バグの森

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この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください

戦闘描写が際どいかもしれません。線引きが難しいです……。
 ――ポケモンバトルでは、対戦相手のポケモンに対してどれだけ相性の良い技を使えるかが、勝利の鍵となる。それはつまり、相性によって勝ち負けが決まるということだ。
 これはバトルの世界だけでなく、自然界にも当てはまる。

 森の生態系を見てみると、概ね飛行タイプである鳥ポケモンが森を支配している。その理由は、相性を考えれば自ずともわかることだ。森に住むポケモンのほとんどは、虫や草タイプと言った飛行タイプを苦手とするポケモンである。そのため、相性で有利な鳥ポケモンが生態系の頂点に立つのは、別段不思議はない。

 ポケモンは相性で上下が決まる――――それは、我々人間にとって“常識”であった。しかしその常識が、奇しくも自然界によって崩されようとしている。
 タイプ相性をものともせず、全く逆の生態系を織り成していく野生のポケモンたち。それはまるで、正常なプログラムにバグが生じたように、異常な生態系を作り出していた――。
           ―― ポケモン生態学者 バルーズ・チャトロー ――

 ◇◇◇

 ジョウト地方。アンノーン遺跡やスズの塔など、数多くの歴史が残る地方である。その土地の南側には、広大なウバメの森が存在している。

 そのウバメの森の上空を、一匹のポケモンが羽ばたいていた。
 ポケモンの名はオオスバメ。黄色い嘴を持ち、大きな紺色の翼と二つに分かれた尾羽が特徴的だ。主にホウエン地方に生息していて、温暖な気候を求めて渡りを行う習性を持っている。このオオスバメもまた、渡りの最中のようだが、様子がおかしい。

 嘴をだらりと開けて、虚ろな目つきのまま飛んでいるのだ。
 異常な様子のオオスバメの前に、茶色い小さな鳥ポケモンが現れた。
 時計の針のような形をした黒い羽角と、黒い縁取りがされている赤い目が特徴的だ。ホーホーというポケモンだ。
 ホーホーは、小さな茶色い翼をパタパタとはためかせながら、オオスバメとすれ違う。その刹那、ホーホーの赤い目が光りを発する。

 すると、オオスバメの虚ろな目に光が宿る。
「……?」
 オオスバメは周りを見渡して、首をかしげた。まるで、自分がこの地を飛んでいることが理解できないというかのように。

 上空を飛んでいたオオスバメは高度を下げ、広大な森を円を描くように飛んだ。緑色の絨毯の上を滑るように進んでいくと、木の実を付ける木々を見つけた。

 木の実を食べようと降り立とうとしたが、枝が細く止まることができない。仕方なく、羽ばたきながら足を使って木の実をもぎ取ろうとした時、視界の端にポケモンが映った。

 体は黄緑色をしていて、黄色と黒の縞模様をした3対の足。そして頭には一本の鋭い針が生えている。このポケモンはイトマルと呼ばれている。ジョウトではよく見られる代表的な虫ポケモンだ。

 オオスバメは、羽ばたきながらイトマルを食い入るように見つめた。その視線の先には、糸でまとめられた木の実がある。

 それを見て、オオスバメはにやりと笑った。

 静かに上昇すると、外貨に見える獲物を見下ろした。
 イトマルは木の実に夢中になっているせいか、オオスバメの存在に気づいていない。
 オオスバメは一気に滑空し、鋭い足の爪先でイトマルから木の実を奪い去る。さり際に風圧を浴びせてイトマルを吹き飛ばすと、一気に上昇して逃げ去った。

 遠く足元から金切り声が聞こえてきたが、オオスバメは無視して飛んだ。


 ――――その姿を、暗い森の中から様々な思いで眺めるものたちがいた。

 そしてオオスバメが向かう先を知ると、眺める者たちは一部を除いて小さく騒ぎ出す。その中でただ一匹笑みを浮かべるものがいた。それは羽音を立てずに枝をすり抜け、オオスバメの後を追っていった……。


 ◇◇◇

 木の実をイトマルから奪い去ったオオスバメは、今宵の寝床も兼ねて、落ち着いて食事のできる場所を探し始めた。すると、絨毯のように広がる森の中で、ぽっかりと穴が開いたように木が生えていない場所を発見した。
 その穴の中央には、どっしりと腰を据えたように巨木が生えている。不思議なことに巨木は頂点だけ枝を晒しており、その下では葉が生い茂っていた。
 まるで天辺ハゲである。

 だが、オオスバメにとっては、枝が外に出ている方が止まりやすい。円を描くように巨木に舞い降りていくと、太い枝に降り立った。巨木の枝はがっしりとしていて、オオスバメが降り立っても少しも軋むことはなかった。

 オオスバメは今宵の寝床をここに決めたのか、枝を渡って落ち着く場所を探る。気に入った枝を見つけた後、糸で縛られた木の実を器用に枝の上で転がした。足で糸を裂くと、木の実をついばみ始めた。

 腹を満たしたことで気分が落ち着いたオオスバメは、羽の手入れをはじめる。ふと、不意に何かの視線に気づく。不安を抱かせる、まとわりついたような視線だ。

 オオスバメは気配を探ったが、視線の主がどこにいるのかわからなかった。拉致もあかず空へと飛び立ち、周りを見下ろした。
 巨木の周りには木々がないため、もしもポケモンや人間が来たのならすぐにわかる状態である。しかし、どこにもその影はない。けれどもまとわりつく視線は、飛んでいても感じることができた。

 ――あぶり出すか。

 オオスバメはそう思い、低空飛行をはじめると強く翼を羽ばたき始めた。翼から繰り出される強風は、周りの木々の枝をしならせ葉を吹き飛ばした。しかし何も出てこなかった。

 不満げに葉を散らした木々を見ていると、オレンジ色の光があたりを包む。見ると太陽が沈みかけ、最後の光を発していた。
 眩しく世界を照らす光はすぐになくなり、空には闇が訪れようとしていた。太陽と反対の方向を見てみると、緑の絨毯だった森は、静かに黒い絨毯へと塗り替えられている。
 その光景に見惚れていたオオスバメの背後から、嘲笑を含む低い声が聞こえてきた。

「鈍い鳥だ」

 オオスバメは驚いて上空に飛び上がった。慌てて見下ろしたその瞳には、一匹のポケモンが映り込む。

 その姿は赤紫色の体に、黄色と紫の毒々しく足が生えた蜘蛛のような姿をしたポケモン。アリアドスというポケモンだ。通常アリアドスは6本の足を持つのだが、この個体は8本ある。
 紫色のその眼は、今までオオスバメが感じていたまとわりつく視線そのものであった。

 オオスバメは翼をはためかせて威嚇の声を上げると同時に、アリアドスを思い切り睨みつける。しかしアリアドスは、威嚇をものともせず睨み返してきた。
 威嚇が効かない事実に、ならばと、攻撃体勢に入る。旋回して勢いをつけると、上空から一気に急降下をする。
 大きく翼を広げて、猛然とアリアドスに向かって体当たりをする。

 翼がアリアドスを捉えようとした瞬間、オオスバメは空中停止した。何か見えない力によって空中に固定されたのだ。
 オオスバメは何が起きたのか理解できず、目を見開いて驚愕する。そして、その驚愕はすぐに恐怖へと移り変わった。
 ゆっくりとだが、翼が自分の意思とは関係なく動き始めたからだ。

「そう怖がるな。飛べなくするだけだ」

 目を光らせたアリアドスの言葉とともに、翼はあらぬ方向へと曲がっていく。

「やめてくれ!」

 オオスバメは悲鳴にも似た声で助けを懇願する。
 だが、アリアドスは冷酷に一蹴した。

「森を荒らした報いだ」

 オオスバメの片翼が、鈍い音を立てて曲がった。

 ◇◇◇

「――――嗚呼、また何も知らぬよそ者が、蟲の犠牲になった」

 巨木からあまり離れていない場所に生える木の枝の上で、オオスバメの姿を眺めていたポケモンは呟いた。
 茶色くお腹に三角の黒い点々の模様を持ち、ミミズクに似たそのポケモンの名はヨルノズク。森に響く悲鳴に耳を傾けながら、ヨルノズクは祈るように目を瞑った。

「……何が蟲の犠牲になった、だ。お前が迷い込ませたのだろう」

 すぐ足元でため息を()いたのは、枝に掴まり逆さまにぶら下がった、青い翼を持つこうもりポケモン。ゴルバットである。
 眉間に皺を寄せてヨルノズクに批難の視線を向けていた。

「確かに。そして、あれを俺たちと同列に語らないで欲しいな」

 追従するように、枝に掴まる二匹の下から言葉を発する者がいた。体が赤紫色の蜘蛛のようなポケモン、アリアドスだ。

「はて、なんのことかな?」

 二匹の言葉にヨルノズクは、目を閉じたままとぼけたように首をかしげる。その姿にゴルバットは開いた口がふさがらない様子だった。

「はぁ。本当に酷い奴だ」

 ゴルバットはそう呟くと、闇に染まる空へと飛び立っていった。青い翼が闇に溶けてから、ヨルノズクは目を開いた。

「……酷いのは、この森だと思うのだが」

 そのぼやきに、アリアドスが質問する。

「森のどこが酷い」
「なぜ森は奴を育てた」

 その言葉にアリアドスは首を振るう。

「違う。森は育てていない。育てたのは人間だ」

 ヨルノズクが反論しようとした時、木々の向こうから足音が聞こえてきた。ヨルノズクは、首を回して大きな瞳で声のする方を見つめた。その先には、作業着姿の男が明かりを持って歩いていた。
 地面にいるアリアドスも、見えないながら気配で人間だと理解する。

「……確かにきっかけはあの男。しかし育てたのはこの森よ」
「人と森の手によって育ったと? ならば、やはりあれは化物だ」


 巨木が生える場所で、悲鳴がまた上がった。

「――まだ続けているのか」
「憐れんでいるのか。オグモよ」
「俺の子を襲った奴に憐れみなど感じはせん。ただ、運の悪い鳥だとは思う」

 オグモと呼ばれたアリアドスは、抑揚のない言葉で答えた。


「共に、あれを森から追い出してはみないか」

「ついに狂ったかヨヅク」

 間髪入れずにオグモは言い放つ。そんなオグモの反応にヨルノズク――ヨズクは笑いを漏らす。

「冗談だ。主と組むぐらいなら、まだコウヒの方がマシと言えよう。それに、あれがいなければ、主らはこの地から追い出されていた。違うか?」

 目を三日月に歪め、嘲るようにヨヅクは言う。
 オグモは苦々しそうに言葉を吐いた。

「あぁ、奴の恩威を受けているのは確か。俺たちがこの森で生きられるのは……化物のおかげさ」

 だが――――とオグモは言葉を続ける。

「奴の存在は貴様の抑制となるみたいだから、別段悪くもない」


 先程まで穏やかな物腰だったヨヅクは、一変して獰猛な猛禽類の如く目を剥いた。
「……冗談でも“共に”など、言うべきではなかったな。やはり儂らは宿敵同士。こうして馴れ合う事態おかしな話」

「そうとも。俺たちは争う仲であるべきだ」

 ――――二匹の言葉通り、彼らは敵同士である。出逢えば、必ず戦闘を起こして縄張りを守るのが常であった。だが、現在はこうして嫌味を言い合うだけに留まっている。それは、彼らが互いに死力を尽くして戦うと、ある者を喜ばせてしまうからだ。それだけは避けたいというのが、二匹の本心であり、唯一共通する考えでもあった。


「――――まぁ、お前と争う前に、森が消えそうだが」

その言葉には悲しみが含まれていた。オグモは、徐々に小さくなる森の運命を憂いている。

「何を言う。この森は無くさせはせんよ。絶対にな」

 低く唸る声でヨヅクは言い放つ。
 オグモは何も言わずに背を向けると、その場を立ち去った。

「この森は、我らの森だ。虫や人間のものではない……」
 夜空に浮かぶ朧月に向かって、ヨヅクは呟いた。
野生のポケモンに名前がある理由を説明しようとしたら、後書きに収まらないことに気づきました。
あとで注釈を書くつもりです。

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