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プラズマ団、再び


3番道路を西へと向かいながら、アカツキは次のジム戦のことを考えていた。
今度こそジム戦で勝利し、リーグバッジをゲットする……昨日、煮え切らないことがあったというのに、その目は次にやるべきことをしっかりと見据えている。
道路の先を見やる彼の表情に迷いや躊躇いが微塵も浮かんでいないことを怪訝に思いつつも、ナナとチェレンは安心していた。

(一晩休んで、気持ちに区切りがついたんだろうけど……思いのほかドライなんだな)

実父のことは知りたいが、今はイッシュリーグに出場することが最優先と割り切っているのだろう。
割り切りの良さというか、気持ちの切り替えを的確に行っているところは、自分も見習うべきかもしれない。チェレンはアカツキの横顔を見やりながら、そんなことを思っていた。
一方……

(あたしだったら、気になって気になってしょうがなくなるなあ。
でも、アカツキが気にしてないんだから、あたしがそんな顔を見せちゃダメだよね。うん!!)

ナナもナナでアカツキが気がかりだったのだが、彼がまるで気にしていないと言いたげな顔をしていたものだから、自分が気にしても仕方がないと割り切ることにした。
隣を歩く二人が自分のことで気を揉んでいたとは露知らず、アカツキはシッポウジムについてチェレンに訊ねた。

「チェレン。シッポウジムのジムリーダーってどんな人か知ってる?」
「ああ、知ってるよ。
アロエさんって言って、シッポウ博物館の館長も務めている人なんだ」
「そうなんだ……」
「君を育てたお父さんもそうだけど、イッシュ地方のジムリーダーは他の職業と兼務している人ばかりなんだよ。
サンヨウジムのデントさん、コーンさん、ポッドさんが三ツ星レストランのウェイターを務めているようにね」

ジムリーダーが他の職業と兼務しているのは、珍しいことではない。
アカツキの養父であるシジマも、タンバジムのジムリーダーでありながら、格闘道場の師範を務めている。
尤も、彼の場合は趣味と実益を兼ねているという意味合いの方が強いのだが。
養父の背中を見て育ったアカツキには、二足の草鞋を履くのが簡単なことではないと分かっているだけに、イッシュ地方のジムリーダーがそういった人たちばかりと聞かされて驚嘆するばかりだった。

(しっかりしてる人たちってことだよな……こりゃ強敵だ。
タイプだけでも分かれば、まだ対策も立てられるけど……)

シッポウジムのジムリーダー・アロエはどのタイプの使い手なのか。
再びチェレンから情報を仕入れようとした矢先、前方から甲高い声が響いてきた。

「ちょっと、あなたたち!! いきなりなんですの!?
あ、こら!! お待ちなさい!! お待ちなさいったら!!」

甲高いその声は悲鳴か、はたまた怒号か。
判断に迷う声音ではあったが、次に聞こえた言葉が答えを指し示していた。どちらでもあったのである。

「わたしのポケモンをどこに連れて行くつもりですの!?」

声の主は百メートルほど前方に立っていた。
こちらに背を向けていて表情は窺い知れないが、怒気を漲らせながら前方へ向けて声を張り上げている……金髪の少女だ。
そして、彼女に背を向けて脱兎のごとく走り去っていく二人組。
その風体に、アカツキたちは見覚えがあった。

「あれ、プラズマ団とかって人たちだよね? ムーちゃんにひどいことした……」
「わたしのポケモンを、とか言っていたけど……これはもしかして……」
「…………っ!!」

短い言葉のやり取りと、眼前の光景を足し合わせれば、答えは明々白々だった。
どういった経緯があったかは不明だが、プラズマ団の二人組が少女からポケモンを奪っていったのだ。
言葉にしがたい怒りが総身を電撃的に駆け抜けていくのを感じていると、彼らを追って駆け出した少女が突き出た石にでも躓いたのか、派手にすっ転んだ。

「ソロ、行くぞ!!」
「クゥっ!!」

放ってはおけない。
アカツキは怒りを噛み殺すと、ソロと共に駆け出した。

「あっ、ちょっと……!!」
「待て……って、聞いてないか」

二人が止める間など、あるはずもない。
矢のような勢いで駆け出したアカツキの背中を眺めるのも程々に、ナナとチェレンはよろよろと立ち上がった少女に駆け寄った。






「こらーっ!! おまえら待てーっ!!」

風を切って走りながら、怒気を張り上げ叫ぶ。
背後から投げかけられた怒りの声に、プラズマ団の二人はビクッと身体を震わせ振り返り――その顔に恐怖の面を張り付けた。

「子供!? なんで追いかけてこれるんだ!?」
「プラズマ団大運動会長距離走でぶっちぎりのワンツーフィニッシュだった俺たちだぞッ!?」

外の人間には知られていないが、プラズマ団は親睦を深めると共に団結力を高めようという趣旨から大運動会を開催している。
この二人は長距離走の優勝者と準優勝者で、三位以下に大差をつけて勝利した『スプリンター』だ。
今までに何度も現場に赴いてはポケモンたちを解放し、追いかけられても平然と逃げおおせてきたのだが……並大抵のスポーツマンでは追いつけない俊足の持ち主である自分たちが、子供に追いかけられ――そして追いつかれそうになっているとはどういうことか。

「どうする!? このままじゃ追いつかれる!!」
「えーい……こうなれば、この先の洞窟を使うぞ!!」
「おう!!」

このままでは逃げきれない。
スタミナの差は考えないにしても、脚力だけでもそれは確実だ。
ならば、別の手段でアカツキを『撒く』しかない。
その手段を思いついた二人を追いかけながら、アカツキは追いついたら飛び蹴りでも食らわしてやろうと思った。
手荒な真似はしたくないが、人のポケモンを奪って逃げる相手に容赦は不要。

(ポケモンを奪ったから、全力で逃げてる。
何もしてないんだったら、逃げる必要なんてないだろ)

ついでにとっ捕まえて、警察に突き出してやろう。
縮まる距離からタイミングを逆算していると、プラズマ団の二人は左折する道から外れて、まっすぐに道なき道を突き進んでいく。

(どこ行く気だ?)

道路から外れて、人の立ち入らない場所に向かうつもりか。
障害物の多い場所に誘い込んで自分を撒こうとしているのか、それとも……適度な警戒感を抱きつつ追跡を続けるうち、前方にぽっかりと口を開いた洞窟に足を踏み入れた。
外から見ると真っ暗に見えたが、前方の天井から差し込んだ光が水場に反射してそれなりに明るく、速度を落とすことなく走り続けられた。
……が、しかし。

「バカな!! 行き止まりだと!?」
「二日前に調査した時には奥まで続いていたはず……!!」

眼前にそびえる壁――崩落で生じた大小の岩石に進路を阻まれて、プラズマ団の二人は立ち止まるなり素っ頓狂な声で叫んだ。
3番道路でポケモンの『解放』を行うと決めた際、追いかけられた場合はここに逃げると決めていたのだ。
もしもしつこく追いかけてくるようなら、壁を崩して追跡者を足止めする……だが、まさか自分たちが足止めを食うことになるとは。
とてもではないが、すぐに乗り越えられる状態ではない。
程なくアカツキは追いつき、数メートルの距離を挟んで二人と対峙した。

「あの子から奪ったポケモンを返せ!!」
「クゥっ、クゥクゥっ!!」
「ぐぬぬぬぬぬ……」
「そんな、バカなぁぁぁ……くそっ……!!」

プラズマ団の二人は沈痛な面持ちで唸り声を上げた。
ここは地下水脈の穴と呼ばれる天然の洞窟で、近隣の降雨が洞窟内部の地底湖に流れ込み、各地に流出し恵みをもたらしている。
一昨日の晩、この一帯で発生した豪雨の影響で洞窟の所々で壁が崩れてしまったのだが、プラズマ団の二人はそれを知らなかった。まさに痛恨の極みである。

(連れ去ったのはツタージャか。
……かわいそうに、すごく怯えてる。でも、すぐ助けてやるからな)

向き直った一人が抱えているのは、ツタージャだ。
トレーナーから引き離されて筆舌に尽くしがたい恐怖を感じていたのか、身体を縮み込ませ、目に涙を浮かべている。
助けてくれと強く訴えかける視線に応えたいとは思いながらも、迂闊には近寄れない。追い詰められた相手が何を仕出かすか分からないのだ。
相手の出方を窺いつつ、隙を見て攻撃するか……相対する二人の一挙一動を注意深く窺っていると、腰にかすかな振動を感じた。

「…………?」

予想だにしない出来事に驚くアカツキの目の前に、シャスが飛び出したではないか。
腕組みなどしながら、プラズマ団の二人をじっと見つめている。アカツキからは見えないが、無表情ながらも鋭い眼差しを据えている。

(シャス、怒ってんだな……同じツタージャが連れ去られたって分かって)

呼びかけてもいないのに外に出てくるとは……さすがに驚いたが、ポケモンはモンスターボールの中にいても、外の状況をある程度理解できるのだろう。
下手にプラズマ団を刺激しない方がいいかと思ってボールに戻そうと考えたが、止めておいた。

「……………………」
「な、なんだよおまえ……」
「なんか怒ってるぞ……無表情だけど、怒ってるっぽいよな」

刺激しない方がいいと思ったのは、プラズマ団の二人も同じらしい。
惜しげもなく怒りを向けている相手に下手な言葉をかけたら、実力行使という形で手痛い反撃を受けかねない。

「ツ、ツタぁ……」

そして、プラズマ団の腕に抱かれているツタージャもまた、シャスの怒りに呑まれかけていた。
怯える同族には目もくれず、シャスは蔓の鞭を伸ばし、空中でうねうねと触手のように揺らしてみせた。
いつでも攻撃できるぞという宣言に留め、実際に攻撃を仕掛けるのはアカツキの指示を受けてから。
彼なら、問答無用で相手を叩きのめすことを良しとはしないだろう……そう判断してのことだった。

「な、なあ……どうする?」
「このままじゃまずいよな、こうなりゃ……」
「ん? ……ああ、そうしよう」

逃げ場がなく、眼前の相手を蹴散らすことも叶わない以上、文字通り万策尽きたと言っていい。

「まさかここまで追いかけてくるとは思わなかった……こ、ここはおまえたちの度胸に免じて、このポケモンを連れていくのはあきらめる」
「……さあ、どこへなりとも行っちまいな」

身体を震わせているツタージャを地面に下ろすと、危害を加える気がないことを示すように、広げた両手を頭上に掲げてみせた。
ここまで逃げておきながら、あっさりと手放すというのか……?
アカツキは訝しげにプラズマ団の二人を凝視していたが、シャスが蔓の鞭をツタージャに巻きつけて傍に引き寄せたのを見て、疑いを捨てた。

「大丈夫か、ツタージャ? もう大丈夫だからな」
「つ、ツタぁぁぁ……」

腕を広げると、シャスはツタージャをアカツキに預けた。
ぶるぶると身体を震わせるツタージャを抱きしめながら、優しく声をかける。
何の前触れもなく、トレーナーから引き離されるという経験など、そうそうあるものではない……ツタージャが声を上げて泣き始めたのも無理はないだろう。
丸腰の人間を追い払うくらいは造作もないだろうが、パニックに陥ってしまっては持ち前の力を発揮するのは難しい。

「ツタっ……」

やれやれ……
シャスはプラズマ団の二人に注意を払いつつ、泣きじゃくるツタージャを横目で見やった。
パニックに陥り、恐怖を感じるのは分からなくもないが、だからといって人前でそんなに泣かなくても……困ったヤツだと思っていたのだ。

「クゥっ……?」
「ツタっ、ツタツタっ……」

ソロがどうしたんだと声をかけると、シャスは頭を振った。
なんでもないと言葉を返し、ソロはそれで納得したようだった。彼女なりに思うところがあったようだが、自分が立ち入るほどのことでもないだろうという判断だった。
……と、全員の注意が逸れたのを見計らい、プラズマ団の二人が逃走を図った。

「ツタっ……!!」
「クゥゥゥゥっ!!」
「シャス、ソロ!! 追わなくていい!!」

一瞬の隙を突かれた形ではあるが、ツタージャが戻ってきた以上、無理に追いかける必要はない。
下手に深追いして手痛いしっぺ返しを食らっては目にも当てられない。
アカツキの鋭い声音に、ソロとシャスは動きを止めた。

(人質に取られたら面倒なことになってたと思うけど……ま、いっか)

やろうと思えば、できたはずだ。
腑に落ちないところはあるが、考えないことにしよう。
今は、ツタージャを先ほどの少女の元に帰さなければ。
腕に抱いたツタージャの頭を撫でながら、言葉をかける。

「ツタージャ、もう大丈夫だからな。さっきの子のところに帰してやるから、もう泣くなよ」
「クゥクゥっ♪」
「ツタぁ……?」

ソロも『そうだ』と言わんばかりに明るく嘶くと、ツタージャは涙を拭いながら小さく頷き返した。
……と、シャスが感情を漂わせない面持ちでじっと見つめていることに気づいて、彼女に視線を向ける。
助けてくれた相手に礼の一つでも言わなければと思うツタージャだったが、文字通りの無言の圧力に怯んでしまった。

(シャス、なんか機嫌悪そうだな……どうしたんだ?)

無表情ながら、多少なりとも自己主張をするのがシャスだ。
先ほどもそうだったが、どうやらこのツタージャに対して良い感情を抱いていないようだ。
それを隠そうともしないあたり、腹に据えかねるようなことでも……そんなことはないと思うのだが、どうしたというのか。
ともあれ、確認するのは後でいい。

「ソロ、シャス。行くぞ!!」

ツタージャを抱いたまま、アカツキは洞窟の外へ向かって駆け出した。
チェレンたちは恐らく、先ほどの少女に付き添っているだろう……などと思っていたのだが、洞窟の入り口でばったり出くわした。
さすがに、ポケモンが連れ去られて何もしないわけにはいかなかったようだ。

「アカツキ、無事だったんだね。良かった」
「追いつくのに苦労したよ……でも、無事に助けられたみたいだね」
「ああ」

ナナとチェレンはアカツキが無事に戻ってくると信じて疑わなかったらしく、普段と変わらぬ調子で言葉をかけてきたのだが……

(……こっちもなんか機嫌悪そうだな)

ツタージャをプラズマ団に連れ去られた少女はシャスと同じく無表情、そして目だけは本気で笑っていない。暗い炎が燃えているようにさえ見える。
先ほどは後ろ姿しか見ていなかったのだが、端正に整った顔立ちと金糸のような艶やかな髪を背中に伸ばした美少女であった。
心なしか、気品が漂っているような気もするが……自分とほぼ同年代で気品があるとすれば、名家の令嬢だったりするのかもしれない。
そんなことを考えるアカツキだったが、少女の口から飛び出した言葉に思わず耳を疑った。

「……あなた、なぜああもあっさり連れ去られたのですか!!」

友達、あるいは家族、相棒……大切な存在であるポケモンが無事に帰って来てくれて良かったという安堵のものではなく、烈火のごとき叱咤だったからだ。






To Be Continued…

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