第6話 先を生きる人たち

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この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください

「んー」

 眼下に広がるハトバ島は、小さな模型のようだった。整然と立ち並ぶビル群に細かく伸びている道々、ちょっと離れた所に開けた場所が見える。あれは自然公園だろうか。近くに南のジム、それの反対側に北のジムと無人発電所があった。

「良いものは見えたかね?」
「ん?」

 双眼鏡を向けると、巨大なハートが見えた。

「ハートが喋った」
「Of course! 私はいつも、若きトレーナーとはここでものを語っているのだよ! HAHAHA!」

 豪快な笑い声に、ウルは双眼鏡を下した。
 ここは、バトルカンパニー展望室。ウルの他にもハトバの景色を楽しもうと、ちらほらと観光客がいる。ウルに話しかけてきた人物は長身で筋肉質な男だった。ラフなTシャツに「I (ハート) HATOBA」の文字が入っている。服装を見て一瞬観光客かとウルは思ったが、腰にモンスターボールがないことを確認し、言葉を選んだ。

「……ボクはね、ポケモンジムを見てたんだよ。どっちから挑戦しようかな~って」

 本当は違うが、ウルはにこにこと人畜無害そうな子供スマイルを浮かべて答えた。男は気を良くしたのかややオーバーリアクション気味に大きく頷く。

「それは素晴らしい、将来有望そうなトレーナーじゃあないかね! 是非ともガンガン戦ってくれたまえよ。それで、ここバトルカンパニーにも戦いにきたのかな?」
「それはまだ。おじさんは?」
「フフフ、私は毎日戦っているよ。もちろん!」
「でもおじさん。ポケモン持ってないよ?」
「よくぞ聞いてくれたね!」

 男は満面の笑みを浮かべると、がっしりとウルの肩を抱いた。そのままスタスタと引きずるように歩きだす。レントラーが若干非難気なまなざしを男に向けたが、男は特に気にした様子はなさそうだ。

「ぐぅる……」
「レン」

 ウルが「落ち着け」とアイコンタクトを送るとレントラーは黙った。静かに2人の後を歩きだす。その一瞬のやり取りを見ていた男が、楽しそうに笑った。

「うむ、よく言う事を聞くレントラーだねぇ。腕のいいトレーナーかどうかは、ポケモンを見ればすぐに分かる。若いというのになかなかしつけが行き届いている! 君がいかに扱いをわきまえているか、よく分かるな! はっはっは!」

 ぴく、と。
 男の言葉に、ウルは不快そうに片眉をあげたが、キャスケットを深く被っていたために男は気がつかなかった。それをおくびにも出さず、ウルはただ「そうかなぁ?」とだけ返した。

「おじさんはどこへボクを連れて行こうとしてるの?」
「それはついてのお楽しみさ!」

 階下へのエレベーターに乗り込み、2階で止まる。エレベーターを出て少し歩く。途中途中で、頭を下げる社員に男は鷹揚に応えた。

「ここだ!」
「わ……っ」

 自動ドアの先、通された部屋にはぎっちりとモンスターボールが並んでいた。すでに数名のトレーナーが楽しそうにボールを選んでいる。端っこには回復装置も複数台並んでいるのが見えた。社員がトレーナーに説明をしたり、モンスターボールの整頓を行っている。

「これはもしかして、レンタルポケモン?」
「そのとおり! バトルカンパニーでは、社員とバトルが楽しめる! だがポケモンを持っていない人も楽しめるように、ポケモンのレンタルを行っているのだよ! そして私は、毎日レンタルポケモンで戦っているというわけだ!」
「へぇ……すごいねぇ」

 ウルは素直に感心した。見る限り、モンスターボールはかなりの数がありそうだ。集めるのには相当な苦労があったに違いない。これだけあれば使ってみたいポケモンも見つかるだろうし、バトルカンパニー以外への貸し出しも可能だろう。ウルはレンタルポケモンをざっと見渡すと、わくわくと反応を待つ男へ視線を戻した。

「そしておじさんは、このバトルカンパニーの社長さんって訳だね」
「That’s right! ようこそ、バトルカンパニーへ。私は社長のジョン・クラークだ。気軽にジョニーと呼んでくれ、ウル君」
「よろしく社長さん。名前を知っててもらえてるなんて光栄だよ。でもどうして?」
「少なくとも君の顔と声は、ハトバじゅうの人間が知ってるだろうねぇ」

 男、ジョンがウインクした。暗に昨日のテレビでの騒ぎの事を言っているのだろう。バトルカンパニーの一階にも大きなテレビが設置してあったし、ハトバのあちこちでテレビやラジオをよく見る。ウルは納得した様子で頷いた。

「どーりでみんながボクの顔をやたらとじろじろ見てくると思ったよ。どうせ、社長さんも知ってて声かけたんでしょ」
「フフフフフ。面白いトレーナーがいるなと思ってね、社員たちも君を気にしていたよ。ここにいるポケモンでも、持ちポケモンでもいい。バトルしていかないかい」
「何かいいものでる?」

 ウルは尋ねると、ジョンは目を輝かせて頷いた。

「出るとも! わが社の製品から厳選の試供品をプレゼントだ。進化の輝石に超クリティカッター、最新の自転車など何でもござれ。見事勝ち抜けたなら、好きなものをあげよう!」
「へぇ~それじゃあさ、」

 ウルは帽子を少し持ち上げ、ニヤリと笑って言った。

「伝説のポケモンでも捕まえちゃうすごーいモンスターボールなんて、ないかな?」
「……なかなか面白いものを欲しがるな、君は」

 さっと周囲に視線を巡らせ、やや声を低くしたジョンが言った。ウルは悪びれた様子もなく、続ける。

「えーだってトレーナーの夢じゃないかな? 伝説のポケモンって、普通のモンスターボールじゃ捕まえられないんでしょ。壊れちゃうって聞いたよ。それか、〝ポケモン自身がボールに収まることを望んでいる〟場合じゃないと、ダメだってね」
「ふむ。それはつまり、君は〝伝説のポケモンが言うことを聞いてくれるモンスターボール〟が欲しい。そういうことかね?」
「似たようなものでも良いよ。わざわざボールに入れて捕まえなくても、結果として従ってくれるなら同じじゃないかな」
「……」

 ジョンはしげしげとウルの顔を伺った。言葉の裏、真意を測りかねているようだ。ウルの少し後ろに、静かに待つレントラーにも視線をやったが、レントラーにも別段変化はなさそうだ。ウルに従うまでだと、態度で語っているように見えた。

「君が信用に足る人物だと、私はどう判断すべきかね」

 判断が、つきかねる様子のジョンに、ウルはキャスケット帽子をとると、ジョンに突き出した。

「その帽子は、ほんとはボクのじゃなくて、父さんのなんだ。内側に名前が縫ってある」
「拝見するよ」

 ジョンは帽子を受け取ると、縫ってある名前を見て目を丸くした。ひどく驚いた様子でウルを見て、その紫色の瞳に得心する。

「あぁ、そうか、そうか。なるほど。確かに彼には国際警察も苦い顔をしていた。彼の娘とあれば、君も大手を振って明るい道を歩くわけにはいかないという訳か」
「信用に足りたみたいで嬉しいよ」

 ジョンから帽子を返してもらい、ウルは再びすっぽりと被りなおした。

「父親とは会うのかね」
「その逆。探してるけど、会えない。わりと頑張って追いかけてるんだけどね。あぁ、心配しなくてもサートには父さん来てないよ。ボクはちょっと疲れちゃったから、観光に来ただけ」
「……フフフ、君は確かに、信用を示した。良いだろう、確かに君の望むモンスターボールはうちの会社にある。君と同じ側の人間や組織とは、特に仲良く仕事をさせてもらっているよ」

 ジョンはあごひげを撫で、口元を引き上げた。

「ボール、欲しいかね?」
「でもお高いんでしょ?」
「はっはっは!」
「あははははははははは!」

 愉しそうに、二人は笑いだした。そばを通りかかった社員がびくっと驚いて振り返る。ちょうど良いとばかりに、ジョンはその社員に声をかけた。

「あぁ、きみきみ。ちょっと全社員へ放送をかけてくるので、この子のバトルの記録係を頼むよ」
「はっ、えっしゃ、社長!? お疲れ様です! あの、記録係?」
「む、君はわが社随一のバリトンボイスだったな、カラスムギ君。さぞや良い記録係を務めてくれることだろう、期待しているよHAHAHA!」
「はっ!?」

 捕まった可哀そうな社員は、カラスムギというらしい。茶髪ロン毛をひとくくりにした、優男風の人物だ。カラスムギへの無茶ぶりをしたジョンは、今度はウルへ告げる。

「わが社には私を含めて50人の社員がいる。持ちポケでもレンタルでも構わないが、50人抜きする事が出来れば、君の望みの品をただであげよう」
「バトルの場所は?」
「自慢じゃないが、ここバトルカンパニーの耐バトル構造はハトバ随一でねぇ。わが社すべてがバトルフィールドだ!」

 ジョンは大きく両手を広げて言い放つ。くるりと踵を返し、放送室らしき方へ足早に姿を消した。ぽかんとしているカラスムギを、ウルがつんつんとつついた。

「ねぇ、カラスムギさん。準備しなくていいの?たぶん社長さん、すぐにでも放送かけるよ」
「あ、はっ!? あ、ああ。なんか、あんたすごいな」
「これからもっとすごくなるよ。さ、行こうか」



 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



『あーあー。マイクテス、マイクテス……こほん! 全社員に次ぐ! まずは、毎日御苦労! 君たちのお蔭で今日のわが社があるのだ! みな、残業はせず、協力し合って定時で帰るように!』

 放送が入ると、社員のほとんどが手を止めて聞き始めた。ウルはカラスムギと一階正面玄関にいる。ポケモンはレンタルしなかった。
 社長の言葉に、社員のほとんどが嬉しそうに「さすが社長」と応えている。今のが言葉だけではないのが分かる。社長としての人望はありそうだ。

「あのおじさん、社員とは仲良しなんだね」
「そりゃそうさ。社長は全社員の顔をちゃんと覚えてるし、よくしてくれる」
「ポケモンは道具扱いなのにね」
「……お前さん、よく見てるな」

 カラスムギがいささかドキッとした顔をした。

『今日はスペシャルなトレーナーがわが社に挑戦しに来てくれた。みなも知ってのとおり、昨日大々的にフーパに喧嘩を売ったトレーナー、ウル君だ! これから日没までの時間制限内で、わが社の社員50人抜きをやって見せるそうだ』
「そんでカラスムギさんも、それがちょっとだけ気に食わないのかな?」
「俺は社員だからな。お前さんとは違って会社に愛着もあるし、雇ってくれてよくしてくれる社長にも感謝してるよ」
「ふーん」

 ウルは喋りながら屈伸をしはじめた。大きく伸びをして、準備を始める。レントラーもくっと体を軽く伸ばすと、大きな深呼吸をひとつした。

『これは、わが社の威信をかけて答えなくてはならない! 記録係はカラスムギ君がやってくれる。頑張ってくれたまえよ、カラスムギ君! 記録係としても、もちろん社員としても君には期待している! ハトバのツアーガイド以上の働きを期待している! HAHAHA!』

 どっと笑いが周囲から上がった。カラスムギが「なんでバレてんだ……」と脱力し、からかうようにウルがその背を叩いた。

「期待されてるね、カラスムギ君。頑張ってくれたまえ!」
「偉そうだなお前さん。俺は一応、お前さんよりかなり年上で大人なんだぜ?」
「もちろん知ってるよぅ~」

 完全に舐められてんなぁと、カラスムギはがっくりした。この飄々とした若きトレーナーにとっては、大人も年上も関係ないらしい。社員50人抜きの直前だというのに、見るからに自信満々で、臆した様子はみじんもない。

「大人ってさ、ちょっとボクらより早く生まれたってだけなのに、偉そうだし、面倒くさいし、おまけにずるっこいし。カラスムギさんも一応そういう大人の部類でしょー」
「は、ははは……このくそガキ……」

 ひくっと、カラスムギの口元がひきつる。思わず本音が転び出るくらいには。

「そんでもって、ボクたち子どもより強くて大きいってんだから、やってらんないよ」

 だが続いた言葉に、カラスムギが目をぱちくりさせた。
 〝大人を舐めた子供のセリフ〟にしては、最後のセリフがあまりにも、〝重く〟呟かれたように感じたからだ。

『では、ウル君たちの準備も整ったようだし、Ready……』
「ゴールは社長室、目指すはストレート50人抜き! よーい……」

 2人の声が重なる。カラスムギが慌てて記録用紙を構え直し、ウルがぺろりと唇を舐めた。

『Go!』
「どん!!」

 一人と一匹が駆けだし、一人が慌ててついてくる。
 バトルカンパニー50人抜き、開始。

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