第18話 ふたご島・後編
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この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください
「ギヤーオオオオオオオオオオオオオッ!!」
飛び込んだその先にいたのは、大きな美しい鳥ポケモンだった。深い青色の体、滑らかな長い尻尾、怒りに震えているとはいえ攻撃する姿までも息を呑む程美麗。
百聞は一見に如かずというか、想像をはるかに超えたその姿に私は圧倒されるばかりだ。
「流石伝説なだけあるわね!」
フリーザーと相対しながら、スターミーに乗ったお姉さんが叫ぶ。その姿に見覚えのあった私は、ブルーさんが何か言うよりも先に叫んだ。
「ああああああっ! 渦潮お姉さん!!」
「……は?」
私を海の底へと引き摺りこんだお姉さんである。此処で会ったが百年目!
「リン、ミサイルバリ!!」
って、コーヒープリンは今いないんだったぁぁぁぁぁッ!!
反射的に指示を飛ばしてしまったが、その一瞬後にコーヒープリンは今いない事を思い出し、私は頭を抱えた。
「きゃああああああああッ!?」
「へ?」
しかし何処からともなくミサイルバリがお姉さんに飛来し、お姉さんはバランスを崩してスターミーから落ちた。お姉さんが海面に落ちるとフリーザーは隙を逃さず追撃としてふぶきを放った。海面に降り注ぐ勢いの強い雪にお姉さんの姿がかき消える。
お姉さんがどうなったのか気になったが、それよりもミサイルバリが飛んできた事の方に驚いた私は、飛んできた方向に目を向けた。
「スピ」
「コーヒープリン!?」
予想通り黄色と黒の姿がそこにあって、驚きと喜びに目を丸くした。何故ここにコーヒープリンがいるのか分からないが、とりあえず見つかったのなら何でもいい。コーヒープリンはこちらに向かって飛んできて、いつも通り護衛するようにそばに寄り添った。
「ぷあッ!! けほっ助かったわ!」
ふぶきの直撃を受けて沈んだはずのお姉さんの声がして、続けて今度は男の人の声がした。けだるげなやる気のない声だ。
「ゲーム通りにはいかないもんなぁ……」
滑らかな身体の黄色と水色の体のポケモンに乗ったお兄さんは、お姉さんを抱えていた。そこそこ大きな体のポケモンは頭に球体を二つつけていてチカチカと発光を繰り返す。どうもお兄さんはお姉さんがふぶきを喰らう直前に、お姉さんを海中に引き摺りこんで凌いだようだ。張り付く前髪をうっとおしそうに片手で掻きあげると、ブルーさんと私に目を向ける。その顔が一瞬強張った気がしたのは気のせいだろうか。
「あー……。まさかの原作キャラかよ…………」
ぽつりと呟いたその言葉が私達の耳に届く前に、フリーザーが凍てつくれいとうビームを空中から放った。それに即座に反応したお兄さんは、ポケモンに指示を飛ばす。
「ランターン、10万ボルトだ」
ランターンと呼ばれたそのポケモンは、10万ボルトを飛ばす。紫電を纏うエネルギー球はれいとうビームとぶつかり合って大量の水蒸気を発生させた。白い霧に包まれる空間に、お兄さんとお姉さんが言い争う声が微かに聞こえてくる。
「原作介入は無しだ。引くぞ」
「嫌よ! 私はフリーザ様をゲットするまでは帰らないのよぉぉぉぉッ!!」
「我慢しろ我慢。俺は原作介入なんてまっぴらごめんなんだよ」
「原作はブレイクしてこそ……」
「あーはいはい、続きは後でな。ネイティ、テレポート」
「いーやぁぁぁぁぁぁぁ……………………」
声が遠のいていき、霧が薄くなるころには二人の姿はなかった。さっきの声から判断するにテレポートしたのだろうが、原作とかフリーザとか、一体何を言っているのかさっぱりだった。隣で静観していたブルーさんも呆れたような顔をしている。
「何の用だったのかしらね。……ま、邪魔ものが消えたのなら何でもいいわ」
ブルーさんはすぐにフリーザーに意識を切り替えて対峙する。フリーザーはあの二人が消えたことで多少落ち着きを取り戻していたが、それでも私達への警戒心は非常に強く感じる。
ブルーさんがポケモンを出さず、じっとフリーザーを見据える。ブルーさんの目には恐怖と葛藤が見え隠れしていて、私はその時になって初めてブルーさんが鳥ポケモンが苦手であることを思い出した。
「ブルーさん、大丈夫ですか……?」
「……」
ブルーさんは答えない。無言のままにフリーザーと見つめあっているだけだ。おもむろに口を開くと、フリーザーに語りかけ始めた。
「ある男の計画を阻止するためにも……アタシには貴方が必要よ。アタシと一緒に戦って頂戴。フリーザー」
その声は震えていて、それでも覚悟に満ちた言葉だった。フリーザーはゆらりと体を揺らすと、その口元にエネルギーを溜め始める。ブルーさんはチャッとモンスターボールを構えて臨戦態勢に入った。その時、ガタガタと腰のモンスターボールのメロンパンが暴れて、私は驚いてモンスターボールを手に取った。
「メロンパン出たいの? でも危ないよ?」
伝説のポケモン・フリーザーVS前回のセキエイリーグ3位・ブルーさんの戦いなんて、私にはレベルが違いすぎる。足手まといになる自分の姿しか浮かばなくて、メロンパンに一言だけ言って腰に戻した。
「足手まといになるだけだから、手を出しちゃだめだよ」
此処は邪魔にならないようにしているのが一番だろう。飛べるコーヒープリンはともかくとして、メロンパンは下手すればはぐれる可能性もある。現にナッツクッキーとも合流出来ていないし、これ以上仲間とはぐれるのは避けたかった。
メロンパンは私の一言にピタリと暴れるのを止めて大人しくなる。メロンパンがモンスターボールから飛び出してきたらどうしようと思っていたので、私はほっと胸を撫で下ろした。
「行って、カメちゃん!」
「カメェェェェックス!!」
カメックスのカメちゃんがモンスターボールから出て、ブルーさんを守るように立ちはだかった。フリーザーはカメックスに向けてれいとうビームを放つ。ブルーさんはカメックスに既に指示を出していたようで、同時にハイドロポンプが放たれた。
「ギヤ—オオオオオオオオオオオッ!」
「ゴォォォォォォォォッ!」
れいとうビームとハイドロポンプがお互いにぶつかりあおうとする。だがその二つがぶつかり合う直前、海中から天に向けて光が一直線に走った。その2つを弾いて、なお天井を突き破って行った光線に唖然としていると、大きな水柱があがりオレンジ色の巨体とナッツクッキーが現れた。
「バウ゛ゥ゛ゥ゛ゥ゛ゥ゛ゥ゛ゥ゛ゥ゛ゥ゛ゥ゛ゥ゛ゥ゛ゥ゛ゥ゛ゥ゛ゥ゛ゥ゛ッ!」
「ゴォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォッ!」
咆哮する2体のポケモン。片方はナッツクッキーとして、もう一匹のポケモンは図鑑でなら見た事がある。あの姿は間違いない。海に化身と称されるポケモン、カイリューだ。
2匹は全くこちらの姿が目に入っていないようで、お互いに破壊光線やなみのりを繰り出して攻撃し合っている。水中戦と空中戦の両方ができ、全体的な能力が高いカイリューに分があるようでナッツクッキーは苦戦している。しかしナッツクッキーもカイリューを逃がすまいと尻尾を掴んで振り回したり、海中に引きずり込んで角ドリルを喰らわせようと常にドリルの回転を休めない。ナッツクッキーの装甲とも呼べる体は所々が欠けたり、柔らかい肉の部分からは血が噴き出している。でもカイリューもそれは同じで、傷自体は深いものは少ないが、体中に刻まれた無数の傷からは少なくない量の血液が流れ出していた。
体中傷だらけになって、満身創痍になって、それでも2匹はバトルを止める様子がない。いや、これは最早バトルというよりは————
激しい、殺しあいだ。
2匹は咆哮を繰り返しながら、ギラギラと目を血走らせて壮絶ともいえる戦闘を続ける。フリーザーも、ブルーさんも呆然としてそのバトルを見ていた。閃光走り、ドリルが唸る。ポケモン同士の本物の殺しあい。
気がつけば私は無意識のうちに走り出していて、喉が裂けるのではないかと思う程の声で叫んでいた。
「馬鹿な真似はやめなさぁぁぁぁぁぁぁぁいっ!!」
その一声で、2匹は金縛りでも受けたかのように硬直した。カイリューは信じられないものを聞いたかのように私を見て目をパチパチさせ、ナッツクッキーはゆっくりとこちらを凝視する。硬直して2匹の動きが止まったことによって、激しい戦闘の音が止む。だが一気に静まったはずの空間に地響きの音がまだ響いていて、私は首を傾げた。
「…………何の音?」
直後にブルーさんが真っ青な顔になって、悲鳴のような声をあげた。
「崩れてんのよ! 逃げるわよ!!」
「え? ……あっ!ああああああああああッ!!」
その言葉の意味を一拍置いて理解する。あれだけ破壊光線やらなみのりやらぶっ放したのなら、崩壊が始まるのは当然のことだ。大きくなっていく地響きにブルーさんが私の手を引きかけて、ハッとした顔でフリーザーを振り返った。
「フリーザー、あんた地上へ出る道知ってるんじゃないの?」
それはもっともな質問だった。フリーザーのような大型の鳥ポケモンが、階段や入り組んだ場所を通らないような通路を使用するとは考えづらい。とくれば、鳥ポケモンだけが入ってこれる、ここから地上への直通路があると考えるのが自然だった。
「ギャオッ!」
フリーザーは短く鳴くと、ブルーさんと私が乗りやすいように体を寄せた。この状況下で脱出にフリーザーの協力が得られるのはありがたい事だ。私はブルーさんと一緒にフリーザーの背中に乗りこむと、ナッツクッキーとコーヒープリンに向けてモンスターボールの赤い光線を放つ。コーヒープリンは当然大人しく収まり、ナッツクッキーはというと一瞬カイリューを見たが、やはりボールにちゃんと戻ってくれて私はほっとした。カイリューも既に落ち着いているようだし、後は————
「フリーザー、お願い!」
「お願いします!!」
私がポケモンを回収し終わったのを確認すると、フリーザーはすぐに飛び立った。その間も崩壊は進んでおり、天井から次々と崩れ落ちた岩が私達を襲った。迫る数々の落盤に私は肝を冷やしていたが、ブルーさんはあくまでも表面上は冷静に状況を観察して、フリーザーに指示を飛ばしていた。
「フリーザー、右!」
「ギャア!」
「左下!」
「ギャ!」
「右斜め下47度!」
「ギャアアッ!!」
「すごい……」
即席とは思えないほどの息の合いように、私はだんだんと恐怖が薄らぎ始めていた。すぐそばに落ち着いている人がいるので、それに感化されたのかもしれない。そのうちに体は震えていても、状況をある程度観察できるようになっていた。肩越しに振り返るとすぐ後ろについてきているカイリューの姿に、目を疑った。
「な、何でついてきてるの!?」
まさかナッツクッキーとのバトルを中断されたから怒っているのだろうか。私の悲鳴にブルーさんは一瞬だけ背後を振りかえり、舌打ちした。
「ユズル、カイリューは頼んだわ!」
「えええええええええっ!?」
ブルーさんのまさかのパスに、私はこれまでで一番大きな驚愕の声をあげる。口をパクパクさせながらブルーさんとカイリューを見比べるが、確かにブルーさんはカイリューにまで手を回せる状態じゃない。ならば私が相手をしなければならないのだろうが、冷や汗が止まらなかった。海の化身、ドラゴンタイプ、知能も人間に匹敵するほど良いと言われている上、さっきまで血みどろの戦いを繰り広げたカイリューを相手にするとか無理無理無理!!図鑑で呼んだ限りでは、“海で溺れている人を助けるため、広い海をいつも飛び回っているという”とか“広い海のどこかに住処があると言われている。難破した船を陸まで導いてくれる ”とか人間に対してかなり好意的に書かれていたが、先のバトルからはとてもじゃないが想像できない。
私は戦々恐々としながらカイリューをもう一度振り返った。フリーザーに狙える隙がないのか、カイリューも落盤相手に手いっぱいなのかは分からないが、いつ攻撃してくるとも限らないのであればカイリューに意識を集中するしかない。
「……?」
カイリューも飛びながら私を見ていたらしく、ばっちり目が合った。その瞬間、私の中にあった恐怖とか怯えが一気に吹っ飛んでいく。カイリューの瞳に映る色はごく最近見たものにそっくりで、それでいて少しだけ違ったものだった。
全く感じられない敵意に既視感、そして————
僅かな懐かしさと悲しみの色。
「君は、」
カイリューに向かって踏み出した一歩。不安定な足場で立ち上がればどうなるか分かっていたはずなのに、私はカイリューの瞳の意味を知りたいとだけ感じていた。理由は分からないけど、心よりももっと奥の奥、魂のどこかから飢えるほどに求める感覚。
分からないけれど知りたい。
分からないから知りたいと思うのか、本当は分かっているからこそ知りたいと思うのか。
そんなこと、もうどっちでもいい————
「右、右上、し……ッユズル!?」
踏み出した一歩は、容易に体を中空へと投げ出させた。崩れゆく岩壁もブルーさんの声も、視界の端に流れていくフリーザーのしなやかな身体も、私には関係ない。
……いや、本当に関係ないか?
夢を見ているような状態だった私の脳内が、突如としてクリアになる。落ちている。間違いなく私は落ちていた。フリーザーの体から落ちて、容赦なく現実を突きつける落下の感覚。
「ぎゃあああああああああああああああああああああああッ!?」
悲鳴が喉を引き裂いた。
「バウ゛ッ!」
カイリューの鳴き声が聞こえて、私はあの世まっしぐらの尖った岩肌ではなく、柔らかい何かに着地する。反射的にその身体にしがみつき、ほっと息をついた。
「……カイリュー?」
「バウ゛ーッ!」
どうも私を見事にキャッチしてくれたのはカイリューだったらしい。柔らかな毛並みの体に必死でしがみつきながら首を傾げた私に、カイリューは元気よく返事をしてくれた。
「ユズルーッ! 生きてる!?」
先行するブルーさんが声を張り上げた。「大丈夫ですーッ!」と叫び返すと、カイリューの背中で乗りやすいところを探して慎重に動く。カイリューは器用に岩壁を避け、フリーザーの後を追う。さっきの見詰めあいによって、私はほぼ本能的にこのカイリューは敵ではないと判断していた。
「……あ!」
前方に光が見える。すぐに光は大きくなって、心地の良い風が解けたままの髪を撫でた。髪を結んでいた紐は溺れたときに無くしてしまったので、塩気を含むものの既に乾ききった髪が後方に流れていく。それをくすぐったく思いながら、この地獄のレースの終了に、体の力が抜けていくのを感じていた。
「ア・ン・タ・は・なぁにを考えてるのよッ!!」
「いひゃいいひゃいいひゃい! ほめんなひゃい!!」
ふたご島の頂上近くの草はらで、私はブルーさんに厳しい折檻を受けていた。理由は当然、フリーザーの背中からふらふら飛び降りたことについてだ。
あれから私たちはふたご島のてっぺんの入り口から出て、少し降りたところに着地していた。一人、一匹たりとも欠けることなく脱出出来たのは正に奇跡なのではないだろうか。降りてすぐにブルーさんは私にお説教を開始した。ほっぺたをつねりながらブルーさんは黒い微笑みを浮かばせる。
「オホホホホホホ。このほっぺたは何処まで伸びるのかしらねぇぇぇぇ……!」
「いひゃいれす! もうのりないれすふふふふ!!」
精神も体も、もう擦り切れそうだというのに、これ以上攻撃しないでぇぇぇぇ。
ブルーさんの言いたいことは良くわかるので反論はしない。それでも痛いものは痛いのでこれくらいで許してブルーさん!
「ったく! ま、この辺で許してあげるわ。十分反省もしたでしょうしね」
パチンっと引っ張っていた手を放し、ブルーさんからほっぺたが解放される。確実に赤くなっているであろうほっぺたを擦りながら私は頭を下げた。
「ご心配おかけしました……」
ブルーさんは「本当にね」と言うと、フリーザーに向き直った。フリーザーとカイリューは並んで待っていて、迫力はあるのだが威圧感とかは感じなかった。フリーザーはじっとブルーさんを見ていて、ブルーさんはふっと笑うとモンスターボールをフリーザーに向けて投げた。フリーザーは身じろぎ一つせず、モンスターボールに収まって行った。
「……ありがと、よろしくね。フリーザー」
ブルーさんはフリーザーの収まったモンスターボールにキスを落とすと、次にカイリューを見て、何故か私を見た。
「ユズル、カイリューをどうするの?」
「どうすると言われても……」
私がチラリとカイリューを見るとカイリューは一鳴きして私の顔を舐めた。
「うひゃっ!」
カイリューは何かを期待するように私を見詰める。これは、つまりゲットして欲しいということでいいのだろうか?
「何迷ってんのよ。カイリューがゲットして欲しそうなのは、一目瞭然でしょうに」
「バウ」
私はカイリューが「その通り!」と鳴いた様な気がした。空のモンスターボールを投げると、カイリューはすぐに吸い込まれていってモンスターボールは草原に落ちる。それを拾い上げて、私はカイリューに笑いかけた。
「仲間になってくれてありがとう。ようこそ、カイリュー」
見慣れているはずの青い空は、その時ばかりは息をのむほどに美しく感じた。
生きているって、素晴らしい!!
To be continue……?