Mission #094 ポケモンハンター襲来(前編)

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『こらーっ、そこの不審なボート!! 停まんないと冷凍ビーム食らわすわよーっ!!』
「……………………」

ラクアが片手で操縦ハンドルを捌きながら、メガホン片手に叫んだ。
文字通りの『片手間』に、アカツキたちは呆然としていたが、ただ事でないことは理解していた。
巡視艇からの停船命令を無視してボイルランドに接近するようなボートである。
当然、ラクアの言葉で停船などするはずもなく、それどころか速度を上げて、巡視艇をさらに引き離しながら高速で海上を疾走していた。

(ポケモンハンターかもしれない。そうなると……)

アカツキは目を凝らしながら、不審なボートの状況を確認した。
乗っているのは男が一人。誰かが隠れられるようなスペースは見当たらないが、油断はできない。
相手がポケモンハンターであるならば、モンスターボールの中に相棒となるポケモンを潜ませていても不思議はない。
警戒はいくらしても足りないくらいだ。

「ブイ、船に上がって!!」

アカツキは後方に振り向きながらブイに指示を出した。
この状態で延々と泳がせているわけにもいかなかったが、ブイはすでに状況を察しているようで、アカツキが指示を出した時には水面から顔を覗かせ、高速で不審なボートを追跡し始めたレンジャーたちのボートに飛び乗っていた。

「キミの力を借りるかもしれないから、ちょっと休んでて」
「ブイっ」

相手がポケモンを隠し持っているとすれば、こちらもポケモンで対抗しなければならない。
無論、バトルという形ではなく、ポケモンレンジャーとしての手段……キャプチャで。ブイをはじめとするパートナーポケモンは、キャプチャのサポートを行うのだ。
そうでないに越したことはないが、残念ながら相手はポケモンハンターだった。
ラクアたちポケモンレンジャーが追っていることに気づいたか、不審なボートから一筋の閃光が上空に立ち昇り、直後。

「サメハーッ!!」

サメの頭部を模したようなポケモンが姿を現した。
真っ赤な目が、アカツキたちを睨みつける。

「サメハダー!? なかなか厄介な相手ね……」
「サメハダーっていうと……」

進路を塞ぐようにして出現したポケモン——サメハダーを睨みつけ、ラクアが舌打ちした。
アカツキはサメハダーについての知識を頭の中の引き出しから引っ張り出した。
サメハダーは『きょうぼうポケモン』と呼ばれ、大変気性が荒く凶暴なことで知られている。
別名『海のギャング』とも呼ばれているが、これは鉄をも噛み砕く牙を持ち、大型タンカーでさえ一体でバラバラに解体できる力を持つことと、尻から海水をジェットのごとく噴射することで時速120キロものスピードを発揮することから、狙った獲物は逃がさないという意味合いが大きい。
実際、攻撃能力はかなり高く、さらに身体に触れた相手を傷つける『さめはだ』と呼ばれる特性を持つため、接近されるだけで危険という、ポケモンレンジャーでさえ要注意の大物だ。

「あのサメハダー、攻撃する気満々なんですけど……」
「キャプチャして黙らせるっきゃないわね」

不安げにミソラがつぶやくと、ラクアがその言葉を鼻で笑い飛ばした。
要は『キミたちで頑張ってキャプチャしなさい』と言っているわけだが、その意図を理解したアカツキとミソラの表情が険しくなった。
ラクアは操縦で手一杯。とてもではないがサメハダーのキャプチャなどできる状態にない。
ならば、自分たちでどうにかするしかない。

(相手がボート一隻だったら……)

他に味方がいるようには思えない。
そうなると、変則的な手ではあるが、こうするのが一番だ。
アカツキはボートの揺れに気をつけながら、ラクアの手からメガホンをひったくった。
突然メガホンを引っ手繰られてラクアは驚いたが、アカツキがメガホンを巡視艇に向けたのを横目で見やり、彼の意図を理解した。

(任せるわよ)

相手のポケモンはサメハダー。
ポケモンで足を止めておき、今のうちにボイルランドに上陸する作戦だろう。
恐らく、他にもポケモンを隠し持っているはずだ。
陸上の警備体制も、遠目で見た限りでは分厚いとは言いがたい。
やはり、ポケモンレンジャーが何とかしなければならないだろう。
戦力を二手に分けるのは得策とは言いがたいが、挟み撃ちにされるよりはマシだ。
それに、後輩は新人にしては腕がいい。
サメハダーが相手だと厳しいかもしれないが、任せておいても問題はない。
アカツキはメガホン片手に巡視艇に向き直り、叫んだ。

『一番近いそこの巡視艇にぼくを乗せてください!!』
「えっ!?」
「どういうことっスか?」
「……そういうことか」

アカツキの言葉の意味を、ミソラとタイキは理解できなかったようだ。
しかし、当然と言うべきか、ヒトミはすぐにピンと来た。
何者か知らないが、巡視艇の追跡を振り切ってボイルランドに急接近するような輩を野放しにはしておけない。
言われたとおり、一番近い巡視艇がやってきた。

「ご協力をお願いします!!」
「了解しました。どうすればいいですか?」
「あのサメハダーをキャプチャします!!」

言い終えると、アカツキはメガホンを放り出し、ブイと共に巡視艇に飛び移った。

「あたしも行くわ!!」

直後、ヒトミもルッチーを連れて巡視艇に飛び移る。
ここにきて、ミソラとタイキはアカツキの言葉を理解した。戦力を二手に分け、ラクアを先に行かせるつもりなのだ。
そうでなければ、あのサメハダーに背後を突かれかねない。

「じゃ、オレも……」

こうなればアカツキと一緒にサメハダーのキャプチャに挑もう……そう思ってタイキも巡視艇に飛び移ろうとしたが、アカツキに断られた。

「タイキとミソラはラクアさんのサポートをお願い。サメハダーはぼくとヒトミでなんとかするから」
「わ、分かったっス」
「お気をつけて……」
「うん」

ここで迷ったり立ち止まる暇はない。
サメハダーは尻から海水を噴射しながら迫っていたからだ。

(さーて……キミの相手はぼくたちがするからね)

アカツキは巡視艇の縁近くに立ち、ラクアたちのボート目がけて攻撃を繰り出そうとしているサメハダーに向かって声を張り上げた。

「サメハダー、ぼくたちが相手してあげるよ。
ブイ、水鉄砲!! 全力でぶちかまして!!」
「ブイっ!!」

小馬鹿にするような声で、からかうような口調で言われて頭にきたのか、サメハダーが標的をアカツキたちに変えた。
とりあえず、ポケモンハンターかもしれない不審者の相手はラクアたちに任せればいい。
目論見どおり、サメハダーはラクアたちに興味を失ったようで(あるいはアカツキたちの方が与しやすい相手と思ったのかもしれない)、一直線に迫ってきた。
ラクアたちのボートが、派手に波を立てながらボイルランドに迫る。
タイキとミソラが、振り落とされまいと必死に縁にしがみついているのを横目で見やりながら、アカツキはサメハダーのキャプチャに入った。

「ヒトミ、サポートお願い」
「オッケー、任せといて」

ヒトミにサポートを頼むと同時に、ブイが水鉄砲を発射した。
基本的にパートナーポケモンにはポケモンバトルなどさせてはいないのだが、ブイは自分で考えて努力していたのだろう。
水鉄砲の速度も鋭さも、以前より明らかに上がっていた。

(やるなあ、ブイ……ぼくも負けてられないや)

感心するアカツキを余所に、サメハダーは尻からの海水噴射を取りやめると、元々大きく開いていた口をさらに大きく開き、水鉄砲を発射してきた。
二つの水鉄砲は真正面からぶつかり合い、派手な水音を立てて飛沫と消えた。
威力的にはほぼ互角。種族としての攻撃力はサメハダーに分があるが、ブイは足りない分を努力という形で補ったのだろう。

(今だっ……!!)

水鉄砲の相殺直後なら、サメハダーとて迂闊に攻撃は仕掛けられないはずだ。
アカツキは腰を低く構えると、サメハダーに狙いを定めた。

「キャプチャ・オン!!」

勇ましい掛け声と共にスタイラーからディスクを発射した直後、ヒトミがサポートしてくれた。

「ルッチー、挑発!!」
「ウキャッ……ウキッキーッ!!」

ルッチーはサメハダーを馬鹿にするような声を上げると、相手に背中を向けて、細長い尻尾を左右にゆらゆら揺らして挑発した。
これだけだと単純に相手を馬鹿にしているようにしか見えないが、この挑発は単なる『挑発』ではない。
ポケモンバトルにおいて、『挑発』という技がある。
やること自体は普通の挑発と変わらないが、相手の神経を逆撫ですることで攻撃的にさせ、防御、補助、回復系の技を一定時間使用不能にさせる効果があるのだ。
つまり、下手な小細工を封じるための技であり、ヒトミの意図はサメハダーが時間稼ぎなどできぬよう、短期で決着をつけることにある。

「サメハーッ!!」

挑発に乗って頭に血が昇ったのか、サメハダーは再び尻から海水を噴射させ、一気に接近してきた。
サメハダーの武器は鉄をも噛み砕く牙と、強力な水鉄砲、そして触れたものを傷つける『さめはだ』だ。
接近されると、それだけで牙と『さめはだ』の脅威にさらされる。

「ブイ、水鉄砲!!」

アカツキはサメハダーを幾重にも囲い込むようにディスクを操作しながら、ブイに指示を出した。
相手のポケモンの攻撃は言うに及ばず、パートナーの攻撃もディスクが受けてしまえば、エネルギーの逆流がスタイラーを操作するレンジャーに襲いかかってくる。
ブイはそのあたりをよく理解しているようで、ディスクの邪魔にならないような位置で、再び水鉄砲を発射した。
周囲をぐるぐる回っているディスクよりも、一直線に迫る水鉄砲の方が厄介と思ったのか、サメハダーは海水の噴射を取りやめ、水鉄砲で迎撃した。
水タイプのポケモンで、水タイプの技には耐性があるとはいえ、まともに食らって痛くないはずがない。
だが、その行動はアカツキの読みどおりだった。
再び派手な音を立てて、水鉄砲がぶつかり合って相殺される。
飛沫が散る中を、ディスクが縦横無尽に舞う。
燐光を放ちながら滑らかに宙を滑るディスクの動きは、サメハダーにとって目障りなものに変わったらしい。
赤い双眸がぎょろりと動き、ディスクに意識を向けているのがあからさまに分かるほどだったが、これもまた狙い通り。

(早く決着をつけて、ラクアさんたちに合流する!!)

サメハダーは厄介な相手だが、この分ならそれほど苦労せずにキャプチャできそうだ。
すでに数回、キャプチャラインで囲い込んではいるが、元々気性の荒い種族であるサメハダーを落ち着かせるには囲い足りない。
アカツキはチラリとヒトミを見やった。
それだけで何をすればいいか理解したようで、ヒトミはルッチーに指示を出した。

「ルッチー、火炎放射!!」
「ウキャッ!!」

『挑発』だけでは物足りない。もっと頑張らせろ。
待ちに待ったと言わんばかりに、ルッチーは尻尾を一直線にピンと立てると、サメハダー目がけて炎を吐き出した。
空気を焼き焦がしながら突き進む炎。
火炎を放射するとはよく言ったもので、同じ炎タイプの『火の粉』と比べれば威力は格段に上がっている。
水鉄砲に続いて、火炎放射。
水タイプの防御で炎タイプの技もダメージは軽減されるが、こちらも食らえば痛い。増してや、威力だけで言えば水鉄砲よりも上。
サメハダーはディスクをうっとうしいと思っているようだが、眼前に迫る炎を無視するわけにもいかず、水鉄砲を発射した。
水鉄砲は炎の先端に突き刺さると、水蒸気を上げて炎をかき消す。
その間にもアカツキはキャプチャラインで幾重にもサメハダーを囲い込んでいる。
本来、キャプチャは一人で行うものだが、それは『ディスクを使用してキャプチャを行うのが一人』であり、サポートとして他のレンジャーが参加すること自体は問題ない。
むしろ、手ごわいポケモンが相手の場合は、サポートしてくれる相手がいるだけでも精神的な余裕が出てくる。

「ブイ、ソニックブーム!!」

再びディスクに注意を向けようとしたサメハダーに、今度はブイが放ったソニックブームの衝撃波が襲いかかる。
三度、水鉄砲で打ち払い——

「火炎放射!!」

またしても火炎放射。
単純なまでの波状攻撃だが、サメハダーにとっては鬱陶しいことこの上ないといった様子だった。
燐光を撒き散らしながら飛び回っている小ざかしいディスクを噛み砕いてやりたいところだが、それをすればソニックブームや火炎放射をまともに食らうことになる。
サメハダーなりにダメージを受けないように考えているようだが、それがアカツキたちの狙いであるとは思ってもいないようだった。
手早くキャプチャを済ませ、ラクアたちに合流する。そのためには、ヒトミの力を借りるしかなかったのだ。
ディスクはサメハダーの真上から真横に回りこみ、真横から真下へ、真下から反対側の真横、そして真上へと一回転。
火炎放射やソニックブーム、水鉄砲の範囲に入らない位置を完璧にキープしながらラインを生み出し、サメハダーを囲い込んでいく。
サメハダーは二度目の火炎放射を水鉄砲で相殺した後、この現状を打開すべくアクアジェットを放とうとしたが、攻撃を放つ直前、突如として動きを止めた。
キャプチャが完了したのだ。
攻撃の合間に尻から海水を噴射して、海面から約二メートルの位置をキープしていたが、すっかり落ち着いてしまい、水面に上半身を出して、ぷかぷか漂っている。
凶暴なことで知られるポケモンがただ浮いているだけなのを見て、巡視艇の警官たちは唖然としていた。
サメハダーは海上において最も警戒すべきポケモンとも言われているだけに、凶暴な性格と現状の落ち着きぶりの落差を目の当たりにして呆然としてしまうのは、致し方ないことと言えた。
呆然としている警官たちを余所に、アカツキとヒトミは口の端に笑みを浮かべて、頷きあっていた。

「やったわね」
「うん。ヒトミのサポートがあったからだよ」

とりあえず、サメハダーはキャプチャで落ち着かせられた。
相手の手札を一枚捨てさせることはできたが、まだ何枚も残っているはずだ。すべての手札を奪わなければ、解決とは言えない。
それに、今はキャプチャによって落ち着いているサメハダーも、時間が経てば再び牙を剥くかもしれないのだ。
アカツキは操縦桿を握っている警官に向き直ると、ボイルランドに向かうよう要請した。






To Be Continued...

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