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ふれあいと息抜きと


「わ~、チラーミィふわふわ~」
「ポカブあったか~いっ」
「ねーねーツタージャ、笑って~」
「ゴーゴー、シママ~っ!!」

好奇心の塊とも言うべき園児たちに十重二十重に取り囲まれて、ポケモンたちはそれぞれの表情を見せていた。
先生の教育がしっかり行き届いているからか、園児たちは眼前の相手が嫌がるようなこと――毛を引っ張るとか叩くとかいった行為には及ばず、ポケモンたちはおおむね好意的な反応を示している。
感情表現に乏しいシャスもまんざらではないようで、無表情ながら葉っぱの尻尾を小さく左右に振っている。

(シャスも、なんか楽しそう。こういう経験も、ホントは必要なんだろうなあ……)

園庭でのふれあいを屋内から眺めながら、アカツキは微笑ましい気持ちを覚えていた。
ポケモンたちを自分たち以外の人間と触れ合わせる……園児たちと遊ばせてあげてほしいという依頼が来なかったら、もしかしたら考えなかったことかもしれない。
ただ旅をしているだけなら自分たちだけでもいいかもしれないが、いずれは一ヶ所に落ち着いて暮らすこともあるだろうし、その時になって他者との協調性を養おうとしても、凝り固まった価値観で他者を受け入れようとするのは簡単ではないだろう。
だから、今にして思えばこういった経験は必要で、その機会を与えてくれたことには感謝してもし足りないくらいだ。
……なんて、自分らしくないかもと思いつつ思案していると、肩を叩かれた。

「…………?」

音もなく思案に亀裂が入るのを感じながら振り向いた先で、ナナが不満げに頬を膨らませている。
隣に座っているチェレンは、困ったヤツだと言いたげに口の端を吊り上げていた。

「ちょっと、アカツキ。聞いてる?」
「えっと……なんだっけ?」

何の話をしていたのか、まるで耳に入ってこない。
口ごもるアカツキに、静かな怒りを向けるナナ。二人の間に名状しがたい気まずさが漂い始めたところで、助け舟が入った。

「みんなの様子が気になっていたんでしょう?
うまくやってるか、さっきからずいぶんと気にしていたみたいだし。
ナナちゃん、そう怒るものじゃないわよ」

横手から声をかけてきたのは、エプロン姿の女性――この幼稚園で保育士を務める女性だった。
名前はユリといい、アカツキたちに『園児とポケモンを遊ばせてほしい』と頼み込んできた張本人である。
同性ということもあり、ナナとは話が合ってずいぶん盛り上がっていたか……その辺りまでは覚えていたのだが、聞き慣れない単語が飛び交い始めたあたりで記憶が飛んでいる。
振り返っているアカツキの傍で、ナナはそれもそうかと言いたげに肩をすくめた。

「まあ、それもそうだよね……」

返す言葉もないと嘆息する彼女に、ユリがここぞとばかりに言葉を畳みかける。

「それよりナナちゃん。
ダッチが来月にナナちゃんが持ち歩いてるような型のバッグを売り出すらしいのよ。知ってる?」
「え? 知らなかった……そうなの?」
「昨日の夕方にホームページで発表されたんだけど、なかなかアクセスできなかったわ。欲しいんだったら早めに予約しておかないと危ないわね」
「ママに頼んでおこうかな……ちょっと不安だけど」

どうやら、盛り上がっていたのはファッションの話だったようだ。
外見なんて見苦しくなければそれでいいと思っているアカツキには、ゴテゴテと着飾る必要性も必然性も感じられないのだが、朴念仁な彼にチェレンが小声で囁きかける。

「アカツキ。あそこはポーズだけでも取っておくべきだよ」
「そう言われても……ウソつくの苦手だし」
「ウソなんてつかなくてもいいのさ。ただ、女性の気持ちを察してあげろってこと。
ソロたちの様子が気になるのも分かるけど、それで上の空になっちゃってたからナナが機嫌を損ねてしまったんだよ」
「…………努力してみる」

ポケモンたちの様子を気にしていたことが、ナナには上の空――つまらなそうに見えていたのかもしれない。
しっかりと周りにも目を向けろということか。チェレンの言葉は優しいのか厳しいのか分かりかねたが、心に留めておくべきだろう。
自分の言葉を真正面から受け止めてくれたのだと理解して、チェレンは笑みを深めながら言った。

「まあ、それはそれとして……ダブルバトルは当分お預けかな。
横槍が入って、みんなもしばらくはやる気にならないかもしれない」
「そうだなあ。でも、しょうがないと思うよ」

結果的にその『横槍』が人間社会の一端を垣間見させることに繋がったのだから、それはそれで良かったのだろう。
女性陣がファッション話に花を咲かせ、ポケモンたちが園児たちと戯れている間は何を話していても問題なさそうだ……そう判断して、チェレンは話を変えた。

「もう少ししたら閉園になると思うけど、それからどうする?」
「近くのポケモンセンターに泊まるよ。
それまではみんなを遊ばせておきたいな。たまには息抜きだってしないと」
「ふむ……」

ポケモンがトレーナーと一緒にいる理由は、それこそ千差万別。
ポケモンバトルを通じて強くなりたいと思うポケモンがいれば、友達や仲間、相棒……あるいは家族として同じ時間を共に生きたいと思うポケモンもいる。
アカツキから見ればソロもシャスもハーディも後者であり、だからこそ人の営みを知って世界を広げてほしいと思う。

(だったら……!!)

その世界を広げるために、自分も力を貸したい。
そう思ってチェレンに微笑みかける。

「なあ、チェレン。みんなと一緒になって遊ばないか?」
「え……?」
「このままじっとしてるのもなんかもったいないじゃん?」
「いや……僕は遠慮しておくよ」

唐突な言葉に驚きつつも、チェレンは低調にお断りした。
なるほど……身体を動かすのが大好きだというアカツキらしい発想だ。
チェレンとしてはそれが嫌なのではなく、園児たちの底知れない体力についていくだけの自信がなかったのである。
同年代の女子と比べて劣っているわけではないが、自他共に認める運動音痴が加わっても迷惑になるだけだろうという配慮もあった。

「そっか……じゃ、オレはみんなと遊んでくるよ」
「相手は子供だよ。あんまりやりすぎないようにね」
「分かってるって」

チェレンの言葉が終わるが早いか、アカツキは上着をその場に脱ぎ捨てて外へと飛び出した。
眺めているだけでも微笑ましい気持ちになるが、それよりも一緒になって遊んだ方が楽しいと思ったのだろう。
アカツキが園児たちの輪に加わろうとしていることに気づいていないようで、女性陣は相も変わらずファッションの話で盛り上がっている。
夏場に履くミュールやサンダル、化粧など、男の理解の範疇を超えた単語が飛び交っていて、とても話に参加する気にはなれなかった。

(やれやれ……そっちはそっちで盛り上がってるね。先生、仕事しなくていいのかい?)

少なくとも、休憩中であるという話は聞いていない。
外にも保育士がいるとはいえ、仕事中に部外者との懇談に興じているのはいかがなものか……増して、仕事とはかけ離れた内容である。
だが、ここで口を突っ込もうものなら二人がかりの『口撃』を食らってしまうだろう。
部外者が仕事の話云々をするのも気が引けるし、何よりナナが楽しそうにしているのを邪魔するのも気が引ける。
チェレンの胸中など知るべくもなく、アカツキは園児たちの輪の中に笑顔で飛び込んでいた。

「ねえ。お兄ちゃんも混ぜてくれない?」
「うん、一緒に遊ぼ~っ」

ポケモンたちと一緒に旅をしている『お兄ちゃん』の登場に、園児たちは歓迎の意向を全身で示した。
ボールを使って遊んだり、鬼ごっこをしたり……子供たちのリクエストに応えて様々な遊戯に興じながら、アカツキは新鮮な気持ちを噛みしめていた。

(こうやって遊ぶの、ホントに久しぶりだなあ。
タンバシティにいた頃はジムと道場を行ったり来たりばっかりだったし……買い物は母さんが大体済ませちゃうから、他の場所なんてほとんど行ったことなかったっけ。
なんか、あんまり子供らしいことをしてなかった気がする)

園児たちの無邪気さに触れて、アカツキは旅に出る以前の自分を振り返っていた。
記憶にある限り、ここ一年間は道場で格闘技の稽古に汗を流し、タンバジムでトレーナーとしての知識や技術を身に着けることばかりしていたような気がする。
同世代の友達がいないわけではないが、彼らと遊んだことはほとんどなかった。
良く言えば夢や目標に向かって努力を重ね、悪く言えばそれを言い訳に人付き合いを怠っていた……確かに、一般論に照らし合わせてみれば、年頃の少年らしからぬ生活だったような気はする。

(それでも、オレは父さんにいろいろ教わることができて良かったって思ってるんだ。
あの時遊べなかった分、これからいろいろやりながら遊んでいけばいいかなあ……)

年頃の少年らしからぬストイックな生活も、自分で望んで送っていたものだ。
どんな形であれ、自分が一生懸命に楽しめるなら、遊ぶというのも悪くはない……真剣に楽しみながら園児たちと遊ぶこと約一時間。
体力に自信のある大人ですら、子供たちの底知れない体力に平伏してしまうものだが、アカツキは汗ばんだ顔に輝くばかりの笑みを浮かべていた。

「シャス、蔓の鞭をオレの腕に巻きつけて、飛んできて!!」
「ツタっ……!!」

少し離れたところで駆けっこをしているシャスを呼び寄せる。
トレーナーの意図を瞬時に悟った彼女は蔓の鞭を打ち出すと、二本の鞭を彼が掲げた腕に巻きつけ、引っ込めた。
すると、シャスの身体が宙を舞い、アカツキの腕を支点にする形で引き寄せられていく。
放物線を描いて宙を舞う途中で蔓の鞭を解き、彼の傍に着地を決めると、園児たちから歓声が上がった。
サーカスのようなアクロバティックな動きに感動を覚えたのだろう。

「わー、すご~い!!」
「もっかいやって~!!」

歓声に気を良くしたようで、シャスは無表情ながら得意げに胸を張ってみせた。
褒められて何も感じないわけではない……感情表現が苦手なだけで、心の中ではしっかりと感じているのだ。
そんなシャスの姿をもっと見てみたいと思い、アカツキは彼女に言葉をかけた。

「それなら……シャス、蔓の鞭で縄跳びとかできる?」
「ツタっ」

お安い御用だ。
シャスは短く嘶くと、首元から出した二本の蔓の鞭の先端を器用に結わえ付け、縄跳びにして跳び始めた。
軽快でリズミカルなステップに、園児たちがヒートアップする。

「うわ~、縄跳びだ~っ」
「こんなポケモン初めて見た~っ」
「クゥ……」
「バウっ……」


園児たちの声のトーンの変化を目敏く捉え、ソロとハーディがシャスに向けて意外そうな表情を向ける。
いつも無表情で、何を考えているのか分かりづらいところのある彼女が、こんなにも輝いて見えるとは……もしかしたら、今の姿が彼女の真実なのか。
そんな風に考えているのはトレーナーも同じで、シャスが今を楽しんでいるのが雰囲気から感じられてうれしかった。

(シャスだって楽しいことを楽しいって思うんだもんな)

園児たちの歓声をスポットライト代わりに、綺羅星のごとく輝いて見えるシャスに微笑ましい気持ちを噛みしめていると、鐘の音が鳴り響いた。
どうやら、そろそろ保護者が迎えに来る時間のようだ。

「あ、今日ももう終わりだ~」
「えー、もう終わりなの~?」

まだまだ楽しみ足りないと言いたげな園児たちではあったが、残念がる彼らに微笑みかけながらアカツキが言う。

「また機会があったら来るからさ。
その時はもっとポケモンも増えて賑やかになってると思う。今日よりず~っと楽しくなるからさ、楽しみにしててくれよ」
「うん、約束だよ、お兄ちゃん!!」
「わ~い♪」

ポケモンたちとの、短くも濃密な時間は相当に楽しかったのだろう。
アカツキの言葉に、園児たちはこの日一番の歓声を上げた。






園児たちが保護者に連れられ帰路に就いた後、アカツキたちは応接間に通された。
園長から『子供たちと遊んでくれたせめてものお礼です』と、トレーナーやブリーダーにとっては有益な木の実のセットを受け取ってから、一人の女性に引き合わされたのだが……

(綺麗な人だなあ……)

テーブルの向こうに腰を落ち着けている女性を見て、アカツキは驚嘆した。
艶やかな金髪を背中に束ね、鼻筋の整った顔立ちは十人が十人美人と称するだろう。
キャリアウーマンを意識したであろう着衣はその美貌をさらに際立たせ、同性のナナでさえ一目見るなり驚嘆していた。

「今日は本当にありがとうございました。教育者の一人として、御礼申し上げます」
「いえ……オレたちの方こそいい経験になりました」
「名乗るのが遅れました。わたしはエリーザ、イッシュ教育推進会の理事を務めさせていただいています」
「オレはアカツキ。こちらはナナとチェレン。オレの友達です」

互いに名乗り、簡素な自己紹介を済ます。
彼女――エリーザは見た目こそ二十代半ばだが、実年齢は三十過ぎだそうで、ナナは『すごく若く見える……』と舌を巻いていた。
自分の半分の年月も生きていない少女の仰天ぶりに苦笑しつつ、エリーザはアカツキに問いかけた。

「旅をしていると伺いましたが、トレーナーとしての修業の旅ですか?」
「はい。イッシュリーグに出場しようと思って」
「せっかくトレーナーになったんですから、どこまでやれるか試してみたいんですよね」
「なるほど……目標があるのはいいことです。頑張ろうという気になりますからね。
リーグバッジを手に入れるのは簡単ではありませんが、頑張ってください。
若い方が頑張っているのを見ると、わたしたち大人も負けてはいられませんね」

さり気ない世間話に花を咲かせる。
エリーザの温和な人柄に触れて、自然と話が弾んでいく。すらすらと口を衝いて出る言葉を不思議に思いながらも、アカツキの意識に音もなく『何か』が滑り込んできた。
その正体を確かめようとして、すぐに気づく。

――違和感。

気のせいか、自分に話を振る時は、ナナやチェレンに話を振る時よりも感情がこもっているように感じられる。
先刻感じた違和感の正体は、その違い……自分にだけ向けられている感情だったのではないか。

(どこかで会ったこと、あったかな……)

実の両親なら親類や幼なじみなど、気の置けない間柄の相手はいるだろうが、アカツキ自身はイッシュ地方に知り合いなどいるはずもない。
どれだけ記憶のタンスをひっくり返しても、遡れるのはタンバシティで暮らし始めた頃までで、タンバシティで暮らしていた頃に会ったことはない。

(でも、もしかしたら……)

一つの可能性が浮かぶ。
実の両親と、イッシュ地方に住んでいた頃に会ったことがあるのではないか……?
アカツキの見立てでは、エリーザは温和で礼儀正しい人物だ。知り合いと顔を合わせたら、まずは『お久しぶりです』挨拶をするに違いない。

(気のせい……かもしれないもんな)

一言、どこかで会ったことはないかと訊ねれば済む話だ。
違うなら違うで、それで終わりだ。
とはいえ、ナナとチェレンが楽しげに話をしているところに横槍を入れ、話の腰を折るのも気が引ける。
どうしたものか……複雑な気分を持て余していると、エリーザの方から話しかけてきた。先ほどから黙っているのが気になったのだろうか。

「どうかしましたか? 先ほどから浮かない様子ですが……」
「……………………」
「何か気になることでもあるの?」
「黙ってるなんて君らしくもないね。さっさと言っちゃえば?」

どう言葉を返そうか考えているところに、鞭を打つようにチェレンの言葉が飛んでくる。
ナナもチェレンも、サバサバしたアカツキらしからぬ戸惑いっぷりに怪訝な面持ちだったが、それだけ気にかけてくれているのだろう。

(そうだよな。黙ってたって分からないんだ。勘違いなら勘違いで、ごめんなさいで済ませればいいんだし!!)

中途半端な言葉でごまかすのは、一番悪い。
ならば、白黒ハッキリつけてやる……そんな意気込みで、アカツキはエリーザに問いかけた。

「エリーザさん。人違いだったらすいません。
オレとどこかで会ったことがありませんか? オレ、よく覚えてないんですけど、なんとなくそんな気がして……」
「そうなの?」
「分からない。ただ、なんとなくさっきから気になってたんだ」

ナナが首を傾げながら発した問いに、アカツキは小さく頭を振った。
エリーザは思うところがあるのか、目を細めた。

「あなたに似た子なら、知っています」
「…………?」

彼女の眼差しに郷愁に似た感情が宿ったように見えて、なんとも淋しげだ。
……気のせい、ではない。直感としか言いようのない確信に、胸がざわつく。
相対する少年の胸中を余所に、エリーザは言った。

「その子のお父さんは凄腕のトレーナー、お母さんは腕の立つブリーダーでした。
旅先で両親を亡くした後、他の地方の知り合いに引き取られたそうです。
子供の頃に何度か顔を合わせたことはありますが、今はどこで何をしているのか……あなたがその子に似ているように思えたので、つい思い出してしまいました」
「……………………」
「……………………」
「……………………」

二の句が継げないとはこのことか。
エリーザの言葉に、アカツキは何も言い返せなかった。
……偶然? そんな馬鹿な。
流れる水のごとくすらすらと紡がれた言葉は、あからさますぎるほどに意図して語ったものだろう。
アカツキだけでなく、ナナとチェレンも疑念を深めていた。

(エリーザさんはオレを知ってる。でも、なんで『似てる』なんて言葉を濁した……?)

もしも『それはオレのことなんじゃないですか?』と問いかけたとして。
彼女はそうだと首肯で返すだろうか?
最初からそうと言い出さないあたり、今は詳しい話をする気がない……ということだろう。

(アカツキ、なにも言わないんだね……)
(……まあ、大体どういうことかは分かってるから、僕たちは口を出さない方がいいんだろうな)

眉間にシワを寄せ、険しい顔で思案するアカツキを見やりながら、しかしナナもチェレンも口を挟まなかった。
彼自身の問題に自分たちが首を突っ込むなど、友達といえど立ち入っていい領分ではないに違いないのだから。

(今は無理でも……また会うことがあったら、その時は話してくれるかな)

彼女なりの事情があって、明言を避けているのは明白だ。
改めて自問自答する――今ここで彼女を問い詰めるか。
答えは否だった。
最初から話すつもりがないなら、どう問い詰めたところでのらりくらりとはぐらかすだろう。
無論、彼女の言う『その子』が自分でない可能性もゼロではないのだ。
アカツキが無言で引き下がったのを察したようなタイミングで、エリーザの携帯電話が鳴った。

「おや……」

来客中に電話とは、なんと野暮な……エリーザはため息をつきながら電話に出た。

「エリーザです。
ええ……ええ、そうですか。分かりました。では、そのように。
……これから戻りますので、細かい話はそちらに戻ってから。では……」

早口で捲し立てて会話を終えると、席を立つ。

「申し訳ありません。
ヒウンシティの教育省から緊急の用件が入りましたので、これで失礼いたします」
「忙しいところ、ありがとうございました」
「こちらこそ。またお会いすることがあったら、その時はいろいろと話をしましょう。それでは……」

本来は多忙の身に違いない。
三人が自分たちのために時間を割いてくれたことに謝意を示すと、エリーザは笑みを残して応接室を後にした。

(エリーザさん、父さんのこと知ってるんだろうか……)

乾いた音を立てて閉じられた扉の向こう側、小さくなっていく足音に耳を傾けながら、アカツキはふと思う。
またどこかで会うことがあったなら、その時は心ゆくまで話をしたい。
エリーザが深く踏み込まなかったのは、今はイッシュリーグに向けてやるべきことをやれという意味合いも、もしかしたらあったのかもしれない……都合のいい解釈だとは思いながらも、アカツキは気持ちを切り替えた。





(イッシュ地方に戻っていると聞いてはいましたが、このような場所で会えるとは……)

ヒウンシティに向けて車を走らせながら、エリーザは小さく息を吐いた。
バックミラー越しに遠ざかる、公立の幼稚園――思いもかけず再会を果たした相手の顔が、うっすらとミラーに映り込んで見える。

(トレーナーとして旅を続けるなら、またどこかで会うこともあるでしょう。
積もる話はその時にでも……それにしても、思いのほか奥手でしたね)

相手の言葉を引き出すために敢えて『それらしい』ことを言ったのだが、結局のところ彼は食い下がってこなかった。
もしも疑念を晴らすべく問いかけられたなら、その時はすべてを打ち明けようと思っていたのだが……今はまだその時ではないとでも思ったのか。
初めて顔を合わせた時には、父親にそっくりな顔を見て驚きを噛み殺すのに必死だったが、性格はあまり似ていないようだ。

(これも、縁でしょうね……)

自分の代わりに見守っていってほしい……ということか。言われるまでもない。
それが自分の役目の一つなのだと思っていたのだから。
そして、いずれはトレーナーとして一戦交える機会があるかもしれない。それはそれで楽しみで、願ってもないことだ。
だが、今は……

(コウタ、マイカ。あの子は自分の意思でイッシュ地方に足を踏み入れたのです。
あなた方にとっては、可愛い一人息子がたくましく育って喜ばしいことでしょうね)

間もなく、ジャンクションから高速道路に入る。
前方の標識を見やり、エリーザはアクセルを深く踏み込んだ。






To Be Continued…

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