100話 北へH

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「なあ風見」
「どうした」
「飛行機って墜ちるかな」
 俺がそうぽつりと漏らすと、隣で立っていた風見が顔を逸らして黙ったままくつくつと肩を上下に揺らす。
「え、俺今何か変なこと言った?」
「何いってるんだ、墜ちるわけがないだろう。普通は」
 ようやくこちらを向いたと思えばめちゃくちゃ口が笑ってやがる。推測してみるに、さっきは顔を逸らして笑いをこらえようとしていたのかもしれないが、今笑ってればもう隠す意味はないだろ。
「そうなの?」
「当たり前だ。考えてみろ。そんな頻繁に墜ちていたら飛行機や空港なんてものはもうないぞ」
「なるほど、それもそうか」
「なるほど以前の問題だと思うが……。もしかして、翔は飛行機初めてなのか?」
「うん……」
 飛行機は初めてで確かに怖い。それもそうなのだが、実際に飛行機には良い印象がない。
 もう相当昔の話であるが、俺の両親は俺が小さい頃に飛行機の事故で亡くなったのだ。その後も別に遠くに行く機会がなくて、飛行機という存在自体がそもそも雲の上(自分でもうまいこと言ったつもり)だったのだが。
 今日、六月二十九日は修学旅行だ。修学旅行となれば団体行動故にどれだけ嫌であろうと飛行機は避けられない。俺自身事故にあったわけでないのでそこまでトラウマではないのだが、もし何かがあって大事な友達を失うかもしれないと思うと怖い。あと地上を離れるのが怖い、そんな飛行機初体験間近。
 昨日一昨日の月、火曜日は授業があり、今日水曜日に発って七月三日の日曜日に戻ってくる四泊五日の修学旅行。土日の休みを潰してしまうのが誠に憎たらしい。
 本来はオーストラリアに行くはずだったのだが先月に凶悪犯罪事件が発生。犯人がなかなか捕まらないことを恐れたPTAがケチをつけ、先生たちも安全上のウンタラで俺の人生初の海外旅行の夢は消えて北海道に行くことになった。
 それでもロクに東京から出ることない俺からすれば北海道なんて初めてなので全然問題なくウキウキ気分を保っている。
 そんなこんなで今俺たちが集まっているのは千葉県にあります成田空港。時刻は午前七時半。一時間くらい前に学校に集まった俺たちは、いつの間にか校門前で待ち構えていたバスにぎっしり詰め込まれてここまで連れて来られた。
 もちろんあくまで通過点なので千葉なんてまともに観光する余裕もなく、荷物を預けてチケットを見せて、人生初の金属探知を受けたなら搭乗口にすたこらと連れてこられ、あっという間に飛行機に乗っていた。
 出席番号順で座席が決められている飛行機内。幸か不幸か窓際だ。出席番号が一つ後の風見が俺の隣で文庫本を広げてようとする。
「なあ風見。俺トランプ持ってきたけどやる?」
「い、今からか?」
「これテーブルだろ? それ降ろしたらスピードか何か出来るんじゃない?」
「テーブルを下ろせるのは離陸してからだ」
 なんとめんどくさい。手持ち無沙汰な俺は一人でトランプを延々とシャッフルし続ける。そのとき突如機内にアナウンスが鳴り響き、慣れない体験にうぉううぉうと変な声を出しているうちにようやく飛行機が動き出した。
 が、左を向いて見た窓の外は滑走路をただただ走るだけである。
「あれ、飛ばないの?」
「いきなり真上に離陸出来る訳がないだろう」
 窓の外が少し高くなったと思えばふと奇妙な感覚がやって来た。まるで体が上から押しつけられるような力がかかる。これがGってやつか!
 そのまま窓にがっついていれば、どんどん街が小さくなる、海が見える。テレビや新聞の写真とかでしか見れないような光景が今目の前に広がっている!
「おおお!」
 と言ったのは俺だけではなく、周囲のクラスメイトからも似たような歓声が聞こえる。相変わらず押しつけてくるGと友達になりながらまだ見ぬ景色に子どものように目を輝かせていた。
 しかし耳が痛い痛い痛い! 両耳を抑えていると、風見がペットボトルのお茶を渡す。
「翔、それはあまり意味がないぞ。気圧で鼓膜が痛い時は飲みものを飲んだり、欠伸をしたりするのがいい」
「あ、欠伸!? そんな簡単に出来ねえよ!」
「実際に出なくていいから欠伸のようなことをするだけでも十分いいし、とにかく飲め」
 ためらうことなく突き出されたお茶を飲む。耳の奥で低く響く形容し難い音の後、なるほど確かに痛みが少しだけ和らいだような気もする。
 やがて飛行機の高度が高くなり雲や青空ばかりが広がると、大して変わり映えのしない景観に飽きてきた。機内ではポン、と景気の良い音が一つ鳴り、風見が慣れた手つきでテーブルを倒す。その様子をボーッと見てると声をかけられた。
「もう降ろしていいぞ」
「あ、はい。それってどうして分かるの?」
「シートベルト装着ランプが消えたら降ろしていいんだ。再点灯したらテーブルを上げる。だいたい飛行機が上昇したり下降したりしている間以外はテーブルを下ろしても問題ない」
「へー、そうなんだ。じゃあ早速やろうぜ」
「何を?」
「トランプ」



「飽きたな」
「ああ……」
 大富豪は二人でやるものじゃない。手札が多すぎる。ババ抜きに至ってはたった一回で飽きた。ポーカーも賭け事でもないから全然楽しくない。ダウトに至ってはそれ以前。
 先ほども言った通り、出席番号順で機内での座席が決められているため、俺の周囲には仲が良い奴が隣の風見くらいしかいない。恭介や蜂谷とかは三列くらい後方の中央席。トランプやろうだなんて距離じゃない。
 もちろん他にも仲が良い奴はいる。だというのに今に限っては前の席後ろの席があんまり喋らないような女子とかばっかりなのだ。残念である。
 結局その後はポケモンしりとりをしたり山手線ゲーム二人でしていた。嫌な顔を二つや三つくらいした風見だったが口では文句も言わずに付き合ってくれた。後で気付くが俺のせいで風見は本を読めなかったんだよな。申し訳ない。
 それからしばらく、忘れた頃にポン、とまた気持ちの良い音が機内に鳴る。
「テーブル上げるぞ」
「おう」
 なんだっけ、シートベルト装着ランプだったか。それが点いたってことは飛行機が下降していくんだよな。
 などと考えているうちに、言葉にするにはこれまた難しい何とも言えない不快感が襲いかかる。お尻はちゃんと椅子に着いているし、シートベルトはしっかりついているのだが上へ上へと引っ張られるような感覚と言うのだろうか。地に足がついてないとでも言うのだろうか。とにかく至極不愉快で自然と歯を食いしばる。
「だ、大丈夫か翔?」
 必死でこの不快感から堪えようとする俺を風見がかなり心配そうに見てくる。首をぶんぶん振るのが精いっぱい。
 ふと思い出した、この不快感はジェットコースターが下るときとかと一緒だ……!



「だー、ようやく着いた」
 飛行機にすっかり精神力を絞られてしまった。しかしあっという間に北海道だぜ北海道。……とはしゃぐ元気はどこぞに消えた。
「本当に大丈夫か?」
「まだ耳が痛い」
「後でお茶を買うべきだな。どこかに売ってあるだろう」
「そうします」
 風見の茶を飲み干した俺は空になったペットボトルでぽか、と一発叩かれる。
 北海道に来たからといって、「お、超寒い!」だなんてことはなく、言われれば涼しいな程度のものであって。
 新千歳空港も広い空港であるが、どうして空港はこうも三日月型みたいな構造ばっかりするのだろう。ここにはあちこちに古い飛行機の模型があったりして見るのが面白い。
 その飛行機の模型のスタンプラリーもあるらしいのだが、そんなことをやる暇なくさっさと空港から出て再びバスに詰め込まれた。
 バスはあらかじめクラス内で自由に決めた席。これでいつもの仲間が集う。三十分ほどバスに揺られてなんだかよくわからん建物でお昼を食べさせられて、再びバスに乗り続いては旭山動物園に運ばれる。
 さてここからが自らの意思、いや、班行動で動物園内を動くことが出来る。基本的にこの修学旅行の間は常に同じ班で動くことになっている。メンバーは俺、風見、恭介、拓哉、蜂谷、あとは同じクラスの逝けメンこと野田義弘の男六人だ。分かるように男女別に班は作られているのでむさ苦しい。
 それはさておき動物園。ここにはほっきょくぐま館やオオカミの森など、動物ごとに建物が分けられていたりする。動物たちがえさを食べるのを見れるもぐもぐタイムというものがあって……。
 と、修学旅行委員である俺はそれを風見の家のパソコンで調べて(我が家には俺がパソコンを使える環境がない)修学旅行のしおりに事細かに書きまくったのだが、こいつらはこともあろうかそれを無視!
 そもそも俺と風見は動物にさして興味がなく、恭介蜂谷野田の三人は動物見るより他の観光客の女の人ばっか見て、唯一拓哉だけが動物に胸を躍らせている酷い有り様だ。
 だから拓哉が見たいと言ったホッキョクグマやペンギン、オオカミアライグマや羊を見ることになる。インスタントカメラでパチパチ撮る拓哉の隣で、風見はしっかりしたデジカメを用意して、写真を撮っていた。他三人はライオンぐったり寝過ぎだろと笑いながら面白写真を撮るくらいである。
「風見、動物興味ないとか言ってるわりにはさっきからめちゃくちゃ撮りまくってるよな」
「そういう翔もそれなりに撮ってるだろ」
「記念だよ」
「そうかい」
「あとそのデジカメって一眼レフ?」
「そうだが、これは俺のじゃあない。一之瀬さんに渡されて、いろいろ撮って来いって言われてな」
 ああ、確かにあの人はそんなこと言いそうだな。
「パシリじゃん」
「付き合いってやつだよ」
 上手いように使われてるってことだよ。とは口には出さなかった。
 それからも拓哉に引っ張られるように連れて行かれた俺たちは合計三時間の活動を終えてまたバスに詰められて今度はホテルに運ばれる。
 ホテルでの夕食はジンギスカン。焼いた肉を片っ端から蜂谷、恭介、野田の三人ががっつくがために風見と拓哉はそんなに食べてなかったような気がする。俺はそれなりに食べることが出来た。そして羊肉を初めて食べたのだが、うーん。これといって特別美味いという訳でもないため判断に困る。
 夕食の後は大浴場ではしゃいで怒られ、六人部屋でトランプして遊んで充実すれば消灯の時間はすぐだった。
 修学旅行の初日とはいえどうせ夜は騒がしくなるだろうと思っていたのだが、飛行機やらバスやらで疲れたせいかあっさり全員眠りに着いた。風見は蜂谷のイビキに悩まされたようだが……。



「おおおお、海が見えるぜ!」
「海自体はそんな珍しくないだろうに」
 陽が昇り修学旅行二日目。朝はホテルのバイキングで済ましてチェックアウトすると、もう何度目かバスに乗り込む。バスの窓から一望出来る石狩湾に、窓際の席に座る恭介が騒いで風見が突っ込む。
 今日は小樽自主研修。うちの校風は自由を謳っていることもあってか、二日目と四日目は半日丸々自主研修なのだ。
 しかし時間を守れなかったら厳しい罰があるらしい。蜂谷が先輩から聞いたと言って自慢げに語るのは、晩飯が抜きだとかホテルで担任の部屋で正座させられっぱなしだとか。
 この班の班長である俺も、先生からはとにかく時間厳守だと耳にたこが出来るほど聞かされた。
 たこ、そうそう思い出した。小樽では、北海道では絶対に海産物食べたい! やっぱここに来たらそうおものを堪能すべきでしょう! ウニやら蟹やら鮭やらいくらやらイカやらもうキリがない! いろんなものが食べれると考えれるだけでにやけます。
 そう考えると北海道来れて良かったなあ、オーストラリアも気になるけどやっぱ北海道で大満足。
 バスから降りたのは午前十一時。俺たちは涼しい街並みを歩き始める。ところでやはりクソ暑い都会から来たせいもあって、半袖ではなく長袖くらいが丁度いい。海辺ということもあってか潮風もすごい。
 大きく一つのびをして、あらかじめネットで調べて行く予定にしていた海鮮丼を取り扱うお店に手早く向かう。
 画像を見て一目惚れし、レビューを見てそれは揺るぎないものになった。どうしてもこの店のいくら丼が食べたいのだ。いざ店内に入りメニューを開くと、海鮮丼だけでなくお寿司もいくらかあって、六人はそれぞれ思うように注文する。
 窓際の席で小樽の港と遥か向こうまで続く石狩湾を見つめながら、運ばれてきたいくら丼を口の中に運ぶ。これでもかというほどご飯の上に盛りに盛られたいくら丼。美味い、美味すぎる。口の中で冷たいいくらと暖かいご飯が上手い感じに溶けて混ざって……。何にも替え難い至福の時間だ。どうしてか頬の筋肉が自然と緩んでしまう。北海道、最高だああああ!
 値段こそしたが食べ終わってからも顔がにやけたまま元に戻ろうとしなかった。
「よっし、後は小樽を満喫するだけだぞおらー!」
「っしゃあ! ……で、どこに行くの?」
「……へへ」
「へへじゃねぇよ」
 笑って誤魔化せなかったか。それはともかく今の店以外には行く場所なんて実は大して何も決めていなかった。地図を適当に見ながら俺たちは広い小樽をさ迷うことにする。
 ガラス工房や、洋菓子店、市場を巡り、行き当たりばったりながらも充実した散策。
 街の風景を写真に撮ったり、街行く人に頼み込んで俺たち六人の写真を撮ってもらったり。そしてなんとなーく小樽運河を望みながら小休止していると、ふと移動販売のソフトクリーム屋を見つける。
「アレ食べようぜ」
 店に名物、北海道プレミアソフトクリーム。と一際目立つように貼られていたメニュー。単純ながら魅力的な響きである。
「じゃあお金渡すから買ってこいよ」
「はぁ、しょうがないな」
 運河の手すりにもたれかかって動かなくなった蜂谷と野田から金を巻き上げ、残り三人を引き連れてソフトクリーム屋に向かう。
「すみませーん。北海道プレミアソフトクリーム三つと、お前らはどうする?」
「僕このイカスミなんとかっていうのが気になる」
「いいな、俺もそれにするぜ」
「……俺はプレミアソフトでいい」
「じゃあそれください」
「あい、合計六つね。君たち、修学旅行生なの?」
 店の中から四十代くらいだろうか、やや皺の入った穏やかな顔が現れる。
「はい。東京から来ました」
「東京かあ。ここ、中々いい場所でしょ」
「まだそんなにいっぱい回れてないけど、本当にいい場所ですねぇ。また来てみたいなと思います」
 気の良さそうな店主と笑顔を向けてやりとりしているとき、突如ぴたりと店主の動きが止まった。
「ねえ、もしかして君たちが付けてるのってバトルベルト?」
「え……。まあ」
 何か嫌な気がする。
「良かったらさ、私と勝負してくれないかい? 私も、ほら」
 おじさんがエプロンをたくし上げて、ライトイエローのバトルベルトを見せる。ああ、やっぱりこういう展開か。
「もちろんただとは言わないよ、君たちが私に買ったら半額にしてあげよう。もちろん私が申し込んでるから、私が勝ったからって五割増しにはしない」
 思わぬとこから好チャンス、棚からぼたもち。貧乏な俺としては出来るだけ安めにしてもらいたいし、何より風見杯で優勝した経験もあるしPCCでは上位に食い込んだ。こんなところで負ける訳ないはず。その挑戦、飛んで火に入る夏の虫!
「良いですよ、受けます!」
 心の中の悪い笑顔を押し込めて、真摯な態度で肯定する。
「はははっ、いいねえ。私はね。君たちのような修学旅行生とかとこうして戦って、腕を競うのが楽しみなんだ。さあ、やるとなったら手早く始めようか」
 急にこんなことになって悪いな、と風見たちに言うと、仕方ないなと溜息混じりに返された。恭介と拓哉からは負けるなよ、頑張ってと声援をもらった。
 そういえばここ最近、知らない人と戦うだなんて無かったからきっと俺にも良い経験にもなるはず。こういうのも悪くない。
「遠慮はしませんよ!」
「さあ、存分にかかって来てくれ!」
 昼の小樽運河、北の大地の涼しさも忘れてしまうくらいの熱い勝負がいざ始まらん。



翔「次回のキーカードだ!
  ポケパワーでがんがんドロー!
  そしてロストバーンで大ダメージを狙え!」

ジバコイル HP140 グレート 雷 (LL)
ポケパワー でんじドロー
 自分の番に1回使える。自分の手札が6枚になるように、自分の山札からカードを引く。このパワーは、このポケモンが特殊状態なら使えない。
雷無 ロストバーン  50×
 自分のポケモンについているエネルギーを好きなだけロストゾーンにおき、そのエネルギーの枚数×50ダメージ。
弱点 闘×2 抵抗力 鋼-20 にげる 3

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