第21話 空中戦・前編

しおりを挟みました
しおりが挟まっています。続きから読む場合はクリックしてください
読了時間目安:15分

この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください

「これを」

 カツラさんはそう言って、私にグレンバッジを渡した。私は慌ててカツラさんにバッジをつき返す。

「貰えません! 私、ジム戦してませんよ!!」
「いや、これは君の物だ」

 カツラさんは微笑んで私の手を押し返す。困ったようにカツラさんのサングラスの奥の瞳を見つめると、カツラさんは私の手にそっともう一つの手を重ねて問いかける。

「君にとって、ポケモンとは何だね?」
「私にとって……」

 最初は、家族のような、友達のようなものだと感じていた。特にメロンパンに対しては、保護者のような気持ちが強かった。けれど————

「ポケモン、は」

 視線を下げると、足元で私を見上げているメロンパンと目があった。メロンパンはここに来て初めて、私の下から自分の意思で去ろうとした。それは、メロンパンの中で何かが変わろうとしているという事だ。自分の力で立ち上がろうとしているという事だ。そんな相手に対していつまでも保護者気分でいたのならば、かえってその成長を邪魔する事になりかねない。
 
「……どうなのかね?」

 視線を上げると、カツラさんと今度は目があった。どうなのだろう、私にとってポケモンとは何なのだろう。足元にいるメロンパンとは別に、私は腰元のモンスターボールに触る。メロンパンだけではない、そこの三匹との関係も訊かれているに等しいこの質問。

「……同じ質問を、昔オーキド博士に訊かれた事があります」
「ほう、その時はなんと?」


『君達にとってポケモンとは何かね?』


「守るべき相手、と」

 メロンパンを守らなければ、という思いが強く、その時は何よりも先にそう思っていた。

「けど、今は少し違うと思います」

 カツラさんが興味深そうに私の目を見つめる。探るような目を真っ直ぐに見返した。


 キリはあの時、即答した。

『ポケモンとは、僕の手足であり、部下です』

 カスムはしばらく考えた後、含みのある口調で答えた。

『…………同胞、みたいなもんですわ』


 あの時と、二人の答えが今も変わらないかは分からない。が、少なくとも私は変わった。

「ポケモンとは、私にとってライバルです」
「ライバル、かね?」
「ポケモンとトレーナーは、共にあり、共に戦います。けれど、トレーナーが未熟であれば、ポケモンの力を活かしきれず、ポケモンが力不足であれば、いくらトレーナーが凄くても押し負けます。お互いにお互いを高めあい、努力を怠ることなく信頼し合い、そして時には厳しい言動で相手を奮い立たせる。そんな存在でありたいと、私は思いました」

 ナッツクッキーやコーヒープリンの試すようなあのバトル。彼等はきっと計っていたのだろう。私が彼等の主である事に相応しいかどうかを。
 そして、メロンパンは今まさに一歩を踏み出そうとしている。マサラタウンにずっといたのであれば、決して踏み出されることのなかった一歩。守られるだけでは変わらないものもあると私に教えてくれた。

「今まで様々なトレーナーを見てきたが……君の答えはいささか新鮮だった」

 カツラさんの重ねていた手が離れ、その手は私の頭を撫でた。

「私のジムのトレーナーを全て倒し、君は更にポケモンとの絆を私の目の前で示した。やはりこのバッジは、君に相応しいようだね」
「でも……」
「……うぐッ」

 私が更に言い募ろうとすると、カツラさんは突然右腕を押さえて苦しみ出した。

「カツラさん!?」

 私もしゃがんでカツラさんの顔を覗き込むと、カツラさんは顔に脂汗を滲ませて私に笑ってみせた。

「すまない。正直なところ、私はある事情によってまともにバトルが出来るような状態じゃないんだ。ジム戦は出来ないが、それでも君にそのバッジを受け取って欲しい」
「カツラさん……」

 カツラさんは大きく息をつくと立ち上がり、私の両肩を掴んだ。

「……ここだけの話だが、ジョウトで何かが起ころうとしている。だが、私はここカントーにも嫌な予感を感じているのだよ」
「予感……」

 カツラさんは頷くと、真剣な顔で私の両肩を掴む手に力を込めた。

「今は一人でも優秀なトレーナーが必要な時だ。セキエイリーグのエキシビジョンマッチは知っているかね?」
「はい、それは知ってますけど……」

 既にセキエイリーグまで一ヶ月を切っている。大々的に告知もされていたのだが、セキエイリーグの会場はジョウト。しかもそれにはカントーVSジョウトのジムリーダー同士のバトルがエキシビジョンマッチとして行われる予定だ。

「ジムリーダー達がカントーを完全に留守にする瞬間だ。何しろ予感に過ぎないからね、何もないといいのだが……嫌な感じがするのだよ」

 そう語るカツラさんに、私は受け取ったバッジを強く握りしめた。





 ————と、そんな事があったが、現在は空の上である。

「風よ! 今こそ風になる!! 真なる風の王よ!!」

 耳元で轟々とした風切り音が駆け抜け、ソルトアイスの広い背中の下にはミニチュアのような街並みが流れていく。落とされないようにソルトアイスの身体にしっかりと抱きついた。
 カツラさんのお使いで、シオンタウンまで行くのだ。カツラさんはそろそろジョウトに向かわなくてはいけないらしく、代わりにシオンタウンのポケモンタワーにポケモンの遺体を届けて欲しいと頼まれた。カイリューならひとっ飛びだし、シオンタウンのポケモンタワーに興味のあった私は、二つ返事で引き受けたのだ。

「私は風と一体になる!!」

 旅立ち前にメロンパンを抱えてみたアニメの台詞を叫びながら、私は空の旅を満喫する。一度やってみたかったんだコレ。大好きなアニメの主人公も同じようにカイリューに乗って叫んでいた。そっちは手を放していたが、それは怖いのでやりません。
 いや本当にいいアニメだった。特に相棒の蟹が自ら封印の呪縛を戻し、主人公の少年を庇ったシーンなんて涙が止まらなかった。空腹に耐えきれず、相棒の蟹を何度も鍋にしかけようとしては踏みとどまる、少年の苦悩も見ごたえがあったなぁ……。

「バウ!」
「……ソルティ?」

 思い出し泣きしていると、ソルトアイスが鋭く吼えた。何事かと前方に目を凝らすと、何かがこちらに向かって来ているのが見えた。あれは多分大型の飛行タイプのポケモン。こちらとは真逆の方向に飛んでいるため、ぐんぐん距離が近くなってくる。

「んんー?」

 どんどん大きくなっていく姿は、どうやらプテラのようだった。プテラは基本的に秘密の琥珀からしか復活できない古代のポケモンだけに、連れている人はとても珍しい。私が知っている限りで、プテラを連れていたのは確かレッドさんだけ……

「……いや、もう一人いる」

 高速で近付くプテラ。私の全身の神経がその背中に集中する。
 誰だろうか、その背中に乗っているのは。誰を私は期待しているのだろう。
 すれ違った一瞬に、瞳が捕えたのは————



 黒い、マント。



「——————ッソルティ!」
「バウ゛!!」

 私はソルティをUターンさせて、プテラを、正確にはその背中に乗っている男を、追った。すぐに小さくなっていた姿は大きくなり、私はプテラに並走する。男は並走する私に気がついたようで、訝しげに眉を寄せた。

「……何の用だ」

 風の音ではっきりとはしないが、その声に私は確信を持った。間違いない、マサラタウンで会ったあの男だ!

「マサラタウンで会ったでしょう!」

 唸る風の音にかき消されないように叫ぶと男は心底不思議そうな顔をした。覚えが無いと語るその顔に、私はふつふつと怒りが込み上げてくる。

「……マサラタウンに行った覚えはあるが、貴様の顔など記憶にない」
「き……ッ記憶にない、だって……!?」

 男の声量はそれほど大きいものじゃないが、今の私の耳は一言たりとて逃す事はない。私は、一日たりともこの男のやったことを忘れる事はなかった。いずれ相まみえた時、必ず勝つと自分に誓い、メロンパンと一緒に沢山のジム戦を勝ち抜いて来た。だが、男は私の事など欠片も覚えていなかったらしい。
心の奥底から湧きあがってくる怒りの炎に、私はなおもソルティで並走しながら叫んだ。

「ふざけるな! 今ここで、私とバトルしろ!!」
「……」

 男は面倒そうにため息をつくと、邪魔だといわんばかりにしっしと手を振った。

「俺は忙しい。貴様程度の凡人トレーナーの相手などという、時間のこれ以上ない浪費を行うつもりはない。そこらのトレーナーとせいぜい低レベルなバトルでもしているんだな、小娘」

 その言葉と共に私を置いていこうと、高度を上げるプテラ。私は自分のリュックを背中から下ろすと、中からバッジケースを取り出す。

「ソルティ!」
「バウ゛ーッ!」

 ソルトアイスの名前を鋭く呼ぶと、分かっているとすぐに高度を上げる。上空のプテラを見上げると、陽光に目が眩んだ。速度を上げるプテラの横に再び並ぶと、私はバッジケースを男に向けて開けて見せる。

「誰が凡人だって!? 私はもう、バッジを6つ手に入れたんだ! あの時と同じだと思わないで!!」
「……何?」

今まで全くもって私に興味を髪の毛一筋も向けなかった男の目に、僅かばかりの変化が訪れた。思案顔で顎を撫でると、おもむろに視線を寄越した。

「————いいだろう。小娘、相手をしてやる」

 その言葉と同時に、プテラはさっきよりも更に高く、天空へと舞い上がった。

「ま……ッうわ!?」

 プテラを見失うまいとするが、太陽をほぼ直視してしまい反射的に目を閉じる。その瞬間に男の声が降ってきた。

「破壊光線!」
「!」

 頭を振って目を開けると、目の前に破壊の一閃が迫った。「避けて」と叫びかけて、私はハッとして地上を一瞬だけ見る。雲の切れ間から覗く街並み。眼下に広がる景色に高速で思考を巡らせると、私は指示を変更した。

「迎え撃って!!」

 ソルトアイスは即座に反応するが、距離が近過ぎる。二つの破壊光線が至近距離で衝突し、その余波に私はソルトアイスの背中から投げ出された。

「うわああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!」

 爆発の余波を受けたのは私だけじゃない。ふらつくソルトアイスが視界から遠のいていき、耳元で落下を告げる風音が唸った。

「スピッ!」

 落下する私の腰のモンスターボールから飛び出したコーヒープリンが、素早く私の身体をキャッチする。ホッとしているのもつかの間、目の前に現れたプテラに私は目を見開く。

「どくば」
「超音波!」

 私が指示を出すよりも早く、男のプテラから耳障りな音が繰り出される。脳を取り出されてシャッフルされているような感覚に、ぐらぐらと世界が揺れる。影響を受けたのは私だけでは無い。避ける間もない攻撃に、コーヒープリンも混乱して私を取り落とした。

「ああぁあ゛あああ゛あ゛ああ゛ぁぁッ!!ぎゃッ!」
「バウ!!」

 再び落下する私の身体を受け止めたのは、余波のダメージから立ち直ったソルトアイスだ。だがくゎんくゎんする頭に、喉元に熱いものが込み上げてくる。気分は最悪だった。
 それでも口元を抑えて、コーヒープリンと男の姿を探す。ソルトアイスに雲では無い影が差した時、視界の端に炎に巻かれて落下するコーヒープリンの姿を捕えた。

「————リン!」

 慌ててソルトアイスをコーヒープリンの下に飛ばし、その身体をキャッチする。燻ぶる身体からは煙が立ち上り、大きな紅い瞳が苦しそうに揺らいでいた。コーヒープリンをすぐにモンスターボールに戻し、私はプテラの背中を追う。

「……この程度だとは。やはり凡人か」

 男は興味の失せた瞳で私をプテラの上から見下ろし、つまらなさそうに呟いた。その反応に私は奥歯を噛み締める。

「まだ……まだ勝負はついてない!」
「……しつこいな」

 男はうっとおしそうに眉を潜め、モンスターボールをソルトアイスの背中に向けて放る。新たな飛行タイプかと構えたが、予想に反して目の前に現れたのは飛行タイプのポケモンじゃなかった。

 青い身体。
 つるりとした頭。
 硬い甲羅。

「ゼニッ!」
「ゼ、ゼニガメ!?」

 困惑する私を他所に、カイリューの背中に降り立ったゼニガメに男が叫んだ。

「ゼニガメ! その小娘を倒したら、実験から解放して野生に戻してやる」
「ゼニッ!?」

 男の言葉に目を見開いて、ゼニガメは思い詰めた表情で私に相対した。今までどんなポケモンからも感じた事のない、恐ろしいまでの気迫に私は戸惑った。何がこのゼニガメをそれほどまでに追い詰める。男は“実験”といった。その意味は文字通りなのだとしたら————

「ゼニガメッ!」
「うわぁッ!!」

 ゼニガメは私をソルトアイスの背中から落とそうと、弾丸のような水鉄砲を次々と発射する。鬼気迫る顔のゼニガメに、私は碌に反撃も出来ず必死で避ける。
 どうすればいい。ゼニガメをソルトアイスの背中から落とす訳にはいかない。この高度なら、確実に死んでしまう。ならば捕獲するか? 野生のポケモンではないので不可能だ。
 倒すか和解するしか、この局面を切りぬける方法はない。けど倒すと言ってもソルトアイスの背中にいるのだから制限がつく。まずコーヒープリンは既に瀕死。次にソルトアイスだが、身体を揺らしたり尻尾で攻撃する時に、乗り慣れてない私は落ちてしまう危険性が高いし、第一そんなことしたらゼニガメが落ちてしまう事は必至。ナッツクッキーは身体の大きさ的に無理だ。唯一可能性があるのはメロンパンだが、前の家出事件の精神的ショックから完全に立ち直ったかどうか。それに同族と戦わせるのは気がひける。

「ゼニッ!」
「くっ!」

 ゼニガメの水鉄砲によって、服からぽたぽたと水が滴り落ちる。なかなか当たらない攻撃にゼニガメは焦っているようだが、私も受ける訳にはいかない。
 倒すのが無理だとするなら、和解か? だがポケモンの言葉が分らない私に、ゼニガメの事情は分からない。知っているのは他にあの男だが————

「あなたはっ……ゼニガメに何をした!!」

 上空から私達の戦いを静観していた男は私の質問に、鼻で笑って応えた。

「貴様に語ってやる必要が、何処にある?」
「このまま戦えば、ゼニガメは落ちてしまうよ! 」

 警告のつもりで言い放った言葉に、男は口元を歪めてせせら笑った。

「それに、何の問題がある?」

 その言葉の意味に私はぞっとした。あの目は、ポケモンの命を何とも思っていない目だ。

「くそっ!!」

 舌打ちをしてゼニガメに視線を戻す。予想は出来ていたが、男に語る気はないらしい。ならばどうする。どうしたらいい。和解は出来そうになく、ソルトアイスの背中という狭いフィールドの上に出せるポケモンもいない。どうしたら————

「……いや」

 出せるポケモンが、いない?

「————そうか!」

 私はその事に気がつくと、ゼニガメの攻撃を避けながらソルトアイスの手にリュックサックを預けた。水を含んで重くなった上着を脱いで片手に持ち、睨んでくるゼニガメに叫ぶ。

「バトルだよ! 私が相手だ!!」
「ゼニッ!?」
 

 ————これしか方法はない。私が、ゼニガメを倒す。





To be continue……?




読了報告

 この作品を読了した記録ができるとともに、作者に読了したことを匿名で伝えます。

 ログインすると読了報告できます。

感想

 この作品は感想を受け付けていません。