Mission #138 清廉なる守護者(前編)

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リオル。
淡い壁を挟み込んでいる彫像のモデルとなったポケモンだ。
どうやら、アカツキたちの様子が気になって階段の下から様子を窺っていたらしい。

「リオル……!!」

アカツキが振り絞るようにして声を発すると、リオルはすぐさま踵を返して階段を駆け下りようとしたのだが、そのリオルをムックが呼び止めた。

「ムクバーっ!!」
「……!?」

リオルが足を止め、恐る恐る振り返る。
その顔には怯えの色が濃く浮かんでいた。
先ほどまでアイスが結界を破壊しようとユキメノコを暴れさせていたのだ、不安や怯えが残っていたとしても、どうしてそれを責められようか。

(ムック……)

きっと、ムックはリオルに『自分たちは敵じゃない』と話しかけたのだろう。
根拠などなかったが、アカツキにはそう思えてならなかった。
渡りに舟といえば聞こえは良いが、リオルに認められることでこの先に進めるという可能性がある以上、なんとかしてリオルに話を聞いてもらわなければならない。

「…………」
「…………」

リオルは探るような眼差しで一行を順次見渡していたが、やがて彼らに敵意がないことを悟ると、ゆっくりとした足取りで歩いてきた。
波導の力を用い、アカツキたちの気持ちを読み取ったらしい。
それならと、ハーブがすかさず口を開いた。

「リオル、驚かせてしまってごめんなさい。
……わたしたちは王子の涙を探しに来たの。この先にあると思うのだけど、通してもらえないかしら」
「…………」

リオルは目を瞬かせながらハーブを見やった。
ハーブもリオルをじっと見つめているのだが……

(いくらなんでもストレートすぎるんじゃ……
でも、リオルには気持ちが読めるみたいだから、下手に言い繕ってもバレちゃうんだろうな)

アカツキはハーブのストレートな物言いに驚いたが、リオルの種族的な特性を考えれば、下手な言葉で言い繕ったところで、気持ちまで繕えるものではない……だったら、ありのままを打ち明けた方がいい。
それに、ハーブだけが言葉を尽くしても、本当の意味で自分たちの気持ちは伝わらない。
そう思って、アカツキはリオルの前で膝を折り、同じ目線に立って言葉をかけた。

「ぼくたちはこのお城だけじゃなくて、アルミア地方全体の平和を守りたい。
……そのために、王子の涙の力が必要になるかもしれないんだ。
リオル、ぼくたちを通してくれないか?」
「…………」

リオルは無言でアカツキの顔を見つめていた。
言葉と態度(表情含む)と、心の中で思っていること。
リオルは他のポケモンと比較して、それらを正確に理解することに長けている。
ゆえにこそ、アカツキとハーブの言葉が心に偽りのないものであると理解することも容易かった。

――この人たちの言ってることは本当だ。本当に心からそう思ってくれている。

ここを通すべき人間だと判断して、リオルは淡い壁の前まで歩いていくと、両手を掲げた。
すると、壁が徐々に薄くなり、音もなく消えた。奥へと続く通路が鮮明にその姿を現した。
リオルが壁を消している間、ハーブはアイスが様子を窺っていないかどうか監視していたが、特にそれらしい兆候は感じられなかった。
それはフィートも同じで、問題ないという判断を出していた。
そんなこととは露知らず、アカツキは戻ってきたリオルに笑みを向け、礼を言った。

「ありがとう、リオル」
「フオっ♪」

彼の謝意が痛いほどに伝わっているらしく、リオルも笑みを返した。
アルミアの城を守ってくれたと言ってもいいアカツキたちに、言い知れない感謝と好意を覚えていたのかもしれない。
リオルは通すべき人間を通したという満足感をうかがわせる笑みを浮かべたまま、軽い足取りで階段を駆け下りていった。
リオルを見送ってから、ハーブはアカツキに向き直った。

「どうやら、この奥に王子の涙があるようね。
……幸い、あのキザ男には覗き見されていなかったようだし、先に進むわよ」
「はい」

覗き見……
ハーブの言葉に頷き、彼女の後を追って歩き出したアカツキは、その可能性があることを失念していたことに気づいた。
口では『ここを突破できないからあきらめて帰る』と言っていたが、本当に帰ったかどうかは分からないのだ。
ユキメノコの吹雪で攻撃してきたことも、言葉をカムフラージュするための策だったかもしれない。
そもそも、相手はヤミヤミ団の実力者だ。
その言葉を鵜呑みにできるはずもなかったのだが、アカツキは『ポケモンレンジャーを二人も一緒に相手したくない』というアイスの言葉だけは本心だろうと考えていた。
自分たちの身の安全を確実に保障する策を講じてから動く『あの女』の同類だけに、逃げを打ったと見せかけて、実はその後で急襲してくるという可能性もあったのだ。

(まったく考えなかった……ユキメノコの攻撃まで演技だなんて考えられなかったし)

アカツキは自分の考えの甘さを痛感した。
そもそも人を疑うなんてことはできればしたくないのだが、相手はアルミア地方を混乱に陥れようとしているヤミヤミ団だ。
多少は疑ってかかるべきだし、犯人を信頼する警察がいないのと同じように、ポケモンレンジャーは平和と自然を乱す輩には断固とした態度を取っていかなければならない。
それは分かっているのだが、どうにも非情になりきれないというか、はじめから人を疑ってかかることには抵抗がある。

(……やっぱり、ぼくって甘いのかな)

はじめから疑ってかかると、見えるものも見えなくなるのではないか……?
自分の考え方はポケモンレンジャーとして甘っちょろいものなのか――なんとなく不安を覚えているアカツキに、ハーブが声をかけてきた。

「今はミッション中よ。余計なことは考えないで」
「……あ、はい」

振り向いてきたわけでも、フィートが様子を見ていたわけでもないのに、ハーブにはアカツキの考え事などお見通しらしい。
背中に目でもついているかのような察知の仕方だったが、トップレンジャーならそれくらいのことは平然と身についているのかもしれない。

(後でも考えられるってことだもんな。
どうしても分からなかったら、後でハーブさんに聞けばいいんだし……そうだ、今はミッションに集中しなきゃ)

ヤミヤミ団のことなど後で考えればいい。
増してや、ポケモンレンジャーという職業に対する自分の考え方についても。
考え事をしている間にそれなりの距離を歩いたらしく、目に映る景色が若干変わっていることに気づいた。

(これってお城じゃなくて、もしかして山の中……?)

足の裏に伝わる床の感触も、気がつけば変わっている。
途中までは城内の通路だったものが、しっかりと整備されているとはいえ、山中を掘り進んだような洞窟に変わっていたのだ。
恐らく、アルミアの城が背にしている北の山に差し掛かったのだろう。
王子の涙はてっきり城に安置されているのだと思っていたが、まさか城の中と通路で結ばれている洞窟に入るとは想像もしていなかった。
驚くアカツキに、ハーブがこんなことを言った。

「アカツキ、さっきまでに『強いポケモン』と遭遇した?」
「あのユキメノコくらいでしたけど……」
「わたしもユキメノコ以上のポケモンには出くわしていないわ。
……覚えてる?
ヒアバレーを北上していた時に、オペレーターから通信があったでしょう。強いポケモン反応があるって言っていたわ」
「そういえば……」

言われてみれば、そうだった。
アイスが起こしていた爆発騒ぎで頭がいっぱいで、それ以外のことは半ば無意識に頭の中から締め出していたのだが……
確かに、オペレーターからそのようなことを言われていた。
もしかしたら、その反応はアイスのユキメノコのことを指していたのかもしれない。
そう思ってアカツキは言ったのだが、ハーブには見事に否定されてしまった。

「じゃあ、あの反応はユキメノコのものなんでしょうか」
「違うと思うわ」
「えっ……?」

まさか否定されるとは思わず、アカツキは鳩が豆鉄砲食らったような顔をしていた。
だが、ハーブの説明はつじつまが合っていたため、すぐに納得することになる。

「基本的に、ユニオンが把握するポケモンの反応というのは、何かしらの力を使っている時に発せられるエネルギーを数値として捉えて、それを段階分けして強弱を測るものなのよ。
あなたの話じゃ、あのユキメノコがさっきの結界を壊そうとしてたのは『わたしたちが城に入ってから』のことよね?
オペレーターから強いポケモンの反応云々と言われたのは、それ以前……」
「あっ……!!」
「そういうことよ」

つまるところ、ハーブが言いたかったのは、他に強いポケモンがこの城のどこかにいる、ということなのだ。
そして、考えられる場所はただ一つ。
この先――王子の涙が安置されている場所だ。
ユニオン本部に『強い』と言わしめる反応を示すポケモンが城の中にいるとすれば、アイスのユキメノコが暴れているのを黙って見ているはずがない。
城に棲んでいるポケモンたちが逃げ惑っているのだって、決して見過ごしはしなかっただろう。
裏を返せば、アイスを追い返さなかったのではなく、追い返せなかったのだ。
それはなぜか……?

(あの壁に阻まれて、外に出られなかったから……?)

結界というのは、その中に守るべきものがある場合に用いられる壁であり、基本的に敵味方の区別なく、内外の出入りを禁止するものだ。
もしも敵味方を明確に区別するシロモノなら、わざわざリオルが消す必要もないわけで、中にいるポケモンは外に出たくても出られなかった……そう考えれば、オペレーターの説明云々からの一連の状況に納得できる。

「じゃ、じゃあ……」

現時点で集まっている情報から導き出される結論は、あまり面白いものではなさそうだ。
知らず知らず、アカツキの声は震えていた。
それは緊張だけではなく……

「王子の涙を手に入れるには、もしかしたらそのポケモンと戦うことになるかもしれないってことですか?」
「その可能性は高いわね。
仮にも一つの国を救ったとも言われる宝石で、闇の石の力を打ち消すだけの力を秘めていることを考えれば、悪用を防ぐためにポケモンが守っていても不思議じゃない」
「…………」
「そんなに不安がることないわよ。
何かを守っているポケモンをキャプチャして、説得することなんてわたしのミッションではそう珍しくもないし。
……恐らく、この先にいるポケモンは相当に手強いわ。
わたしがキャプチャするから、あなたは後ろに下がっていて。緊張に凝り固まっている状態でキャプチャするのは危険よ」

アカツキがいつになく緊張しているのを震えた声音で読み取って、ハーブが釘を刺したのだが、それは尤もな指摘だった。
緊張しすぎた状態では身体が思うように動かないし、思考だって制限される。
ピチューやビッパといった比較的温厚で、実力もそれほど高くないポケモンならいざ知らず、最終進化形であるユキメノコや、それ以上に強いかもしれないポケモンが相手となれば、生半可なケガでは済まされなくなる可能性すらあるのだ。
悔しいが、彼女の言うとおりだと認めるしかない。
アカツキは返事こそしなかったが、緊張していることは自分でもちゃんと認識していた。

(キャプチャはハーブさんに任せるしかないけど、だからこそちゃんと見ていなきゃ)

直接的な手出しはできなくても、トップレンジャーのキャプチャをちゃんと見て、取り入れられるところがあったら積極的に取り入れて、実力を高めていかなければならない。
手出しするなと言われて、おとなしく何もしないのでは話にならないのだ。
話に区切りがついて、それからは無言で歩を進める。
やがて通路の先に拓けた空間が見えてきた。
それなりに拓けているのが遠目からでも窺えるその空間には、祭壇のようにも見える石段が組まれていた。
そして、その石段の頂――台座の上にうっすらと青く輝くものが置かれている。

(もしかして、あれが……?)

遠くからでは光っているようにしか見えないが、本当に光り輝いているのだろう。
空の青さ、水の青さ……美しくもどこか怜悧さを漂わせる光に、アカツキは知らず知らずに魅入っていた。

(きれいだ……でも、不思議な感じ)

神々しさとでも言えばいいのか。
冷たく鋭い刃のような雰囲気さえ感じられるのに、不思議と心が安らぐ感じさえ覚えている。
気のせいかもしれないと思いつつも、恐らくはその光――光を放っている宝石が王子の涙なのだろうと、アカツキは確信していた。
アプライトが闇の石に魅入ってしまったのなら、その石の力を打ち消すことも可能な王子の涙に、同じような力が存在していたとしても不思議はない。
青く輝く光に導かれるようにして通路を進んでいくと、石段のある拓けた場所に出た。
通路もそうだったが、明らかに人の手が加わった跡が見受けられる空間だ。
その最奥に、祭壇が設けられている。数段に分けられた祭壇の頂には事細かな装飾が施された台座があり、そこには先ほどから変わらぬ光を放つ宝石が置かれていた。
侵入者除けの罠や宝石を手にできないような障害物などはなく、ただ無造作に置かれているようにさえ見えた。

(取ろうと思えば取れるけど……でも、今まで誰にも取られなかったんだな)

見た限りでは罠らしい罠もなく、無防備もいいところ。
仮にも国を救うだけの力を秘めていたと言われる宝石にしては、ずいぶんとおざなりな祀られ方だ。
もっとも、見た目には分からないだけで、緻密な罠が仕掛けられていることも考えられるわけだが。
光り輝く宝石ともなれば、たとえおとぎ話の産物であっても今までに幾度となく狙われていたと考えても不思議はない。
しかし、今もなおこの場所で輝きを放っているということは、なんらかの理由で『奪われることがなかった』のだろう。
リオルに認めてもらうことによって解ける結界と、城に張り巡らされた仕掛け。
それが盗掘者から王子の涙を守っていたに違いない。
だが、本当にそれだけなのだろうか?
城の中に強いポケモンの反応があったことを考えれば、王子の涙を守護しているポケモンがいる可能性が高い。
今のところ、姿はなく気配も感じられないが、もしかしたら自分たちをどこかから観察しているのかもしれない。
アカツキは周囲に視線をめぐらせたが、特に変わったところは見当たらなかった。
アリの這い出る隙もないと言わんばかりに壁や天井には一片の亀裂も隙間もない。
『保護色』という技で体色を背景と同化させれば、姿を消すのと同じなのだが、それをやったところで存在感まで消えるわけではなく、フィートやムックが反応しないことを考えれば、少なくとも目に見える範囲に他のポケモンはいないということになる。

「誰もいないわね……てっきり、守護者のポケモンが手荒い歓迎でもしてくれると思ってたけど」

ポツリと、ハーブがつまらなそうにつぶやく。
物騒なセリフだけに、アカツキが思わず茶々を入れた。

「争いにならないなら、それに越したことはないと思うんですけど……」
「まあ、それはそうよね。
なんたってポケモンレンジャーは平和を守るのが使命だし……でも、張り合いがないのも問題よ。
緊張感の乏しいミッションの連続はマンネリを招き、緊張感の欠如を招きかねないわ」
「はあ……」

彼女が顔色一つ変えず、息継ぎすることなく言葉を返してきたこともあって、アカツキは曖昧に相槌を打つしかなかった。
なにしろ、彼女の言葉がなまじ正論だっただけに、反論できなかったのだ。

(そうだよね。ぼくだって、張り合いがないって感じることもあったし……でも、なんか違う気はするけど)

ビエンのレンジャーベースにいた頃に担当したミッションで、あまりに簡単すぎて張り合いがないと感じたことは確かにあった。
無論、そんなミッションばかりではないし、簡単とも思えるミッションでも条件が多少異なれば難易度が跳ね上がることだってあるのだ。
簡単すぎるものばかりが続けば、人間、嫌でも緊張感が乏しくなってくる。
適度な刺激が必要なのは正論だが、感情論で言えば何か違うと思うのもまた事実だった。

「この場所でポケモンが大暴れして生き埋めになりましたって言うんじゃシャレにもならないんだけど……んっ!?」

ハーブがそんなことを言った時、一際冷たい風が吹いた。

「……!?」

それこそ唐突に――何の前触れもなく前方から吹き付けてきた冷風に、アカツキは両腕をさすり、身体を震わせた。
扇風機もなければ、目の前にポケモンの姿があるわけでもない。
そもそも風が吹き付ける要素がまったくないにもかかわらず、洞窟内の空気よりも冷たい風が吹いたのだ。何もないはずがない。
だが不意に、王子の涙の脇に見慣れぬポケモンの姿が現れた。
アカツキとハーブはともかく、鋭い感覚の持ち主であるフィートやムックでさえ『突然現れた』ようにしか感じられなかった。

(ルカリオ……!? いつの間に……)
(いきなり出現したようにしか見えなかった。テレポート……を使えるポケモンじゃないはずだけど)

音もなく、それこそ気配すら感じさせずに出現したポケモンに、アカツキとハーブは驚きを禁じ得なかった。
なにしろ、テレポートという瞬間移動の技を使えるポケモンではなかったのだから。

――ルカリオ。
それがそのポケモンの種族名。
歴戦の戦士を思わせる面立ちに、刃のごとき鋭い視線をアカツキたちに据え、堂々と立っている。
背丈こそアカツキよりも若干低いくらいで、身体つきも細身でどことなく頼りなささが漂うものの、身にまとう雰囲気がそう思わせることを禁じているかのようでもあった。
城から洞窟へと続く通路に設けられた結界を解いたリオルの進化形が、目の前に立つルカリオだ。
波導ポケモンと呼ばれ、かつては勇者の従者として世界を回り、世界にはびこる争いを終結させたとも言われる種族。
勇者の従者という肩書きは伊達ではなく、格闘・鋼という比較的扱いにくいタイプを併せ持ちながらも、素早い動きで強力な攻撃を繰り出すパワーファイターとして知られている。

(……ルカリオが『王子の涙』の守護者ってわけね)

ハーブは胸中でつぶやいた。
実に厄介な相手と言わざるを得ない。
そんなことは億尾にも出さず、ファインスタイラーを装着した右の拳をぐっと握りしめる。
フィートはあまり広いと言えないこの場所では本来の機動力を発揮するのが難しいし、ルカリオは恐らくこの場所に『慣れて』いるはずだ。
地の利から立ち回りにいたるまで、あらゆる意味でルカリオに分があるこの状況……トップレンジャーをして厄介と言わしめる。
どうやって打破しようかと思案していると、アカツキとハーブの頭の中に鋭い声が響いた。

『……ここから立ち去れ』






To Be Continued...

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