プロローグ

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 ―20XX年―

 科学技術の発展により、現実世界はコンピュータの世界との融合が進んでいた。
 デジタルデータでしかなかった仮想世界を、まるで現実世界のように体験する―
 VR(バーチャルリアリティ)と呼ばれる技術が世界中に溢れ、ありとあらゆる製品にVR技術が用いられていた。
 特に広く浸透しているのは、ゲームの世界。
 現実には体験できないような世界を体験できるため、大人から子供までがこの仮想世界に没頭していた。
 時には現実と仮想の世界の区別がつかなくなるまで。
 時には現実世界を否定するように。
 幻想と欲望に溢れた魅惑の世界がゆっくりと現実世界を侵食していく。
 それは、急速な高齢化と衰退が進むとある町でも起こっていた―

「おい見たか!?こないだSNSで公開されたイベント情報!」
「見た見た、チームイベントなんて珍しいよな!!」
「しかも成功追加報酬の噂もあるよね!ねぇ一緒にチーム組もうよ!」

 学校のホームルームが終わると同時に、教室が先日公開されたイベントの話で染まっていく。
 部活動のために移動を始める生徒も、放課後塾に通う生徒も、この話題でもちきりだった。
(チームイベント…)
 足早に教室から出ていく生徒達を尻目に、一人の女子生徒がマイペースにノートを鞄にしまいつつ、周りの噂話に耳を傾けていた。
 クラスメイト達が噂しているのは、あのゲームのイベントについてだろう。
 鞄の中に入れてあったゲーム機に目を向けると、緑のランプが点灯している。
 すれ違い通信が行われた証だ。
 ほとんどの生徒が鞄にゲーム機を忍ばせているのは、おそらく全国共通だと思う。なんせ先生だって隠し持っている人がいるくらいだし。
 毎年少しずつ人口が減少しているこの町では、同世代の人と会うのは学校くらいしか残っていなかった。
 家の周囲は自然に囲まれ、民家が点在する程度。
 本州とは違って、電車もなく移動手段は車というこの小さな島では、人が集まる場所なんて限られている。
 そもそも学校に通うために、毎日自転車でひと山越えてくるくらいなのだから。
 すれちがい通信をするにも、こういう人の集まるところに持ってくるしか方法が無かった。

「…千尋は今回のイベントどうするの?」

 ぼーっとしていたら急に声を掛けられて、ハッと振り向くと幼馴染がじっとこちらを見つめていた。
 感情があまり映らない瞳に、くせのないストレートな髪を短く揃えた男子生徒。
 勉強一筋で、知識量なら多分校内一。本人は公言しないけど、ゲームも相当やり込むタイプだ。

「もちろん参加するよな!3人チームらしいし、俺と龍太郎と一緒に組もうぜ!」

 幼馴染の背後から元気はつらつな声が響いたので目線をずらせば、顔を覗かせてきたのは同じくクラスメイトの透だった。
 くせのある髪に、明るく真っすぐな瞳。その裏表のない性格から、男子からも女子からも人気が高い。
 龍太郎とは違って『体育だけは成績抜群!』みたいな感じの男子生徒。
 正反対の性格なのに何故かこの二人は仲が良くて、クラスの七不思議の一つとされているくらいだ。
(どうしようかな…)
 二人から誘われているイベントというのは、世界中で人気のゲームソフトのイベントの事だ。
 名を『ポケットモンスター』、縮めて『ポケモン』という。
 現在発売されているこのゲームの最新作には、インターネットに接続してプレイヤー同士で協力してクリアする『グローバルアトラクション』という機能がある。
 イベントの内容は様々で、皆でポケモンのタマゴをいくつ以上孵化しろ!とか、皆でしまスキャンを何回以上行え!とかそういうのが多く、協力プレイと言いつつ一人でも楽しめるイベントが多かった。
 基本的にお祭りなので、成功しても失敗してもペナルティはないし、期間内なら自分の好きな時間にプレイすればいいのだから、参加者も多い。
 定期的に自分のプレイデータをインターネット接続してアップすれば良いだけだし、1回以上データをアップしていれば報酬は貰える。
 これまでも何回かグローバルアトラクションは開催されているが、どれも期間は2週間程度で比較的クリアしやすい内容だった。
 さらに付け加えるならば、別売りのVR機器をゲーム機に接続すれば、まるであたかもポケモンの世界にいるようにプレイできる。

 かがくのちからってすげー!

 とかいう言葉が聞こえてきそうなほど、ゲームの仕様は進化していた。
 今回公開されたイベント情報は、BP(バトルポイント)を獲得しろ!というもので、まったりプレイを得意とする千尋には不向きな内容だった。
(二人は対人対戦用に厳選したりバトル得意だから良いけど…私が入っていいのかな…)
 どう回答しようか困った顔で二人を見つめると、察したように龍太郎が助け舟を出してくれた。
「一緒に参加しようよ。チーム戦だし、対人戦は透に任せておけばいいから。」
「う…うん。それじゃあ、よろしくね…!」
 千尋の言葉に、透がよっしゃぁ!とガッツポーズを取った。
「じゃあ、フェスサークルで待ち合わせな!遅れんなよ!!」
 善は急げと言わんばかりに鞄を手に取り、背中越しに手を振って教室から飛び出して行ってしまう透をポカンと見送ると、千尋と龍太郎は顔を見合わせて苦笑してしまった。
 透は多少…いや大分せっかちな性格だ。



***



 帰宅して自室に戻ると、千尋は早速ゲーム機とVR機器を接続してゲームを起動した。
 今日は両親共に出張で帰りが遅いと言っていたし、遅くまでプレイしていても怒られないだろう。
 VR機器の電源を入れると、目を閉じて深呼吸する。

(…フェスサークルへ…インターネットに接続…)

 機械の起動音が聞こえなくなってから、ゆっくり目を開ければ、そこには仮想世界が広がっていた。
 目の前に広がるフェスサークルには既に沢山の人がいて、見えるもの、聞こえるもの、全てがホンモノと遜色ない。
 うっかりしていると現実と誤認してしまいそうなくらい、リアリティに溢れている。
 服装が以前コーディネートした、7分袖のチュニックにブーツという服装に変わっていたから、確かにバーチャルな世界に無事来たのだと思う。
 辺りを見渡せば、あちこちでフェスサークル内のお店に入ったり、ポケモン交換をしたり、ポケモンバトルをしたり、プレイヤー同士が交流を楽しんでいた。
 千尋はポケットからトレーナーパスを取り出すと、情報を確認した。
 パスにはゲーム開始時に入力したトレーナー名が表示されている。

名前:チヒロ
IDNo.:XXXXXX
アローラ図鑑:98%
お小遣い:25180円

(アローラ図鑑も完成させないとなぁ…忘れてた…)
 ゲームは一通りクリアしているし、最近遊ぶ頻度が減っていたなぁとぼんやり考えながらフレンド情報を確認すると、透と龍太郎も来たようで、ログイン中の表示が出ていた。
 そろそろ会えるかな、とか考えていたら、遠くから名前を呼ぶ声が聞こえてくる。
「チヒロー!!遅くなってごめん!」
「トオル!リュウ!」
 声のした方を向けば、Tシャツに半袖襟付きシャツを羽織った少年とシンプルなパーカー姿の少年が駆け寄ってくるのが見えた。
 普段学校では制服なので、二人の私服姿を見る機会はそんなになかったが、アローラでは見慣れているため、どっちがどっちだかすぐに分かる。
 はぁはぁ…と息を切らして目の前に立つ二人は、何度も深呼吸して呼吸を整えていたが、やがて一枚の用紙を突き出した。
 どういう意味か分からずに、じっと用紙を眺めていると、パーカー姿のリュウが説明してくれる。
「グローバルアトラクションのチーム申請用紙。トレーナー名とIDをここに書いてほしい。」
 指差された箇所を見れば、トオル、リュウ、と二人の名前とIDが書いてある。
 チヒロは頷きつつ、トレーナーパスを見ながら言われたとおりに名前とIDを記入して用紙を返した。
「後はチーム名だけど…」
 用紙の一番上を見れば、チーム名が空白のままだった。
 どうやら良い名前が浮かばずにとりあえず空白にしていたらしい。
「チヒロ、何か良い案ない?」
「えぇ…!?」
(どどどどうしよう…!!)
 いきなり言われても案なんて思い浮かばない。
 聞けば二人ともチーム名を考えていたようだったが、全くノーアイディアで、とりあえず三人合流してから決めよう、ということになったらしい。
 とはいうものの、チヒロだって命名が得意なわけではない。そういうのが得意な友達は、今回のイベントには不参加だ。
 真っ白な頭でトオルとリュウの顔を交互に見ながら、口をぱくぱくと動かすことしかできなかった。
 それでも期待の眼差しを向けてくる二人に、何だかもう訳が分からなくなってきて、混乱した頭で用紙をひったくる。
 あまりの勢いだったので、二人ともちょっと引いているようにみえた。
「これで…お願い…しますっ…!!」
 叩きつけるように紙をトオルに渡すと、恥ずかしさと混乱した気持ちが相まってパッと駆け出してしまった。
 慌てたように引き留める声を聞きながら、あっという間に人混みの中に紛れて姿を消す。
 残された二人が改めて申請用紙に視線を落とすと、チヒロにしては珍しく乱暴に書き殴った文字が並んでいた。

「…俺…チヒロにちょっと無理言ったかな…」
「まぁ…なんとなく…こうなる予感はしてたけど…」



『グローバルアトラクションの参加を受け付けました。』

チーム名:ピカチュウ☆ラブ
メンバー:3/3
合計BP:0

・メンバー1:透
 トレーナー名:トオル
 IDNo.:XXXXXX
 BP:0

・メンバー2:龍太郎
 トレーナー名:リュウ
 IDNo.:XXXXXX
 BP:0

・メンバー3:千尋
 トレーナー名:チヒロ
 IDNo.:XXXXXX
 BP:0

参加アトラクション:チームでバトルポイントをたくさん獲得しよう!
期間(UTC):20XX.XX.XX 00:00 ~ 20XX.XX.YY 23:59
目標:5000万BP
フェスコイン:2000FC(成功)/200FC(失敗)

備考:参加中のBPの獲得方法はバトルツリー以外にも色々あります。詳しくはアトラクション参加カードをご確認ください
グローバルアトラクションをベースにアレンジしたお話です。
楽しいですよね、グローバルアトラクション。
このような場所を利用するのは初めてなので、右も左も分かりませんがよろしくお願いします…!

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