辻斬りの道

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この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください

久しぶりの更新です。
ツジギリの前振り話。といっても、ツジギリとはつながってません。
 戦闘本能が高い個体ほど、人間に襲いかかる傾向があることが近年の研究でわかってきた。
 ――研究雑誌 Pサイエンスから抜粋――



エンジュシティの東ゲートを通ると、42番道路に繋がっている。
道路といっても水路によって3つに分断されており、3時間に1度の頻度で水路を渡る渡し船が出ている。
昔は盛んだった通行手段であったが、技術が進み誰でも簡単にポケモンを扱えるようになった今では数が減ってしまっていた。ある程度の実力があれば、スリバチ山の洞窟を越えるかポケモンを使って水路を進んだほうが早いからである。

利用者が激減した渡り舟は、当初廃止の予定であった。しかし、不便な移動手段でありながらも洞窟や水路を越えられない人たちといった一定数の利用者がいたことで、辛くも生き残ることができた。
なのでもっぱらまだポケモンを持てない子供や、洞窟を抜けるのが怖い一般人やトレーナーが利用している。
また、近年ではトレーナーがポケモンに襲われる事件が多発しており、危険を考慮して渡し舟を利用する客が増えていた。

その渡し舟に、二人の子供が乗っていた。
太陽がスリバチ山から顔を出し切っていない早朝の時刻。時間的にはまだ出航する時間ではない。
それにも関わらず、船頭が居ない子供たちだけを乗せた渡し舟が水路を進んでいるのだ。

「どうだアヤメ! 貸切の舟はいいだろ!」

短パンの男の子は船の後ろで櫓をこぎながら、座っている女の子に向かって誇るように言った。
春になったとはいえ、水路は薄暗く肌寒い気温である。薄めのコートを羽織った女の子――アヤメは、かじかんだ手を摩りながら短パンの男の子を見る。

「それは良いけど……やっぱり止めようよーコウマ! 勝手に船動かしたことバレたら怒られるって!」
「心配するなアヤメ! ちょっとあっちの岸まで行ってすぐに帰ってくるだけだからさ」

コウマと呼ばれた男の子は、アヤメの不安気な言葉をそっちのけで意気揚々とこぐスピードを上げた。

「見つかったらパパとママに怒られるんだよー? 私嫌だよー」
「俺は友達と何回も勝手に乗って遊んだけど、一度も見つかったことないぞ。それにこんな早朝に来る人なんていないって」
「辻斬りが来たらどうすんの?!」

アヤメは不安げに船上から水路の脇に連なる木々を見据えた。その先は森となっていて、彼女にとっては野生のポケモンが住む異世界だ。なにかお化けが飛び出してくるんじゃないかとおっかなびっくりしながら視線を動かす。

「それさー多分マナーの悪いトレーナーたちの嘘だろ。俺何回もとーちゃんと一緒に船で渡ったことあるけど一回も見たことないし。どうせ森の中でであった野生のポケモンに負けて憂さ晴らしにばらまいてるんじゃないか?」

「けど、それはそれで怖いじゃん! だってここを通るトレーナーは皆ジム戦を通った凄腕の人たちなんだよ? そんな人たちを倒すポケモンなんだよ?!」
アヤメにとって、ジム戦を勝ち抜いたポケモントレーナーは雲の上の人だ。そのトレーナー達を倒したとあれば、ものすごく強くて恐ろしい野生ポケモンを想像しているのである。
だが、逆にコウマはポケモンではなくトレーナーに問題があると考えているフシがあった。

「ジム戦やってる奴らって、プライドが高くて横暴な輩が多いじゃん。野生のポケモンにやられたことが許せなくて、街に駆除要請してるんじゃないかなーってとーちゃんが言ってたぞ。八つ当たりだよ」
「うーん。そうかなぁ」
「そんなことより、ほら見て見て!」

コウマが水面を指さしたのので、アヤメがそちらに視線を向けると、赤くて黄色いヒゲを持つポケモンが飛び跳ねていた。
「わー!」
「コイキングだよ。ああした野生の姿を見るとなんか新鮮だよな」

アヤメは跳ねる姿のコイキングをよく見ようと、船の脇に移動する。

「あんま動かないで!ひっくり返るよ」

そうコウマが注意すると、アヤメはぴたりと動きを止めた。

「いや、普通にしてればいいから。アヤミは極端すぎるよ」

コウマは笑い声を上げながら、また櫓をこぎ始めた。


――そんな舟の移動を楽しむ二人を、木々の隙間から女性が盗み見ていた。

「――自分たちから人気のないところに言ってくれるなんて好都合だわ」

忍び笑いを漏らし、女は腰につけている3つのうち、一番左にあるボールを取り出した。ボールから出てきたのは、頭蓋骨がフードをかぶったような姿をしたポケモン。1つの赤い目を左右に移動させながら、女の前にゆらりと浮いた。

「ヨワマル。お嬢ちゃんとあの煩い坊主を驚かせてきてちょうだい」
女の命令にヨワマルと言われたポケモンは頷くと、子供たちの方へゆらゆらと飛んでいった。

和気藹々と楽しそうに船に揺られている二人が、パニックに陥る姿を想像して自然と女の口が弧を描いた。ふと、耳に装着している通信機から小さな機械音が聞こえだした。

『こちら、コードE。コードY応答せよ』

声の主は機械で声をかけているのか、性別のわからない抑揚のない声色であった。コードYと呼ばれた女性は軽く舌打ちしながら、マイクを口に近づかせて答える。

『こちらコードY。今、任務中なんだけどなにか用?』

若干苛立ちを含ませながらコードYは、コードEに返答する。

『確かその任務はゴルバットの場所だな。ならば任務を終えてから明日の夜、バルジーナ時にナゾノクサの葉先に来い』
「ナゾノクサ? その前に要件を話しなさいよ。承諾するのはそれからよ」
『……Aランク任務と言えば分かるな?』

コードYはすぐに視線を鋭くさせた。
任務にはランクが存在する。Aランク任務とは、成功すれば莫大な報酬が貰えるが難易度が高い内容であることを指す。女は少し迷った後、コードEの評判を思い出して任務を承諾することにした。

『了解。終わったら向かうわ』

そう言ってコードYは通信を切る。
コードEは慎重派で、確実に任務ができると踏んだ者にしか連絡しない。自分に通信が来たということは、可能であるという証であった。


どんな任務なのかと考えている間に、前方から女の子の黄色い叫び声が聞こえてきた。視線を向ければヨワマルに怯えたアヤメが船の上で暴れるており、コウマが船を転覆させないようにあたふたしている。

上手くいったと、女は密かに笑うと、腰につけている真ん中のボールを取り出し、水路に向かって投げた。星を2つ合わせてずらしたような姿をしたポケモン――スターミーが現れる。コードYはその上に乗っかると、渡し舟に向かっていった。ふと、女性は背後から気配を感じて後ろを振り返る。――誰かに見られている?

女は気配を探り、注意深く辺りを警戒した。しかし、相手は巧妙に隠れているのか、探し出せない。ポケモンかと思ったが、敵意を感じない。単純に観察しているという印象を抱かせた。コードYは気になったものの、すぐに視線について頭から外し目の前の目標に集中する。何かあればコイツで対処すればいいと、腰に下げている一番右のボールを触りながら女はスターミーに命令して、舟に近づいていった。
転覆を免れた舟は向こう岸についていて、アヤメはすぐに舟から飛び出していた。

「どうしたの!?」

慌てて駆けつけたかのように振る舞いながら、コードYはスターミーを岸につけて陸に上がると、アヤメに駆け寄った。アヤメはコードYを見て一瞬安心するものの、すぐさま青くなり後ずさりする。
予定外の行動に内心舌打ちしながら、安心させるようにゆっくりと歩み寄る。

「大丈夫だよお嬢ちゃん」
「アヤミに触るなー!」

そう叫び声とともに、アヤメの前に乗り出してコウマが現れた。

「大丈夫か?」
「コウマ! どうするの見つかっちゃったよ!」

アヤミはコウマの影に隠れるようにして女を見上げる。
コードYはその様子から、子供たちが警戒している理由を察した。それからすぐに子供たちを諌める大人を演じたのである。

「こんなところで何してるの? 勝手に舟出したらダメじゃないの?」
「うっ…」

コウマはうろたえるように、俯いた。

「君たち、いい子だから帰りましょう。今なら私しか見ていなから、内緒にしてあげる」
「えっ本当?」

しめたっとコードYは心の中で高笑いをした。

「えぇ、だから戻りましょ。ただ、いつポケモンが出てくるかわからないから、手持ちを出して貰っていい?」

そう言ってコードYはアヤメに目を向けた。

「うん」

アヤメはすんなりと承諾し、ボールを取り出してポケモンを出した。耳が長く、銀色の毛並みをしたポケモンが現れる。それは銀色のイーブイだった。

「あら、色違いなんて珍しい!」

白々しく驚いてみせると、女の子はちょっとだけ自慢するようにイーブイを撫でた。

「うん、この子はお父さんから預かってる子なんだ。なんでも知り合いからもらったんだって」
イーブイは気持ちよさそうに撫でられていた。

「へぇ、可愛いわね。ちょっと抱っこさせて」

そう言ってアヤネの断りなくコードYはイーブイを抱き上げた。

「ちょっお姉さん?」
「可愛いわねー本当」

軽くなでると、イーブイは嫌がって身じろぎする。しかしコードYはガッチリと逃げられないように押さえつけ、カバンから小さな装置を取り出すとイーブイに向けて音を鳴らす。
びくんとイーブイが反応したと思えば、くたりと動かなくなった。

「ズーちゃん!?」
「騒がないでよ。ただ気絶させただけよ」
「何で気絶させるの?! ズーちゃんを返して!」
「おいおばさんそれはアヤメのポケモンだ! 返せよ!」

コウマは目を吊り上げてコードYを睨みつける。

「まだそんな年じゃないわよ! ヨワマル! あのお嬢ちゃんからボールを奪って、悪ガキを黙らせて」
そう言うとヨワマルがふらりと現れる。アヤネは叫び声をあげてコウマの後ろに隠れた。

「もしかしてこのヨワマルおばさんのか! ってことは最初からアヤネのイーブイ狙ってたってことか!?」
「そうよー。よく理解できたわね」

馬鹿にするようにコードYはイーブイを抱き上げたまま拍手をして、にやにやと笑い続けた。

「絶対許さない! アリゲイツ! 噛み砕くだ!」

コウマのモンスターボールから出てきたのは、水色の体をした大顎を持つポケモン――アリゲイツであった。アリゲイツは大きな顎を開いて、ヨワマルに思いっきり噛み付いた。ががんと二度の衝撃を乗せた噛み付くは、相手を一撃で戦闘不能にさせるほどの威力だった。

しかし、ヨワマルが負けて地面に落ちた姿を見ても、コードYが堪えることはなかった。

「ふーん。ならバンギラス出てらっしゃい」
“それ”が現れた瞬間、森の中で突如砂嵐が巻き起こった。

「なっなんだ!?」

コウマは顔を覆って砂嵐から顔を庇う。アヤメはコードが吹き飛ばされないようにしっかりと腕を固めながら、コウマの服を掴んだ。

砂嵐が弱まると、中央に現れたのは、「怪獣」であった。
緑色の体は硬い皮膚で覆われており、二の腕は太く鋭い三本の爪が朝日の光でぎらついている。
太い二足は大地を凹ませ、尻尾は岩をも壊せそうなほど頑丈そうに見える。目は釣り上がり、凄んだ表情だけで射殺す雰囲気を醸し出していた。

「抵抗しなければ怪我せずに済んだのにね。バンギラス、ガキもろとも破壊光線で吹っ飛ばしなさい!」

コードYは冷酷な命令をバンギラスに下す。為すすべもなく唖然とした表情で、二人はバンギラスを見上げた。バンギラスは口端を上げると、破壊光線を繰り出すために大きく息を吸った。

その瞬間、コウマの目の前に赤い影が舞い降りる。


「え?」


コウマの呆けた声とかぶさるように、あたりにひどく鈍い音が鳴り響いた。次いで、バンギラスの口からは破壊光線ではなく、うめき声が吐き出される。コードYからは、突然バンギラスが破壊光線を中断し、お腹を押さえて呻いたように見えただろう。

コウマとアヤメは唖然として、突然目の前に現れたポケモンを凝視していた。そこにいるのは、森の中で隠れ住むには存在を主張過ぎる真っ赤な身体。スラっとした足と長く細い腕とは対照的に、重量を感じさせる鋏の形をした手が特徴的である。バンギラスよりも鋭くつり上がった黄色い瞳は、獲物を見つけた捕食者の目をしていた。

「――ハッサム?」

コウマがかろうじてつぶやけた言葉は、そのポケモンの種族名であった。
ハッサムは二人には目も呉れず、バンギラスだけを見る。一声鳴いたかと思えば、バンギラスが答えるように唸り、ハッサムを睨みつけていた。

「ハッサムって」
コードYは一瞬子供たちの手持ちかと考えたが、反応からして違うことを察する。

「――つまりは、野生ってこと? そんな馬鹿な!」

ハッサムの登場に、コードYは冷静さを失う。そのせいで指示が遅れてしまい、相手に隙を晒すことになってしまった。ハッサムは肘を曲げたまま下から突き上げるように、バンギラスの顎めがけて銀色に硬化したハサミを振り上げる。

硬い物がぶつかり合う鈍い音が響き、アヤメはびっくりして目をつぶる。
顎の一撃が強く入ったのか、バンギラスは頭をふらつかせ、ついには仰向けに倒れた。

「きゃぁ!」

コードYはバンギラスとの距離が近すぎたために、下敷きになってしまった。
脱出しようともがく中で、自分に影がさすのを感じ取る。

「うぐっ」

顔を上げる前に、ハッサムが鋏を振り下ろし、冷酷にコードYの頭を打ち付けた。
その光景に二人はぞっとする。

「もっもしかして、辻斬り……?」
コウマが声を発すると、ハッサムは一度だけ後ろを振り向いた。黄色い眼光が二人を射抜き、品定めをするように目が細められる。しかし、興味をなくしたのかすぐに前に向き直った。

「そういえば、襲われた人はみんな赤いポケモンを見たって言ってたね……」
アヤメは親が話していたことを思い出し、さらに引きつった顔でハッサムを見つめた。

「やっやい辻斬り!」

コウマが声を上げると、ハッサムは振り向きもせずに素早くハサミを突きつけた。
見ていないのにも関わらず、コウマの鼻先を掠めた。突然過ぎて動けないコウマは、冷や汗を垂らす。
その時、傍らで訴えるようにアリゲイツが鳴いた。

「ちょっアリゲイツ」

空気読めと言いかけて、ハッサムが声を上げる。少し長く声を発したかと思えば、アリゲイツが急に大人しくなり、項垂れた。

「なんだ?」

ハッサムはアリゲイツに向かってため息を吐いたあと、気絶した女の方をつまらなそうに見下ろした。

パンッ!

ハッサムの顔に向かって激しい水流が打たれる。しかし、ハッサムはまるで虫でも払うようにハサミで軌道を変えて防いだ。そう思えば、水路からスターミーが飛び出してきた。

驚くことなくハッサムは冷静に、スターミーの中心部である赤いコアを、鋼色に硬化した右手のハサミで殴ちつける。おまけとばかりに左のハサミで、スターミーを食いちぎるような殴り方で吹き飛ばした。
派手な音を立てて水路に飛ばされたスターミーは、水に沈んで浮いてくることはなかった。
不機嫌そうにハッサムは水路を見ると、その場から一瞬にして姿を消した。

唖然とした様子でその様子を見守っていた二人は、しばらくしてからやっと声を発した。」
「すっげー……」
「――そうだ。ズーちゃん!」
気を取り直したアヤメは、倒れたコードYから気絶したままのイーブイを奪い取り、モンスターボールの中に戻した。
「どうする?」
「どうするって……知らせるしかないよね」

二人は渡し舟に乗り込むと、元来た道を戻り大人たちに知らせに行くために家に帰った。
それからすぐに警察に通報が行き、ハッサムに倒されたコードYは窃盗の容疑で逮捕されることになった。
また、この事件で二人が両親にこってり絞られ、大人がいない時には絶対に渡し舟には近づかないと誓わされたのであった。
次回はツジギリが主役のお話です。

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