなたが逃がすのではなく、わたしが逃げるんです。簡単なことです」
「ガブラス!!」

今、やるしかない。
セブンは女を確保すべくガブラスに攻撃の指示を出した。
多少の怪我はさせてしまうかもしれないが、相手はヤミヤミ団の大物だ。
ここで確保しておけば、ダズルを取り返すのに大きな一歩を踏み出せる……そう判断したが、女はすでに退路を確保していた。
彼女の足元にぽっかりと穴が開き、音もなくその姿が穴に落ちた。

「……なんだと?」

――逃がした。
丸腰の相手をまんまと逃がしたことはもちろんだが、セブンはそれ以上に、ガブラスですら相手の行動を予期できていなかったことに愕然とした。
ガブラスも、目の前に空いた穴を呆然と見つめているだけだった。
多少の壁なら問答無用で見通してしまう眼力も、女の足元に仕掛けが施されていることを見抜くことができなかったのだ。
後になって分かったことだが、女はあらかじめ、エスパータイプのポケモンの力を借りて、床に空けた穴とその周囲に障壁を張り、ただの床のように擬装していた。
だからこそ、ガブラスの眼力も障壁によって擬装された床を非常脱出用の穴であると見抜くことができなかったのだ。
そこまで手の込んだ擬装を見抜けなかったのは、致し方ないことだった。

「くっ……」

セブンは額を手で押さえ、悔恨の呻きを上げた。
どう転んでも、女があの位置に立っている時点で、逃がすことは確定していたのだ。
丸腰の女が何かしたというより、この場所を監視カメラか何かで見張り、女の言葉が終わったタイミングで床の仕掛けを作動させたのだろう。
相手が一人だという油断があったわけではない。結論から言えば、相手が磐石の態勢を敷いていたというだけのことだ。
だが、今はただそれだけのことがとても恨めしい。
相手をまんまと取り逃がし、ダズルの救出にも失敗した。今、彼がどこにいるのかは分からない……
ここまで完璧に失敗したことはセブンにとって実に数年ぶりのことであり、痛恨の極みだった。
どうしようもない気持ちを持て余したまま呆然と立ち尽くす彼の意識を別の方に向けたのは、背後から響いた声だった。

「セブン!!」
「……!?」

突然の声に振り返ると、同僚のハーブが駆けてくるところだった。
彼女はセブンの前で立ち止まると、彼の顔を見て何が起こったのかすぐに察したらしかった。

「……せっかく手伝ってもらったのに、すまん。完璧に失敗した」
「そう……」

トップレンジャーといえど、まったく失敗せずに今までやってきたわけではない。
ハーブに限って言えば、セブンより多くの失敗を重ねてきたと思っているし、今の彼と似たような失敗だってあった。
だから、どこか虚ろにさえ見える彼の面持ちから、心情を察することはできた。

(だったら、下手な気休めは言わない方がいい)

自分がアカツキを弟子として大切に思っているように、セブンもダズルのことを弟子として……いや、それ以上に弟のように可愛がっているのだ。
下手な気休めはセブンの気持ちを傷つけるだけ。
ハーブは彼の目をまっすぐに見据え、力強く言葉のビンタを見舞った。

「望みは薄いけど、アジトの中に手がかりが残っているかもしれないわ。
念のため、隅から隅まで徹底的に調べましょ」
「ああ……そうだな」

いつまでも蹴躓いてはいられない。
セブンは心の中で凛とした彼女の表情と言葉に感謝しつつ、先ほどまで白衣の女が立っていた場所を睨みつけた。
澄ました顔で、トップレンジャーすら欺いた女。
今でも彼女がそこに立っているかと思えるほど、その顔が強烈に焼きついている。

(次は絶対に逃がさん。ダズルを助け出したら、必ず捕まえてやるからな……)

セブンは心の中でそう言い残すと、拳をぐっと握りしめた。
怒りと焦燥と……あとは言葉にできないもやもやした気持ち。
ダズルがどこに移送されたかは分からないが、何かしら手がかりが残っているかもしれない。
ヤミヤミ団は自分たちがアジトに乗り込んでくることも承知の上で、ダズルをさらっていったのだ。
アジトがレンジャーユニオンの手に落ちれば、悪事の証拠が出てくる可能性は低いにしても、活動拠点を一つ失うことになる。しかも、こんな人目につかず、後ろめたいことをするにはうってつけの一等地を。
裏を返せば、そのような立地条件の良い一等地を手放してまでも、今後につなげたい何かがあるということだ。
ダズルを連れ去るのにこの場所を選んだ時から、そこまで考えていたのだろう。
今後の見通しがお世辞にも明るいとは言いがたい状況だが、こんな状況だからこそ、迅速に行動することが意味を為すのだ。
セブンはそれからすぐ、ハーブと共にアジト内の捜索を開始した。






「…………? ん……」

午後のひととき、麗らかな日差しを浴びてまどろむような心地に似た感じで、アカツキは目を覚ました。
視界はぼんやりしているが、意識が急浮上してくるのを感じるのと同時に、目に映る景色も鮮明な輪郭を帯びていった。

「…………!?」

確か、自分は……
目を覚ます前の、自分の置かれていた状況を思い出し、アカツキは慌てて飛び起きた。
それから周囲を忙しなく見回して――はたと気づく。

「あれ……?」

なんとも間の抜けた声を思わず上げてしまったが、それは無理からぬことだった。
というのも、アカツキはベッドに寝かせられ、ご丁寧にも布団までかけられていたのだ。
しかも、窓こそないがそれなりに家具が揃って体裁の整った一室。どう見ても牢屋や倉庫といった無機質な印象は存在しない。

「確か、ぼくは……」

なんとも場違いなところにいるような気がして、アカツキはいま一度、ヤミヤミ団のアジトに乗り込んでから今までのことを順に思い返した。
アジトに乗り込んだ後、ハーブと二手に分かれてダズルの捜索を開始したのだが、途中でモバリモに操られたライチュウの攻撃を受けて気を失ってしまったのだ。
そして、気がついたのがついさっき。
どれくらいの時間が経っているのかも、壁に時計がかかっていないため分からないのだが、それほどの時間は恐らく経っていないだろう。

(そうだ、ダズルを助けなきゃいけないのに……)

やるべきことがあるのに、こんなところでのんびりはしていられない。
ここがどこかは分からないが、反射的に腰に手を伸ばしてみれば、スタイラーがホルダーに収まっている手ごたえ。
そこでさらに意味が分からなくなった。

「スタイラーがある……? なんで?」

ヤミヤミ団のアジトの中で気を失ったのだ。
パートナーポケモンがいるとはいえ、一体だけでどうにかなるような場所とも思えない。
それなのに、スタイラーを没収されないなど、普通ではありえないことだ。
電源が入ればGPS機能が働き、ハーブやセブンのスタイラーからアカツキの現在地を割り出すことができる。
さらには、身体中をロープなどで縛りもせずにベッドで寝かせておくなど、無用心にも程がある。
ヤミヤミ団が何を企んでいるのか理解できない――が、アカツキはムックの姿が見当たらないことに気づいた。

「ムックは……?」

部屋にいれば、目を覚ましたのを見てすぐに飛んでくるはずだ。
それがないということは……

「まさか、ムックも捕まった……!?」

十分に考えられる。
嫌な想像に背筋が凍りかけた時、部屋の扉が開いた。
思考に割り込んできた事象に、アカツキが思わず顔をそちらに向けると――

「あ、気がついたみたいだね」
「ムクバーっ♪」
「え…………」

一人の少年が、ムックと共に明るい表情で部屋に入ってくるところだった。
これまた予想外の出来事に、アカツキの頭は一瞬、真っ白になった。
ムックが翼を広げて胸に飛び込んできたが、抱きとめることができなかったくらいだ。
鳩が豆鉄砲食らったような顔を見せるアカツキに、頭にメロンパンでもかぶっているような髪型の、白衣を着こなした少年はにっこり微笑みかけながら歩み寄ってきた。
その間にアカツキは我を取り戻し、相手に訊ねた。

「……なんでキミがここにいるの、イオリ?」
「それはこっちのセリフだよ」

少年――イオリはアカツキの問いかけに、苦笑混じりに言葉を返した。
目の前にいるのは、レンジャースクールの同級生で親友でもあるイオリだ。間違いない。
だが、彼はミラカドの推挙により、卒業後はアンヘル・コーポレーションの研究部門で働くことになった。
難解な数式を手足のごとく易々と扱いこなし、一般人なら頭を抱えるどころか意味すら理解できないような理論をも熟知する頭脳の持ち主なのだから、一足飛びに、しかも試験も受けずに大企業の重要セクションへの就職を果たしたのも頷ける。
……が、だからこそアカツキには理解できなかった。
アンヘル・コーポレーションで働いているはずの彼が、こんなところにいるはずがない。
そんなアカツキの戸惑いが雰囲気で伝わったらしく、イオリはベッドの傍に椅子を持ってくると、そこに腰を下ろした。

「トイレに行こうと思って部屋を出たら、廊下で誰かが倒れてて……気になって見に行ってみたら、アカツキだったんだから。
なんでこんなところにいるんだろうって驚いたけど、君のパートナーポケモンもずいぶんと不安そうにしてたから放っておけなくて。
それで僕の部屋に運んできたんだよ」
「そうなんだ……ありがとう、イオリ。助かったよ」
「いいって。困った時はお互いさまだから」

事情はどうあれ、イオリが助けてくれたのだ。
そのことには感謝してもしきれないくらいだ。
気を失った場所が場所だけに、どうなることかと心配していたのだが……疑問は消えなかった。

「でも、イオリ。なんでキミがここに? ここ、アンヘルの施設なの?」
「そうだよ」

アカツキの問いに、イオリはあっさりと答えた。
曰く、研究テーマの実験のため、ここ一ヶ月ほどはこの場所――アンヘル・コーポレーションの海中研究施設にこもりっきりなのだそうだ。

(え、どういうこと……? ここ、ヤミヤミ団のアジトじゃなかったのか?)

イオリの言葉で、疑問がさらに深くなった。
頭上に疑問符をいくつも浮かべているようにしか見えないアカツキの神妙な面持ちに、イオリもただごとではないと思ったらしく、おずおずと訊ねてきた。

「むしろ、僕には君がここにいる理由の方が気になるよ。
……他の会社には秘密にしてる場所だし、一般の人が入ってくることはできないようになってるから。
ポケモンレンジャーだって、こんなところに来るなんてこと、考えられなかったよ」
「それは……」

どう答えればいいのか分からず、アカツキは口ごもった。
答えを探すように再び室内を見回してみるが、特に目立ったところはない。どこをどう見ても『普通に寝泊りする部屋』だ。

(イオリが言ってることが本当だとして……それじゃあ、アンヘルとヤミヤミ団ってつながってるってこと?)

目の前にいるのは間違いなくイオリだ。
何かの罠という可能性も脳裏に浮かんだが、それにしては話し方から声のトーンまで、スクール時代にいろいろと話した彼と変わらない。
なにより、ムックがまるで警戒していない。
見知った相手だからこそ、警戒する必要がないと感じているのだろう。
少しでも変だと思えばすぐアカツキに教えてくれるのだから、そこは間違いないと言っていい。
どちらにしても、アンヘル・コーポレーションの研究施設にヤミヤミ団がいて、アジトにしていたことは事実だ。
イオリの様子から察するに、彼はここにヤミヤミ団がいることには気づいていなかったようだ。
アンヘル・コーポレーションとヤミヤミ団がつながっているのかどうか……それはまだ分からない。判断するには、材料が足りない。

(……事情を説明して、もっと情報を仕入れるしかないな。イオリなら口も堅いだろうし……大丈夫だろ)

ここがどういう場所なのか、情報を仕入れておくのがベストだろう。
幸い、ヤミヤミ団のアジトになっている場所とはいえ、イオリがヤミヤミ団の存在を知らないと言うことは、ここが多少は安全な場所であることを意味しているのだから。
アカツキは覚悟を決めて、事情を打ち明けることにした。

「ヤミヤミ団って知ってる? 最近、アルミア地方で悪いことしてる組織なんだけど」
「うん。それは知ってるよ。社内でも話題になってたからね。
アンヘル石油時代の廃坑を使って何かしてたらしいよね」

いきなり切り出すのではイオリもビックリするだろう。
そう思って前置きから入ったのだが、彼の反応はアカツキの予想通りのものだった。

「そのヤミヤミ団が、ダズルをさらっていったんだ」
「ええっ!?」
「それで、ダズルのトレーナーをやってるレンジャーがここに乗り込んで、ぼくともう一人のレンジャーが助勢に駆けつけたんだけど……」

イオリは驚愕に顔を引きつらせていた。
スクール時代の親友であるダズルが、アルミア地方各地で暗躍するヤミヤミ団に拉致されてしまったのだ。驚かない方が無理である。
そちらのインパクトが強すぎて、暗に『ここがヤミヤミ団のアジトなんだ』と言われていることには気づいていないようだった。

「それで……ダズルはどうなったの?」
「分からない。
ぼくは途中で攻撃されて気を失ってしまったし……一緒に来てた人なら分かるかもしれないけど」
「そっか……」

親友の行方が知れないと分かって、イオリは肩を落とした。
その表情には、不安に満ちた翳りが差していた。

「どうなったか確認してみるよ。ちょっと待ってて」

アカツキはそう言うと、スタイラーを起動させ、ボイスメールでハーブへの連絡を試みた。
何度か呼びかけたところで、彼女から返事があった。

『アカツキ、今どこにいるの?
少し前から位置情報が表示されなくなってたから、心配してたのよ』
「すいません。今は起動してますから、位置情報が出てると思いますけど」
『それほど遠い場所にいるわけじゃなさそうね。ボイスメールで話できる状況ってことは、それなりの余裕があると見ていいわね?』
「はい。大丈夫です」
『だったら、セブンとそっちに向かうから。その場から動かないで』
「分かりました」

声や口調は相変わらずの調子だったが、彼女にはかなり心配をかけてしまっていたらしい……後で謝っておこうかとアカツキが思っていると、イオリが目をパチパチ瞬かせながら首を傾げた。

「今のが、一緒に来てた人?」
「うん。ハーブさんって言って、トップレンジャーなんだ」
「え、トップレンジャー!? トップレンジャーと一緒に仕事をしているの、アカツキ?」
「うん、まあ……」

ポケモンレンジャーとは直接の関係がない職場で働いているといっても、トップレンジャーがアルミア地方の住人にとってどんな存在なのかは理解しているらしい。
イオリは開けた口を閉めることも忘れたように呆けた表情で、仰天していた。
トップレンジャーは独自にミッションを与えられることが多く、大概は一つの地方にとどまらず、他の地方や国にまで足を伸ばすことがあるため、一つの地方で延々とミッションをこなしているというケースは少ない。
そんなトップレンジャーと一緒に働いているとなると、これはすごいことだと考えずにはいられなくなるのだ。

「アカツキはすごいなあ……トップレンジャーと一緒に働いてるなんて」
「そうでもないよ。
ちょっと前にもいろいろと迷惑かけちゃったし……学ばなきゃいけないところがたくさんあって、ちょっと大変なくらいだから」

仰天状態から立ち直り、目をキラキラ輝かせながら詰め寄ってくるイオリ。
アカツキは苦笑しながら適当な言葉で答えを返した。
確かに世間一般ではすごいと思うことかもしれないが、天と地ほども実力が違う相手と組んで仕事をするとなると、それ相応のプレッシャーは感じるものだ。
悪い言い方をすれば、そんなことも考えずに『すごい』だの『うらやましい』だのと言われると、相手に対して『なんて無責任な……』という気持ちを覚えてしまう。
無論、イオリにその気がないことは分かっているが。

(なんか、すごいって思われちゃってるな……事情くらい、話しといた方がいいかもしれない。
ハーブさんたちが来るまで、まだ少し時間があるみたいだし)

アカツキはスタイラーの画面に表示された位置情報を見て、ハーブたちが到着するのに今しばらく時間があると判断した。
思いもよらないところで再会して、積もる話もあることはあるのだが……
それより、今は必要なことをするしかない。そのためにも、イオリにはこちらの事情を包み隠さず話しておくのもいいだろう。

「イオリも知ってると思うけど、ぼくはビエンのレンジャーベースで働いてたんだ」
「確か……ヒトミも一緒だったよね?」
「うん」

どこまでさかのぼって話せばいいものか……一瞬そう考えたのだが、結局は最初から話をすることにした。
ある程度は端折って、レンジャーユニオン本部への異動のきっかけとなった事件について話し始めたところで、アカツキはあることに気づいた。

(そういえば……ミラカド先生がヤミヤミ団の一員で、モバリモを作ったのがイオリだってこと、話してもいいのかな……)

今までの話からすると、イオリは自分がモバリモを作ったことを知らない様子だった。
実際のところ、目的を伏せた上でミラカドがイオリに作らせたのだが、イオリにとっては『ポケモンと仲良くなるためのツール』でしかなく、それに反して――というか、まったく正反対の使われ方をしていることを話しても良いのかどうか……アカツキは判断できなかった。
できれば話したくないが、このままいけば、いずれは話さざるを得ないだろう。
その気がなくても作成したのはイオリだし、モバリモという装置を誰よりも理解しているのも彼だ。
レンジャーユニオンからすれば、決して見過ごすことのできない相手である。
どうしようか思案するアカツキに訝しげな表情を向けながら、イオリが恐る恐る訊ねてきた。

「……どうかした? 考え込んじゃって」
「あ……ちょっと、その時のことを思い返しちゃって」

アカツキはとっさに言い訳をしたが、イオリが信じてくれたかどうかは微妙だった。
それでも、今はそのことについて話すべきでないと割り切って、レンジャーユニオンへ異動する事件については内容をぼかして話した。
貨物船事件での活躍が認められ、トップレンジャー候補としてユニオン本部で働き出したこと。
それから、ダズルも同様にフィオレ地方から本部にやってきたこと。
互いに切磋琢磨しながら現在に至っていること。
どうでもいいことや知られたくないことは除外して話してみたのだが、それでも三分はかかってしまった。
話を聞き終えて、イオリは「そうなんだ……」と言いたげな面持ちで何度も深く頷いた。
スクールを卒業した後、一度はアンヘルパークで再会したものの、それからさらに数ヶ月の時が流れたのだ。
互いに忙しくて連絡も取っていなかったから、今までの間にそんなことがあったのかと思ってしまう。

「いろいろあったんだね」
「まあ、それなりに」

ポケモンレンジャーになってまだ半年足らずだが、その間にいろいろなことがあった。
その全部が全部、頭に残っているわけではないが、ヤミヤミ団に関することだけは嫌でも頭にこびりついている。
一方、イオリの方は日々研究三昧だったため、特記するほどのことでもなかった。
研究の中でセクションの移動や研究対象の変更などがあって、アンヘル・コーポレーション直下の研究所からここに移ってきたというだけだった。
近況を聞き終えて、互いにいろんなことがあったんだなと思っていると、不意に部屋の扉が押し開かれた。
どんっ、と乱暴に押し開いたのは言うまでもなくセブンとハーブだった。
二人して妙に険しい表情をしており、二人のパートナーポケモンも剣呑な雰囲気を惜しげもなく放っている。
敵のアジトなのだから、それは当然といえば当然なのだが……何か普段とは違うと思い、アカツキは訝しげに眉根を寄せた。






To Be Continued...

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