この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください
――彼らには心がある。人間のように笑い、怒り、時には涙を流す。
だからこそ、彼らの中にもきっと他とは違う内面的変化を持っているものがいるはずだ。しかし残念なことに、我々人間にそれを確かめる術はないのだ――。
――ポケモン心理学者 キオリ・キドユーナ――
木漏れ日と、少し肌寒い風を感じて私は目を覚ました。
ぬくもりのある湿った土に未練を残しながら、ゆっくりと立ち上がります。
眠気覚ましに伸びをしていると、その反動で背中のキノコが揺れて周りに胞子をばら撒いてしまいました。
少し恥ずかしく思いながら、胞子を足で飛ばします。
(……おはよー)
同時に眠そうな声が頭に聞こえてきました。
「おはよう。今日もよろしくお願いします」
眠そうな声に挨拶を返すと、私は寝床にしている大木の影から日向へと移動します。
お日様の光をあびて光合成をしていると、大きなキノコを背に乗せたポケモンがやってきました。私が背負っているキノコよりも大きいです。
彼はこの森に住むパラセクトであり、群れを仕切るボスでもあります。
「おはよう同士」
大きなはさみを上に掲げて、彼は言いました。私も同じように、はさみ状の手を持ち上げて交差させます。
「おはよう。でも同士じゃなくてパマサと呼んでくれませんか」
「同士は、同士だ」
「そうですか」
お互いにはさみを下ろすと、彼は背を向けて草むらの奥に行ってしまいました。
その草むらの影で、私を盗み見る他のパラセクトやパラスの姿が見えました。しかし私が見ていることに気づくと、すぐにどこかに消えていきます。
気にせず、日向ぼっこを楽しんでいると、我侭な声が聞こえてきました。
(乾いちゃうから水辺に行ってくれないかな)
まだ日向ぼっこをしたかったのですが、声がうるさいので、私は仕方なく水を求めて沼地へと向かいました。
沼地が広がる場所に着くと、昨夜降った雨のせいか、沼はとても濁っていました。
気にせず水を飲んでのどを潤した後、暗く湿ったお気に入りの場所に座り込みます。
この場所は、沼地全体と空を眺められる絶好のポイントなのです。空を見上げると、今日は風が強いのか、雲の流れがとても速く見えます。
風によって作られる雲は、同じ形のものがありません。それが不思議で面白くて、私はずっと空を見上げ続けてしまうのです。
ただ一つ残念なのは、この感動を共有出来る仲間が居ないということです。皆空を見上げるぐらいなら、餌を探したほうが良いと言います。確かに、本来ならそうなのでしょう。けれども私にとって空を眺めることは、とても大切なことなのです。
――あの人との思い出を忘れないために、眺めて居るのです。地面に這いつくばる私に、初めて空の美しさを教えてくれた大切な人——私はその人を、マスターと呼んでいました。
そのマスターは、今はこの胞子の森の下で眠っています。
昔を思い出していたら、いつの間にか空が夕日に照らされていることに気づきました。茜色に輝く雲は、昼とはまた違う印象を与えてくれます。
寝床に戻る前に、黄色や赤に色づいている木々のところに向かいました。
その中で、一際黄色い葉を持つ大木に近づきます。落ちてくる葉っぱは扇形で、真ん中に切れ目が入っていて変わった形をしています。
「……マスター。今回も綺麗に色づいていますよ」
不自然に膨らんだ地面の下に話しかけながら、私は目を細めました。
それから、もう隣にあるふくらみに顔を向けます。
「——もう少し後にきてくれたら、生きている間に見られたんですが……。残念ですよ」
ほんの数ヶ月前に、この森に迷い込んだ人間がいました。彼は、マスターとは違う人種でした。
生きることを放棄していたのです。
そしてこれまた悲しいことに、森が彼を殺してしまいました。だから私は仕方なく、彼をマスターの隣で眠らせました。
けれどもこの光景を見たら、もしかしたら彼はこの場所で眠らずに済んだのかもしれない——そう思えてなりません。
私は土が盛られた両方の地面に、落ちてきた黄色い葉をそっと乗せました。
「……まっ、これでもう寂しくないですよね。マスター」
同じ人間同士、仲良くしてください。
私は近くに生えるキノコやコケを食べながら、その場を後にしました。寝床に戻ったときは、すでにお月様が出ていました。私は寝床に戻り、地面の堅さ具合を確かめると、その場にうずくまります。
(――寝るの?)
「寝ますよ」
答えると、声はなぜか押し黙りました。
その瞬間、私の心に不安な気持ちが広がり始めました。けれどもそれは、私であって私ではないものの感情であります。
「……そう心配しなくとも、貴方はすでに成長しきっていますから大丈夫ですよ」
背中に背負っているキノコを撫でながら私は言いました。
「――ですが私がまだ私であるのは、貴方にとって邪魔だと思うのですが」
私は寝る間際になると、決まってこの言葉を“彼”に尋ねます。
そして“彼“はいつも同じ答えを私にくれるのです。
(そんなことない)
その答えに、私をいつも救われ、自身の存在が肯定されていることを実感するのです。
なんせ私は、私の意識は、本来なら消えているはずなのですから。わが種族パラセクトは、そういうポケモンなのです。
けれども私は――生きてしまっている。
「……ありがとう……。だけど私は眠いのです」
目を瞑ると、頭の片隅で小さく声が囁きました。
(分かったよ。おやすみ……パマサ)
躊躇しながらも声は言いました。唯一私の名を言ってくれる彼は、私の一番の友であり相棒です。
それは彼も同じでしょう。なんと言っても異心同体ですから。
「おやすみなさい。キコ」
私は“キノコ”である彼の名前を言いながら、まどろみ眠りにつきました。
――そう、私たちは一つの体に二つの意識を持ち合わせる、パラセクトなのです。
短編:森の中でに登場するパラセクトと同じです。
時系列はその後の話になります。
※2/26 前書きを加筆
7/15 誤字脱字を修正&一部文を変更