シロガネ山

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読了時間目安:10分

この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください

野生ポケモンは場所によって凶暴性が違うので、気を付けましょう。
特に山奥に生息しているのは危険なので子供だけでは極力立ち向かわないようにしてください。
ーとある警察官の言葉ー
 カントー地方とジョウト地方を隔てるようにそびえ立つシロガネ山。白色に染まる峰に太陽の光が降り注ぐと、朝を知らせる鳥の鳴き声が山に響き渡った。雪解け水でできた小川のせせらぎが、厳しい冬が過ぎ去ったことを告げまわる。しかし、それでも春の訪れは足遅い。未だシロガネ山は雪に閉ざされ、外界と隔絶された場所となっていた。

 ザッザッザッ。

 白銀に覆われた森林に、一人の男が歩いていた。腕に白い線が引かれた紺色の制服型防寒コートを着て、制帽の下にはヘッドバンド型の黒い耳あてを付けている。その手には菊の花束が握られており、迷いもなく奥へと進んでいく。
 森林を抜けると、開けた空間に出た。その中央には、綺麗に除雪された慰霊碑が立っていた。石を削って造られた献花台の前まで来ると、男はそっと花束を置いた。数分間、黙祷をささげてしばらくその場に佇んでいた。

『サカシタ~』

 背後で鳴き声が聞こえて、遅れて耳あてについている翻訳機から間の抜けた声が耳に届く。振り返ると、そこには青いポケモンが立っていた。しっとりとしたうるおいある青い皮膚を持ち、点のような黒い目が男を見上げている。紺色の背びれから水が滴っており、先ほどまで川の中で泳いでいたようだ。丸く太い尻尾を上下させて地面の雪を吹き飛ばしていく。

「あっハンザキ。おはよう」
 ポケモンに名前を呼ばれた男は、警戒心のない笑みを浮かべた。

『ご飯頂戴』

 挨拶もなく、ポケモンはぬっと片手を突き出して、大きな口を開けていた。

「はいはい。いつものね」

 サカシタは慣れているのか、ポケモンの態度に怒ることもなく、コートのポケットから食べ物がないかまさぐった。しかし、首をかしげてがさごそと内ポケットも探し始める。

「あれ? 持ってきたはずなんだけど……ごめん。忘れた」
 手のひらを見せて何もないことを示すと、青いポケモンの姿が視界から消える。その瞬間、左足に衝撃が走り左前のめりに倒れ伏した。何が起きたのか状況がつかめないサカシタだったが、ポケモンに足払いをされたことだけは理解できた。混乱した頭で顔を上げると、点のような目とあった。

『ご 飯 頂 戴』

 襟元をすごい力で掴まれて、間近で迫られる。点のような小さい目に大きな口は、はたから見るとぼけっとした可愛い顔に見えるが、今は逆に恐怖を煽る表情となっていた。同時に、襟元をつかんでいるのとは逆の手から、冷気があふれ出ていたのもあって、サカシタは必至に懇願した。

「分かった待って! 待って! ごめん! 戻ってご飯にするから! だから冷凍パンチはやめて! 死ぬから!」
『それなら、早く巣に戻ろう~』

 ポケモンはぱっとすぐに襟元から手を放すと、さっさと歩きだし始めた。

「はぁ……ヌオーなのに短気って」
『早くー』
「分かったから、原始の力はやめて!」
 眼前にいるポケモンの足元から岩が浮かびだしたので、サカシタは悲鳴に似た声を上げる。前を行くポケモンの機嫌が悪くなる前に足早に駐屯所へと帰路についた。

◇◇◇

「はいどうぞ」
 サカシタは、慰霊碑近くで出くわしたポケモン・ヌオーに、乱切りにした木の実を与えた。嬉しそうに木の実が乗ったお皿を受け取って、行儀よく食べる野生のポケモンの姿にほっと胸をなでおろす。食べ物が気に入らなかったらどうしようかと、不安だったからだ。

『おいしー』
 翻訳機を通して聞こえる言葉に、自然と笑みがこぼれる。今日は機械の調子が良いみたいだ。耳当てに手を当てて、そんなことを思っていた矢先、黄色い声が翻訳機から飛んできた。

『今日は天気がいいねー。修行にはうってつけの日ね』
『本当だ! 久々に外で思いっきりトレーニングできる。あいつが飛び出したのも無理ないね』

 明るく元気な女性の会話が、駐屯所の奥から聞こえてきた。
 サカシタは壊れた機械人形のように、小刻みに震えながらポケモンの声がした方向に首を向ける。奥の部屋から格闘ポケモンのサワムラーとエビワラーが、談笑しながら歩いてきているのが見えた。2匹とも窓の外を眺めて、天候の良さを喜んでいるようだ。

 眼から入ってくる情報と、耳から聞こえてくる情報が異なるため、サカシタの脳は処理不能を起こした。体を強張らせて、凝視してくる人間の様子に、サワムラーたちは首をかしげる。

『あら、どうしたのサカちゃん』
「……えっと。すみません。今、すごく脳が混乱してるので、手話で会話させてください」
 話かけらたことで硬直が解けたサカシタは、帽子を脱いで耳あてごと翻訳機を机に投げ捨てた。サワムラーはそれを見て、納得したように手話で会話を始めた。

《また、いつもの機械不調か?》
「はいそうです。2人の声が女性の、それもきゃぴきゃぴの女子高生の声で聞こえてきたので……」
《あーそれはびっくりするな。我々は男なのだし。そろそろ直してもらったらどうだ?》
「修理に出したいのはやまやまですが、あと1か月で改良型が送られるので、それまでこれを使えとお達しが来てるんです」

 サカシタは恨めしげに、机の上に転がる翻訳機を見下ろした。使い始めた時よりは慣れてきたとはいえ、未だにコロコロと変わる機械の口調と声色に彼は振り回されていた。

『飯だせっていってんだろこらー!』と、翻訳機がヤクザ言葉になる時もあれば、
『サカシタ。大丈夫か?』と、女子が耳にしたら騒ぎそうなほど、綺麗なバリトンボイスの声が流れることもあった。
 当時は手持ちのチルタリスがメスだと分かっているのに、この翻訳機のせいで本当はオスなのか、それとも人間でいうイケメン女子なタイプなのかと本気で悩んだ時があったぐらいだ。

 機械がおかしいと気付いてからは、上司であるワイダのように、言葉以外の意思疎通方法を身につけた。その例が、サワムラーが行っている手話である。
 ワイダは「人間だって言葉がわかるように努力してんだから、ポケモンの方も歩み寄ってこい」というとんでも自論から、ポケモンたちに手話やモールス信号等を教えていた。これが幸いし、翻訳機の調子がかなり酷い時には、手話で意思疎通を行うことにしている。

《早く新しいのが来るといいな。それはワイダが使い方が分からないと、叩いて投げ捨てていたものだし》
「故障の原因、やっぱりあの人かよ!」
 がさつな上司のせいで道具が使い物にならなくなったことに腹を立てた。どうも道具は叩けば直ると思ってる節があるため、その考えをどうにか撤回できないか――。

 そう思案していると、駐屯所の扉が音を立てて開かれた。

「サカシタ! 大変だ!」
「何かあったんですか?」
 普段取り乱すことがない上司が酷く慌てて帰ってきたので、何事かと一気に緊張が走る。
 バシッと机の上に握りしめていたチラシを置いて、ワイダは興奮したまましゃべりだした。

「あの万年閑古鳥ツアー企画に、参加者が集まったらしい!」
 なんだ、ツアー企画の話か――と、安堵しかけてサカシタは顔面蒼白になった。
「あっあのツアー企画にですか!」
 
 サカシタは毎年ポケモン協会が作るシロガネ山の観光企画内容を見て、いろいろと突っ込みどころ満載だったのを覚えていた。特に自分たちが現地ガイドとして採用されていることに異議を申し立てているが、無視され続けている。

「そう、あのツアー企画。毎年この案件通した奴誰だよって思うぐらい、時期と場所を考慮してないあの企画。あまりにも集客できないから、協会の観光課の奴らがトチ狂ってジラーチにお願いしたとか、フーパに頼んで異次元から召喚してもらったとか噂が立ってるが、どちらにしても実際に参加者が集まったって今連絡が来た」
「いや、集客以前にこのシロガネ山をツアー場所にする時点で間違ってるでしょう。そもそも冬とか大半のポケモンが冬眠中ですよ。よしんば居たとしても、冬籠りに失敗したポケモンの可能性だってあります。つまり出くわす奴の大半が超危険な、一番きっつい季節ですよ!?」
 冬籠りに失敗したポケモンほど恐ろしいものはない。去年遭遇した記憶を掘り起こして、サカシタは一人身震いした。

「その通り。そもそもここに書いてある内容が嘘てんこ盛りだしな。現地ガイドだから安全って、要は現地の警官だから安全って意味だぞ。警官がガイドとか結構な危険な場所だって普通思うよな? 普段は見られない野生ポケモンたちって書き方も、要は普通よりも凶暴なポケモンたちが見られるってことだしな。トラウマになるだろうなーどうすんだよ」
「来るなら案内するしかないでしょう……」
「そうだけど、どうやって安全運営するかだ。これは、主たちに協力依頼するしかないぞ」
「主たちにですか……」
 サカシタは脳裏に浮かぶ、それぞれの縄張りの主たちを思い浮かべて頭が痛くなった。氷の女王に炎の女王、それに鋼の蛇王などなど会いに行きたくないものばかり。心なしか胃がきりきりし始めた。
 ワイダの様子を窺うと、酷く面倒臭そうな顔だが、別段主たちについては嫌がっていない雰囲気だった。他ポケモンたちも、取り乱す様子はない。怖がってるのは自分だけかと、肩身が狭くなる。

「……あーお家に帰りたいなぁ」
 サカシタは現実逃避にために、かなうはずもない願いを小さくぼやくのだった。

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