04_02 キュウコンの十字架

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パルパルパルパル!

キュウコンのナイアは気分が悪かった。
さっきから耳を破壊するのではないかと思う程風を切る音が耳を劈く。
身体が地震に晒されているかのように小刻みに揺れ、地に足がついていないような感覚。

「……もしかして酔っているでシュか?」

隣に座るデンチュラのイリは心配そうに私を見てそう言う。
ナイアは軽い怒りにも似た感情を込めてイリに言った。

「棺桶が飛ぶなんて非常識なのよ」

「棺桶じゃないでシュ、ヘリコプターでシュよ」

そう、何故イリは遥か何万キロという距離をこうも簡単に行き来しているのか?
それはやつ……正確にはイリの所属する組織はこのような長距離移動用のマシンを所有している。

ナイアが何故これを棺桶と称したのかはその見た目にあった。
ヘリの頂上部には巨大なローターが風を巻き上げ、揚力を生み出し、後部には小さなテールローターが二機姿勢制御のため回転している。
ナイアとイリのいる内部は座席こそあるが前方に怪しい機械が置かれているだけでまるで密室か箱にしか思えないのだ。
ヘリのカラーが黒いこともあり、これでは飛ぶ棺桶だ。

「……大体この乗り物はどうやって飛んでいる?」

「専門的なことでシュか? それとも運転手のことでシュか?」

「運転?」

そういえばこの乗り物には運転する場所がない。
ナイアが覗く先にはゴチャコチャした機械が置いてあるだけなのだ、とても操縦席になる空間がない。
だが、その時、突然のヘリ内に生声とは異なる抑揚のない機械音が響いた。

『アッテンションプリーズ、コノヘリハ間モナク目的地上空二到着シマス』

「!」

ナイアは部屋の両側にある透明なガラスから覗くとそこは白銀の雪山だった。
ヘリは上空2000メートルを飛んで着陸できる場所へと降下を開始する。
やがて、ヘリは黒い渦の発生地点から南800メートルの位置に着陸した。



*



「……」

ヘリの外に出ると外気温の低さにナイアの口から吐く息が白く凍った。
天候は良く、雲ひとつなく風も少ないが、ここは極寒の雪山、永久に溶けることのない雪が山を染め続ける。

「ここからは徒歩で目的地までゴーでシュね」

「あのヘリで直接目的地に降りた方が早かったんじゃないか?」

「そうしたいのは山々でシュが黒い渦を目視にしながら降下するのはどんな影響があるか分からないでシュからね」

「……あのヘリはどうするんだ?」

「心配せずとも彼が安全な場所に運んでくれるでシュよ」

「彼?」

ナイアはヘリから降りて様々な疑問をイリに投げかけるとイリはその全てに答えたが、一つだけ合点のいかないものがあった。
彼とは一体何者か、あのヘリには二匹しかいなかったはず。
だが、二匹が雪を踏むとヘリの機械が詰まった前方操縦席から一匹のポケモンが物質の反発を無視して出てきた。

「よーよー、それじゃ後で12時間後に迎えに行くぜ!」

ヘリから出てきたのは30センチほどの小さなポケモンで、身体に電気を纏っており、その身体そのものが電気で出来ているかのようなポケモンだった。
ロトムというポケモンで電気工学と特に相性がいいポケモンだ。

「オーケーでシュ、それじゃモータも気をつけて」

「心配すんな、そんときゃ空対地ミサイルで一掃してやるよ!」

随分物騒な掛け合いをするとモータというロトムはまたヘリの中へと入っていく。
するとヘリは動き出し、風圧を利用して飛び立つ。
ナイアたちは飛ばされそうな風に晒されながら飛び立つのを確認すると目的地に向かって歩き出した。


「……あのヘリに操縦席に当たる部分がないのはロトムが同化する装置が内蔵されているからでシュ」

たまに本来存在しないはずの技術に対して、あたかもそれがある事が前提のような生態のポケモンがいる。
その代表があのロトムだ。
黒い渦が発生しなければ電気工学は何千年経っても発展することはなかったろう。
しかし、ロトムは特殊な電流の流れるモーターと同化することで機械と同化する。
電子、特に電脳の世界に強い適応力を持つロトムは本来の有史から考えれば矛盾した存在だった。

「黒い渦のお陰でああやって存在に価値が付くなんて不思議でシュよね」

「黒い渦がなくとも存在に価値はあるだろう。ああやって世界で生きているのだから」

イリはお喋りだ。
ナイアは聞いてもいないのに次々喋る。
雪山を歩くと、深い雪に足を取られてナイアたちの足は中々進まないが、それを紛らわせるようにイリはしゃべり続けている。

「……ところで気になったんだが、なんでお前の足は沈まないんだ?」

歩きながら異様に元気なイリにおかしいと気づいたナイアは突然その質問する。
キュウコンであるナイアとデンチュラであるイリでは体高が違う。
ナイアの身体でも足が完全に埋まってしまうというのにイリの身体はまるで埋まっていないことに気づいた。

「作用点に対して係る負荷の違いによる所が大きいですが、結論を述べればこれのお陰でシュ」

そう言ってイリが後ろ足を上げると蜘蛛の巣が足に張り付き凍っていた。

「雪に足が沈むのは接着点の面積に対して係る重量が重いからでシュ、だったら接着する面積を大きくして負荷を分散すれば沈まないでシュよ」

「……頭がいい奴だな」

「伊達に理系じゃないでシュ」

もし秘密があるなら自分もあやかれるんじゃないかと密かに期待するが、結局その方法だと、自分ではどうにもならないじゃないかと落胆したナイアはトボトボと歩いた。

(寒さに負けない暖かい毛皮と炎を扱える貴方のほうが羨ましいでシュけどね)

しかし、そういう事はイリは口に出さない。
虫タイプであるイリに雪山は寒すぎるわけで、足が沈まないようするのも凍えないようするための対策な訳で、さっきから寒そうにしていないナイアのほうがよっぽど楽そうだ。
しかし、それを言うと自分が負けた気がして言えやしない。

そうして二匹は目的地まで向かうのだった。



複数の山が連なり渓谷を作るこの辺りの光景は大変美しく、観光地とすれば風光明媚な名所となっただろう。
だが、この地域は開発も少なく今だ渦の影響は少ない。
今はまだ、景色をレジャーとして楽しむのは難しいだろう。

ナイアは晴天の中、氷河が流れる渓谷の谷間を見てそう思った。
前方を歩くイリは景色に対して思うことはないのか黙々と歩くが、ナイアはこういった世界こそ穢れのない世界なんだろうと思う。

「……見えたでシュ」

やがて、一時間程かけて山を登ると、山の中腹に平原があり、その周囲を山に囲まれたまるで山中のスケート場のような場所にたどり着く。

そこは周囲を山に囲まれた地形のため雪が貯まり、そしてその雪が太陽熱で溶けて氷として再び固まり氷湖を形成している。
その中心に、まるで台風の目のようにゆっくりと右回転に渦を巻く物を確認する。

「黒い渦……でかいな」

その黒い渦は直径200メートルほど、ナイアが見た物の中では最大級の大きさの黒い渦で、なにで構成されているかも分からない黒い流れはゆっくりと外周から中心に吸い込まれるのに一時間もかけてゆっくりと動く。

「ナイアさんは周囲の索敵警戒、僕はさっさと調査してくるでシュ」

イリはそう言うと山の斜面を駆けて下り渦に向かう。
イリの調査は簡単だ。
背中に背負ったカバンの中に入った機材を渦に翳し、渦から受ける影響を機機械が受信すると、イリが電波を形成し本国のラボにデータを送る。

ただ、渦はその内その場所から消えて失せる性質がある。
一時間と経たず消えるときもあれば、5年経った今でも消えないものまであるのだ。
今回はどれほど持つかは分からない。
なるべくイリも早く仕事を済ませたいのだ。

そしてナイアはイリの姿が点になるほど遠くに行くと、ゆっくりと後ろを振り返った。

「……ぞろぞろとまぁ」

ナイアが振り返るとそこには山の斜面に壁を作るように立ち並ぶツンベアーの群れがいた。
その数は10匹程、、皆巨躯を真っ直ぐ空に伸ばし、体に対して小さな瞳をナイアに向けて唸り声を上げる。
それは警戒、ツンベアーの群れは突然入ってきた異物に敵意をむき出しにしているのだ。

ナイアはゆっくりとその群れを見渡すとフワリとその豊満な尾を靡かせた。
敵意をまるで受け流すように視線は冷ややかで、まるで凍てつく炎のような瞳がツンベアー達を眼中に捉えた。


「……話し合いで解決してはくれないのでしょ?」

ナイアは愛嬌を見せるように笑ってみせたが、それは合図となりツンベアーの群れを刺激した。
ツンベアー達が一斉に咆哮を上げると山の斜面を降ってナイアに襲い掛かるのだ。
しかし遅い、その対応ではナイアにいくつもの手を打つ機会を与えてしまう。

「野蛮なのね!いやより野生的というべき?」

理性の欠片も感じさせない獣の群れにナイアは慈悲を向けるつもりはない。
キュウコン特有の大きな九本の尻尾はそれ単体がそれぞれ独立した意志を持つように揺らめくと、その尻尾の先から9の火の玉がツンベアーの群れに飛びかかる。
火の玉はツンベアーたちの足元に着弾すると巨大な火柱を上げてツンベアーたちの進撃拒んだ。
突然の攻撃に体制を崩したツンベアーたちは見たことのない炎という現象に戸惑い尻込みをするとナイアはさらなる追い打ちを仕掛ける。

「獣らしく怯えなさい」

冷酷である。
その細く冷たい炎の様な赤い瞳が太陽の光に反射して輝くとツンベアーたちの恐怖心を駆り立てる。

白い吐息がナイアから溢れると、溢れる炎が口から零れた。
ナイアは大きく開けた口から大量の炎をツンベアーの群れに放つと、ツンベアーの目の前で燃え盛る火柱を飲み込んで、融合し渦を巻いてツンベアーの群れを取り囲む。
『ほのおのうず』、この技はナイアが使うと恐ろしい技と化す。
九本の尻尾そのものから炎を生み出せるナイアは口を含めて十の火器を持っているようなものだ、そのナイアがすべての炎を使い相手を拘束することを目的とするのがこの『このほのおのうず』。
炎に触れれば瞬く間にその身体を焼き、中に居続ければ空気を奪い、体力を奪う。

ツンベアーたちは脱出不可能の檻に入れられたも同然であり、しかもこれは拷問的側面を持ち合わせている。
正に灼熱地獄を表すかのようだった。


炎は十分もすると自然と鎮火し、嘘のように消え去った。
跡に残ったのは極度の乾燥と高温で毛皮を焼いたツンベアーの群れだった。
一匹たりともツンベアーたちは立ち上がることもできず無惨に倒れている。

「……放っておけばその内立ち上がるでしょう」

ツンベアーたちは死んではいない。
瀕死に近いが確かに生きているのだ。
その土地の適応力が高いツンベアー達なら他の外因が産まれない限り死ぬことはないだろう。
ナイアはツンベアーの群れに一瞥すると渦の方に向き直った。
渦は相変わらずゆっくりと動いている。
ナイアは周囲を警戒しながら物思いに耽り始めた。

(……黒い渦)


04_03に続く。

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