04_01 キュウコンの十字架

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大聖堂、西洋風の文化が立ち並ぶその街で最も大きな建物はゴシック建築でいくつもの塔によって構成された大聖堂だ。

その大聖堂の中は礼拝堂が広がり、その奥には幾重にも絡まった蜘蛛の巣のように複雑な幾何学模様を描いたステンドグラスがあり、その下には大きな像が建っている。
その像は十字を描いた板に両手を釘で撃ち抜かれて固定され、頭にイバラの冠を被った痩せこけたような猿の一種を思わせる不思議なポケモンが祀られていた。

建物の中は馬鹿でかいパイプオルガンが荘厳なメロディを大音量で響かせており、像の下には一匹のポケモンが深々と頭を下げて祈っていた。
そのポケモンは薄いオレンジを思わせる毛に覆われており、フサフサの長い尻尾が九本生えた狐を思わせるポケモンだった。
そのポケモンは首に銀細工で出来た、この像が縛り付けられた、そう十字架のネックレスが掛けられていた。

「シスターナイア、面会を求めているポケモンが参っています」

像の前で祈りを捧げていると、後ろから同じように十字架のネックレスを付けたポケモンが現れた。
シスターエスピ、サーナイトのシスターだ。

「分かりました、すぐに向かうので接客室に案内を」

「分かりました」

キュウコンことナイアは礼拝を終えると、すぐに向かうよう伝える。
するとサーナイトことエスピはその場から一瞬で消えてしまう。
『テレポート』だ。エスピはこれで音もなく聖堂内を動き回っているのだ。
ナイアはサーナイトが消えると客人の待つ接客室へと向かった。

接客室は聖堂内の奥にあり、普段入り口から入る礼拝堂とは別の入り口から入ることになる。
勿論礼拝堂から向かうこともできるが、それは聖堂で暮らすポケモンたちの生活棟を抜けないといけない。
ナイアは態々自分を尋ねる者を想像するとあまりいい顔はしなかった。
それでも接客室に入るとそこには、やはり会いたくないポケモンがおりナイアは「はぁ」と溜息をついた。

「入っていきなり溜息とは失礼でシュね」

語尾にシュを付ける、喋り方だけなら可愛らしいが、実際は狡猾で胡散臭い話術を得意とする電気を操る蜘蛛、デンチュラのイリが待っていた。

「私は出来れば会いたくなかったのでな」

ナイアはイリを見ると言葉に衣を着せることなくそう言い切った。
イリは「それはひどい」とやや他人ごとのような口調でいうが、実際は特に気にする様子もなくイリはある話を持ち出した。

「新しい仕事、持ってきたでシュよ」

新しい仕事……それを聞くとナイアは顔色を変えた。
イリは予め持ってきたバッグから一枚の書類を口に咥えてナイアに差し出すと、内容も見ずに説明を始めた。

「北のフィヨルド地帯で新たな渦が出現したでシュ、現地には氷ポケモンたちが小さな国を起こしているでシュが、はっきり言ってレベルの低い、ただの群れと思っていいでシュ。こちらの依頼はこちらが黒い渦の調査をしている間、周辺の護衛でシュ」

「クライアントはパラケラス、か」

「嫌……なんでシュか?」

クライアントはこの地より西へ向かい海を超えた先にある大陸にある電気と機械によって支えられる、おそらく世界で最も進んだ文明圏で、黒い渦を研究し、様々な知識を実践域に引き出すパラケラス博士。
博士には一度会ったがあまりいい印象は持っていない。

あの街……ヤークシャーシティはあまり良い印象は持てない街だった。
なんというか、あの街は世界が違う、そう感じた街だ。
夜も電気による発電で街中は明るく、道という道がガソリンとかいう化石燃料を精錬加工した燃料を用いて動く車がものすごいスピードで走り回る。
もっと恐ろしいのは何十トンもある、重い物を科学とやらで動かしてしまうところだ。
あれは常軌を逸している。
あそこだけはまるで別世界だ。

そこの科学者で、街の開発を一手に握っているのがランクルスのパラケルスだ。
あのポケモンも普通ではない。
黒い渦を解析し続け、あの街を作った張本人だ。それだけ上記を逸したこの男とはできるだけ会いたくない。

「報酬は200円……」

「悪くない額でシュよ?」

確かに悪くない額だ。
今世界の経済レベルを正確に掴んであるものなら誰だもわかる価値である。
その金があれば一軒家を買うこともできるだろう。
それだけの大金、みすみす逃すということはありえない。

「要は現地の氷ポケモンが近づけなければいいのね?」

ナイアは書類に全て目を通すと改めて内容を再確認した。

「その通りでシュ、前回は仕事を成功させたとはいえ苦い経験したでシュからね。できるだけ万全に挑みたいんでシュ」

前回……というとヨークシャーシティのあるノースアメリア大陸の対、南に広大に広がるサウスアメリア大陸のアラセン樹林でのことか?
あの時はナイアは用を終えてすぐ帰ったが、あの後イリに何かあったということか?

「で、受けてくれるんでシュよね?」

「いいわ、いつ出発するの?」

「明日の朝には出発でシュ」

ナイアはそれを聞くと立ち上がり、部屋を出ていく。
仕事が明日なら今この時から準備をする必要がある。

ナイアはイリと別れると生活棟にある自分の部屋へ向かった。



自室にはカーペットの上にクッションが一つ置いてあるだけの質素な部屋。
壁には鏡が植え込まれており、部屋に入るとナイアの鋭い顔を写し込む。

ナイアは無造作に鏡の前に立つと自分の顔を眺めた。

「……また、私はまた自分に背く。主よ、私は許されざる者か?」

ナイアは目の前の鏡にそう問うが、鏡の先のキュウコンはナイアの動きを左右反対に真似るだけだ。
当然だろう、鏡の中にあるのは光を反射投影した現実。
そこにナイアの主はいない。
ナイアはそれがわかっているだけに自分の行いに嘲笑することしかできなかった。



……黒い渦はそれに触れ合った者に科学的知識や数学的論理を与え、大きくポケモンの文明を発展させたが、それは同時に野生として自然で生きていた時では考えられない負も与えた。

そのため多くのポケモンが、黒い渦を恩恵を与える物だけではなく災害をもたらす物としても認識していた。
その答えが、戦争や飢饉である。

必要以上の殺傷を行うことが無かったはずのポケモンたちは気がつけば、無意味な殺害を繰り返すようになり、豊かに得られた知識は牙を向いて自らの喉元を抉っている。

その深い負の感情に嘆いたポケモンたちの一部は『宗教』を志し、そしてそれに帰依することで精神の安定を目指す。

そしてその宗教でさえも黒い渦はポケモンに教えたのだ。
黒い渦の出現から5年今だその謎は多く、ポケモンたちはメンタルの部分でさえ渦に支配されているといえる。

「……主はいない。しかし信じなければ全て怖い」

ナイアは首を傾げ、首に掛けた銀の十字架を見た。
ナイアの所属する教団『救済』は魂の開放を謳った宗教団体だ。
黒い渦に冒された我々は不浄の存在であり、生きたまま浄化されることはなく、主のもとへ向かうことはできない。
だが、主を信じ身を清め、魂の在処を求めれば主は手を差し伸べる。
教会に帰依し、在るべき世界を目指せば、その先にはあらゆる争いも飢饉もない素晴らしき世界が待っているという。


今、世界中のポケモンは苦しみ疲れている。
そのため救済に入団するポケモンは後を絶たず今もなお増えていた。

しかし、ナイアは苦しんでいる。
教会を運営するには世界は不浄すぎる。
この場所を確保するだけでも、今や土地そのものにも金はかかり、教会は地主のポケモンに貪られ、この世界で富を得た一部はこの教えに自分たちの幸福が壊されるのではないかと弾圧する者もいる。

ナイアもまた教えに助けを求めこの世界の救済を待っている者だ。
しかし、主は穢れの中に顕現することはできず、そして世界は今も穢れ続けている。
そして、それにナイアも加担していることに彼女は苦悩した。

教会の運営には莫大な資金が必要になる。
土地代だけでなく、多くの帰依したポケモンを賄い、時に新たな教会を建立する。
まだ未熟な宗教である救済はその資金面で窮地に立っているのだ。
だから、ナイアは自らを主の世界のために自らを生贄に捧げた。

自分は不浄のままでもいい、世界が浄化される時、そのまま消滅してもいい。
だけど、その時を迎えるためには教会を残さないといけない。

だから、彼女は教えの一つに背き、莫大な金額を手に入れるために、不浄の信者となった。

「……目的のためなら、なんでも出来る私。主よ、私はあなたを愛しています」

主は、きっとナイアにお怒りするだろう。
自らの心は痛み荒んでいる。
だが、彼女の無限地獄に終わりはない。


04_02に続く。

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