Mission #095 ポケモンハンター襲来(後編)

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巡視艇がボイルランドの港に到着すると、アカツキは警官に港の警備を継続するよう要請し、ヒトミに先に現場に向かうように言った。
こんな時に単独行動なんて何を考えているのかと言いたげな面持ちで、口を開こうとするヒトミに、アカツキは先にこう言い放った。

「先に犯人の逃走経路をつぶしてから行くよ。二人がかりでそこまでする必要はないからさ。ぼくがやっとく」
「分かったわ。さっさと来なさいよ」

逃走経路を断つことも、犯人検挙のためには必要なことだと思い、ヒトミはアカツキをその場に残し、現場である博物館へと向かった。
サメハダーや他のポケモンを手持ちに加えていることは明白で、手持ちのポケモンの中には、もしかしたら犯人を乗せて海を渡れたり、あるいは空を飛べるポケモンが含まれているかもしれない。
それでも、アカツキは犯人がボートを使えないように手を打つことにした。

「……ブイ?」

博物館に向かったヒトミとルッチーの背中を見やり、ブイが首をかしげた。
自分たちがここに残って何をするのだと言いたげにアカツキを見上げたが、彼はニコッと微笑を返してきた。

「さて……と」

のんびりはしていられない。
アカツキは左手でブイの頭を撫で回しながら、周囲にポケモンの姿を捜した。
入港している船がないせいか、港は特に混乱した様子もなかった。
街の施設は港からやや離れたところに位置しているため、船が入らない時間帯には人が来ることが少ないようだ。
そんな港の様子を観察しつつ、アカツキは優雅に空を飛んでいるペリッパーを見つけた。

(よし、ペリッパーなら……)

ペリッパーはくちばしが非常に大きなペリカンのようなポケモンで、ボイルランドやその周辺に棲息している。
アカツキはスタイラーの先端を気ままに飛び回っているペリッパーに向けると、キャプチャを開始した。

「キャプチャ・オン!!」

スタイラーから放たれたディスクは重力に負けることなく舞い上がり、ペリッパーの周囲をぐるぐる回った。
ペリッパーはいきなり飛んできたディスクを気にする風でもなく、ゆったりと飛んでいる。
ディスクは燐光を撒き散らしながらペリッパーを幾重にも囲い込み、十秒と経たずにキャプチャは完了した。

「キャプチャ完了……ペリッパー、ぼくに力を貸してくれ!!」

アカツキが呼びかけると、ペリッパーは彼の傍に舞い降り、頷いてみせた。
ペリッパーは水タイプと飛行タイプを併せ持つポケモンで、攻撃的な能力の持ち主ではないが、身体の半分ほどを占める大きなくちばしを使った特徴的な技を覚える。
アカツキはその技を使って、犯人の逃走経路を断とうと考えていた。
犯人が乗りつけたボートは……
周囲を見渡し、先ほど犯人が乗っていたと思われるボートを見つけ、アカツキたちは駆け寄った。

(色も形も……間違いない)

間違えて一般人のボートを壊したとなれば大問題だが、先ほど海の上で見たボートと同じであることを確認した。
博物館に直接乗り付ければ良かったものを、なぜか港に置いて、そこからは徒歩で向かうことにしたらしい。
犯人の考えなど知ったことではないが、アカツキにとっては好都合だった。
ボートの操縦桿を指し示し、アカツキはペリッパーに指示を出した。

「ペリッパー、たくわえる!!」
「ペリ〜っ」

間延びした声を上げ、ペリッパーは口を大きく開いた。
すると、口の中に光の球が現れた。

「ブイっ……?」

音もなく現れた光の球を見やり、ブイは怪訝な面持ちで首をかしげた。
『たくわえる』はれっきとしたポケモンの技の一種で、攻撃や防御、回復といった『方向性』が定められていない純然たる『力』を身体に一時的に蓄えることができる。
ポケモンバトルにおいては、一旦自分の中に『力』を蓄えなければならないため実用性が低いのだが、ポケモンレンジャーの活動ではその有用性が高まる。
そして、蓄えた『力』に方向性を持たせるためには……

「吐き出す!!」
「ペリ〜っ!!」

アカツキの指示に、ペリッパーは口の中に生み出した光の球を吐き出した。
光の球は一直線に降り注ぎ、ボートの操縦桿を直撃した。
派手な音を立てて、操縦桿が粉々に砕け散る。
キーを差し込む部分もまとめて壊してしまえば、犯人がボートで逃げることはできなくなる。
ボートが逃走手段の一つであっても、つぶしておけば後々、役に立つことがあるかもしれない。
本当はエンジン部分を壊してしまおうとも考えていたが、それだと油が海に流れ出てしまう恐れがあったので、ボートの操縦ができなくなるように操縦桿を壊すことにしたのだ。

「ここまでやっとけば、ボートじゃ逃げられないな……」

アカツキは他にボートの操縦手段がないことを確認すると、傍で滞空しているペリッパーに顔を向けた。

「ペリッパー、力を貸してくれてありがとう」
「ペリーっ」

感謝の言葉と共に、お安い御用だと言わんばかりに嘶くペリッパーをリリース。
ペリッパーはふわりと真上に舞い上がり、また悠々と近くを飛び回り始めた。
どうやら、かなりマイペースな性格らしいが、その鷹揚とした様子は見ていて微笑ましかった。

「よし……ブイ、行くよ!!」
「ブイっ!!」

やるべきことはやった。
あとは、現場に向かうだけだ。
自分とは比べ物にならないほどの腕を持つラクアなら、それほど苦労もせずに犯人を捕らえることができるはずだ。
出番はないかもしれないが、他にやらなければならないことも思いつかない。
アカツキはブイを連れて博物館へ向かったが、その途中でふと、ある考えが頭に浮かんだ。

(……よし、そうしよう)






「……ったく、あんた一体どんだけポケモン連れてんのよ」
「生憎とトレーナーなんかじゃないんでね。手持ちポケモンの限度など俺には関係ないのさ」
「嫌味なヤツ……」

ラクアは相対する男——クロウと名乗るポケモンハンターが口元に嫌味ったらしい笑みを浮かべたのを見て、小さく舌打ちした。
相手の年の頃は二十歳すぎで、中肉中背。身体的な特徴は特に際立ったものもなく、それこそどこにでもいるような男だ。
だが、その男が博物館に移送されたアノプスを盗み出そうとするポケモンハンターなのだから、人間は見た目で判断すべきでないといういい例だ。

(しっかし、こりゃ早めになんとかしないとヤバイわね……)

額を一筋の汗が粘つきながら流れ落ちていくのを認識しながら、ラクアは胸中でつぶやいた。
ポケモンハンターと思しき男が乗った不審なボートがボイルランドに急接近している——事前に、警官が機転を利かせて博物館に連絡を入れてくれたおかげで、アノプスは警戒が非常に厳重な場所(地下と思われる)に移され、盗まれる心配もなくなった。
クロウは博物館を手当たり次第に破壊しながらアノプスを捜そうと考えていたようだが、その前にラクアたちが追いついたため、先にポケモンハンターの相手をすることを選んだ。
しかし、ポケモンハンターという、そもそも職業自体が非合法な輩であるために、手持ちポケモンの上限と定められている六体など無視していたのだ。
洋上に残してきたサメハダーを含めれば、十体以上。
しかも、いずれも攻撃的なことで知られるポケモンばかりで、クロウが本気で博物館を壊してでもアノプスを奪おうと考えていたことが窺える。
そして、ラクアが対峙するのはクロウが用心棒代わりに常に傍に置いているハッサムだ。
ハッサムはストライクの進化形で、素早さこそストライクに劣るものの、それ以外の能力はストライクを遥かに上回る。
他のポケモンも進化形で揃えられており、厄介と言うほかない。
そちらはタイキとミソラ、追いついてきたヒトミに任せているが、十体近いポケモンを相手にするのは厳しいらしく、背後では怒号が飛び交っていた。
ここは早いうちにハッサムをキャプチャして落ち着かせ、クロウを逮捕しなければならない。
そうでもしなければタイキたちの援護などできないし、クロウを人質にしてしまえば、他のポケモンたちを無力化することもできる。

「ミーナ、ハッサムの動きを止めるわよ。冷凍ビームを連発して!!」
「ミミーっ!!」

ラクアの指示に、ミーナが冷凍ビームを発射するが、ハッサムは必要最低限の動きで攻撃を避けた。
狙いが外れた冷凍ビームは地面に突き刺さると、突き刺さった場所とその周囲を氷に閉ざした。

(さすがに当たるわけないわね……!!)

まともに食らってくれるとは思っていない。
ならば……

「ミーナ、電撃波!!」

続いて、電撃波。
ミーナの指先から放たれた一筋の電撃の矢が、ミーナに攻撃を仕掛けようとしたハッサムを瞬時に捉えた。
電撃波は電気タイプの技で、威力こそ低いが速攻が可能という特性を持つ。ゆえに命中率は非常に高く、『守る』や『見切る』といった防御技を使わなければ避けることができないとさえ言われている。

「……!?」

ハッサムは電撃の矢を受けて一瞬、足を止めた。
いかに威力が低かろうと、電撃を食らったのだから何も感じないはずがない。
その瞬間を狙い、ラクアはスタイラーからディスクを射出、ミーナに続けて指示を出した。

「ミーナ、ピヨピヨパンチでお出迎えっ!!」

身体の大きさや単純なパワーで言えば、ハッサムに分があるのは明らかだ。
しかし、逆に『小回り』ならミーナに敵わない。
『虎穴に入らずんば虎児を得ず』とはよく言ったもので、至近距離であれば逆にハッサムの攻撃を食らわずに済むという利点もある。
ここは、そうやって時間を稼いでもらうのが一番だろう。
だが、クロウはタイキたちの相手をしているポケモンを一体呼び戻した。

「マニューラ、こっちに来い!!」

十体近いポケモンを駆使しているのだ、一体くらい呼び戻したところで数の差は容易に埋められまい。
他のポケモンでレンジャーの相手をしている間に、マニューラを連れて博物館に侵入する……クロウは作戦を変更したようだ。
マニューラを連れて博物館に入ったクロウの背中を見やり、ラクアは舌打ちした。

(逃がしたくはないけど、これじゃあ身動き取れないわ……アカツキは何してるの?)

ヒトミが追いついてきたのは知っている。
だが、アカツキは何をしている?
ヒトミがやってきた時にはすでにクロウがポケモンたちを外に出していたため、乱戦状態になってしまっていたが……恐らく、何かしらの考えがあって、アカツキとヒトミは分かれて行動しているのだろう。
まさか、博物館で先回りしているとは思えないが……

(ま、あの子なら大丈夫でしょ。まず、あたしがこのハッサムをどうにかしなきゃね)

クロウは手持ちのポケモンをすべて外に出している。
今までの状況から、慎重にして大胆な性分であろうことは想像に難くない。
彼にとって一番厄介なのは、博物館の警備システムでも、周囲の警戒に当たっている警官や彼らのポケモンでもない。ポケモンレンジャーだ。
実際、警官たちはクロウのポケモン相手に何もできない有様だ。
ならば、ポケモンレンジャーを先にどうにかする必要がある。
手持ちのポケモンを出し惜しみして仕留め損ねるよりは、先に全部のポケモンを出して対処した方がいいと考えるだろう。
その証拠に、わざわざマニューラを呼び戻し、共に博物館に入っていった。出していないポケモンが残っているなら、そんなことはしないはずだ。
そう思わせて……という可能性も否定できないが、そこまで考えていては身動きが取れない。

(アカツキが遅れてるのは、たぶんあいつの逃走経路をつぶしてるからね……)

ヒトミから聞いたわけではないが、間違いないとラクアは思っている。
アカツキは頭が良く、それでいて気の利く少年だ。
わざわざ分かれて行動するからには、犯人の逃走経路を断つことを考えていても不思議はない。
ここは自分たちでどうにかするとしよう。
ミーナとハッサムが激しい攻防を繰り広げているのを見やりながら、ラクアはキャプチャを続行した。






博物館の中は静まり返っていた。
ポケモンハンターがやってくると分かって、中でおとなしくしている職員がいるはずもなく、すでに全員が避難を完了していたからだ。

「やりやすいのはいいが、こうも静かだとかえって不気味だな……」

クロウは一直線に、地下へと続くエレベーターへ向かっていた。
アノプスがすでにこの博物館に移送されていることは知っている。
そして、自分がボイルランド沿岸で巡視艇に見つかってから今までかかった時間は十分程度。
その程度の時間でアノプスを連れて博物館から出ようものなら、間違いなく目立つ。それらしい動きがないことは確認済みだ。
ならば、アノプスはまだこの建物の中にいる。ポケモンハンターから身を守る上で一番安全な場所は、地下しか残っていない。
他の場所もあるのではないかと一瞬考えたが、ポケモンを複数連れている可能性の高いポケモンハンターを相手に別の部屋に立てこもったところで、気配に感づかれるに決まっている。
ポケモンレンジャーの相手はマニューラ以外のポケモンに任せている。
サメハダーについては足止めになればいい程度に思っているので、あまり気にしていない。
ここの警備体制はあらかじめリサーチしてあるし、中に職員がいない状態では警備システムも張りぼて同然。
表にいた警官たちはポケモンの扱いに慣れていないから、最初から問題にすらしていない。
あとは地下でアノプスを捕獲し、ポケモンレンジャーがハッサムたちをキャプチャしてしまう前に地上に戻れればこちらの勝ちだ。
外に残してきたのは、クロウが手塩にかけて育てた屈強なポケモンたちだ。数でも圧倒しているし、表にいた三人のポケモンレンジャーに負けるとは思えない。
問答無用で叩きつぶせ、と指示を出したわけではないが、ある程度は考えてやってくれるだろう。
要は、時間との勝負。
時間をかければかけるほど、リスクだけが高まっていくのだ。
地下にさえ降りてしまえば、後はどうにでもなる。
廊下の角を曲がり、地下へのエレベーターが設置されている通路に差し掛かった時、クロウはエレベーターの前に人影を認めた。

「……!? おやおや、こんなところにもう一人いたとはな……」

エレベーターの前に立ち塞がっていたのはアカツキだった。
まさか、ここでポケモンレンジャーが待ち構えているとは思わなかったが、目の前に立ちはだかっている以上は、どうにかしなければならない。

「表の様子を見に行かなくてもいいのか?」
「…………」

アカツキはクロウの問いかけに答えず、じっと相手を睨み返していた。
港から博物館に向かう途中、博物館の前でラクアたちが多くのポケモンを前に乱戦状態になっているのを見て、もしかしたら彼がポケモンたちを残して博物館に入るのではないかと思い、先回りすることにしたのだ。
思い違いであれば良かったのだが、結果的にはここで待ち伏せておいて正解だった。
あどけなさが多分に残る顔立ちの少年と、彼のパートナーであるブイゼルに睨みつけられても、クロウは動じなかった。
アカツキはクロウを睨みつけながら言った。

「ぼくがいなくても、ラクアさんやみんなならなんとかする」
「なるほど……頭の切れるポケモンレンジャーも中にはいるということか。子供だと思って油断したな」

伏兵とは、なかなか面白いことをしてくれる。
十三、四歳の子供かと思ったが、そこはやはりポケモンレンジャー……油断できない。

「悪いが、子供相手でも手加減はしないぞ。
……マニューラ、やれ!!」
「マニュっ!!」

クロウの指示を受け、マニューラが跳んだ。
前脚の鋭い爪が、天井からの照明を照り受けて鈍く輝く。

(能力じゃマニューラの方が上に決まってる。でも、ここなら素早くは動きにくい……!!)

マニューラは打たれ弱いが、攻撃力が比較的高く、スピードに関しては全種族の中でもトップクラスを誇る。
速攻型のポケモンと言えるが、室内……しかも細長く一直線に伸びる通路では自慢の機動力を発揮することは難しい。
ブイゼルと比較すれば能力差は歴然としているが、自慢の機動力を完全に活かせないなら、立ち回り方次第でその差を埋めることは可能だ。

「ブイ、水鉄砲!!」

屋内では他のポケモンの力を借りることはできない。
ブイには無茶をさせない程度にマニューラの足止めをしてもらい、その間にマニューラのキャプチャを行う……それがベストだが、アカツキはそこまで欲を張っていなかった。
要は、ラクアたちが外にいるポケモンたちをキャプチャし、ここに到着するまでの時間を稼げばいいのだ。無理をする必要はない。
とはいえ……

(時間稼ぎだけでも、結構きついかも……)

マニューラの俊敏な動きを見て、アカツキはいきなり焦った。
ねっとりと、まとわりつくようなスピードで汗が額を流れ落ちていくのを知覚する。
室内での動きにくさはあるものの、マニューラは地を蹴り壁を蹴り……周囲の『障害物』を利用しながらブイに迫っていたからだ。
ブイは水鉄砲を放つものの、マニューラの素早い動きを捉えきれずにいる。

「ブイっ……?」
「マニューラ、凍える風」

眼前に迫ったマニューラに驚愕の眼差しを向けるブイ。
クロウは一言、マニューラに指示を出した。
アカツキが次の指示を出す暇もなく、マニューラが口から冷気の風を吐き出した。

「……っ!!」

吹き付ける冷気の風に、アカツキは思わず身体を震わせた。
局所地であるヒアバレーを除き、アルミア地方は一年中温暖な気候が保たれている。
一般人なら寒さに凍えるなどという経験はしないのだが、それゆえに突如として吹き付けた冷気の風はアカツキの動きと思考を止めるのに十分な『寒さ』があった。
凍える風は、その名の通り凍える寒さの風を吹かせる技。
威力は吹雪や冷凍ビームといった大技と比べると明らかに落ちるが、寒さによって相手の身体機能を低下させ、動きを鈍らせることができる。
クロウが『無用な争い』を避けようとしているのが分かる技だが、ブイは至近距離から放たれた凍える風をまともに受けて、その場にうずくまってしまった。
水タイプのポケモンは体温が低めだが、それでも至近距離からの凍える風はかなり堪えているようだった。

「ブイっ!!」
「辻斬り」

直後、マニューラの前脚の爪がギラリと輝き、ブイの身体を真一文字になぎ払う。
凍える風を受けたところに続けて攻撃を食らい、ブイはエレベーターの扉に叩きつけられた。

「ブイ、しっかり!!」

アカツキはブイに駆け寄った。
マニューラの攻撃の威力はそれほど高くなかったが、ブイに代表されるブイゼルは、防御力がかなり弱い部類に入る。
威力が高くない攻撃でも、続けて食らえば大きなダメージになりうるのだ。
ブイは頭を振って立ち上がり、余裕綽々といった面持ちのマニューラを睨みつけた。
ブイの視線を追い、アカツキもマニューラとその向こうに立っているクロウを睨みつけたのだが……

(戦い慣れてる……!!)

外にたくさんのポケモンを放つあたり、クロウはポケモントレーナーとしての腕も相当なものなのだろう。
付け加えて言えば、アカツキはポケモンについての知識はレンジャー相応のものを持っているが、ポケモンバトルに関しては素人もいいところだった。
当然、普通にぶつかり合って勝てるはずもない。
はじめから勝つつもりはないが、時間を稼ぐだけでこんなに大変だとは……クロウが本気を出せば、自分たちを蹴散らすのは造作もない。それは短い攻防の間でも分かった。

「ポケモンレンジャーはポケモントレーナーではない。
この狭い場所でまともにぶつかり合えば、勝負にならんぞ。
俺は無用な争いに興味はない。増してや、子供を傷つける趣味もないからな。
おとなしくここをどいてもらえれば、危害は加えない」
「…………」

クロウは淡々とした口調で言った。
ブイを倒す気があれば、とうにやっている。
それをしないのは、無用な争いをするつもりがないからだ。
言葉だけならなんとでも言えるが、アカツキには彼が本気でそう思っていることが理解できた。
理解できたが……納得はしていない。
クロウを睨みつけ、レンジャーとしての心意気を叩きつけるように叫ぶ。

「ぼくは子供だけど……それでもポケモンレンジャーだ。任務(ミッション)から逃げたりしない!!」
「そうか……」

ポケモンレンジャーとしての矜持(プライド)は、大人も子供も関係ないということか。
ならば、徹底的にやらせてもらう。

「マニューラ、吹雪!!」
「……!!」

クロウの指示に、マニューラが口から吹雪を吐き出した。
凍える風よりも強い冷気が、吹雪となって室内を乱舞する!!

「…………!!」

寒いなどというものではない。
身体を突き刺すような寒さが、容赦なく襲いかかってくる。
吹雪に直接的な殺傷力はないが、『凍死』させるには十分な力を持っているのだ。

(まずい、このままじゃ……)

ブイは凍える風と辻斬りの連続攻撃で体力をごっそり持っていかれたようで、追い討ちをかけるように吹き付けてくる吹雪に立ち上がれずにいる。
アカツキも、体温が急激に低下し、身体が思うように動かないことを実感していた。
寒さもいつしか感じられなくなり、身体に付着した雪がただ重いだけに思えてならなくなる。
頭がぼーっとしてくるのを意識で感じて、頭(かぶり)を振るが、拡散しつつある意識を一箇所につなぎ止めておくのは厳しかった。

(あと少しだけ……)

何かできることはないかと周囲を見渡す。
床も壁も天井も、吹雪を受けて凍りついている。吹雪が止んで時間が経てば元通りになるだろう。

(……そうだ、あと一回だけ……!!)

ふと思いつき、アカツキは身体に力を込め、ありったけの声を振り絞ってブイに指示を出した。

「ブイ、壁際に寄ってからエレベーターに水鉄砲!!」
「……!! ブ、ブイっ……!!」

残った力を振り絞るような鬼気迫る声に背中を押され、ブイも思うように力が入らない身体に鞭打って、アカツキからの指示を実行した。
壁際に移動してから、エレベーターの扉に水鉄砲を放つ。
水鉄砲は扉を濡らし、その直後——吹雪によって温度が急激に低下した水が凍りつき、エレベーターの扉と、その周囲を厚さ数センチの氷に閉ざした。

「……やってくれるな」

クロウは苦笑した。
マニューラの吹雪なら、凍死させずとも短時間に相手を行動不能にまで追い込めると踏んでいたのだが、そうなる前に、アカツキは手を打ってきたのだ。

「子供と思って油断したか……いや、子供の発想ではないな。マニューラ、もういい。退却する」

クロウの指示に、マニューラは吹雪を取りやめた。
室内の温度は急激に低下し、吐く息は白かった。
マニューラは『まだ途中だ。本当にいいのか?』と言わんばかりの面持ちで振り向いてきたが、クロウは小さく頷くだけだった。
エレベーターの扉は氷に閉ざされている。
氷を壊せば中に入れるだろうが、マニューラでも氷を壊すのには少し時間がかかる。
マニューラの吹雪を利用して、こちらの進路を阻むとは……なかなか面白いことをしてくれる。

(……さ、寒い……うぅ……)

アカツキはブイの水鉄砲がエレベーターの扉を氷に閉ざしたのを確認した後、クロウに向き直った。
しかし、吹雪による寒さは想像を遥かに超えており、身体の震えが止まらず、意識が朦朧としてきた。

「ブイっ、ブイっ!!」

ブイが心配そうな表情で身体を揺さぶってくるが、それも良く分からないような有様だった。

(でも、これなら……)

エレベーターの扉を凍らせてしまえば、マニューラとてすぐには地下への道筋を確保することはできない。
少なくとも、時間を稼ぐことはできた。
あとはラクアたちがやってくれば大丈夫だ。
これから自分がどうなるかなど考えが及ぶはずもなく、アカツキはその場で気を失って倒れた。

「ブイっ、ブイーっ!!」

ブイのどこか悲痛な叫びを、アカツキは気を失う寸前に、遠ざかる意識の中で聞いたような気がした。

「子供の発想ではないな。
ポケモンレンジャーとして、俺を先に進ませないことを優先した結果か……ふっ、なかなかに面白い」

クロウは気を失って倒れたアカツキを見やり、口元に笑みを浮かべた。
エレベーター以外に地下へ続く道はない。
氷を壊すのに時間をかければ、その分、危険性は高まる。
そうなるくらいなら、ここで手を引くべきだろう。
そう思って背中のリュックに手をかけた——その時だ。

「見つけたわよ!!」

背後から鋭い声が聞こえ、クロウは振り返った。
あちこちに擦り傷を負ったラクアたちが立っていた。






To Be Continued...

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