【第202話】虚鬱ナル記憶ノ呼ビ声 / チハヤ、テイル(果たし合い、vsペチュニア)

しおりを挟みました
しおりが挟まっています。続きから読む場合はクリックしてください
読了時間目安:16分

この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください

« vs堕毒の魔女 果たし合い ルール »

・3on3のシングルバトル。両者交換不可。
・特殊介入(メガシンカ、Zワザ、ダイマックス、テラスタル)は3回まで。
・境界解崩は2回まで。
・先に手持ちポケモンが3匹戦闘不能になった方の負け。

□対戦相手:ペチュニア
✕キラフロル(Used:Z«Rock»)
✕オオニューラ(Used:X)
◎キチキギス

□学生:チハヤ
✕シキジカ(Used:X)
✕クエスパトラ
◎ラブトロス

天候:-
フィールド:サイコフィールド



※備考……現在ペチュニアによって、カテゴリーEの境界解崩『忘レシ者ノ茶話会』が展開されている。チハヤの記憶が時間経過で徐々に消失していき、その消失後の記憶は事実として現実世界に反映される。また、現在のチハヤは戦術の境界解崩によって記憶の殆どを消失。それに伴い戦意も削がれ、廃人状態と化している。
「心の深淵に息巻く穢れた記憶が……こぼれて、あふれて、止め処なく………その傲慢なる矜持を塗り尽くすッ!!!飲まれてしまえッ……《虚鬱ナル記憶ノ呼ビ声トラウマティック・ディソーダー》ッ!!」
「きちゃーーーーーーーッ!!」
「ッ………!!」
乾ききった目を剥き、境界解崩ボーダーブレイクの発動を宣言するペチュニア。
するとキチキギスを中心に……青色の光がフィールドを包み始める。



 ……が、何も起こらない。
少なくとも、周囲の人間からしてみれば……何が起こっているのか全く伝わらってこない。
「……な、何が起こった?もしかして……遅効性の境界解崩ボーダーブレイクか?」
長雨レインは今までのペチュニアの傾向から……それが《忘レシ者ノ茶話会オーバードーズ・ティーパーティー》と同系統の境界解崩ボーダーブレイクであると推測をした。
そんな長雨レインに……
「あぁ、テメェの予想で合ってるぜ。だが残念……この境界解崩ボーダーブレイクは、最後までアタシたちが効果を認識することはねぇぜ。」
と、イロハは補足をする。
どうやら彼女は、この境界解崩ボーダーブレイク……《虚鬱ナル記憶ノ呼ビ声トラウマティック・ディソーダー》のことを知っているようだ。
「そういえば僕は、この境界解崩ボーダーブレイクを知らないな。試験官プロクターの戦術については、粗方予習はしたはずなのだが……」
「まぁ、そりゃそうだろうな。そもそも公式記録の手前で……アイツはカテゴリーPの境界解崩ボーダーブレイクを使ったことはない。」
「ッ……!?」
「見てりゃ分かる。あの効果は……本来であれば、アイツが最も忌み嫌うモンの筈だからな。普通の・・・相手には……絶対に使わねぇ。」



 ペチュニアの発動した境界解崩ボーダーブレイク
十数秒の時間が経過しても……何も効果らしきものは現れない。
ラブトロスは最大限の警戒を施しつつ……攻撃の隙を見出す。
「(ここで正面から突っ切れば……恐らく、スピード勝負では私の方が有利ッ!!一気にケリを付けるッ……!!)」
瞬間……霊獣フォルムの姿へと切り替えて接近。
そのままキチキギスの眼前で化身フォルムへと姿を戻し……『しねんのずつき』攻撃を放つラブトロス。
先程から連射していた『ばかぢから』のバフにより、攻撃力は最高潮……一撃で仕留めるのには十分なコンディションだ。

 いよいよこれで決着……と、思われたその時。
「ッ……!?」
彼女の攻撃は……ぴたりと止まる。
直前の直前で……彼女は攻撃を止めてしまったのだ。
周囲の人間たちからしてみれば……さぞ不可解極まる行動だっただろう。




 ……が、この瞬間。
ラブトロスの目には……とんでもないモノが映っていた。

『ねぇ、怖いよ……ポケモンさん………』

『ひ……ひぇ………ッ!?』

 今攻撃を加えようとしたキチキギスの姿が……見覚えのある別のモノに変わったのだ。
それは彼女の身体の主……セチア・ユーフォルビアの姿であった。
その姿を見た彼女は……瞬間的に、攻撃の手を止めてしまったのである。

『あ……あぁッ………!!』
『ねぇねぇポケモンさん……私の事をまた・・殺すの?酷いよ……また私に、あんな痛い思いをさせるの……?』
『ち……違……私は………』
狼狽えるラブトロス。
その隙を突いて、セチア……否、キチキギスは攻撃を加える。
『ぼうふう』を至近距離で食らったラブトロスは地面へと叩きつけられ、それなりに大きなダメージを受けた。
受け身も碌に取らずに……だ。

 そんな彼女に向けて……観客たちは声を投げかける。

「くたばれーーーーーーーーッ!!」
「死ねーーーーーーーッ!!」
「この化物がッ!!!お前のせいで、何人の人がッ!!!!」
「ラブトロス様の姿をした偽物がッ!!恥を知れーーーーーーッ!!」

『あ……あぁ………あ………』
心無い罵声。
剥き出しの敵意。
そのひとつひとつ……全て、彼女にとっては聞き覚えのあるモノだ。
故に……着実に、その言葉は彼女の精神を突き刺していく。

「人間を誑かしたのかッ………一度死んだくせに、のうのうと戻って来やがって……!!」
「あのゴミクズ野郎がお前に騙されさえしなければ……こんな事には……!!」

『な………さい…………ごめん………な…………さい…………!!』
遂に我慢の限界を迎えたラブトロスは、その両手で耳を塞ぐ。
しかしそれでも……心無い言葉は彼女の耳へと届いてしまう。

『ごめんなさい……ごめんなさい………ごめんなさいッ………!!』
そうして狼狽える彼女。
しかしそれを待つほど、敵は生易しくない。
キチキギスによる『マジカルシャイン』攻撃が……そんな彼女の目を容赦なく襲う。

『が……あああああああッ……!!!』
『どくのくさり』の効果が乗った光で目を焼かれたことで、眼球を『もうどく』に侵された彼女。
シグレのウェーニバルが以前も苦しめられた……凶悪なコンボだ。
脳を直撃するような激痛が走る……が、しかし。
その苦しみすら些細に感じられるほど、周囲の別のモノが彼女の精神を蝕んでいたのである。



 ……無論、言うまでもないが彼女が先程から見聞きしているセチアや観衆の声は幻覚。
現実には存在しない、まやかしの存在である。
そしてそれは……ペチュニアの発動した境界解崩ボーダーブレイク虚鬱ナル記憶ノ呼ビ声トラウマティック・ディソーダー》によって作られていたものだったのだ。




「ッ!?さっきまであんなに圧倒していたテイル先生が……ここまで一方的に!?」
押され気味のラブトロスに……流石の長雨レインも驚きを隠せていない。
急に戦意を失ったばかりか、キチキギスの攻撃を棒立ちで受け続けるその様子……まさに異常と呼べるものであった。

「ペチュニアの境界解崩ボーダーブレイク虚鬱ナル記憶ノ呼ビ声トラウマティック・ディソーダー》。もうテメェも何となく、察しは付いているんじゃねぇのか?その効果に……」
「ッ……『自身のトラウマの具現化』か?」
長雨レインの考察は、凡そ正しい。

 《虚鬱ナル記憶ノ呼ビ声トラウマティック・ディソーダー》……その効果は、空間内に存在している発動者以外の心傷トラウマ……の原因となったもの・・・・・・・・・を、幻覚として具現化させるというものだ。
心の傷そのものを直接悪化させる《召サレ揺ラグ春ノ尾獣スプリング・オブ・ディザスター》とはやや異なり、原因になった具体的な言葉や情報を再度その目や耳に感化させる効果なのである。
そして当然……心の奥深くに抱えている傷に纏わる情報は、的確にその古傷を抉りに来る。

「ッ……ちょ、ちょっと待て!ペチュニア先生は、他人の心の傷を癒やすためにカウンセラーになって、忘れ薬の開発をしていたんじゃないのか!?」
「あぁ、だから言ったじゃねぇか。この境界解崩ボーダーブレイクは……奴のポリシーと、真っ向から対立するモンだ。だから普段は絶対に使わない。」
「と、いうことは……」
この境界解崩ボーダーブレイクを彼女が使った事の意味。
それは既に、ペチュニアが正気ではないこと。
そして……テイルに対して、明確な敵意を抱いているということだ。


『あ……がぁッ………!!』
「今の内に攻めるわよ、キチキギスちゃんッ……『ベノムショック』攻撃ッ!!!」
「きちゃーーーーーーーーーッ!!」
キチキギスの胸にある紫色の鎖が、鈍く光りだした。
するとラブトロスの全身を襲う苦痛が、更に悪化しだす。
『ぐ……ぅあ……ああああ゛あ゛ッ……!!』
『ベノムショック』……既に罹患している『もうどく』状態を更に重篤化させる技だ。
一度テイルの身体を蝕んだ毒は、加速度的にその勢いを増していく。

『ぐ……あ………あぁ…………ッ!!』
何度も何度も、化身フォルムと霊獣フォルムを切り替えながら悶絶するラブトロス。
苦痛に耐える中で、正気を失いかけていたその精神を……なんとか繋ぎ止めるための苦肉の策だったのだろう。

 だが、いつまでも寝転がっているワケにも行かない。
そう己を奮起させ、なんとかラブトロスは……ゆっくりと瞼を開く。

 すると、その先に写ったのは観客席の最前列。
丁度……試験官プロクターたちが座っていた場所だ。
そこに居たのはソテツ、シヅリ……そしてポイン。
見知った面々の存在に気づいた彼女は、ぐっと目を凝らす。
『(そ……そうだ………私は、負けちゃいけないんだ…………ポイン先生のためにも………セチアさんの………ためにも…………)』
そもそもこの戦いは……テイルがポインのために、と起こしたモノだ。
『(彼女のためにも、逃げるわけには行かない……あと少し、待っていて……)』
と、心の中で念じるラブトロス。

 そんな彼女の思いが、ポインに届いたのだろうか。
彼女は瀕死のラブトロスに向かって、言葉を手向ける。















「ふ……ふざけんじゃないわよこの化け物ッ!!!!なんで……なんであの子を助けなかったのよ!!!?なんであの子が死んで、アンタみたいな化け物が生きているのよッ!!!?」



「……え?」

 聞こえてきたのは、激励の言葉ではない。
寧ろその逆……彼女を罵倒するような、心無い言葉であった。

「ッ……なんで………なんでアンタみたいな化け物が生きてて、セチアが死ななきゃいけないのよ!!?なんで……なんで………ッ!!」
『う……うっ………ああ………』
テイルの存在を否定するような言葉……そんな言葉を、ポインは投げかけてきていたのだ。
その言葉に、ラブトロスの……否、テイルの言葉は折れかける。
他でもない……ポインの言葉で。






 一方その頃。
観客席の試験官プロクターたちはというと。
「ラブトロスの戦意が……明らかに削がれているッ!?これは一体……!?」
先輩パイセンの野郎……エゲツねぇモン使いやがったな……!!」
あまりに情けも容赦もないペチュニアのやり方に、ドン引きしていた。
そしてポインはというと…ただずっと、黙って戦況を見つめているだけだ。
そう……テイルに罵声を浴びせている様子など、少しもない。

 読者諸兄はもうお気づきだろうが、先程テイルが聞いた罵声も……当然、ペチュニアが生み出した幻覚だ。
決して、ポイン本人が吐き出した言葉ではない。
最も……正確には、今の・・ポインの言葉ではない、というのが正しいが。


 テイルを今傷つけているのは、過去のポインの言葉。
彼女らは既に先の果たし合いプレイオフで和解し、前述の言葉については発言者本人の謝罪と共に撤回されている。
が……だからといって、その言葉で生まれた心傷トラウマも、その原因となった言葉も……存在そのものが消えたわけではない。
ずっとずっと……テイルの胸の根底に、それは記憶となって残り続けていたのだ。






「まだまだよキチキギスちゃんッ……『クロスポイズン』ッ!!!」
「きちゃちゃーーーーーーーーッ!!」
更に悶えるテイルの元へ、キチキギスの攻撃が加わる。
戦意を失っている彼女に、出来ることは何も無い。
ただただ呆然と……繰り出される攻撃を受け続けるばかりであった。

「ふふふ……苦しいでしょう?辛いでしょう?でも意外だわ……神様も、そんな顔をするだなんてねェ!!」
『う……あぁ………ッ……』
「苦しいなら逃げて良い、辞めて良い、忘れて良い。ねぇ、責任も矜持も全部捨て去って……楽になっちゃいましょうよ?」
『ぐ………うぇ…………』
最早、声にもなっていない声で返答するラブトロス。
そんな彼女の無様な様子を見て……ペチュニアは、これ以上無いほどの不気味な笑顔を浮かべていた。
「そう……逃げなさい。苦しみに立ち向かえない事を、乗り越えられない事を認めなさい。これだけ心を徹底的に折れば……貴方にも分かるでしょう?私の差し伸べる手が……至高の救いの手であることがッ!」

 苦しい、辛い、痛い。
確かにペチュニアの言う通りだ。
誰にも応援されず、誰にも幇助されない。
そんな苦しみだらけの戦いを続けるのは……きっともう不可能だ。

 そんな考えが、遂にテイルの脳内にもぎり始めていた。
『あ…………あ………………』
地に伏したまま、起き上がれなくなっていくラブトロス。
最早、苦痛に悶える声を上げる力すら……身体の中からは、消え始めていた。

『(…………チハヤ、ごめん…………あなたを巻き込んだのに………こんな…………………)』
彼女は振り返り、後ろのチハヤの方を向く。


 ……首から上がない。
胴体と四肢だけの姿の男が、そこには立っていた。
無論、何の言葉も発さない。
『(あ…………チハヤ…………また・・………………)』
その悍ましい姿は……テイルの折れかけた心にダメ押しをするのには、十分すぎるものであった。


 やがて『チハヤだったもの』は……ゆっくりと、テイルの方へと近づいてくる。
そして倒れ伏したテイルの事を……その脚で、思い切り蹴飛ばした。
『(そうだよね……私…………あなたにずっと優しくされていたけど、でも………本当はこうあるべき・・・・・・・・・なんだもんね…………)』
途切れ始める意識の中で、彼女はそう感じていた。









 ……が、驚くべきはそこではない。
「な……何ッ!?」
「チハヤが……自分のポケモンを蹴っただとッ!!?」


 そう。
今の出来事は……彼女の幻覚ではなかったのだ。
心神喪失をしていたはずのチハヤは確かに……その脚で、テイルの事を蹴り飛ばしていたのである。

 その顔に……バイオレットカラーの金属片を走らせ、目を黒く濁らせながら。

『テイルゥ!!随分と無様な殺られ様だなァ!!!!』
『貴方は……ドライブ………!!』

[境界解崩ファイル]
☆虚鬱ナル記憶ノ呼ビ声(トラウマティック・ディソーダー)
☆タイプ:みず
☆カテゴリー:P
☆使用者:ペチュニア・ミニッツベル
☆効果:発動者と発動者のポケモンを除く対象の、「トラウマの原因」を幻覚として感化させる。直接心の痛みを悪化させるものではないため、その影響力は本人の精神強度に大きく左右される。

読了報告

 この作品を読了した記録ができるとともに、作者に読了したことを匿名で伝えます。

 ログインすると読了報告できます。

感想フォーム

 ログインすると感想を書くことができます。

感想