Mission #139 清廉なる守護者(後編)

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「痛っ……!!」

強い警戒感を含んだ声音は頭の中に鐘のように響き、アカツキは顔をしかめた。
耳から聴こえてくるのと違い、頭にガンガン響いてくるため、痛みすら伴っていたのだ。
だが……

「まさか、今の声は……」

『人の世にこの宝玉は不要。無用の混乱をもたらす。それを知ってここまで来たか』

顔をしかめたハーブの声に応えるようにして、再び聴こえてくる声。
ルカリオの張り詰めた表情や雰囲気から察するに、テレパシーでアカツキたちに声を送ってきているらしかった。
ポケモンの中には、人語を操れなくてもテレパシーという形で気持ちや思っていることを伝えてくるものもいる。
言葉こそ異なれど、心があるからには喜びや悲しみといった感情……気持ちを伝えることはできるのだ。

(ルカリオがぼくたちに帰れって言ってる……?)

王子の涙はかつて、この地方を救ったとおとぎ話で語られている。
やはり、それだけの力を秘めているからこそ、悪用されるととんでもない災いが起こる。
ルカリオはそれを警戒しているようにも見えた。
見立てではなく、ほぼ間違いないのだろうが。

(でも、ここで帰るわけにはいかない。
リオルは……ぼくたちの気持ちを分かってくれた。
ルカリオにだって、ちゃんと話せば伝わるんだ。言葉で無理なら……キャプチャで伝えるしかない)

ルカリオがどのような意図で立ちはだかっていようと、アルミア地方の平和を守るためには王子の涙の力が必要になる。
リオルは自分たちの気持ちを理解してくれたから、結界を解いてくれたのだ。そのリオルに報いるためにも、ここで帰るわけにはいかない。
強風のように吹き付けてくる猛烈なプレッシャーは、ルカリオが本当に王子の涙を守ろうとしていることを如実に突きつけてきている。
少しでも身体から力を抜こうものなら、そのまま吹き飛ばされてしまいそうだ。
アカツキはその場に踏ん張るようにして、足腰に力を込めた。
それを戦う姿勢と受け取ったのか、ルカリオの鋭い相貌が彼に向けられる。

「……!!」
「ムクバーっ!! ムクバーっ!!」

今までに感じたことのない威圧感――それこそ、ムックやフィートの特性である『威嚇』とはまた違うプレッシャーに、思わず足がすくみそうになる。
だが、若干の弱音を抱きかけた気持ちに活を入れたのは、アカツキの前に躍り出たムックの、一際強い嘶きだった。

(ムック……そうだ、ぼくが負けちゃいられないんだ。ハーブさんに任せるしかないけど……)

あらかじめ、ハーブからは手出し無用と言われている。
直接キャプチャに携わることはできなくても、キャプチャの行方を見守ることくらいはできるのだ。
プレッシャーに負けている場合ではない。

『…………』

ルカリオはムックの嘶きを受けても平然とした様子で、ハーブに視線を据えた。
戦うべき相手が彼女と、彼女のパートナーであるフィートだと理解したようだ。
無視されたことに腹を立てたのか、ムックが翼を広げて再び嘶こうとするが、アカツキが手で制した。

「ムック。気持ちは分かるけど、ぼくたちじゃたぶん、ルカリオをキャプチャするのは無理だよ」
「ムクバーっ……」

今までにキャプチャしてきたどんなポケモンよりも、目の前のルカリオは強い。
雰囲気からでも理解できるのだから、ルカリオがハーブを『戦うべき相手』と認識するのは当然だろう。
ミラカドのドラピオンや、白衣の女のグライオンですら、このルカリオの前には霞んでしまうだろう。
そう思わせるだけのものがある。

『一人でも二人でも、私は一向に構わんぞ。
おとなしく立ち去ればそれで良し……立ち去らぬなら、力ずくでたたき出してくれよう』

「冗談じゃないわ。
……悪いけど、あなたの進化前のリオルはわたしたちの気持ちを理解して、結界を通してくれた。
ここで逃げ帰るようじゃ、リオルの気持ちを裏切るも同然よ。
それに、アルミアの平和のために『王子の涙』は必要なの。
力ずくってのは嫌いじゃないけど、わたしの……いえ、わたしたちの気持ち、あなたに受け取ってもらわなきゃね」

ルカリオの言葉を一蹴し、ハーブは右手を掲げてみせた。
腕に装着されたファインスタイラーを見せ付けているかのようだったが、彼女の強い意思を込めた言葉も相まって、ルカリオには戦いを仕掛けようとしていると受け取られたようだ。

『その意気込みや良し。だが、後悔しても知らんぞ……参る!!』

やるならさっさと、と言わんばかりに、ルカリオは言葉が終わると同時に両手を前に突き出し、淡い青色をしたエネルギー弾を複数撃ち出してきた。
『波導ポケモン』と呼ばれる由来でもある、波導弾と呼ばれる格闘タイプの特殊攻撃技だ。
一見無差別に撃ち出されたように見える波導弾は、しかしアカツキとハーブを正確に狙っていた。

(波導弾は確か……)

アカツキは一直線に飛来する波導弾から身をかわし、相手の技の特徴を脳内のタンスから引っ張り出した。

(避けられない!!)

いつか本で読んだことが正しければ、波導弾は相手の『波導(いわゆる個人の存在感で、個人を識別する見えない符号のようなもの)』を追跡する特徴を持つため、普通の方法ではまず避けることができない技――つまり、必中技だ。
実際、一度は避けて明後日の方角に飛んでいく波導弾だが、途中で向きを変えて再びアカツキに襲いかかってきた。

(延々と避け続けるんじゃ埒が明かない……)

避け続ければいつかは内包しているエネルギーが底を尽いて霧散するだろうが、それまで延々と避け続けるのも難しい。
さらに、ルカリオは次の攻撃をハーブに加えているところだった。
一度放たれた技は相手を追い続け、放った後はフリーに動けるため、別の攻撃を相手に加えることができるのだ。
延々と避け続けている間に、ルカリオがこちらを叩きのめすべく、さらなる攻撃を加えてくることになる。
避けるだけでは意味がない……ならば、採るべき行動は一つだけだ。

「ムック、波導弾を翼で打って!!」
「ムクバーっ!!」

ムックはアカツキの指示を受けると、すぐさま翼を広げて波導弾に突撃を仕掛けた。
途中、すれ違いざまに目いっぱい広げた翼をぶつけ、追跡仕様のエネルギー弾を破壊する。

(よし、とりあえずこっちはなんとかなった。でも……)

アカツキに向けて放たれた波導弾は一発だけだった。
ハーブより格下と侮っているのかは分からないが、攻撃を処理してしまえば後はどうにでもなった。
しかし、アカツキとムックが一発の波導弾を処理している間に、ルカリオはハーブとフィートに猛攻を仕掛けていた。
速攻可能な衝撃波を飛ばす真空波。
防御をかなぐり捨てることで高い威力で繰り出せる接近戦の技・インファイト。
強烈な衝撃で一時的に相手を麻痺させることがある技・発頸。
遠距離用、近距離用の技を織り交ぜ、氷の床をモノともせずに動き回りながら攻撃を仕掛けてくるルカリオに、ハーブは防戦一方だった。

(さすがにやるわね……!! まあ、これくらい張り合いがなきゃ守護者なんてやってられないんでしょうけど)

息もつかせぬ連続攻撃だが、ハーブはむしろ真剣に楽しんでいた。
アカツキからは背中になっていて見えなかったが、彼女の口元にはかすかな笑み。
ここしばらく、ハーブとフィートが『全力』で相手をしなければならないような強敵に出くわしていなかったので、口が裂けても言えないのだが退屈さを持て余していたところだ。
彼女が指示を出さずとも、フィートは相手の攻撃を最小限の動きで食い止め、あるいは回避している。
ただでさえ屋内で、自慢のスピードを発揮できない悪条件ではあったが、フィートからすれば十分に慣れている環境だった。
ハーブのパートナーとして苦楽を共にして約十年。
屋外から屋内、動きやすい場所から身動きすらなかなか取れないような場所まで、様々な場所でミッションをこなしてきたのだ。
広いとは言えない場所でも、臨機応変に急制動をかけることで身軽な動きを可能としている。
そこは最終進化形としての腕の見せ所と言わんばかりで、いわば『後輩』であるムックに、自分の戦い方を見ていろと、手本を示しているようですらあった。

「ムクバーっ……」

今の自分ではとてもできそうにない俊敏かつ力強いフィートの動きに、ムックは知らぬ間に見惚れていた。
てっきり、小柄な自分の方が小回りの利く動きができると思っていたのだが、フィートの動きは力強さと緻密さを両立している。
接近戦を挑もうとするルカリオを脚で往なし、波導弾などで距離を開いた状態から攻撃を仕掛けてきた場合には鋼の翼や翼で打つ攻撃を駆使して撃墜する。
序盤は防戦一方だったハーブたちも、徐々に勢いを盛り返し、互角の勝負を演じるまでになった。
それでも、ルカリオは巧みに立ち回っており、一箇所に留まらないためハーブもキャプチャに入れずにいた。
狭い場所で所狭しと動き回るポケモンのキャプチャとなると、トップレンジャーでも一筋縄では行かないのだ。

(すごい……)

ハーブとフィート、ルカリオの激しい戦いを少し離れた場所で眺め、アカツキは感嘆のため息を漏らした。
はじめに撃ち出された波導弾は、いわばアカツキに対して手を出すなというルカリオの意思表示だったらしく、それからはまったく攻撃を仕掛けてこない。
ただ、激しい戦いゆえに手出しする糸口を見出すことさえできなかった。

(ヌリエ高原の遺跡でセブンさんがミカルゲをキャプチャしたのを見たけど、その時よりもすごい……)

直接ポケモン同士がぶつかり合っているのだから、こちらの方がリアリティが高いのは当たり前のことだ。
互いに自らの思いの丈をぶつけ合っているかのような、魂を賭したと言っても決して言い過ぎではないような激しい勝負。
ルカリオは王子の涙を守ろうと、ハーブとフィートはアルミア地方の平和のため、王子の涙を持ち帰ろうと。
互いに自らの想いを突き通すため、全力でぶつかっている。

(…………ぼくだったら十秒も持ち堪えられるか分かんない。それくらいすごいんだ……)

もしもハーブが負けるようなことがあったら……
ありえないと思いつつも、そのようなシチュエーションを想像せずにはいられないほどに、目の前の争いは激しさを増していた。
半ば見惚れるようにして時間だけが過ぎていく。
一体どれだけの時間が経ったのか――実際にそれほどの時間が経過したわけではなかったが、限りなく時が引き延ばされたようにすら感じられた――、ルカリオの放った波導弾がハーブのすぐ傍の地面で炸裂した。

「……!?」

ハーブが驚愕に目を見開く。
至近距離で炸裂したことに驚いたわけではない。
炸裂したことにより発生した風の乱れが身体を予期せぬ方角へと傾がせ――

(まずい……っ!?)

油断していたわけではなかったが、一旦崩れた体勢を取り戻すことを爆風が許さず、ハーブはその場に尻餅を突いてしまった。
ルカリオはあからさまなその隙を逃すまいとハーブに突進し――とっさに割って入ったフィートの動きを予期していたのか、波導弾を放ってフィートを壁に叩きつける。

「ハーブさんっ!!」

突然の展開に、アカツキは思わず叫んでいた。
ルカリオは壁に叩きつけたフィートには目もくれず、立ち上がろうとしているハーブに攻撃を加えようとしているところだった。
このままじゃまずい……手を出すなと言われてはいたが、フィートがフォローに入れる状況でない以上、じっとしているわけにはいかなかった。
アカツキがムックと共に駆け寄ろうとするのは当然のことだった。
しかし、ルカリオは横手から彼らが邪魔をしようとしていることに気づき、足を止めた。
フィートのフォローがない状態なら、ハーブに攻撃を加えることなど造作もない。それよりも、邪魔者を排除するのが先と瞬時に判断したのだ。
足を止めたルカリオが、激しい勝負を繰り広げていた必死の形相をそのままに、ゆっくりとアカツキたちに向き直る。
刹那、アカツキはその場に立ちすくんだ。

「……あ……っ!!」

今までに向けられたことのない強い敵意を真正面から余すことなくぶつけられ、思わず足が止まる。
ミラカドのドラピオンをキャプチャした時も相当な敵意を向けられたが、今はその比ではなかった。
立ち止まっている場合じゃない。ハーブさんを助けなければ……
その気持ちは胸にあっても、身体は正直だった。
寒さなどあまり感じてはいなかったのだが、背筋が凍りつきそうになり、知らず知らずに息苦しさを覚える。

一瞬――

頭の中が空っぽになって、何も考えられなくなる。
ルカリオにとってはその一瞬で十分だった。
おもむろに突き出した手から波導弾を二発撃ち出し、一発をムックに直撃させ、もう一発はアカツキの足元で炸裂させる。
ハッとした時には波導弾が足元で炸裂する寸前で、慌てて飛び退こうとしたが遅かった。
至近距離からの爆風で、アカツキの小柄な身体は易々と宙に浮かびあがり、背後の壁に叩きつけられた。

「……っ!!」

背骨が軋む痛みと息苦しさがどうしようもないほどミックスされて、アカツキは地面に身体をぶつけるよりも前に気を失った。






To Be Continued...

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