キコリ

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読了時間目安:13分

この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください

初の人間視点での一人称です。
サブタイの通り今回の主人公はキコリ視点です。
彼がゴルバット(コウヒ)の超音波を食らって倒れた後の話になります。
 俺は誰かに頭を叩かれて目を覚ました。真っ先に視界に飛び込んできたのは、白いお腹と黄色い口ばし。
 茶色い翼で俺の頭をたたき続けているそいつの顔は、逆さから見ても真剣だった。

「……カモネギ」
 俺が呟くと、カモネギは叩くのを止めた。それから眉間にしわを寄せて見下ろしてきた。

「怒っているよな」
 当然とばかりにカモネギは鼻を鳴らした。

「悪い。ボールを変えたことを、忘れてた……」

 つい先日まで、カモネギはスピードボールに入っていたのだが、長年使っていたせいかスイッチが反応しづらくなっていた。そのため俺は、修理が終わるまでモンスターボールを代替機として使っていた。
 しかし今日は急いでいたのもあって、いつもの癖でスピードボールを持ち出してしまった。それから中身が空だと分かった時には、すでにズバット達に囲まれていた。

 カモネギが、ため息をついて頭を振っている。呆れているのだろう。俺は苦笑いを浮かべるしかなかった。
 ――そう言えば、俺はあの後どうなったんだ?

「カモネギ。顔をどかしてくれ」
 俺はカモネギを下がらせて起き上がった。その際軽いめまいに襲われた。ゴルバットの超音波のせいだろう。

 俺は自分の首を触って、噛み跡がないか確かめた。しかし不思議なことに、その痕跡はどこにもなかった。
 それだけでなく、ふと横を向いたら自分の家が見えたのだ。記憶を辿ってみたが、俺は村で倒れた覚えはない。

 ――倒れる前は確かに森の中にいたはずだ。誰かが助けてくれたと考えるべきだが、一体誰が?
 きっと漫画なら、俺の頭の上にはハテナマークを浮かんでいただろう。それぐらい訳が分からない状況だった。
 悩んでいると、おもむろにカモネギが長葱で背中を叩いてきたので、はっと我に返る。

「カモネギ。お前が助けてくれたのか?」
 一番可能性のある奴に聞いてみたが、すぐさま違うと首を振られた。

「なら、一体誰が……」
 また思案していると、カモネギが持っている長葱で俺の右腕を軽快よく叩く。
 なんだと思い見てみれば、カモネギが言わんとこしていることが分かった。

 右腕の袖は、半分以上破り取られている。これは手当するのに邪魔だったから破ったのだろう。
 視線を移せば、白い糸が包帯のように巻きつけられていた。それは丁度、ズバットに噛まれた場所だった。
 糸を触ってみるとサラサラでやわらかい。この糸の持ち主は、あいつしか思いつかない。――八束脛だ。

 それを知って、俺は嬉しさと申し訳ない気持ちでいっぱいになった。

 どうやって運んだか分からないが、家まで送ってくれるなんて優しすぎる。森に戻ってから何年も経つのに、あいつは未だに俺に恩を感じているみたいだ。
 その恩も、俺がガキの頃の話だし、第一気まぐれで助けたようなもんだ。感謝されてもそれだけのこと。

 助ける程のものではない。

 それに、ただでさえ体の件で他のポケモンに嫌われているのに、人間と仲が良いと余計に居辛くなるのではないか。
 だけど、もしそのことを理解していながらも俺を助けていたとしたら――。

「――どっちにしろ、あいつには頭が上がらないな」
 誰のことを言っているのか分かっているカモネギは、頭の茶色い三本毛を揺らしながら頷いた。

「俺と関わっても、何も得しないのになぁ……」
 俺はため息を漏らして呟いた。すると、何故かカモネギがあんぐりと口を開けた。
 それから俺をまじまじと見つめて、次に天を仰ぎ始める。

「どうした?」
 話しかけると、カモネギは非難の眼差しを向けてきた。訳が分からないと首をかしげていると、何かを悟ったかのようにカモネギは深く肩を落とした。
 小さく黄色い口ばしから、ため息が漏れ出るのが聞こえる。いや、これはため息と言うより、嘆息だ。カモネギは何かに嘆いているようだ。しかし、何に嘆いているんだ?

「おい、カモネギ」
 声をかけるとカモネギはぷいっと顔を逸らした。

「……俺何かしたか? あぁ、まだ置いていったことを怒っているんだな?」
 しかしカモネギは激しく首を振り、背中を向けてしまった。これはかなり御怒りのご様子だ。だけど、その理由が思い至らない。置いていったことよりも、怒る要素があったとは思えないんだが……。

 俺は膝をついてカモネギの肩を軽く叩いた。しかし無反応。

「おーい。理不尽な怒り方はやめてくれ」

 何回か叩いてみたが、カモネギは一向に振り向こうとはしなかった。こうなるとこいつを動かすことは不可能だ。
 俺は諦めて立ち上がった。すると突然、膝が笑いだしたので内心驚愕する。
 これも超音波を食らったからかと思うと、ポケモンの技を甘く見過ぎたようだ。他にも何か異常が出てきたら病院に行くしかない。

 そう考えながら作業着のポケットから鍵を取り出して家に向かった。鍵を開けて中に入ろうとした瞬間、カモネギが足元を猛スピードで横切った。
 鳥目なのに暗い部屋に入り込んだあいつは、鈍い音を立てながらどこかに消えた。

「おい、一体どうしたんだ?」

 頭を掻きながら怪訝に思っていると、背後に気配を感じた。後ろを振り向くと、目と鼻の先に長老がいたので思わずのけぞってしまった。


 長老は鼠色の作業衣の上に、群青色の羽織を着ていた。足元を見れば履物は下駄だった。どうやって音もなく歩いてきたんだ。

「ふむ。帰るのが遅くて心配していたが、無用だったか」
 俺が驚いていることを無視して、脈絡もなく長老は言った。

「まっまぁ、少し出るのが遅くなってね」
緒蜘蛛(おくも)に襲われたか」

 間髪を容れずに長老は言い出した。いつもながら直球的だ。

「違う」

 そう言って俺は後悔する。否定するために振った右腕には、しっかりとアリアドスの糸が巻き付いている。
 長老は糸を見て、意地の悪い笑顔を浮かべた。俺は言い訳を考えたが、こればかりは言い訳の使用がない。

 糸については正直に話すことにした。

「……手当してもらった」
「ほう。つまりは他の物の怪に襲われたのだな?」
「……違う。ズバットの縄張りに入り込んだんだ。だから怪我をした」
「なんだそれは」
 長老が訝しげに聞いてきたので、俺は言いなおした。
「悪い。目無飛(めむひ)だ」

 長老はポケモンをこの地で使われている旧名でしか呼ばないため、今のポケモンの正式名称をほとんど知らない。
 目無飛はまだ文字が分かり易いからいいけど、緒蜘蛛は麻雲(おぐも)とややこしいから困る。実際アリアドスの方が分かり易いから変えてほしい。

「目無飛の縄張りか」
「そうだよ。 きっと俺の存在に驚いたんだ」

 ゴルバットにも出くわしたが、何もされていないから黙っておく。不注意で襲われたのに、襲った側が悪いというのはおかしい。今日の事故は、俺がミスをしなければ未然に防ぐことが出来たことだ。
 彼らを悪く言う権利はない。

「――嘘をつくなら、もっとマシな嘘をつけ」
 長老は俺の右腕に手を伸ばして、無造作に糸を掴み取った。
 手を振り払おうとしたが、老人とは思えない力で右腕を強く掴まれていて出来なかった。糸は引きちぎられて、赤黒い肌が露出する。

「本当に手当されていたのだな。止血が出来る緒蜘蛛か……。」
 長老は傷口を見つめて、軽く身震いしていた。

「離してくれ」
 俺は顔をそむけて長老に嘆願した。しかし長老は離そうとしなかった
「明日、必ず病院に行け。目無飛に襲われて噛まれたと言えば、すぐに取り合ってくれる」
「だから俺は――」
 俺は言いかけて、長老の辛辣な眼差しに口を閉ざした。

「……目無飛が人に驚くものか。奴らの餌は儂ら人間の血だぞ。そしてお前が意味もなく縄張りに侵入するはずがない。何があったんだ」
「……手持ちを忘れた」

 長老は目を見開いて俺を見た。俺は苦笑する。

「気付いたのは村に帰る途中だった。引き返す距離でもなかったから、そのまま進んだ。バカなのは分かってる。だから目無飛は悪くない」
「無茶をする」
「光が嫌いだから、カンテラを持っていれば大丈夫だと思った」

 そう言って俺はカンテラがないことに気付いた。多分森の中だなと思ったが、長老の言葉で考えるのをやめた。

「お前はやはり、森に守られているな。森の意思を感じる」
「守られてないよ。それに森に意志はない」
「森に住む物の怪が、お前を助けている。それが証拠だ」
 長老は解いた糸を俺に投げてよこした。それを受け取りながらも否定する。

「違う。これは昔に助けたポケモンが、恩返しをしてくれただけだ」
「恩返しだとしても、野生の物の怪と信頼関係を保つことは奇跡に等しいことだ。親父殿でも出来なかったことだぞ」
「そんなことはない。親父だって森のポケモンと仲が良かった! それに他の皆だって、あの事件が起こる前まではそうだっただろ!?」

 俺の言葉に、長老は昔を思い返すよう目をつぶった。
「確かに、お前さんの親父殿が生きてた頃は、儂ら全員が森を慈しみ、迷い人が、渡り人が森に害を出さぬように目を光らせていた。全員が“守り人”であった」

「だったら……」
 長老は目を開けると、力なく首を振った。

「だが儂らは森を裏切った。だからお前は、何があっても森を裏切ってはいけない。儂のように裏切ってはならない」
「爺さんは裏切ってない!」
「――お前がそう言ってくれると嬉しいよ」

 一瞬だけ長老は、優しい祖父の顔を見せた。しかしすぐさま顔を引締めて、厳格な長老の仮面を作る。
「だが、理由はどうあれ裏切ったのは事実だ。欲のために森を売り、物の怪たちの住処を脅かした。奴らは決して儂らを許しはしないだろう」
「俺だって共犯だ」

「お前は違う。お前は父親とともに抗った。唯一最後まで、守り人として森と共に生きた」
「だったら、まずは親父が守られるべきだろ! なのに……なんで……」
 死んだ親父の顔が頭に浮かんで、思わず言葉を詰まらせた。

「お前の父親は、役目を果たしたのだ」
「それで殺されたら元も子もないだろ……」
「本望だろうさ」
 長老の冷たい言葉に、俺は思わず空いている手で襟元を掴みかかった。

「何が本望だ! ふざけないでくれよ!」
「……ソフマは、どんな手段を使ってもお前を守ると言っていた。儂と違い、あいつは最後まで約束を守ったのだ。大した男ではないか……」

 目の前にいる長老がとても小さく見えた気がした。俺は勢いを失って、襟元を掴んでいた手を放した。
 長老も俺から手を放して、一歩下がった。

「――儂のような嘘つきにはならないでくれ。ソフマのように、真っ直ぐ生きなさい」
 孫に語りかけるように長老は言った。俺は、ただ黙って小さく頷くことしか出来なかった。

「すまない。疲れているだろうに、話し込んでしまった」
「いや、大丈夫」
 なんとか言葉を絞り出し、俺は答えた。

「キコリ。明日は病院に行くんだぞ」
「分かってる。長老も若くないんだから、体に気を付けてくれよ」
「儂はそう簡単にはくたばらんよ。ではキコリ。おやすみ」
「おやすみ」


 長老が見えなくなるまで見送ってから、静かにドアを閉めた。それからドアに寄りかかり、天井を見上げる。
 部屋の奥でカモネギが鳴いているが、構ってやる気力がなかった。

 長老と話したせいで、嫌な思い出がよみがえってきた。
 この村はなんだかんだ言いながら、森のポケモンたちと上手く付き合っていた。だけどあの事件以来、それはぶっ壊れた。そしてその事件のせいで、俺は親父と村人を信頼する心を亡くし、祖父とも縁を切ることになった。
 同時に重荷も背負わされた。

「くそ……」

 守り人が居なくなった時、村は滅びるという伝承がある。親父以外の守り人は、もう俺しか居ない。
 だから俺は、村の命綱の役目をしている。医者でもないのに、人の命を預かることになった理不尽さに逃げ出したくなる。


「――本当、くそったれだ。業者を招いた奴らも、それに賛成した奴らも」

 奴らのせいで俺の平穏は崩れた。だから不慮の事故で死んだ時は、不謹慎ながらもざまぁみろと思った。
 しかしよくよく思い返すと、裏切った村人は何かしら事件に巻き込まれている。

「森の意思か……」

 長老の言葉は、あながち間違いでもないのかもしれない。なら一体俺が守られる理由はなんだろう。

「――考えても仕方ないか」

 俺は物思いにふけるのを止めて、玄関の明かりをつけた。
 その途端、暗い部屋の中から長葱が飛んできて俺の額にヒットする。

「ぐわっ」

 思わず変な声を出してしまった。額を押さえて悶絶していると、部屋から仁王立ちしたカモネギが現れた。


「……お前。今日飯抜き」

 その言葉を合図に、人間とポケモンのデスマッチが始まったのだった。
あれ? 謎が解けるどころかまた増えた(殴
あと次話は舞台が変わって違う短編になります……。
ちなみに三人称のお話です。
……バグの森関係は後々種明かししていきます。

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