Mission #011 一日体験学習に向けて

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レンジャースクールに入学してから、早くも二ヶ月が経った。
レンジャーのたまごである生徒たちは、入学時から比べると一回りも二回りもたくましく成長していた。
ポケモンレンジャーを目指す生徒、レンジャーのサポートを行うメカニックやオペレーターを目指す生徒……それぞれが明確な目標意識を持って、授業や実習に臨んでいた成果だろう。
卒業まで残り一ヶ月を切り、いよいよ実戦的な実習が多く行われるようになった。
異常時を想定した訓練や、やや凶暴なポケモンのキャプチャに挑戦するなど、ポケモンレンジャーとして赴任した先で困らないようにとのスクール側の配慮もあったようだ。
一日一日、ゆっくりと、しかし確実に卒業し、それぞれの道へ羽ばたく日は近づいていた。
……と、そんなある日のこと。

「明日、一日体験学習を行います。
メンバーと行き先はわたしの方で決めさせてもらったので、配ったプリントを見てくださいね」

アンリの言葉に、アカツキは今しがた配布されたプリントを見やった。
上部に大きな文字で『一日体験学習』と書かれており、その下にはクラスの生徒の名前と、一日体験学習の行き先が記されている。
一日体験学習は、実際の現場でそれぞれの職業を体験する実習である。

「えっと、ぼくはどこかな……っと」

アカツキは人差し指で、一枚のプリントにまとめられた表の中から自分の名前を探した。
真ん中からやや上の方に、名前を見つける。

「……ぼくが行くのはビエンタウンのレンジャーベースか。ここからだと一番近いや」

アカツキの一日体験学習の行き先は、ビエンタウンのレンジャーベース。
レンジャースクールからだと一番近い場所になる。
他にも、隣のフィオレ地方のレンジャーベースに体験学習しに行く生徒もいるようだ。
また、オペレーターやメカニック志望の生徒については、レンジャーユニオン本部での実習を行う。
ちなみに、レンジャー志望の生徒に関しては三人一組で体験学習に臨むのだが、アカツキと一緒に行くのはダズルとヒトミだった。
クラスメートとは誰とも仲良くなっているので、正直、誰と一緒に行こうが構わないと思っていた。
それでも、アカツキは特にダズルとヒトミの二人をライバルだと感じているため、アンリ先生がニクい『配慮』をしてくれたものだと思わずにはいられない。
アカツキと一緒に行くことが分かったダズルが、さっそく声をかけてきた。

「アカツキ、オレと一緒だな。よろしく頼むぜ」
「うん、こっちこそよろしくね」

男同士でさっそく話が弾むと思いきや、ヒトミが割り込んできた。

「あたしを無視しないでよ!!」
「あ、いたのか」
「いたのか、じゃないってば!! もう……」

わざとらしく言うダズルに柳眉を逆立てて、ヒトミが犬歯を剥き出しにして唸る。
アカツキと馬が合うダズルは、彼が双子の姉にあまり似ていないこともあって、ヒトミには素っ気ない態度を取ることが多いのだ。
ヒトミがいつも活発すぎるところを見せているため、遠慮する必要がないと思っているらしかった。
だが、彼女にしてみれば、面白いはずがない。
双子の弟と仲良くしている相手が、自分に対して素っ気ない態度を見せるのだから。
それでも、クラスメートである以上は仲良くしなければならない。そう思っているだけに、素っ気ない態度を見せられると余計面白くない。

「ま、どうせ卒業すれば別々のレンジャーベースに赴任することになるんだし、いちいち気にしててもしょうがないんだけどね」
「……気にしてんじゃねえか」
「それって僻んでるだけだから」
「……あ、そう」

面白くないという気持ちを強引に抑えつつ、ヒトミはそれこそわざとらしい口調で言葉を返した。
気にしててもしょうがないと言われても、気にしているのが明らかだっただけに、ダズルは深々とため息をついた。
取っ組み合いのケンカをするわけではないが、少なくとも言葉では戦っているような気がする。

(ケンカするほど仲がいいってヤツかな?)

決して仲が悪いわけではない。
しかし、良いわけでもない。
互いに憎からずと思っているだけで、実際はそれなりに相手のことを気にしているのだろう。
そう思って、アカツキは敢えて口を挟まなかったが、代わりに一日体験学習についていろいろと話すことにした。
どうせ一緒に行くのだから、仲良く楽しくやりたいものだ。

「それはいいんだけど、三人一緒にビエンタウンのレンジャーベースだね。どんなことするのかな、楽しみだなあ……」
「そうよね。あの時は通り過ぎるだけだったし、実際に中に入ったことってないもんね」
「うん」

アカツキもヒトミもダズルも、ビエンタウンにレンジャーベースがあることは知っている。
ただ、実際に中に立ち入ったことはない。
ダズルはフィオレ地方の出身なので当然のことだが、アカツキとヒトミに関しては、ビエンタウンに出かける機会はあっても、レンジャーベースに用があるわけではない。
要するに、ダズルと同じような状況だった。
レンジャーベースは建物自体それほど大きなものではない。
しかし、地下にもスペースが設けられているため、実際の見た目よりもかなり広いのが一般的だ。
マジックフィルムの貼られた自動ドアの向こう側にどんなものがあるのか……?
三人揃ってドキドキしまくっていた。

「でもさあ、一日体験って、何するんだろうな?
ミッションとか、一緒にやるのかな?」
「そうだったらうれしいわね。
あたしたち、まだレンジャーじゃないけど、それでも一緒にミッションできるなんてすごいことだもん」

ダズルの言葉に、ヒトミは目をキラキラ輝かせていた。
スクールの生徒である自分たちが、一日だけとは言え、正規のポケモンレンジャーと共に行動できるのだ。
ポケモンレンジャーに憧れる気持ちが強いだけに、ミッションを一緒にこなせるだけでもすごく興奮してしまう。

「ビエンタウンのレンジャーベースって言うと、青空スクールに来てくれたクラムさんがいるんだよね。楽しみだな」
「マンタインをちゃんと助けたって報告してくれたんだよな。こりゃますます楽しみだぜっ」

ビエンタウンのレンジャーベースには、二ヶ月前に行われた青空スクールで派遣されたクラムが所属している。
青空スクールは終始和気藹々とした雰囲気で行われたが、ミッションが入ってしまったため、クラムは途中で退席することとなった。
怪我をしたマンタインがプエル沖で暴れているとかで、急遽現場へ向かうことになったが、後日、マンタインをキャプチャし、プエルタウンでケガを治して再び大海原にリリースした——つまり、ミッションを成功させたとの報告を受けた。
見事にミッションを成功させたということで、アンリからその報告を聞いた時には三人揃って興奮したものだった。
その時のことを思い返し、アカツキもダズルも明日の一日体験学習により一層期待を膨らませた。

「他にもレンジャーっていっぱいいるのよね。どんな人たちかしら……」
「クラムさんみたいな人がたくさんいるかもね」
「だったらいいんだけど。なんかほら、あの時クラムさんにボイスメール入れた人、なんかすごい迫力のある声してたじゃない。
……リーダーとかって言ってなかった?」
「そういやそうだな……そんな気がする」

三人が向かうビエンタウンのレンジャーベースにはどんなレンジャーが所属しているのか?
そんな些細な疑問が、話の種になる。
青空スクールでクラムにボイスメールを入れた野太い声の主——確か、クラムはその相手をリーダーと呼んでいた。
真剣な面持ちで通信していた彼の表情を思い返し、アカツキは首をかしげた。
リーダーと呼ばれているだけあって、かなりすごい人なのだろう。

(怖い人とかじゃなきゃいいんだけど……)

テレビドラマで見られるヤクザにも似た声音だっただけに、性格がきつかったり、見た目からして明らかに怖そうな人だったりするのかもしれない。
そんな人でなければいいが……大いなる期待の中に、少しだけ不安が混じる。
しかし、そんな些細な不安はあっという間に期待に飲み込まれて消えてしまった。






その晩、アカツキは自室で明日の準備をしていた。
ダズルは「明日の朝にやっちゃえばいいや」と言い放ち、さっさとベッドに入っていびきを立てていた。
行き先はビエンタウンで、レンジャースクールからだと一時間もかからない距離だ。
朝は決して早くないが、それでもできるだけ余裕を持って出かけておきたい。
メカニック志望のイオリはレンジャーユニオン本部へ行くのだが、徒歩だと半日近くかかってしまうため、リズミや他のメカニック、オペレーター志望の生徒と共に車で向かい、前泊という形を取った。
部屋にはアカツキとダズルしかおらず、そのダズルもさっさと寝入ってしまったので、室内は静かだった。
ダズルは興奮しすぎて疲れたらしく、少しくらいくすぐっても起きないだろう。

「えっと……スタイラーはちゃんと充電したし、傷薬とかも用意した。あとは……こんなもんかな」

アカツキはレンジャースクールに入学する際に持参した小型のリュックに傷薬や包帯など、外出するのに必要と思われるものを詰め込んだ。
それから、一番大事なのはスタイラーだ。
正規のレンジャーでも、見習いであるスクールの生徒も、スタイラーは大事な商売道具である。
基本的に、普通に充電していればすぐにバッテリーが上がってしまうようなことはないが、明日は待ちに待った一日体験学習である。
いざという時に恥をかくのは嫌だったので、それこそ念入りに、充電100%の表示を確かめた。
ホルダーに収めたスタイラーを手に取り、グリップに右手の親指を押し当てて起動させる。
自動でアンテナが伸び、淡い光を帯びる。
スクールの生徒が扱う、訓練用のスタイラー。
若葉マークを意識しているのか、スタイラーは緑でペインティングされている。
正規のレンジャーのスタイラーは制服の上着と同じく赤を基調としたデザインだ。
色の対比は、立場の違い。
遊び気分が許されるスクールの生徒と、常に緊張感をもってミッションに当たらなければならないレンジャーとの違い。

「ぼくも、あと一ヶ月でレンジャーだもんね。
……頑張っていかなきゃいけないんだよね。大変でも、あきらめちゃいけないんだろうなあ」

ポケモンレンジャーになれば、年齢や性別は関係ない。
誰もが同列に『ポケモンレンジャー』として扱われる。
一人前か半人前かの違いはあっても、ポケモンレンジャーとして働いていることに変わりはないのだ。
遊び気分で勤まる仕事ではない。
幼い頃にポケモンレンジャーに助けられて、憧れを抱くようになってから、今まで。
憧れの気持ちが強いことは自覚しているし、自分もそうやって困っている人やポケモンを助けられるような仕事をしたいという気持ちだってある。
ただ、それと『プロ意識』は違う。
スタイラーや制服といった目に見える違いで、それをハッキリ突きつけられる。
明日は、一日体験学習というイベントではあるが、ポケモンレンジャーと共に行動するのだ。
いくらスクールの生徒だからと言っても、甘えは許されない。
少しでも多くのことを学んで、卒業後、現場に配属されてからスムーズにミッションを遂行できるようにしなければならない。
スクールでは基本的に危険なことはさせないし、アンリやミラカドといった教師たちがいろいろとバックアップをしてくれる。
しかし、ポケモンレンジャーになると、そういったバックアップはない。
凶暴なポケモンをキャプチャしなければならないこともあるし、ボイル火山やヒアバレーといった、アルミア地方の中でも特に危険度の高い場所へ向かわなければならないことだってある。
やはり、何もかもが大きく違うのだ。
明日は、その第一歩。

「…………」

スタイラーをまじまじと眺め、明日の一日体験学習に想いを馳せる。
卒業後はどのレンジャーベースに配属になるか分からない。
もしかしたら運良くビエンタウンのレンジャーベースに配属されるかもしれないし、ダズルの生まれ故郷であるフィオレ地方で働き出すことになるかもしれない。
明日、共に行動することになるレンジャーたちと一緒に仕事ができるかどうかは分からないが、それでもやる以上は真剣に、そして精一杯楽しもう。
アカツキは気持ちをまとめると、スタイラーをホルダーに収め、室内灯を消した。
ベッドに入り、目を閉じる。
気持ちを少しでも落ち着かせたことが功を奏してか、思いのほか早く、睡魔が訪れた。






To Be Continued...

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