シングルバトルを観察しよう

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 トオルがモンスターボールをフィールドに投げた頃、アトラクション参加カードの表示が変わったのに気づいて、チヒロはカードをまじまじと見つめていた。
 先程までルールが書いてあったはずなのに、チーム戦開始の表示と、トオルがシングルバトルを始めた事が表示されていて、思わず裏返して反対側まで確認してしまった。
「このカード、電子カードだから状況に応じて表示が変わるみたいだね。トオルが戦い始めたからそのアナウンスがされたんだ。」
 怪訝な顔をするチヒロに、リュウが自分のアトラクション参加カードを見せて、文言の辺りを指し示す。
 バトルが開始されると、自分と対戦相手の顔写真、名前と選択したポケモンが表示されるらしい。まだ見せていない手持ちの欄にはボールの絵が表示されていた。
 トオルの名前の下にグライオンが、シズクの名前の下にはランターンが表示されている。
 目の前のバトルフィールドを確認すれば、トオルのグライオンとシズクのランターンがお互いを威嚇しているところだった。
(なるほど…、バトルに出すとここにポケモンが表示されるんだ…)
「どうやら今どのポケモンを出しているかまで教えてくれるみたいだ。…結構親切だね。」
「リュウすごいね…!」
「…チヒロが知らなさすぎだよ…」
 感嘆の声を洩らしながら聞き入っていると、逆に呆れられてしまった。
 それよりフィールドを見るよう勧められて改めてバトルフィールドを見ると、グライオンが大きなハサミを大地に突き刺してじしんを繰り出していた。
 じしんを食らってランターンのHPが0になると、トオルがガッツポーズをとる。
「よっしゃあ!まずは1匹!」
 労をねぎらいながらシズクが次のポケモンを呼び出す。次はバルジーナだ。
 トオルとシズクの指示が同時に響き渡る。
「グライオン、どくどく!」
「ちょうはつ!」
 バルジーナのちょうはつを受けて、グライオンの動きが止まる。ハッと息を呑むトオルに、シズクの攻勢が続く。
「バルジーナ、イカサマ!」
「あっ…!しまった!!」
 トオルの情けない声がバトルフィールドに響く。
 グライオンがバルジーナの攻撃を食らって、苦しい表情で地面に着地した。
(普通は素早さが高い順に攻撃出来るけど、このアトラクションはもっとリアルに戦えるんだ…)
 通常、NPCとポケモンバトルする時は、ターン制が用いられるので素早さの高い順に攻撃が行われる。
 ところが、今の攻撃は明らかに素早さの低いバルジーナの攻撃が先に放たれたように見えた。

「臨場感溢れるポケモンバトルを―っていうのはこういうことか…」

 何かに合点がいったのか、リュウがフィールドを注視しながら独り言のように呟く。
 臨場感溢れる…とはどういうことなのか気になって、トオルから目を離した。
「リュウ…?」
「いや、このアトラクションの情報がSNSに出た時、そういう噂があったんだ。チヒロも見ただろ、沢山のトレーナー達を。」
 ポケモンセンターに入る時も出る時も、普段見ないくらいの数の人達が、一斉にこのアトラクションに参加しているのを見かけたことを思い出す。
 これまでも何度かアトラクションに参加しているし、VR機器を使ってイベントにも参加しているが、大人から子供までこれほどの人数が集まっているのは見たことが無い。
 参加している日時も関係しているだろうが、それでも異常な光景には違いなかった。
(もしかして、ホンモノっぽいバトルが出来る事を期待して、皆アトラクションに参加してる…?)
 今目の前で繰り広げられているポケモンバトルは、まるで本物のようにリアルで、むしろ本物よりリアルのような気がした。
 対戦を見守っているチヒロがそう思うのだから、実際に戦っているトオルが本物のポケモンバトルと認識していてもおかしくないはずだ。
 攻撃が当たった時の悲鳴も、勝利の雄たけびも、いつも以上にリアリティがあって、ぼーっとしていたら本物だと間違えそうだった。
 そんなトオルのバトルを見ながら、ふと、頭の片隅に湧きあがってきた疑問について思案する。

(…どうして、このアトラクションは、イレギュラールールが多いんだろう…)

 今までのアトラクションとは何か違う。そんな気がして少し背筋が寒くなった。
 だが今のチヒロにはその理由を言葉に出来るだけの自信はなく、ただ曖昧な相槌を打つしかない。

「あいつ、ようやく次の手を決めたみたいだ。…制限時間ぎりぎりだね。」

 対人戦では、お互い次の手を決めるのに制限時間が設けられている。
 リュウに促されて視線を前方のフィールドに移せば、力強い声で鳴くバルジーナと、それに対抗するかのように体勢を立て直すグライオンが闘志を燃やしていた。
「グライオンをベトベトンに交代だぜ!」
 まだまだ戦えそうだったグライオンが赤い光に包まれてボールへと戻ると、トオルの2体目、ベトベトンが姿を現す。このベトベトンはアローラの姿だから、どく/あくタイプだ。
 一方のシズクはこのままバルジーナで戦闘を続けるらしい。先程と同じ手を使って、ベトベトンに『ちょうはつ』をかける。
 だが、トオルはそれを読んでいたようで、生意気に笑ってみせた。
「ベトベトン、はたきおとす!」
 シズクのバルジーナが装備していたゴツゴツメットが、ぽいっと外れた。あっと驚く間もなく、トオルの追撃が続く。
「これで反動ダメージはなし!どくづきだ!!」
 ベトベトンの腕が伸びてバルジーナに襲いかかる。隣にいたリュウが、その様子に、決まったな…とポツリと呟いたのをチヒロは聞き逃さなかった。
 怪訝な顔でその言葉の真意を問うと、チヒロが最近のトオルのパーティについて何も知らなかった事を思い出したのか、丁寧に説明をし始めた。
「トオルのベトベトンは元々アタッカーとして育成してるから、補助技を封じるちょうはつは意味がないんだ。シズクさんが同じ技を使ってくるのは、予想できるだろ?」
「う…うん。」
「あと、確か…物理特化の技構成にしていたはずだから、反動ダメージを与える持ち物を警戒してはたき落としたんだと思う。」
 トオルの先を読む力は凄まじいな、とチヒロは心の中で呟いた。島巡りを終えてから、レーティングバトルやらフリーバトルやらにハマっていたから、他の人が使う技とか持ち物とか大概頭に入っているんだろう。
 一体どれくらい数をこなしたのか逆に気になってくる。普段は学校に行っているし、放課後は部活に行ったり友達と遊んでいたりしたはずだ。
 そんな事を考えているうちに、戦況に変化が訪れた。
 バルジーナがベトベトンの特性、毒手で毒状態になったらしく、苦しそうに荒い呼吸を繰り返している。
 その背後には、苦々しい表情のシズク。対するトオルは作戦通りといった感じで、次なる一手を繰り出していた。

「決めるぜ!もう一度どくづき!」

 今度はバルジーナの体力を完全に削ぎきってHPが0を示すと、バルジーナが悲鳴と共に赤い光に包まれる。
 これでシズクの残りは1体となり、最後の相手はゴローニャだった。こちらはよく見る姿なので、いわ/じめんタイプ。
 後が無い状況なのに、シズクの闘志は衰えないようで、その姿にチヒロは思わず見入ってしまう。
(すごい…、最後まで諦めないってこういう事を言うんだろうな…)
 窮地に追い込まれても自信満々の笑みを崩さない姿がキラキラ眩しくて、無意識のうちに目を細めた。
「さぁ行くわよ!、ゴローニャ、じしん!!」
 ベトベトンが回避する間も無くゴローニャの攻撃がクリティカルヒットする。急所に当たってしまったらしく、ゆっくりと大地に伏せながら赤い光に包まれた。
「くっそー!でもまだコイツがいるからな!」
 悔しそうなトオルの声と共に次に姿を現したのはミミッキュ。ピカチュウにそっくりで、でもピカチュウと浅からぬ因縁の持ち主。ピカチュウ好きのチヒロとしては、仲間にしたいようなしたくないような…そんな何とも言い難いポケモンだ。
 ミミッキュが登場するとともに、トオルがのろいを指示して、体力を犠牲に相手に呪いをかけると、相対するゴローニャはストーンエッジでミミッキュの特性を潰しにいった。
 凄まじい爆音と砂煙がフィールド全体を覆う。
 ミミッキュはストーンエッジのダメージを無効化すると、今度は地を蹴ってゴローニャへ突っ込む。
 二撃目のストーンエッジを物ともせず回避して、懐に飛び込んでじゃれつく攻撃を繰り出すと、徐々にHPが減ってきていた巨岩が僅かに宙に浮きあがった。
 衝撃の光景に、周りで見物していた観客達からも、リュウからも、どよめきと驚きの声が漏れる。
 激動の技の応酬に、チヒロも胸の高鳴りを感じていた。
(すごい…本物のポケモンバトルみたい…)

「これで…フィニッシュだ!」

 最後の一撃が見事にヒットして、残り僅かだったゴローニャのHPが0になった瞬間、大歓声と拍手が周囲から沸いた。



『ポケモンバトルが終了しました。』

■第1戦
 シズク VS トオル(シングルバトル)

■バトル結果:トオル
 グライオン ○
 ベトベトン ×
 ミミッキュ ○

■バトル結果:シズク
 ランターン ×
 バルジーナ ×
 ゴローニャ ×

■勝者
 トオル(ピカチュウ☆ラブ)
ポケモンバトルがメインの小説ですが、あんまりそこに重きを置いてはいないです。
実のところ、対戦は隣で応援している派なので、自分自身はほとんど戦ったことないです。

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