第13話 タマムシシティ・後編

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読了時間目安:14分

この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください

 
 ここに足を踏み入れるのは、二度目だ。

 私はタマムシジムを見上げ、拳をきつく握った。一度目の挑戦の時、これ以上ないほど無様に負けて、キリに連れ帰られたこの場所。ウツボットはまだ怖い、けど。メロンパンが頑張ってくれた。コーヒープリンだってついてる。

「……覚悟は決めたか?」

 右隣に並ぶ、キリが訊ねる。

「“訊くまでもない”って顔かな」

 左隣に並ぶ、少年が気取って言った。

「行くぞ、ユズル!」

 私の前で手を差し出した、おじさん。私は深呼吸をしてから、その手をしっかりと握った。

「はい、師匠!」

 ————今度は、負けない。





「試合————開始!」

 その合図と共に、お互いのモンスターボールが大きく放られる。私のモンスターボールからは当然カメールが、そしておじさんのモンスターボールからは、ベトベターが飛び出した。テンション高めのおじさんは誇らしげにベトベターを紹介する。

「俺とこいつの友情は誰にも負けんぞ! 雨の日も、風の日も、共に苦しみ、共に泣き、そして乗り越えてきたんだ!!」
「実際そうだよな。ホームレス時代からの付き合いだし」

 おじさんが涙を流しながら力説する言葉に、少年が疲れた顔で付け加えた。ホームレスという言葉くらい、私でも意味を知っている。おじさんは一体何をやったんだろう。

「おじさん、一体貴方の人生に何があったんですかー!」

 私がおじさんに呼びかけると、おじさんは更に拳を握りしめてベトベターと抱き合った。

「よくぞ聞いてくれた! 俺とエドモンドの出会いはな、俺がトリップしたて「うわあああああっ! わー! あんなところにミュウがっ!!」

 語りだしたおじさんの言葉を遮って、少年がものすごい勢いで空を指差した。それにつられて空を振り仰いだ人も何人かいたようだが、大半の人は私も含め、同じ疑問を抱いているようだった。

「ミュウ? どんなポケモンだ?」

 少年を捕らえているキリが代表して少年に問いかける。少年は「しまった!」という顔で、脂汗を流しながらあらぬ方向に視線を飛ばし始めた。

「あー、うー、えぇっと……」
「……最初から怪しいと思っていたが、どうにも変だなお前」

 キリが半眼で少年に顔を近づけた。少年は必死で目を逸らしているが、キリの妙に圧迫感の感じる問いかけに、滝のような汗が止まらないようだ。

「俺の話を聞けぇぇぇぇぇっ!!」

 しかし、少年が口を割る前におじさんが絶叫した。観衆の注目とキリや私の視線がおじさんに戻る。横目で少年を見ると、ほっとしたように胸を撫で下ろしていた。

「俺とエドモンドの友情は、誰にも破らせん。かかってこい、ユズルよ!」

 おじさんのベトベターの名前は、エドモンドと言うらしい。おじさんは拳を私の方に突きだして、エドモンドに指示を飛ばした。

「ゆけぇッ! エドモンド、ヘドロ爆弾!!」
「!」

 しまった、反応が遅れた!

 メロンパンを狙って次々とヘドロ爆弾が向かってくる。抱えて走りだすには遅すぎる。私はメロンパンに覆いかぶさるように抱きしめた。

「わあああああああああっ!!」
「ユズル!」
 
 キリが叫ぶ声が聞こえた。石畳に、背中に、頭に、雨のように降り注ぐヘドロ爆弾が熱い。時間にして数秒の出来事だったのだろうが、私には数時間のようにも感じられた。
 煙をあげる石畳に、熱を持つ背中。鞭で叩かれた後に唐辛子でも擦り込まれたような激痛が走った。よろけながらも何とかメロンパンを抱き上げて立ち上がるが、視界が恐ろしくぶれる。目の前にいるはずのおじさんが何人もいるように見え、地面が揺れている。

「邪魔をするなコーヒープリン!」
「……」

 視界の端で、鬼気迫った顔つきのキリと無言のコーヒープリンが、戦っているのが見えた気がする。良く見えないが、どうやらコーヒープリンがキリを糸でグルグル巻きにして抑え込んでいるようだ。

「おいやりすぎなんじゃ「立て、ユズル!」

 焦る少年の声を押しのけておじさんがまたも叫んだ。その声に少しだけクリアになってきた頭を振っておじさんを見据える。

「メロンパンを構えろ。お前なら、まだ投げる事自体は出来るはずだ」
「それは————」
 
 確かに、投げる事自体は可能だ。けれど相手に攻撃が加えられるほどに、スピードを乗せられるかと言えば話は別だった。
 私がためらっていると、おじさんは今度はややきつい口調で言い放った。

「投げるんだ、ユズル!」
「っはい!」

 その声につられて、思いっきり両手でメロンパンをベトベターに向かって投げる。だが当然スピードなんて出せるはずもなく、高速スピンというよりはただ投げただけの形でメロンパンはベトベターの身体に突き刺さった。

「あぁ……ッメロンパン!」
「……」

 メロンパンは無言のまま、少しずつベトベターの身体に沈んでいく。そんなメロンパンを見ながら、おじさんはまたも言った。

「このままでいいのか、メロンパン」
「……」

 メロンパンは答えない。そのままベトベターの中に沈んで行くだけだ。私が思わず助けようと走りだすと、少年がモンスターボールから何かを取りだした。

「え……」
「キョエエエエエエッ!」
 
 聞き覚えのある声に、私は思わず立ち止った。視界の端にうつるあの姿は、間違いない。

 ウツボット。

「いやあああああああああああっ!!」

 私はその場にしゃがみこんだ。そんな私を一瞥した後、おじさんはメロンパンに語りかけ続ける。

「ひきこもりの気持ちは誰よりも知っている。だから、“出て来い”なんて残酷な事は言わん。だが、ひきこもっていても出来ることはあるはずだ」

 早く、早く助けなければと自分を叱咤するが、身体が動かない。言う事を聞いてくれない。そうしている間に、トプンっと、メロンパンの身体がベトベターに完全に沈みこんだ。
もう聞こえているかどうかも怪しいのに、おじさんは沈みこんだメロンパンに最後の言葉を言った。

「漢を見せて見ろ! メロンパン!!」

 その言葉に呼応するように、ベトベターの身体が突然大きく膨れ上がった。中から何かに押されているようで、一瞬後には、その身体から水流が迸った。

「 カメェェェェェェェッ!!」

 叫びと共に、メロンパンが回転しながらベトベターの身体から飛び出した。まさか出てこれるとは思わなかった為、私は目を見開く。メロンパンが放った水流は噴水のように観衆やバトルしている私たちにも降り注ぎ、その冷たさに頭が完全にクリアになった。

「メロンパン!」
「カメッ!」

 メロンパンは身体の四つの穴から水流を迸らせて回転し、石畳に着地するとギュルギュルと水流を減らしていって止まった。からにはこもったまま、身体を出さずに返事をするメロンパンに、私は無事を確認して張りつめていた息を吐いた。

「……ッ! ベト……ベ……」

 体の内側からの攻撃に耐えきれなかったらしいベトベターが、穴だらけの身体を一度大きく震わせる。目を回しながらその身体がどろりと広がって、動かなくなった。それを見とめると、お姉さんはサッと手を上げて宣言した。

「勝者、ユズル!」

 ————ワアアアアアアアアアアアアアッ!!

 その宣言と共に、少年がウツボットに指示を出した。

「もう戻っていいぞ、メタモン」
「……メタモン?」

 私はその言葉に目を丸くして、ウツボットから目を逸らすのを止める。ウツボットの身体はもこもことピンク色に染まっていき、不定形になっていく。元の姿に戻ると、くりくりとした可愛らしい瞳を動かして、少年に笑顔っぽいものを向ける。

「メタ」
「え? 嘘、メタモン!?」

 ウツボットではないと分かったとたん、私の身体に力が戻ってくる。まだ背中はひりひりするが、メロンパンの放った水流の一部を被ったおかげでマシになった。

「ユズル!」

 おじさんがエドモンドをモンスターボールに戻して、私を見た。その目はやりきった顔で、とてもすっきりしている。

「どうしても苦手なものは苦手なままでいいんだ。一人で戦おうと思うな」

 私がよろけながらも着地したメロンパンに駆け寄ると、おじさんもゆっくりとこちらに歩み寄って来た。メロンパンを抱きしめながらへたり込んだ私の頭を撫でると、おじさんはこれ以上なく優しく笑う。

「そんなお前を助けるために、仲間がいるんだから」

 頭を撫でられて、私の目から涙がこぼれた。そのまま泣きじゃくる私の頭をおじさんは撫で続ける。

「ひっく、うぇ……うぇぇぇぇぇぇん…………」

 止まらない涙が、後から後から零れてくる。そのまま私は涙が止まるまでおじさんに、頭を撫でられ続けたのだった。





 ジムの中に入っていくと、エリカさんが出迎えてくれた。驚いている私に何も言わず、エリカさんは私の手を引いてバトルフィールドへと先導した。
 フィールドの所定の位置にエリカさんが着いたのを見て、私も無言で自分の位置につく。前と同じ、まったく変わっていない景色。けれど今は負ける気がしなかった。

「今度は大丈夫ですか?」
「はい!」

 エリカさんの問いかけに、私はしっかりとした声音で答える。そんな私の顔から何かを感じ取ったのか、エリカさんが上品に笑った。

「ひとつ、ふっきれたようですね。これで私も安心して戦えます」

 照れたように笑い返すと、エリカさんは審判に目配せする。その時に初めて気がついたのだが、審判のお姉さんはおじさんと戦った時の人と同じだった。

「今回もよろしくね。ユズルちゃん」

 お姉さんはウインクすると大きく息を吸って、お決まりの言葉を宣言した。

「使用ポケモンは二体の入れ替え戦。ただし、一体が戦闘不能となった時点で、戦闘不能にした方の勝利とします」

 私とエリカさんがモンスターボールを構える。一瞬だけ振りかえると、そこにはおじさんと少年がいて心強く感じた。ちなみにキリはまた攫われたのでいないよ!

「試合————開始!」

 お互いのモンスターボールが、同時に空中で開かれる。エリカさんも私も前回と同じように、ウツボットとカメール。

「キョエエエエエエッ!」

 ウツボットが奇声を上げる。その声を恐ろしいとは感じるものの、不思議と落ち着いている私がいた。

「……」
「……」

 ポケモンを出したまま、無言で睨みあうエリカさんと私。お互いに、勝負は一瞬で決まると感じているようだ。
 私の心はとても澄んでいた。視界にははっきりとウツボットが収まっているというのに、私は全く動揺していない。このエリカさんとのにらみ合いの時間を、むしろ心地よいとも感じていた。これまでにない高揚感が胸を支配している。

 沈黙の時間を破ったのは、同時だった。

「ウツボット、ハッパカッター!」
「高速スピン!」

 ウツボットから無数の葉が繰り出される。刃と化した葉の数々がメロンパンに飛来する中、メロンパンは水流を放出しながら回転しだした。
 葉っぱと水流がぶつかり合い、弾かれた水がフィールドに降り注ぐ。凄まじい回転を見せるメロンパンを見詰めて、私は叫んだ。

「いっけぇぇぇぇぇぇぇぇッ!!」

 その声に反応して、メロンパンの回転と水流がさらに強まる。ハッパカッターが押し返され、メロンパンの身体がウツボットに迫った。

「カメェェェェェッ!!」
「ギョピェェェェェェェッ!!」

 ぶつかり合う二匹の声が交差する。もはや霧と化した水が視界を白に染め上げた。発生した風に飛ばされないように、顔を両手でかばいながら踏み止まっていると、審判のお姉さんがサッと手を振った。そのとたん、ジム中の窓が開け放たれて、霧が一気に晴れる。水浸しのフィールド上でよたよたと立ち上がる小さな影。その横で横たわる大きな体。

「カメッ!」
「勝者、ユズル!」

 メロンパンの鳴き声と同時に、審判が旗を高々と上げた。

「勝った……勝ったぁぁぁぁぁっ!!」

 私は感極まった声を上げて、メロンパンに駆け寄った。メロンパンを抱きしめようとするが、そこでメロンパンの様子が少しおかしい事に気がつく。

「……」
「メロン……パン?」

 メロンパンは立ったポーズのまま動かない。動かないというか、石のように固まっている。そうっとその頭を小突いてみると、そのままのポーズで後ろに転がった。

「いい勝負でしたわ。ジムバッチを……あら?」

 すがすがしい笑みを浮かべて歩み寄って来たエリカさんも、訝しげな目をしてメロンパンを見る。少年とおじさんも私たちの様子がおかしい事に気がついて、駆け寄って来た。
 おじさんはメロンパンを見て言った。

「……気力を振り絞りすぎて、気絶しているようだな」
「……ハハ」

 私は渇いた笑いを上げてその場に座り込んだ。頑張ってくれたメロンパンを撫でていると、コーヒープリンが私を見詰めていることに気がつく。

「見守っててくれてありがとう、リン」
「スピ」

 コーヒープリンは恐らく、私が乗り越えなければいけない事を理解し、見守っててくれた。それはきっと、手を出すよりも精神力のいる事だったのではないだろうか。

 私は今まで、気負いすぎていたのだと思う。しっかりしなければ、私が何とかしなければと、無理をして大人になろうとしていた。

 一人で頑張る事はすごい事かも知れないが、絶対に何処かで無理が出てしまう。確かに人に頼るということは、一人で頑張るのと同じくらい勇気のいることかもしれない。

 それでも一緒に戦うことを選ぶのなら、きっと私たちは何処にだって行ける事だろう。




To be continue……?




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