第7話 未熟なこころ、ぶつかるこころ

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この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください

 ウルがバトルカンパニー50人抜きをしている頃。一足先に、トクシンジムの扉を叩く者がいた。
 正面から堂々と、彼は誰もいない早朝のジムへ足を踏み入れる。彼の足もとを、不安そうにコンパンがちょこちょこついていく。

「キィ……」

 ――やめようよ。

 コンパンの目が、声が、彼を引き止めるが、どうしてもその足は止まらなかった。
 彼はよく知っている。
 ここのジムリーダーが、誰よりも早くジムに来ること。
 いつ、どんなトレーナーが来ても良いようにと、ポケモンたちと早朝トレーニングを行っていること。
 サート地方随一の毒使いであり、自分など足元にも及ばないトレーナーであることを。
 近づいてくる気配に気がつき、ジムリーダーが振り向いた。しわ一つない白衣が翻る。強い光を宿した紫の瞳が、にっこりと笑った。

「おはよう、リク。もう体調はいいの? 真面目なのもいいけど、無理は禁物よ」
「……おはようございます、メノウさん」

 リクはぺこりと頭を下げた。元気のない返事にメノウは眉を寄せる。いつもなら元気いっぱいに挨拶してくれるのに、今日は妙に静かで、ただならぬ決意さえ感じられる顔だった。

「何か、あたしに言いたいことがあるのかしら?」
「メノウさん。……俺はあなたに、バトルを申し込みます」
「……キィ」

 メノウはすぐには答えなかった。コンパンは、首を左右に振っている。コンパンにはよく分かっているのだ。自分のレベルがまだ、到底メノウのポケモンたちには及ばないということを。先ほどまでトレーニングしていたメノウのポケモンたちも顔を見合わせている。ジムトレーナーであるリクとコンパンの事は、お互いによく知っている。後輩であり、かつまだまだ未熟なコンパンと仮に戦う事になったとして。実力差がありすぎるだけに、結果は火を見るより明らかだった。

「リク、あなたは実力あるトレーナーよ。将来も有望だし、同年代の子どもたちの中でも特に頭一つ飛びぬけていると思うわ。でも――」
「う、うるさい!」

 メノウの言葉を遮って、リクが叫んだ。リクの言葉にメノウは眼を丸くした。けれど、そんな言葉を言ったことに、リク自身がメノウよりもずっと驚いた様子だった。焦ったように、メノウが何か言うより先に捲くし立てる。

「俺は、メノウさんに勝つんだ! 絶対勝つんだ! 勝ちます! 俺は、もう子供じゃありません! 強いトレーナーです!」
「リク」
「っば、バトルしてください! ……お願い、です!」

 最後は懇願するような響きを持って、リクは言い放った。その顔は今にも泣きだしそうだ。コンパンもリクとメノウの両方の顔で視線をいったりきたりさせながら、そっくりの表情をしていた。コンパンも困っているのだ。
 ここにいるみんな、強くなろうと頑張る彼らを見守ってきた。だからこそいつか来るであろう勝負の時には全力で相手をしたいとも思っている。
 けれどそれは今ではない。早すぎる。リクはまだ、10にもなっていないし仲間もコンパンただ一匹だけだ。

「フォフォ」

 メノウのポケモンたちの中で、モルフォンが前に出た。モルフォンが翅を強くはばたかせる。バトルを、する気のようだ。びくっとコンパンが一歩後ずさった。リクも表情を硬くするが、無理やりに逃げかけた足を引き戻した。

「モルフォン、任せてもいいかしら?」
「フォー」

 メノウの言葉に「任せろ」とモルフォンは笑った。すぐに表情を引き締め、ふわりとバトルフィールドへと移動する。メノウも同じくバトルフィールドへ向かい、リクは緊張した様子で、コンパンはしょんぼりした様子でそれに続いた。審判はまだいないため、メノウが朗々とした声で宣言する。

「これより、トクシンジム、ジム戦を開始する。使用ポケモンは3体まで。 ただし今回に限り、使用ポケモンは1体の1本勝負とするわ。あたしはモルフォンを使うけど、リクもそれでいい?」
「は、はい!」

 全員が、定位置につく。モルフォンが力強く羽ばたくと、コンパンは小さな体を更に縮こませた。コンパンがリクを振り返る。リクは緊張した面持ちで、モルフォンだけを睨みつけていた。
 コンパンは板挟みになったような気分だった。相対するモルフォンをそっと窺う。自分の進化形で、ずっと先輩にあたるモルフォンは、ものすごく大きく見えた。試合前の軽い羽ばたきだけでコンパンは吹っ飛んでしまいそうな気持だったのだ。
 ぼんやりと、フィールドが遠くなっていくような気がした。メノウが何事か言っているが、コンパンにはよく聞こえない。自分の動悸だけが全身を打ちならしているようだ。足もとのフィールドが、ずっと遠くで揺れている。

「――ンパン、ちょうおんぱだ!」
「キッ!?」

 試合はすでに始まっていた。途端、一気にすべての感覚が現実に引き戻され、コンパンの全身からぶわっと汗が噴き出た。慌てて超音波を放つ。モルフォンは大きく羽ばたくと優雅に超音波を避けた。

「蝶の舞、痺れ粉」
「フォー」

 メノウの淡々とした指示に、踊るように飛ぶモルフォン。羽から鱗粉が零れ落ちる。

「よ、避けろコンパン!」
「キ……!」

 ギクッとしたリクが喚く。痺れ粉から逃れようとコンパンは右往左往しだした。モルフォンはフィールドのはるか上空――高みから、痺れ粉はフィールド全体に優しい霧雨のように降り注いだ。逃げ場がない。コンパンの体に痺れ粉がたっぷりと降り注ぐ。途端、体が軋むように動かなくなった。声も、触覚も、石になったように痺れている。

「負けるなコンパン!サイケ光線だ!」
「キィ……ッ!」

 うまく動かない体を必死に動かし、コンパンが渾身の力をこめてサイケ光線を放った。だがモルフォンは悠々とそれを避けた。まともに照準もあっていないサイケ光線など、指示がなくても避けられる。
 モルフォンがメノウを横目で見た。メノウが頷く。

「シグナルビーム」
「コン――」

 1秒が、何倍もの長さに膨れ上がったようにコンパンは感じた。ふっと全身の感覚がまた遠のいていく。足もとがふわふわとして、目の前のすべての事が遠い膜の向こう側のように感じた。シグナルビームの光が、目の前まで迫ってくる。光の強さにコンパンの目が眩む。目の前が、真っ白に染まった。
 熱い光の塊が、炎のように迫ってきて。自身がどうなったのか認識する前に、コンパンは恐怖で意識を手放した。
 リクもまた、見た。強い光のビームがコンパンを襲った瞬間。光に目がくらみ、思わず手をかざした。光が収束し、次に視界に映ったのは倒れたコンパンの姿だった。冷水を浴びせられたかのように、全身に冷たい感覚が奔った。同時に、沸騰していた頭が冷静さを取り戻す。

「コンパン!」
「――試合、終了。挑戦者の負けよ」

 メノウがバトルの終わりを宣言し、リクはまっすぐにコンパンへ駆けよった。急ぎコンパンを抱き上げるが、完全に気を失っているようだ。
 まともに戦えもしなかった。
 コンパンを抱くリクの腕がぶるぶると震えていた。腕の中で、ボロボロのコンパンがぐったりとしいた。

「……戻れ、コンパン」
「リク」

 靴音を響かせてメノウが近づく。リクの肩がひときわ大きく震えた。メノウを見上げる瞳には、怯えがある。メノウはしゃがみ込み、リクと視線を合わせた。
 そして、リクの頬を叩いた。

「っつ、ぅ!」
「自分が何をしたのか、何がいけなかったのか。分かる?」

 叩かれた頬を抑えて、リクはうなだれた。泣くまいと歯を食いしばってはいるが、大きな瞳からは今にも零れ落ちそうだ。
 数秒ほど、リクは黙っていた。メノウは辛抱強く待った。やがて、リクの唇が震えながら控え目に開かれた。

「おれが……」
「うん」
「……いけなかったんだ。コンパンは、やめようって、いったの、に」
「そうね」

 ぼろっと、言葉と一緒にリクの目から涙が零れた。か細くて、震える声には深い後悔が滲んでいる。

「おれ、おれ……かなわないってしってて、負けるとわかってて、メノウさんに、いどんだんです」
「そう」
「それで、コンパンが……たおれて。ぜんぜん、うごけなくて……コンパンは、がんばったのに……おれが……!」

 次から次へと、涙が零れ落ちていき、リクは最後には嗚咽をあげながら泣きだした。その背中をぽんぽんと叩きながら、メノウが言う。

「ポケモンバトルで一番大事なのは、自分のポケモンをちゃんと見て、信頼すること。あなたなら、ちゃんと分かってるはずよ。さぁ、頑張ってくれたコンパンを回復しましょう」
「フォフォ」

 モルフォンが心配そうに近づいてきた。自分の子供を見るかのようにコンパンを見守っている。リクはふらふらと立ち上がり、べそをかきながら回復装置へ向かった。その背を見送り、メノウは思考を巡らせる。
 リクは自分のポケモンを振り返らなかった。その訴えに、気が付けなかった。
 彼はまだ若く未熟で、見失ってしまうこともあるけど。最後には自分でそれに気がつくことができた。

 メノウは考える。

 リクが突然ここに来た事は、おそらく港での事件がきっかけとなり、先を焦った為だ。港の事件には、続きがある。国際警察からの協力要請も、ジムリーダーであるメノウにも当然来ていた。人々の喧騒を隠れ蓑にして、ハトバの幻を狙う何者かが水面下で蠢いている。それらはリクやメノウたちとは違う人々だ。容赦なく人のポケモンを奪い、操り、傷つけ。それを目的とする下種どもがこの島を狙っている。

「セキマの馬鹿の分まで、あたしがしっかりしないといけないわね」

 ハトバのもう一人のジムリーダー・セキマの金属バカっぷりに不安を感じつつ、メノウは大きく息を吐いた。



 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



「うふふふふふふふぅ!貴方の連勝記録もここまで!ブースターちゃん、火炎放射よ!」
「どうでもいいけどムー、サイコキネシス!」

 燃え盛り向かう火炎放射が綺麗にUターンを決めてブースターへと戻っていく。相対する社員がニヤリと笑った。

「ブースターの特性はもらい火! 避けるまでもないわお馬鹿さん!」
「ボクは〝サイコキネシス〟って言ったんだけど?」

 パチンとウルが指を鳴らす。得意満面のブースターに戻ってきた火炎放射が、直前で霧散した。その向こうから巨大な念力の塊が直近に迫りくる。驚く暇も気づく暇もなく――サイコキネシスがブースターを直撃した。

「フィフィー!?」
「あぁぁぁあああああ! わたくしのブースターちゃあああああああああああん!?」
「むーむっむー♪」

 大変愉快そうにムウマが鼻歌を歌った。完全KOのブースターを尻目に、ウルとムウマがオフィス内を駆け抜ける。ここはバトルカンパニー29階。1階からすでに通過してきたオフィスには、ポケモンと社員たちが死屍累々と横たわっていた。

「48勝目お見事! 化け物かお前さんはっ!」
「油断は禁物、目指すはあと2勝! いくよムギ兄さん!」
「どーいう略し方だ!!」

 バトルカンパニー30階へと。ウルとカラスムギが駆けあがる。ここまで通過してきただけに、もはや慣れ親しんだコンビのようなやり取りになっていた。
 2人が駆けていく映像がバトルカンパニー内のモニターに映っている。負けた社員たちや、バトルカンパニーの客が野次や歓声を上げながら観戦していた。

『HAHAHAHAHAHAHA!! とうとう48連勝かねウル君! やはり私が見込んだ通りのトレーナーだ!! さぁ、ここまで上がってくるがいい! 私は社長室で待っているぞ!!』
「良いぞ小僧ー!!」「くっそーやったれ社長っ!」「もーちょいちょい!!」「つよーい!!」「わが社始まって以来の連勝記録だ!!」「負けたーっ!」「派手に死ねぇ!!」「社長頑張ってー!!」「応援してるぞ!!」「50連勝!50連勝!!」「誰かあいつを止めろぉぉぉおおおおお!!」

 バトルカンパニー全体が異様な熱気を持ってした盛り上がりを見せていた。階段を駆け、30階へと到達する。ウルとカラスムギを、カメラを構えたエイパムたちが追いかける。

「パム!」「エイ!」「パムっ!」
「君たちもお疲れ、もうちょっとだよ!」
「社長室はこっちだ!」

 30階の会議室が並ぶ通路を通りぬけ、2人は社長室の扉を開けはなった。大きなデスクと、立派な革張りの椅子。椅子がくるりと回転し、座っていた人物が顔を見せた。
 予想通り、ジョンが座っていた訳だが。

「フフフフフ、よくぞここまで来たね、君は非常にワンダフルでパワフルなトレーナーだな! とてもGOODだよ!! しかし!!」

 ジョンが勢いよく椅子から立ち上がる。デスクに置いていたモンスターボールを手に取り、かちりとボタンを押した。

「その連勝記録もここまでだ!! なぜなら、この私が止めるからだ! HAHAHHAHAHAHA!!」
「社長、悪役みたいですよ!」
「そうだ、私がLast BOSSだ!」
「ノリノリじゃねーか!」

 カラスムギの突っ込みに、ジョンは勢いよくデスクに飛び乗った。身長180㎝前後の男がデスクに乗っかっているだけに、威圧感が凄まじい。だが服装は「I (ハート) HATOBA」のままだ。
 ウルとムウマが戦闘態勢をとる。ムウマの周囲の空間がねじれはじめる。

「ポケモンたちはボクが守る! 世界をかけた勝負だ、ジョン!」
「お前もノリノリなのかよ!?」
「私はバトルカンパニー社長、ジョン・クラーク! 私に刃向かうなら、痛い目にあってもらうぞ!!」
「俺の知ってる社長と違う」

 カラスムギが頭を抱えたが、そんなことはお構いなし。49戦目のバトルが始まった。

「行けサーナイト!」
「やるよムー!」
「サー!」
「むっむー!!」

 ジョンが繰り出したのは、清楚な顔つきにポケモンらしからぬ滑らかなボディライン・サーナイト。サーナイトは登場と同時にウインクを決めた。映像を見ているカンパニー社員(おもに男性陣)から歓声が上がる。サーナイトは気を良くしたのか、今度は投げキッスをウルに向けた。

「むー……」

 ムウマはそれがいささか気にくわなかったようだ。半眼でサーナイトを見て、「チッ」と聞こえるように舌打ちした。当然聞こえていたサーナイトがムウマに視線を向ける。上から下までを観察し。

「ふっ」
「むっ!?」

 鼻で笑った。
 刹那、部屋全体に見えない力が奔った。膨張する力と力。耐バトル構造の社長室全体にが嫌な音を立てて軋む。社長室の大きな窓から景色が消えた。無数の細かいヒビが入ったのだ。カラスムギは、部屋全体がゆらゆら揺れているようにすら感じた。凄まじいプレッシャーが部屋を支配している。
 サーナイトとムウマ、2匹の間に敵意の念力が満ちていた。

「あー、うん……むー、シャドーボール!!」
「HAHAHAHA! サーナイト、影分身だ!!」

 若干ひいていた各々のトレーナーが意識を取り戻した。ムウマは殺意をこめてシャドーボールを放ち、かけたが力を溜めたまま止まった。サーナイトの影分身が一歩早い。こちらを嘲笑うように、複数のサーナイトが現れた。

「本体は――!」
「時間などあると思っているのかね! サーナイト、マジカルリーフだ!!」

 十数体のサーナイトが一斉にマジカルリーフを放った。そのすべてが収束するようにムウマに集中し、その体を切り裂く。ムウマが悲鳴をあげた。

「ムー!」
「HAHAHAHA!! サーナイト、チャームボイス!!」
「サーアアアアア!!」

 サーナイトが大きく鳴いた。念波をまとった可愛らしい鳴き声が部屋全体を震わせる。神経を伝い、脳にダイレクトに鳴き声が反響し、ウルとムウマはうめき声をあげた。マジカルリーフ、チャームボイスと回避不可の技が、じりじりと、しかし確実に体力を削っていく。

「っ負けるなムー、サイコキネシス!!」
「むー!!」

 チャームボイスを振り払い、ムウマから不可視の力が爆発する。力技でチャームボイスを押し返す。

「真っ向勝負といこうかねェ! チャームボイス!!」
「サイコキネシスで押し込め!!」 
「サーアアアアアアアアアアアアアアアア!!」
「むうううううううううッ!!」

 力と力がぶつかりあう。満ち満ちるプレッシャーに部屋が、バトルカンパニーが揺れる。電燈と窓が耐えきれずに破裂し、家具という家具が壁に叩きつけられた。

「むううううううああああああああああああ!!」
「サーアアアアアアアアアアア!!」

 ぎりぎりとぶつかる力は拮抗しているように見えるが――サーナイトが押し負け始めていた。ジョンが叫ぶ。

「サーナイト、影分身だ!!」
「サッ!」

 拮抗を失った力が、先ほどまでサーナイトがいた場所の壁を破壊した。力が霧散し、部屋の家具がばらばらと床に落ちる。壁に張り付いていた書類がひらひらと舞う中で、複数体のサーナイトが再びムウマを取り囲んだ。ウルが耳を澄ませる。

「私の勝利のようだ! マジカルリーフ!!」

 ――書類を掠める音がした。

「シャドーボール!!」
「むー!!」

 ウルがまっすぐに指をさす。ムウマの全力のシャドーボールが、幻を、本物のマジカルリーフさえ呑み込み本体へと。抉り込むようにサーナイトの体へ激突した。

「何!?」
「もいっちょ!!」

 体勢を立て直す隙を与えず、シャドーボールが複数叩きこまれる。途中ムウマが満面の笑みを浮かべていたのは、ウルはそっと見ない振りをした。
 シャドーボールが叩きこまれた後、完全に気絶した哀れなサーナイトが倒れていた。

「ふ、HAHAHAHAHAHAHA!! 私の負けか!」

 ジョンはどっかりとその場に座り込み、豪快に笑いだした。会社中から悲鳴と歓声が上がった。

「いやはや、まさか私まで負けてしまうとはね! 君は実にすばらしいトレーナーだ! お見事!」
「これで49勝だね――って、あれ。49、勝?」
「ん?」

 ウルは首を傾げた。
 一戦、足りない。
 ジョンとウルは顔を見合わせ、ゆっくりと、そっと逃げかけているカラスムギへ視線を向けた。

「いや、その……俺は不戦敗ってことで」

 カラスムギは冷や汗をかきながら両手をあげた。

『こらカラスムギィ!』『それでも男かァ!』『社長の仇をとるのよ!』『やったれやったれ!』『お前が50連勝を止めるんだよ!』『ここで決めろ!』『不戦敗だとォ!?』

 会社中からブーイングが上がった。

「いやだって無理無理無理無理。俺の実力じゃ結果は火を見るより明らかだぞ!?だってこいつの実力おかしいだろ! 無理だってー!!」
「カラスムギ君」

 ぽん、とジョンが肩に手を乗せた。ウルは成り行きを見守っている。カラスムギは、うつろな目でジョンを見た。ジョンはきらりと白い歯を輝かせ、言う。
 
「後は――頼んだぞ。がくっ!」
「社長おおおおおおおおおおおおお!!」

 カラスムギが絶叫する。

 数分後。

 そこには無事に敗北し、どんよりするカラスムギがいたそうな。

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