Mission #085 本当に正しいこと

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レンジャーベースに戻ったアカツキは、ヒトミを彼女の自室に運ぶとレイコに事後を依頼し、トップレンジャーのカヅキと共に事の次第をバロウに報告した。
ヤミヤミ団が現れたこと、ヒトミを人質にしてアカツキにヤミヤミ団の仲間になるよう強要してきたこと……アカツキにとっては辛い内容が多分に含まれていたが、真面目で責任感の強い男の子はすべて包み隠さず報告した。
多少言葉を濁しても罰は当たらないだろうに、何もかも素直に——それこそ馬鹿正直に報告したのを目の当たりにして、カヅキは唖然とした表情を浮かべていたが、自分に都合の悪いことや隠しておきたいと思うようなことまで正直に、辛い気持ちなど微塵も見せず真剣な面持ちで報告するアカツキの姿に好感を抱いたようで、すぐにその表情に笑みが浮かんだ。
バロウはアカツキの報告を聞き終えると『辛かっただろうが、よく頑張った。今日はゆっくり休めよ』と優しく労わりの言葉をかけた。
言いたくないことまで素直に報告した潔さ(もっとも、それはアカツキの真面目な性格によるものだったが)は、時に当人を精神的に苦しめる要因にもなる。
だから、多くは言わなかった。
自分がとやかく言ったところで彼の気持ちを完全に理解してやれるわけではないし、区切りはアカツキ自身でなければつけられないのだ。
上司として冷たい対応と思われるかもしれないが、これはバロウなりに部下の立場と気持ちを尊重した結果なのだ。
アカツキが小さく頭を下げてバロウの部屋を出た後で、カヅキが口を開いた。
トップレンジャーの青年は顔が広く、バロウとは顔見知りだった。

「すごく強い子ですね」
「……脆くて危ういところはあるがな」

小さくため息。
しかし、バロウの口元にはどこか得意げな笑みが浮かんでいた。
上司という贔屓目を抜きにしても、アカツキは真面目で責任感が強く、ポケモンレンジャーに向いている性格だ。
しかし、真面目で責任感が強いがために思い悩みやすい一面もあるのだとバロウが言うと、カヅキは『そんなものなんですかね』と返した。
ビエンの森北西部からレンジャーベースに戻るまでの道中、アカツキとはそれなりに話をしたのだが、確かにどこか思いつめやすい印象を受けた。
カヅキが現れる前のことも一応聞いておいたのだが、責任感の強さが災いして、とても気にしている様子だった。
下手な言葉をかければ追い込んでしまいそうな気がして、無難な話題ばかり振っていたのだが。

「俺が応援を頼んだのはユニオン本部のレンジャーだが、いくらなんでも到着するまで早すぎた。別のミッションで来ていたんだろう?」
「そうです。フィオレで発生しているダメダメ団の事件を追っていたら、アルミアにまで来てしまって。
……両方ともドカリモを使っているところからすると、同じ組織であるか、共通の組織の下請けか……どっちかってところだと思うんですけどね。
バロウさんには腹の立つ事実かもしれませんが、ヤミヤミ団はビエンの森の北西部にひっそりとアジトを構えていたようです」
「それは初耳だが……今まで気づかなかったな」

カヅキの言葉に、バロウは苦笑するしかなかった。
確かに腹が立つといえば、腹が立つ。
自分たちの管轄区域内にヤミヤミ団がアジトを構えていたなどとは……露ほども思っていなかったからだ。
プエルタウンでの事件を思い返せば、どんなことをしたって不思議ではないのだが、そこまでは考えつかなかった。

「アジトは潰して、中に残っていた団員を逮捕、証拠品を押収しましたが、たぶんヤミヤミ団の摘発に至るほどのものではないと思います。
……その証拠品の中に、昨日のギャラドスの一件との関連性をにおわせるものがありました。
ドカリモの実験をしていたらしいんですが、どうもそれだけではなさそうで……ただ、それがどういったものなのかまでは分かりませんでした。
もしかすると、ドカリモをさらに発展させたようなシロモノを作ろうとしているのかもしれません。
そこのところは調査班の結果待ちになりますが」
「ふむ……厄介なのは否めないな。
しかし、そうするとクラムとラクアが風邪を引いている、あるいはそれに近い状態であることを知っていたということか」
「恐らく」

直接的な証拠はないが、バロウはそう考えている。
昨晩、強い雨が降りしきる中、クラムとラクアがビエンの森で暴れているギャラドスを助けるために緊急出動したのだが、その件にヤミヤミ団がかかわっているのだとしたら、出動した二人が雨にびっしょり濡れて風邪を引くかもしれないと思っても不思議はない。
そして、ビエンのレンジャーベースの戦力が削がれた状態でアカツキをヘッドハンティングしようとしたなら……つくづく、性質の悪い相手である。
ポケモンレンジャーの家族を人質にするのは効果がないが、その家族が保護対象外のポケモンレンジャーであれば話は変わってくる。
白衣の女がそこまで理解した上で行動を起こしたのは、間違いないのだ。
とりあえず、今回の一件は解決した。
あとは調査班の結果を待つのが筋だろう。
バロウはそう思い、話を切り替えた。

「カヅキ、フィオレはどうなっているんだ?
一応、本部からある程度の情報は入ってくるんだが、ダメダメ団の実態などについてはほとんど入ってこなくてな。
差し支えないようであれば、教えてもらえると助かる。
ヤミヤミ団との関連性が疑われるようであれば、なおさらだ」
「分かりました」

あからさまな話題の変更に苦笑しつつも、カヅキはフィオレ地方で活動した中でダメダメ団にかかわることをバロウに話し始めた。






「ふう……」

自室に戻り、アカツキはベッドに倒れ込んだ。
身体が濡れているだけならタオルで拭けば済むが、グライオンが巻き起こした砂嵐で、濡れた身体に砂がこびりついてしまった。
シャワーで砂を洗い落とし、さっぱりしてから部屋に戻ったのだが……
リフレッシュした身体とは裏腹に、心はどうにも曇り空、もしかしたら雨が降り出しそうな状態だった。

「ムックゥ……?」
「ブイっ、ブイ……?」

ベッドに倒れ込み、どこか憂鬱そうな表情のアカツキの顔を真正面から、不安げな面持ちでムックとブイが覗き込んできた。
ムックは何があったか分かっているが、ブイは分かっていない。その分、不安の度合いはブイの方が上回っていた。
周囲の人やポケモンに十分すぎるほど心配をかけてきたのだ、これ以上は心配かけたくない。
そう思ってアカツキは口を開いた。

「大丈夫だよ。
……ぼくは独りじゃないから、大丈夫」

自分でも分かっているほどに強がりだった。
感覚の鋭いポケモンを欺くことは到底できなくても、大丈夫という姿勢だけは見せておかなければならない。
案の定、ムックもブイも、表情を変えなかった。

「ブイ、ブイブイっ……?」
「ムックゥ……ムックゥ〜」
「ブイっ!? ブイブイ、ブイっ……」

アカツキの口から話させるのは酷だと思ったのか、ムックが知りうる限りをブイに話した。
ポケモンの言葉は理解できないが、ムックの口調とブイの表情から、何を言っているのか大体は把握できた。

(……ヒトミは『あんたが気に病む必要なんてないの!!』って言ってくれたけど、それでも、やっぱり……)

シャワーから戻ってくる途中で、ヒトミにばったり出くわした。
足に怪我をしているのに起きて大丈夫かとビックリしたのだが、ヒトミはアカツキの顔を見るなり、

「原因作ったのあたしなんだから、あんたがそこまで気に病む必要なんてないの!!
あたしのせいでうじうじされるの、なんか嫌なのよ。
……いい? 明日までにはシャキッとしなさいよ。絶対だかんね!!」

一方的に捲くし立て、アカツキの言葉も待たずに部屋に戻っていった。
それだけを言いたくて、足の怪我をおして廊下に出てきたのだろう……そう思って、アカツキは彼女の言葉を聞き入れるしかなかった。
確かに、彼女が人質に取られることになった『原因』自体は彼女にある。
そのことでアカツキが気を揉むのは、彼女としては不本意であり、本当に嫌だと思っていたのだろう。
だから、それはいい。
そこはヒトミの気持ちを汲んで割り切ることができても、問題は別のところにあった。

(ぼくの考えたこと、ホントに正しかったのかな……?)

ヒトミを助けるためとはいえ、ポケモンレンジャーを辞めてヤミヤミ団につこうと考えたことは正しかったのだろうか……?
今になって、そんな疑念が首をもたげてきたのだ。
カヅキに助けてもらった時は『助かって良かった』と思っていたし、レンジャーベースに戻るまでは『早く戻らなきゃ』という考えが頭を占めていた。
そしてバロウに報告を終えて戻ってきたところで、あの時の選択が正しかったのだろうかと思わずにはいられなくなったのだ。
あの時はそうするしかなかった。やむを得なかった。
そんな風に割り切ることができたなら、どれだけ楽だろう。
しかし、アカツキは自身がかかわったことを簡単に割り切れない性格だった。それを自分自身で理解しているから、なおさらだ。

(他に方法はなかったって分かっちゃいるけど……でも、みんなを悲しませて、傷つけて……本当に正しかったのかな……?)

自分だけが傷つくなら、まだいい。
双子の姉に、パートナーポケモンにまで悲しい思いをさせてしまったことに、どうしようもない罪悪感を憶えてしまう。
真面目で責任感の強い性格が裏目に出るのは、こういった時だった。

「……………………」

正しいか間違いかの線引きは、考えた本人にしかできない。
善悪の基準が人それぞれに違うように。
誰かに判断してもらったって、それが意味のないことだと分かってはいても、迷ってしまう。

(ぼくはポケモンレンジャーだ。だけど……)

分からない。
あの時の選択が正しかったのか、そうでなかったのか。
何がなんだか分からなくなりそうになった時、扉をノックする音がアカツキの意識を引き戻した。

「カヅキだけど、起きてる? 起きてるならちょっと話がしたいんだけど、いいかな?」
「あ、はい……どうぞ」

扉の向こうから聞こえたカヅキの声に、アカツキは跳ね起きた。
返事をすると、扉が開き、カヅキが入ってきた。彼だけなら別に驚きもしなかったのだが、ヒトミと一緒に休んでいるとばかり思っていたルッチーまで入ってきた。

(ルッチーまで……ぼくのこと、心配してくれてたのかな?)

ムックだけではない。ルッチーにまで大きな心配をかけていた。それはアカツキにも分かっていた。
だから、心配して様子を見に来てくれたのだろう。

「悪いね、休んでるところなのに」
「いえ、お構いなく」
「……じゃ、言葉に甘えようかな。この子も心配してたみたいだから一緒に来たけど、大丈夫だよね」
「大丈夫です。ルッチー、おいで」

アカツキが手招きすると、ルッチーは彼の傍に駆け寄り、ベッドに飛び乗った。

「ヒコっ……?」
「心配かけてごめんね。さっきほど落ち込んでないから、大丈夫だよ」
「ヒコっ」

頭を撫でながら、優しく声をかける。
さっきほど落ち込んでいないのは確かだが、大丈夫と胸を張って言えるほど、割り切れたわけではない。
あからさまに心配するのは失礼だと思ったようで、ルッチーの表情が少し上向いた。

「そういえばさ……」

カヅキの声に顔を向けると、いつの間にか、彼は椅子に腰を下ろしていた。
なんともないような表情で声をかけてくる。

「君、さっきのことをすごく引きずってるでしょ。見ててすごく分かるよ」
「…………はい」

トップレンジャーの物腰はそのままに、しかし口調はどこにでもいるような気のいいお兄さんのものだった。
アカツキは隠しておくだけ無駄だと思い、頷き返した。
トップレンジャーともなれば、人を見る目も確かだろう。否定したところで『大丈夫じゃない』ことに変わりはないのだ。

「さっきも話しましたけど……ぼく、あの時本当に正しいことを考えてたのかなって。
頭から抜けなくて、考えちゃうんです」
「正しいこと……ね。
じゃあ聞くけど、正しいことって何?」
「え……」

相談するつもりでいたわけではないが、カヅキに言葉を突き返されて、アカツキは口ごもった。
物腰は穏やかでも、言葉は刃のように鋭かった。
柔和にすら見える眼差しも、気持ち一つで針を思わせる鋭さを秘めているようにさえ見えた。

「大体の事情を理解しているから言わせてもらうけど。
君はあの時、ヒトミを助けようと必死だったはずだ。
彼女を助けることを最優先に考えていた。そうだよね?」
「はい……ヒトミを助けなきゃって……ぼくはどうなってもいいから、ヒトミだけは助けなきゃって思ってました」
「うん。そうだね。その気持ちは正しいよ。
誰だって大切な人がピンチの時は、そうやって考えてしまうものだから。
その気持ちまで正しかったのかなんて考えてしまうのは、間違いだ。
……ポケモンレンジャーとしての選択として正しいか、そうじゃないかって話じゃない。
アカツキ、僕も君もポケモンレンジャーである以前に一人の人間だ。
大切な人のことを真っ先に考えることは間違いじゃないし、むしろそうやって考えられることは素晴らしいとさえ思う」
「カヅキさん……」

厳しさを秘めた言葉に、アカツキは頬を打たれたような気持ちになった。
しかし、同時に目が覚めた気もした。
ヒトミを助けたいと必死になって考えていたその気持ちまで、自分は正しいのかどうか考えてしまったのだ。
それでは、必死に大切な人を思った気持ちが間違いではなかったのかと指摘されても仕方ない。

(違う、それは間違ってない……間違ってたのは……)

カヅキの言葉で、ようやく思い至った。
自分が本当に正しいのかと考えてしまっていたのは、そんなことじゃなくて……
アカツキが知らず知らずに目を伏せて、何か考え込んでいるのを見て、カヅキは満足げに笑みなど浮かべてみせた。

「…………」

ムックたちはアカツキが考え込んでいるのを見て、不安げに顔を覗き込んだ。
大切なパートナーが思い詰めやすい性格であることは理解していたし、カヅキの言葉に追い詰められてしまったのではないかとさえ思っていたからだ。

「ブイ、ブイブイっ!!」

見ていられなくなったブイが、カヅキに向かって声を張り上げる。
おまえ、オレのパートナーに何を言ったんだと声を張り上げるが、カヅキはむしろそれを微笑ましく見つめていた。
パートナーポケモンがそうやって本気で怒っているのは、パートナーのポケモンレンジャーを大切に思っているからだ。

(ムックってムックルは分かりきっているから何も言わないって感じだけど……でも、固い絆で結ばれているのが良く分かる)

ムックとブイでは表現方法が違う。
それでも、二体ともアカツキの性格を理解し、かけがえのない存在であると思っているからこそ、本気になる。
目には見えない絆がまぶしく映って、心が暖まるようだった。

「……カヅキさん、ぼくが間違ってたのは、あの時のことが本当に正しかったのかって考えてしまったことなんですよね。
どんな決断でも、悔いが残ってしまうような決断はしちゃいけない……そうですよね」
「さあ、どうだろう。
……でも、君がそう思うってことは、それが君にとっての答えだってこと。
君がどう感じたか……それだけのことだよ」

アカツキは顔を上げ、カヅキに言ったが、彼は口の端の笑みを深めて頭を振るだけだった。

(やっぱり……この人はトップレンジャーなんだ)

直接そう言ったわけではないが、アカツキの背中を押しに来てくれたのだろう。
正しいか、間違いかなんて当人にしか分からない。
ただ、万人に共通して言えることは『悔いが残るような決断は正しいと言えない』ということなのだ。
だから、アカツキが思い悩んでいるのを見て、手を差し伸べてくれたのだ。

「……君は自分で気づいたようだし、僕は大したことなんかしちゃいない。
ただ、二度と同じ失敗はしないはずだから、安心はしているよ」
「ありがとうございます、カヅキさん」
「貸しにしとくから」
「はい」

きっかけは確かに与えたが、最終的に気づいたのはアカツキ自身が考えたからだ。
どんな些細な答えでも、考えなければ導き出すことなどできない……つまりはそういうこと。
アカツキの顔にわずかながらも笑みが浮かび、雰囲気も明るくなったのを誰よりも先に察したのは、ムックとブイだった。
先ほどまで落ち込んでいたパートナーが元気になったのだ。うれしくないはずがない。

「ムックゥ♪」
「ブイっ♪」
「ムック、ブイ……」

どうすればいいのか分からなかった二体も、アカツキが元気になって喜びが爆発したのだろう、揃いも揃って抱きついてきた。
突然のことにアカツキはベッドの上で仰向けに押し倒されたが、顔には笑みが浮かんでいた。

「さっきは強がりで大丈夫だって言ったけど、今度こそホントに大丈夫だから。
心配かけてごめんね……心配してくれてありがとう」

心配をかけてしまった二体には、ちゃんと謝っておかなければならないと思っていたし、心配してくれたことにもちゃんと礼を言っておきたかった。
アカツキの嘘偽りのない気持ちを理解して、二体の顔には輝かんばかりの笑みが浮かんでいた。
アカツキはじゃれ付いてくる二体を宥め透かし、やっとの思いで身を起こすと、どこか躊躇いがちにやってきたルッチーにも微笑みかけた。
一度、何もかもを失う直前まで行きかけたのだ、もう何も怖いものなんてない。
ルッチーが遠慮がちになっているのは、ヒトミと同じで『自分たちが原因を作ってしまった』という負い目があるからかもしれないが、もう済んだ話だ。
みんな無事だったのだから、気にする必要なんてない。
アカツキが言葉をかけようとした矢先、ルッチーの身体がまばゆい光に包まれた。

「…………っ!? もしかして……」

何の前触れもない出来事に、アカツキは思わず目を細め、手で視界を覆ったが、すぐに何が起きているのか理解した。

「ムックゥ……!?」
「ブイっ……」

ムックとブイは何が起きるんだと、驚愕の眼差しをルッチーに向けていた。
部屋を包み込むような光の中、一同の注目を一身に浴びたルッチーの身体が、徐々に大きくなっていく。

「進化……でも、なんで今になって……?」

アカツキはルッチーが進化を始めたことに気づいて、疑問符を浮かべた。
ポケモンは進化して、姿形を変えることがある。進化によって姿形を変えたポケモンは能力が飛躍的に上昇する。
ムックもブイもルッチーも、進化後を大人にたとえるならば、まだ子供。
ルッチーは成長するべき時期が来て、成長しただけのこと。
ポケモンが進化する基準については複数のケースが確認されており、一般的なのは一定以上の実力を身につけ、今の身体のままでは身につけた力を存分に発揮できない場合だ。
器に収まりきらない力は危険なものだ。
それを危険でないものにするには、器を変えればいい。学術的に、ポケモンの進化はそのように位置づけられている。
元の倍くらいの大きさに膨らんだところでまばゆい光が消え——そこには進化を果たしたルッチーの姿があった。
突然のことに驚いているのか、ルッチーはしきりに目を瞬かせながら、変化した身体を舐めるように見回している。

「ルッチー、モウカザルになったんだ……すごいよ、ルッチー!!」

アカツキは一回りたくましくなったルッチーに笑顔で声をかけ、頭を撫でた。
ムックもブイも、ルッチーが見慣れぬ姿になったことに若干戸惑っていたが、ルッチーがルッチーのままであると雰囲気で察すると、表情がパッと明るくなった。

「ムックゥ〜♪」
「ブイブイっ!!」

ルッチーはヒコザルからモウカザルへと進化した。
ブイよりも少し大きな身体で、手足が太く長く伸びて、やや大きめのサルといった表現が良く似合う風貌だったが、ヒコザルの時は尻から出ていた炎が、細長く伸びた尻尾の先端で赤々と燃えている。

「ウキャっ……?」

ルッチーはじゃれ付いてくるムックとブイのキラキラ輝いた視線に一瞬戸惑いの表情を見せたものの、すぐにじゃれ合った。
ナンダカンダ言って、ポケモンはポケモン同士、とても仲が良いのだ。

「ルッチーが進化するなんて……今まで頑張ってきたからなんだね」

アカツキはルッチーが進化したことに驚き、同時に我がことのように喜んでいた。
いつも一緒に仕事をしているわけではないから、自分とヒトミが別々の仕事をしている時のことはよく分からないのだが……きっと、彼女に振り回されたり何なりで苦労してきたに違いない。
今日だって、フローゼルたち相手に大立ち回りを演じたであろうことは想像に難くない。
そこで一気に実力が高まり、進化という形で花開いたとしても不思議はない。

(ムックもブイも、いつかは進化するんだろうなあ……)

ムックとブイも、一定以上の実力を身につけた時点で進化できるタイプのポケモンだ。
いつかはルッチーと同じように進化するのだろうが、アカツキはいつでもいいと思っている。二人の気が向いた時に変わってくれればいい。
進化を無理強いしたところで無理なものは無理なのだし、それならば自然の流れに任せるのが一番だ。

「ムックゥ〜」
「ブイっ……」
「…………」

ムックとブイの声にアカツキが顔を上げると、ルッチーがあちらこちらに視線を泳がせ、縮こまっているのが見えた。
どうやら、ムックとブイに「うらやましい……」と言わんばかりの視線を向けられ、照れているようだった。
アカツキは可愛いなあ……と思いつつも、ルッチーに声をかけた。

「ルッチー、たくましくなったね。
……ぼくたちは大丈夫だから、ヒトミにキミの顔を見せてあげなよ。キミのパートナーはぼくじゃなくて、ヒトミなんだから。
ヒトミが一番でしょ?」
「ウキャっ♪」

たくましく進化した姿をヒトミに見せてやれと言われ、ルッチーの目がきらりと光った。
渡りに舟と言わんばかりに声を上げると、ベッドから軽やかに飛び降り、ヒトミの部屋に戻っていった。
ムックとブイの視線を受けて恥ずかしかったようで、その足取りはある意味脱兎のごときものだった。

「…………ムックゥ?」
「ブイ……ブイ?」

ムックとブイはルッチーが猛烈な勢いで部屋を飛び出していったのを見て、首を傾げた。
一体何が起こったのかと言わんばかりだったが、どうやらルッチーが照れていることに気づいていなかったようだ。
ちょっとウブなところが可愛いなと、アカツキがそんなことを思っていると、カヅキが声をかけてきた。

「アカツキ。君、ダズルって子、知ってる?」
「えっ……ダズルはぼくのスクールの同級生でしたけど……それがどうかしたんですか?」

まさかここでダズルの名前が出てくるとは思っていなかったので、アカツキは驚きを禁じ得なかったが、冷静に努めた。
そんな男の子の心中を悟れているのか、カヅキは笑みなど浮かべながら言葉を続けてきた。

「僕はユニオン本部の所属だけど、フィオレ地方の出身でね。
この間フィオレ地方でミッションがあった時に、ダズルと一緒に仕事をしたんだよ。
……その時にいろいろ話す機会があって、話の中でレンジャースクールのことが含まれてたんだけど、そこでダズルが言ってたんだ。
『アルミア地方のビエンタウンって町にあるレンジャーベースで、オレの同級生でライバルがポケモンレンジャーやってるんですよ。あいつ、元気にしてっかなあ……』って」
「ダズルがぼくのことを……」
「すごく気にしてるみたいだったよ。
すごく仲がよかったんだろうなって思ったけど……君の名前を聞いて、すぐにピンと来た。
ダズルが言ってたのは君のことなんだって」
「…………」

ダズルがトップレンジャーと一緒に仕事をしていたことに、アカツキは驚いていた。
彼が自分のことを誰かに話すこと自体は、別に驚くようなことでもない。

(ダズル、トップレンジャーと一緒に仕事してたんだな……うらやましいけど、ホントにすごい!!)

この間、アルミアタイムズでフィオレ地方の特集が組まれていたのを見た時、ダズルの写真が掲載されていたのを思い出した。
彼も頑張っているのだから、自分だって負けてはいられない。
スクール時代は仲が良かったし、だけど同時にライバルだと思って、負けられないとさえ感じていた。
だが、もしかするとダズルは自分よりもずっと先を走っているのかもしれない。
フィオレ地方がいろいろ大変なのはニュースや新聞等で見聞きしているが、渦中の地方では緊急性の高いミッションなど日常茶飯事なのだろう。
ミッションを通じて、ダズルがポケモンレンジャーとしてたくましく成長しているであろうことは、想像に難くなかった。
だから、本当にすごいと思った。
トップレンジャーは単独で行動することが多いが、時にはエリアレンジャーと組んで大掛かりなミッションを行うこともある。
ただ、その時には経験が豊富で安心して背中を預けられるようなレンジャーと行動を共にするのが一般的であるため、経験の浅いダズルがトップレンジャーと仕事をしたならば、彼が眼鏡に適ったということだ。
これはすごいと思うしかないだろう。
アカツキが目をキラキラ輝かせているのを微笑ましげに眺めながら、カヅキは言った。

「君は知らないと思うけど、フィオレ地方でもアルミアタイムズのような地方紙が刊行されていてね。
プエルタウンでヤミヤミ団が起こした一件を、他地方のポケモンレンジャーの活動ということで取り上げた記事で、君たちの写真が載ってたんだ。
ちょうど僕がダズルと一緒に食事を摂ってた時だったかな。
その時に、ダズルが君のことを自慢げに話してた。
『アカツキのヤツ、大活躍じゃん。やるなあ……』なんて言ってたよ」
「そうなんですか……」

アルミアタイムズと同じような記事を、フィオレ地方の機関紙でも同様に扱っていたらしい。
同職の仲間が関係する記事ともなれば、普通は目を通すものなのだが、ダズルはアカツキの写真を見て、興奮しきりだったそうだ。
レンジャースクールの同級生であり、親友でもあるのだ。親友の活躍を見て、うれしいと思わないはずがない。

「お互い様なんですね」
「そうだね」

どちらともなく、アカツキとカヅキは声を立てて笑った。
ダズルはダズルで頑張っている。アカツキだって負けているつもりはない。
つまるところ、ちゃんと頑張ってさえいれば、それを見てくれている人がどこかに必ずいるということだ。
ナンダカンダ言って、互いに相手をライバル視して、相手に負けないように自分らしく頑張っている。
ただそれだけのことなのに、なぜだか胸が熱くなる。

「……さて、僕はそろそろ本部に帰るよ。報告はしてあるけど、その後に判明したこととかも聞いておきたいからね」
「カヅキさん、ありがとうございました」

アカツキが頭を下げると、カヅキは苦笑しながらも席を立った。
それから、こんなことを言った。

「今度、今日の分はきっちり返してもらうから覚悟しといてね」
「ぼくにできることだったらなんでもします」

半分冗談で言ったのだが、アカツキはどうやら本気で受け取ったらしく、今日の『借り』を今度必ず返すつもりで、真顔で頷いた。
これにはさすがにカヅキもまずいと思ったのか、こんな言葉で締めくくった。

「今度……できれば一緒に仕事をしてみたいね。
その時にでも、借りを返してもらおうと思ってるよ。それじゃあ」
「一緒に仕事って……」

アカツキが言葉の意味を理解するよりも早く、カヅキは『じゃあね』と言い残し、部屋を飛び出していった。
ムックとブイも、アカツキがきょとんとしているのを見て、怪訝な面持ちで目を瞬かせていた。
なんとも言えない静寂が室内を満たす中、アカツキは小さくため息をついた。

「カヅキさん、ぼくと仕事したいって思ってくれてるんだ……なんか、うれしいな」

世辞にしても、トップレンジャーから『一緒に仕事をしてみたい』と言われたのはうれしかった。
ダズルのことを聞いた喜びに比べれば大したことはないが、それでもうれしいものはうれしい。

「今度はちゃんと借りを返せるように頑張らなきゃ。
明日からだってちゃんとしなきゃいけないし、今日はもう休もう!!」

胸に芽生えた何かに背中を押されたように、アカツキはすぐさまベッドで横になった。
ダズルはダズル、自分は自分。
負けたくないと思う気持ちは本当だが、それよりは互いに切磋琢磨して競い合って、より良いポケモンレンジャーになっていければ、それでいい。
身体が休息を強く求めていたためか、心の興奮とは裏腹に、あっという間に眠りに落ちた。



雨の中での緊急ミッションで奮闘したのが災いしてか、翌日、アカツキとヒトミがクラムとラクアと入れ替わる形で風邪をこじらせてダウンしてしまったのは、お約束である。






To Be Continued...

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