第14話 セキチクシティ・前編
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この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください
「おにーさぁーん。私達どーなるんでしょーねぇー」
「兄さん知らねぇ」
私は隣に座っているお兄さんに声をかけたが、お兄さんは投げやりに返答した。
「このままだとどうなるんですかね」
「さぁな」
会話終了。
「お兄さん、もっと会話のキャッチボールしませんか」
「しねぇ」
ピチョンっと、洞穴の天井から垂れてきた水が入り口で跳ねた。私たちはそのまま無言でその場に座り続ける。続かない会話に寂しくなってきた私だったが、お腹も寂しくなってきていたので、ポケットから潰れたおにぎりを取りだした。
右手に梅、左手に昆布!
「ふがほごごはぐ」
「……兄さん人語しか理解できないんだけど」
おにぎりに欲望のままかぶりつき、お兄さんにもう一つを差しだす。しかしお兄さんはひらひらと手を振った。
「あー……。いらな「ぐー」……何だその効果音」
おにぎりを飲み込んだ後、お兄さんの言葉を遮って私はお腹の音の声真似をした。お兄さんは呆れた顔になる。
「お兄さんの腹の音」
「いや、ユゥ坊が自分で言っただろ」
「予想音だから間違ってないよ」
間髪いれずに指摘すると、お兄さんの腹が同意するように盛大になった。お兄さんはため息を一つつくと、私に右手を向ける。
「……くれ」
「どうぞー」
大人しくおにぎりを要求したお兄さんに、私は笑顔で手渡した。
“セキチクは ピンク 華やかな色”
「セキチクシティ、とうちゃーく!」
「スピッ!」
横でブブブブブと飛んでいるスピアーが返事をしてくれる。メロンパンはカメールに進化してから持って歩くのが困難になったから、モンスターボールの中でお休みです。
タマムシシティでエリカさんとのバトルに勝ち、おじさんと少年に見送られてタマムシを出てから、一週間。流石にタマムシからセキチクは遠い。キリのピジョットに乗せてもらえればよかったのだけれど、「言っただろう。タマムシに用があっただけだと」と言ってあっという間に飛び去ってしまった。ドライな奴だ。
そして劇的なバトルを繰り広げてくれたメロンパンですが……。
ひきこもりは治ってません。
メロンパンは根性出したけど、気力を使い尽くしてバタンキュー。目覚めたらまたひきこもり生活に戻って行きました。もうひきこもりが染みついてしまっているのかもしれないと、恐ろしい考えに頭を横に振る。いやいや、大丈夫だってば。
まぁ何はともあれ、やってまいりましたセキチクシティ! という訳でジムに私は突撃していった訳なのだが————
「ジムリーダーが不在?」
眉を潜めると、ジムの近くに住んでいるお姉さんは困った顔で言った。
「そうよ。何でも“武者修行に行ってくるでござる!”とか言ってアンズさん、ジョウトの方に出かけちゃってるのよ」
「じゃあジム戦は……」
「出来そうにないわよ」
そんな馬鹿な。
私はがっくりと肩を落とした。ジョウトの何処らへんにアンズさんがいるかなんて分からない。気長に帰ってくるのを待つしかないのだろうか。しかし武者修行というからには、ちょっとやそっとじゃ帰ってこない気もする。
私があまりにも落ち込んでいるため、お姉さんは慌てて付け加えた。
「あっでも代理の方はいらっしゃるわ! 長くジムリーダーが不在になる時は、代理をたてる事があるのよ。その人に会ってきたらどうかしら?」
「本当ですか!?」
ものすごい勢いで顔を上げ、鬼気迫る表情でお姉さんに詰め寄る。お姉さんは顔を引き攣らせながらも、頷いてくれた。
「え……えぇ。ケンゾウさんっていうんだけど、今ならサファリにいるんじゃないかしら」
「了解! 感謝します!!」
「え、ちょ」
お姉さんの制止の言葉も聞かず、私は走りだした。目指すはサファリパーク。ジムに来る途中で看板を見かけたから、そこまで戻っていけばいい。
“↑サファリパーク”
「こっちか!」
案内板にそってサファリへ猛ダッシュする。しばらく走ると“レアポケモン捕まえるならサファリパーク!”という看板を見つけたので、その横の入り口に飛び込んだ。
「すいません、ケンゾウさんいますか!?」
「サファリパークへようこそ! 捕獲コースになさいますか? 観覧コースになさいますか?」
「ケンゾウさんコースで!」
案内のお姉さんは笑顔で私に応対する。反射的に答えると、にっこり笑顔で繰り返してきた。
「捕獲コースになさいますか? 観覧コースになさいますか?」
「いやあの……ケンゾウさんいらっしゃっていませんか?」
その妙な迫力に押されて、やや声を小さくしてもう一度訊ねる。今度はお姉さんも問いを繰り返したりせず、答えてくれた。
「ケンゾウさんなら、観覧コースにいらっしゃいますよ」
「ありがとう!」
お礼を言ってまたも走りだそうとすると、お姉さんに服の端を掴まれた。何事かと思って振りかえると、にこにこと笑いながら掌を見せて一言。
「通行料」
「……はい」
私はきっちり500円払い、ポケモンも預けてサファリの観覧コースに入って行った。
「どーしてこーなるのっ♪」
「ユゥ坊が考えなしに突っ込んだからだろうな」
お兄さんの冷たいお言葉に涙が出そうです。いや確かに私が悪かったんだけど。
————サファリの観覧コースに入ってしばらくすると、森の中に男の人の姿が見えた。工事のあんちゃんよろしく、手ぬぐいで頭を覆っていて、薄汚れたツナギに白いランニングシャツ。観覧コースは人が森の中に入れないようになっているはずだから、ケンゾウさんだと瞬時に判断して私は手を振った。
『おーい! ケンゾーさーんっ!』
タイミングが最悪だったことにも気付かずに。
『ッ馬鹿!』
『え?』
その時だった、ケンゾウさん(仮)の向こう側の木々がベキベキと音をたてて倒れたかと思うと、大きなポケモンが姿を現す。薄鼠色の身体に装甲のような身体、一本の大きな角が特徴的な————サイドン。
『ゴォォォォオォォッ!』
サイドンが大きく足を上げて、大地に下ろすのを繰り返す。“じしん”だ。地面が大きく揺れ、同じく揺れる乗り物から私はほっぽり出された。
『んきゃああああああああッ!?』
『ッ!』
そしてお兄さんに抱きとめられ、今に至る。ちなみにお兄さんのポケモンだけど、一体しか持ってきてなかった上に、サイドンが去り際にモンスターボールを回収していくという頭脳プレイしたから、今はないんだよ!しかもモンスターボールから手を放しちゃったのは私を抱きとめるためで、お兄さんはケンゾウさんじゃなくてその兄ケンサクさんだったというオチつきさ!
「その節は大変ご迷惑をおかけいたしました」
「なんでいきなり土下座ってるんだ」
お兄さんが食べ終わるまで自分の行動を振りかえっていたら、死にたくなってきただけです。
「過ぎた事言っても仕方ねぇだろ」
あああああああっ! 良い人なだけに罪悪感がひしひしと!!
私が罪悪感に苛まれて沈んでいる間に、お兄さんはおにぎりの残りを嚥下した。私の様子を見て、またため息をつく。
「俺たちが戻らねぇとなれば、救助隊もくるだろうよ。たかがそれまでの辛抱だ。めんどくさいから落ち込むんじゃねぇよ」
「……はい」
め、めんどくさい……。そこまで言われては、もう迷惑はかけたくない私は落ち込むのを止めるしかない。ほっぺたを叩いて気持ちを切り替えると、お兄さんも頷いた。
「じゃあとりあえず、ここで————」
お兄さんが何か言いかけて、動きを止めた。その様子に嫌な予感を覚えた私は、そうっと後ろを振り返る。そこには当って欲しくない予想通り、サイドンさんがいらっしゃった。
「こ、こんにちはー……?」
へらっと笑うと、サイドンもへらりと笑い返す。「あ、これもしかしたらイケるかも?」と思ったのも束の間、サイドンはものすごい勢いで咆哮した。
「ゴォォォォォォォォォォッ!」
追いかけっこinサファリの開始の合図だった。
「逃げるぞ!」
お兄さんがとっさに私の手を掴んで走りだす。転びそうになりながらも必死についていくが、後ろからズシンズシンと予想外に早いペースの足音がついてきていた。悲鳴が出そうになるが、ちょっと早いだけで問題はない。このまま走りつづければ逃げ切れる!
と、思っていた時期が私にもありました。
「ゴォッ!」
サイドンは大きく吼えると、地面を大きく揺らし始めた。ただでさえ足場の悪い森の中だ。私とお兄さんは揺れに耐えきれず一緒に転んでしまう。
「わああああああっ!?」
「くそっ!」
お兄さんの手が放れ、ごろんごろんと私は転がって行く。サイドンは私にターゲットを決めているようで、真っ直ぐに私に向かって走って来た。このまま死ぬ気はさらさらない私は、転がり落ちた先で即座に起き上がる。だがサイドンは既に目の前まで来ていて、脳内に“サファリ内で少女死す! サファリ園長はこの問題を重く受け止め————”という嫌な一面トップがよぎった。
「ユゥ坊!」
お兄さんが走ってこちらにこようとするが、サイドンの目がギラリと光った。私はほぼ直感的にお兄さんに叫ぶ。
「止まれ!」
「ゴォォッ!」
お兄さんは私の言葉に反射的に止まり、その直後にサイドンがかたい岩石をいくつもお兄さんに向って飛ばした。
「うわっ!?」
「お兄さん!」
サイドンのロックブラストによって、お兄さんのさっきまでの進行方向は岩石に埋まった。その様子にぞっとすると同時に、お兄さんが無事であることに胸を撫で下ろす。反応が後一秒でも遅かったのなら、お兄さんは間違いなく生き埋めになっていたことだろう。
「ユゥ坊! すぐ行くから心配すんな!!」
お兄さんが心強い言葉をかけてくれるが、その言葉はすぐに実現不可能となった。サイドンが近くの木という木をへし折ると、次々とお兄さんと私の間に放り投げ、壁を作り上げたからだ。なんだこの頭脳プレイ。作為的なものを感じるよ!
「お兄さん! 生きてますかぁぁぁぁっ!!」
「死んでたまるか!」
一応壁の向こうからお兄さんに声をかけると、返事がすぐに帰って来たから大丈夫そうだ。ふぅ、と息をついていると私の周りが突然暗くなった。「あ、嫌な予感」と思って顔を上げれば、そこにはサイドンいて、静かに私を見下ろしていた。
やられるのだろうか。そう思ったが、その目を見ているうちに私は何か違和感のようなものを覚えた。違和感と既視感。その両方が混在した瞳。私は何処かでこれと似たような目を見た事があるような気がする。
「……」
ゆっくりと見つめ合う。記憶を遡って行くが、中々見つからない。既視感の正体は掴めないが、違和感の意味を何となく感じ取った私は、気がつけばその意味を言葉にしていた。
「ねぇ君————本当は傷つける気、ないんじゃない?」
その言葉にサイドンの身体が一瞬だけ揺れる。サイドンの瞳には、トキワの森でのウツボット達や、ディグダの穴でのハガネールのような敵意をまったく感じなかった。だから私は多分、違和感を覚えたんだと思う。
「……」
「……」
数秒だけ、沈黙の時間が訪れる。私は真っ直ぐにサイドンの瞳だけを見詰めていた。
「……ん?」
沈黙が流れていたその時、なにかが回転するような音が聞こえてきて、私は首を傾げる。何の音だかすぐには判断できなかったが、目一杯首を捻ると答えが見つかって手を叩いた。
あぁ、ドリルが回転する音だ!
その思考に至ったとたん、私の頭脳は停止した。ドリルが回転、ここにあるドリルは一つしかない。
ゆっくりゆっくり視線をサイドンの頭に移動させていく。その間もギュインギュインという音は続いていたが、私は「違っていてくれ」と低い可能性にかけてドリルを視界に収めた。
「……本日は余計に回しておりまーす」
期待を裏切って、いやある意味期待通りに、ドリルは回転していた。それを理解した直後、私は全力で走りだす。
「グゥオオオオオオオオオオオッ!!」
背後に響く凄まじい破壊音。何かが抉られていく音。抉られたのは岩か地面か。下手したら自分が抉られていたかもしれない未来に、今生きている現在を喜ばしく感じる。
「本当は傷つける気ないんじゃない?」とか、ふざけたこと言ってすみませんでした!!
走りながら、「今日は仏滅に違いない」と強く思う私だった。
To be continue……?