Mission #084 悪夢の終わり

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一体何が……?
思わぬ事態にアカツキは驚きを隠せずにいた。
彼が驚いている間にも時間は流れ、事態は一つ一つ進行していく。
ドカリモが爆発して無残に吹き飛ぶ中、ヤミヤミ団の男女が次々に悲鳴を上げてその場に倒れ込む。
直後、白衣の女目がけて虚空を一筋の電撃が突き進むのが見えたが、とっさにグライオンが割り込んで電撃を受け——そこで止まった。
グライオンは飛行タイプを持つが、地面タイプも併せ持っているため、電気タイプの技でダメージを受けることはない。
しかし、それはいいとして。

(え……? 一体なにが起こったの……?)

ドカリモの爆発音に紛れて、他の物音がほとんど聴こえなかった。
何が起こったのかまるで分からない。
分からないが……ドカリモを破壊され、音波の影響がなくなったのだろう。ロズレイドたちはふらふらと頼りない足取りで方々に歩き出した。
そこでようやく、アカツキは唐突に理解した。

(……今なら……!!)

何もかもが手遅れだと思ってあきらめて、闇に塗られた心に一筋の光が差す。
彼の目に生気が戻り、急激に考えがプラスに傾く。
敵がグライオンだけなら、まだ何とでもなる。そう思い、アカツキは駆け出した。

「……!!」

すぐさま女とグライオンがアカツキの行動に気づいたが、止めには入らなかった。
彼女らの視線と意識は、斜め右に注がれていたからだ。
途中でスタイラーを拾い上げ、ヒトミに駆け寄る。

「ヒトミっ……!!」
「アカツキ……何がどうなってんの?」
「分かんない、分かんないけどチャンスだよ!!」

アカツキはヒトミに駆け寄ると、身体を抱き起こして声をかけた。
グライオンの尻尾に刺された腿は赤く染まっていたが、見たところ重傷というほどでもなさそうだ。
アカツキが言うことを聞くと分かって加減していたかどうかは定かでないが、足に怪我をすれば走ることはできまい。
逃げるにしても、時間はかかる。
ただ、絶体絶命の大ピンチから脱したことだけは間違いなさそうだった。
その証拠に女とグライオンの視線の先には、真剣な面持ちのポケモンレンジャーが一人。
年の頃は二十歳すぎだろうか。
紺色の髪をした凛々しい顔立ちの青年で、中肉中背でどこにでもいるような印象は拭えなかったが、怒りすら秘めているように見える眼差しを女に注いでいる。
彼の肩にはおうえんポケモンのマイナンが乗っかっているが、パートナーポケモンだろう。レンジャーと同じく怒りの眼差しを女に向けている。
見かけない顔だったが、アカツキとヒトミは彼の顔よりも、右腕を注視していた。

「あれ、ファイン・スタイラー……よね?」
「うん。トップレンジャーだ……トップレンジャーが来てくれたんだ……」

ヒトミの言葉に頷き——アカツキは突如として現れたトップレンジャーが右腕に装着したファイン・スタイラーを凝視した。
ファイン・スタイラーは、トップレンジャーのみが装着を許されるキャプチャ・スタイラーのハイグレードモデルだ。

(もしかして、リーダーが連絡してくれた相手ってトップレンジャーだったのかな……?)

アカツキは一瞬そう思ったが、それにしては到着が早すぎた。
トップレンジャーはユニオン本部に属しているが、基本的に単独行動が多いため、他のポケモンレンジャーと共にミッションを遂行することは少ない。
それを考えれば、一人で乗り込んできたところからしても、何かしらのミッションの途中でたまたま通りかかったと見るべきだろう。
どちらにしても、アカツキたちには渡りに舟、希望の星だったが。
アカツキとヒトミが安堵の表情を浮かべていると、女は苦笑しながら口を開いた。

「おやおや……まさかトップレンジャーが来るとは思いませんでしたよ。彼らが寄越した援軍でもなさそうですね」

エリアレンジャーはともかく、トップレンジャーともなれば、指名手配されているような切れ者のポケモンハンターや非合法組織でさえ敵に回したくないと思うような相手である。
にもかかわらず、女は余裕の態度を崩していない。
何か他に策があるのかもしれないが、対峙するトップレンジャーの表情には微塵も不安など見受けられなかった。
完全に置いてきぼりを食らっていることは間違いない——が、これはチャンスなのだ。
アカツキはすぐさまムックとルッチーの傍に駆け寄り、抱きかかえてヒトミの傍まで戻った。

「ムックゥ〜」
「ヒコっ」
「うん、大丈夫だから。心配かけてごめんね」

ムックとルッチーはアカツキが戻ってきてくれたことが本当にうれしかったらしく、目にうっすらと涙さえ浮かべながら抱きついてきた。

(ホントに心配かけちゃったな……でも、その分はきっちり取り返さなきゃ。ぼくはポケモンレンジャーなんだから!!)

ピンチを脱した今だから良く分かる。
ヒトミやムックやルッチーが、自分にとってどれだけ大切な存在なのか。
ルッチーは直接的なパートナーではないが、レンジャーベースの中にいる時はよくムックと遊んでいるし、アカツキにも話しかけてくれる。
やむを得ない状況だったとはいえ、彼らを悲しませるような選択をしてしまったことに、アカツキは罪悪感を憶えずにはいられなかった。
二度と、彼らを悲しませるようなことはしまいと固く誓う。

「ビエンの森に構えていたアジトは潰した。
そこにいた団員も逮捕したし、多数の証拠品を押収した」

……と、トップレンジャーの青年が真剣な面持ちで女に言った。
単なる事実供述のように思えるが、要は『おまえも逮捕するから覚悟しろ』と通告を突きつけているのだ。
だが、女は相変わらずの表情と態度で淡々と言葉を返した。

「どうぞご自由に。
アジトに残した人たちは上の事情などまったく知りませんし、あなたがたが押収した証拠品は今にも途絶えそうな細々とした糸にすぎません」
「悪いけど、見逃すわけにはいかないんでね。マイナン!!」

女が何かしらの策を隠していることに気づいていながらもまったく臆することなく、青年はマイナンにグライオンを攻撃するよう指示した。
ポケモンレンジャーは基本的にポケモンに危害を加えるようなことはしないが、必要なら電磁波などの状態異常の技で『直接的に傷つけない』ように攻撃を指示することはある。
恐らく、そういった類の技なのだろう。

「残念ですが、ショーはここまでです」

マイナンが青年の肩から跳ぶと同時に、女の目配せを受けたグライオンが両腕のハサミを振り上げ、地面に向かって振り下ろす。
刹那、女と青年の間に砂の壁が出現し、視界を遮った。

「砂嵐……?」
「ヒトミ、目を閉じて息止めて!! ムックとルッチーも!!」

突如出現した砂の壁は砂嵐となって周囲を吹き抜けた。
巻き上げられた砂が風に乗って吹き付けてくる。
アカツキたちは目を閉じ息を止め、吹き付ける風から身を守るしかなかった。
身体を叩く砂は妙に滑っぽく、雨に濡れた砂が身体につくとこんなに気持ち悪いのかと思うような心地だった。

(ここで砂嵐を使うってことは……)

お世辞にも、森の中で使うような技ではない。
ただでさえ障害物が多く見晴らしの悪い場所で使う理由があるとすれば、それはただ一つ。
やがて砂嵐が収まり、アカツキが目を開くと、そこに女の姿はなかった。
女だけでなく、マイナンの電撃を食らって倒れていたヤミヤミ団の団員たちの姿もない。
青年だけが、しかめっ面を女の立っていた場所に向けているだけだった。

「逃がしたか……仕方ないな」

青年は小さくため息をつくと、身体についた砂を手で払った。
マイナンなど吹き付ける砂をまともに浴びて咳き込んでいるが、身体を激しく振って砂を払った。

「……逃げたんだ……」
「逃げてくれて良かったんだよ、今回は」
「そうね……」

アカツキとヒトミは揃ってため息をついた。
グライオンが女たちを連れて逃げたのだろう。
あるいは、他のポケモンがいたのかもしれないが、トップレンジャーを敵に回すのは得策でないと考えているのは間違いなさそうだった。

(でも、良かった……)

これ以上ヒトミたちが傷つかずに済んで、本当に良かった。
アカツキが胸に手を宛てて安堵のため息をついていると、青年がマイナンを伴って歩いてきた。

「良かった、無事だったんだね」
「あ、はい……ありがとうございます。助けてくれて……」
「ううん、気にしないで。仲間を助けるのは当たり前なことだからさ」
「マイっ♪」

青年は足を止めると、アカツキたちにニコッと微笑みかけてきた。
ハーブと同年代……いや、彼女より若干年下だろうか。
トップレンジャーに相応しく引き締まった身体つきで、表情こそ柔らかなものだったが、瞳の奥には強靭な意志の光がうかがえた。

「あの女の人は逃げたみたいだから一安心だ。
……とりあえず、ビエンのレンジャーベースに戻ろう。細かな話はそれからでいい」
「分かりました」

青年の言葉に、アカツキとヒトミは頷いた。
ヤミヤミ団が去った以上、長居する理由はない。
青年は『ここ数日、ビエンの森北西部のポケモンたちの様子がおかしかったが、その原因はヤミヤミ団がドカリモの実験を行っていたからだ』と、この森に赴いた理由を話してくれたが、それだけだった。

(もしかして、昨日のギャラドスも、ヤミヤミ団が関係してたのかな……?)

アカツキは疑問に思ったが、それを確かめるのはレンジャーベースに戻ってからでもいいと割り切って、言葉を飲み下した。

「ヒトミ、ぼくの背中につかまって」
「分かったわよ……歩ければ歩くんだけどね」

足に怪我をしているのでは満足に歩けないはずだ。
そんなヒトミを歩かせるわけにもいかず、アカツキは彼女を背負い、立ち上がった。
何気に重かったりするのだが、そんなことは億尾にも出さない。

「……大丈夫? 僕が代わりに背負ってもいいんだけど」

青年はアカツキが口元を若干引きつらせているのを見て不安に思ってか、言葉をかけてきた。

「大丈夫です。ぼくが背負います」
「そっか……でも、無理はしないでくれ。辛くなったらいつでも代わるから」
「分かりました」

アカツキがきっぱり拒否したものだから、それ以上しつこく言うわけにもいかなかったのだろう。
青年は一定の含みを残し、あっさり引き下がった。

(なんか、ムキになってない、あんた……?)

アカツキの背中で、ヒトミはそんなことを思った。
なぜだか分からないが、彼が妙に意固地になっているように思えてならなかったのだ。

(でも、しょうがないのかもね……今回ばっかりは)

ヒトミの身の安全と引き換えに、ポケモンレンジャーを辞めてヤミヤミ団につこうとまで追い詰められたのだ。
その分、彼が責任を感じてしまうのも当然のことだし、帳消しにするなどという意図はないにしても、自分がしっかりしなければと奮起するのも理解できる。

(あたしがヘマしたせいだってのに、なんであんたが責任感じてんのよ……後でガツンと言ってやらなきゃダメね)

ヒトミは小さくため息をつき、目を閉じた。
自分が怪我などせずにフローゼルたちをキャプチャできていれば、むざむざと人質に取られるようなことはなかった。
そう考えれば、アカツキがこんなにも責任を感じている原因は自分にあるわけで、彼が気に病む必要など小指の爪の先ほどもないのだ。
だから、後でそこのところはハッキリ言ってやろうと思っている。
自分のせいで他人がうじうじと悩まなければならないなど、冗談ではない。
だけど、今は少し休みたい。
雨に濡れて身体が冷えたためか体力を使ってしまい、無性に疲れている。

(……小さいクセに、なんでこんな暖かいんだか……)

ヒトミは睡魔に促されるままに目を閉じた。
アカツキの背中は小さかったけれど、なぜだか暖かく感じられた。
雨に濡れて体温が低下しているせいか、濡れた上着の冷たさも気にならなかった。
じわりと伝わってくる暖かさに安堵し、ヒトミはあっという間に眠りに落ちた。
寝息を立て始めた彼女の顔を微笑ましげな面持ちで見やり、青年はアカツキに向き直った。

「僕が先導しよう」
「お願いします」

アカツキが言葉を返すが早いか、青年はマイナンを肩の上に乗せて歩き出した。
アカツキは降りしきる雨でびしょ濡れになった上に砂嵐で砂っぽくなった身体に鞭打って、ヒトミを背負ったまま彼の後を追った。

「あの……ありがとうございます、助けてくれて」
「気にしなくていいよ」

アカツキは青年の後を追って歩きながら、彼に礼を言った。
助けてくれなかったら……たぶん、最悪の結果になっていただろう。
感謝してもしきれなかったが、思ったように声が出なかった。
それでも青年はアカツキの声に深い謝意が込められていることを察して、肩越しに振り返りながら小さく手を振った。

「そういえば、自己紹介がまだだったね。僕はカヅキ。君は?」
「ビエン・レンジャーベースのアカツキです。ぼくの背中で寝てるのがヒトミです」
「アカツキにヒトミだね。よろしく」
「よろしくお願いします」

簡単な自己紹介を終えて笑みを浮かべる青年——カヅキに釣られるように、アカツキの顔にも笑みが浮かんだ。
悪夢のような時間が終わったのだと、ようやく理解したのだった。






To Be Continued...

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