Mission #168 仲間と親友と

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「ムック、風起こし!!」
「セイルは水鉄砲だ!!」

前方に黒ずくめの姿を認めるなり、アカツキとダズルはほぼ同じタイミングでそれぞれのパートナーに指示を飛ばした。
ムックとセイルの対応は非常に迅速で、指示を出されてから三秒と経たないうちに技を繰り出し、黒ずくめの男たちを軽々となぎ倒した。
黒ずくめ……というのは他でもない。レンジャーユニオン本部に入り込んでいたヤミヤミ団の団員のことである。
彼らが風やら水流やらに吹き飛ばされて気を失ったのを横目に見やりながら通り過ぎ、アカツキは胸中で焦りを募らせていた。

(ヤミヤミ団がこんなところにまで入り込んでるなんて……)

正直、敵対組織の人間がユニオン本部の建物に入ってくること自体、想定していなかったのだ。
平和ボケと言ってしまえばそれまでかもしれないが、そもそもユニオン本部にまでケンカを仕掛けてくるような相手がいるとまでは考えられないのが一般的な思考なのだから、それはそれで仕方のないことだった。

(ここ、七階なんだけどな……非常階段は壊されてたし、もっと奥まで侵入されてるかもしれない。急がなきゃ!!)

とはいえ、非常階段を壊したということは、八階よりも上のフロアにまで侵入を果たしたと考えるべきだろう。
もう片方の非常階段が無事であればいいのだが、どちらにせよ急いで行動しなければならない。
そんなことを思いながら廊下を駆けていくと、エレベーターホールで数人のレンジャーがヤミヤミ団と交戦しているのを認めた。

「アカツキ、助けようぜ」
「もちろん」

言われなくてもそのつもりだ。
仲間が戦っているのを見てそのまま素通りできるほど、薄情ではない。
それに見たところ、あまり善戦しているとは言いがたい状況のようだった。

(ポケモンレンジャーが三人に、ヤミヤミ団も三人。
ヤミヤミ団の方が大型のポケモン使ってるから、結構厳しそうだ……)

遠くて誰の顔もよく分からないが、種族的に特徴の際立つポケモンについては大雑把に把握できた。
ヤミヤミ団が繰り出すポケモンはいずれも大型で、比較的強い方とされている種族だ。
相性が悪いわけではなさそうだが、単純にポケモン同士の実力で勝負すればかなり厳しい戦いを強いられるだろう。

「ダズル、さっきと同じでいきなり攻撃を仕掛けて相手を混乱させよう」
「おっ、やる気だな~」
「仲間がピンチなのに放っておけないよ」
「ま、そうだな」

アカツキは「なにをバカなこと言ってんだ」と言いたげな口調だったが、ダズルからすれば、優しい性格のアカツキがいきなり攻撃を仕掛けると口走ったことが意外だったのだ。
まあ、仲間のピンチを放ってはおけないという考えは同感だし、相手に心理的な衝撃を与えて主導権を奪ってしまえばいい。
風起こしや水鉄砲などは『直接的に相手を傷つける技』ではない。
吹っ飛ばした先で打撲程度の怪我はさせてしまうかもしれないが、それはそれでやむを得ないことだ。
アカツキはエレベーターホールでの交戦をまっすぐに見据えながら、ムックに指示を出した。

「ムック、もっと近づいたら電光石火で突入して、相手を吹き飛ばすんだ。頼めるかい?」
「ムクバーっ♪」
「セイルもムックに合わせて突入な」
「ブイっ」

ムックもセイルも、攻撃する気満々だった。
久々に思いきり暴れられると、すっかり息巻いている。

(ヤミヤミ団がどれだけ入り込んでるか分かんないから、一気に決めるつもりで行く……!!)

仲間を――そしてユニオン本部を守り抜くこと。
微力ではあるが、自分のやるべきことは決まっている。そのために全力を尽くすだけだ。
強い気持ちを胸に、エレベーターホールに近づき――

「ムック、ゴー!!」
「セイル、突撃っ!!」

アカツキとダズルの合図を受け、ムックとセイルが速攻可能な技を使って一気にエレベーターホールに突入した。
そこではビークインが毒針でレンジャーを攻撃しようとしていたので、ムックは相手を攻撃するよりも、味方を守ることを優先した。
風起こしでレンジャー目がけて放たれた毒針を明後日の方向に吹き飛ばす。
続いて、セイルが水鉄砲でビークインを吹き飛ばし、壁に叩きつけた。

「……!?」

突然の闖入者に、ヤミヤミ団のみならず、苦戦を強いられていたレンジャーたちも驚いた。
両者とも戦いを忘れて、ムックとセイルに顔を向け――

「レンジャーの増援か……!! ここは撤退するっ!!」

同じ方角からアカツキとダズルが駆けてくるのを見て、ヤミヤミ団の三人は即座に撤退していった。
ただでさえ敵地で増援の可能性が非常に高いのだ、分が悪いと判断したら無理はしないようにと上層部から指示を受けていたのだろう。
壁に叩きつけられたビークインもそれほど大きなダメージを受けなかったらしく、すぐさまヤミヤミ団の三人の後を追う。
見事なまでの退き際の良さに、アカツキもダズルも拍子抜けするばかりだった。
ユニオン本部にまでケンカを売りに来たのだから、多少の無理は承知でガンガンやってくるとばかり思っていたのだ。
しかし……

(追い払えただけ良かった。無理をして設備に被害を出してたら大変だもんね……)

幸い、エレベーターホールの被害は少なく、レンジャーたちはある意味で善戦していたのだと言える。
ホッとするのも程々に、アカツキは助けに入ったレンジャーたちに顔を向けた。

「大丈夫ですか?」
「あ、ああ……」

アカツキが何気ない口調で問いかけると、彼らはどこか気まずそうな表情を浮かべ――

「って、あんたら……!!」

ダズルがハッとした顔を彼らに向けた。
……というのも、その三人のレンジャーは、数日前にアカツキとダズルの『失敗』をネタに言いがかりをつけてきた三人組だったからだ。
言いがかりをつけた相手に助けられるとは思っていなかったようで、三人して驚いていた。
今が非常事態であることも忘れて、呆然と立ち尽くす三人だったが、一人は早めに我に返り、アカツキに言葉を投げかけた。

「……その、なんていうか……ありがとう。助かった。
でも、なんでオレたちを助けたんだ?
……おまえらのこと、ボロクソに言ったオレたちなのにさ。今はホントに悪いことしたって思ってるよ。すまなかった」

どうやらあの後、上層部からこってりしぼられたようで、三人とも自分たちのしたことに反省しているようだったが、だからこそ解せなかったのだ。
自分たちのことをボロクソに言った人間を素直に助けるなど。
少し遅れて、他の二人も決まりの悪そうな顔をしながらも小さく頭を下げた。
そんな三人に向かって、アカツキはにっこり微笑んでみせた。

「確かにあの時は嫌なこと言われたなって思ったけど……でも、ぼくたちのせいだってこと自体は間違いじゃないから、何も言い返しませんでした。
それに、なにを言われたって、仲間を助けるのって当たり前じゃないですか」

純粋にそう思っていることが伝わるような笑みに、三人は毒気を抜かれたような――惚けたとしか言いようのない表情になった。
仲間を助けるのは当たり前。
そんな『当たり前なこと』すら、自分たちのしたことにこだわって忘れていたことに気がついて。
惚ける三人に、ダズルがため息などつきながら言葉をかける。

「オレはアカツキほど物分り良くねえから、あんたらがオレたちに言ったことはすっぱり割り切れねえよ。
でも、仲間を助けるってのは同感だ。
どんなヤツだって、一つ屋根の下で暮らしてる仲間も守れなくて、自然だとか平和だとか守れるはずないだろ」
「…………そうだな」

若干の間を置いて、三人とも理解したようだった。
ポケモンレンジャーの……いや、レンジャーユニオンの理念は『自然と平和を守ること』だ。
その理念を現実のものとするためには、それ以前の『仲間を守ること』ができなければならない。
自分を愛せずに他人を愛せるはずがないのと同じように、仲間を守れずして平和など守れるはずがない。
まず身近なところから――自分たちにできるところから着実に実現しているアカツキとダズルの姿勢がとても立派に見えて、三人とも彼らに対する気持ちがガラリと変わった。

「それじゃあ、ぼくたちは行きます。あっちにヤミヤミ団は来てませんでした?」

エレベーターホールの先を指差しながら、アカツキは笑みを潜めて訊ねた。
今は立ち止まっている場合じゃない。
最善を尽くすべき時だ。
その強い気持ちが伝わったか、三人の先輩レンジャーの顔つきも変わった。

「ああ、あっちには行ってないはずだ。
だけど……気をつけろよ」
「そっちもな。行こう、アカツキ」
「オッケー!!」

言葉を交わすのもそこそこに、アカツキとダズルはパートナーポケモンを連れて、エレベーターホールの向こう側へと駆け出した。
自分たちより小さいけれど、だけど大きく力強く見える背中を見送りながら、三人は困ったような笑みを向け合った。

「オレたち、あんなヤツらと無理に張り合おうとしてたんだな」
「……ああ。でも、道理であいつらが『トップレンジャー候補』で来たのも分かるぜ」
「シャクだけど、今回ばかりは認めるっきゃないな……」

ポケモンレンジャーとして大切なのは、キャプチャの腕だけでも、ポケモンの知識だけでもない。
人としての強さや人格も大事なのだ。
今まで、自分たちはポケモンレンジャーとしての腕前だけを磨いてきて、そういった人間性を置き去りにしていた気がする。
ポケモンをキャプチャする時にしても、キャプチャという行為を通じて自分の気持ちが伝わらなければ、力を貸してはもらえないのだ。
もしかしたら、自分たちは今まで、ポケモンに真摯な気持ちを傾けていたのだろうか……?
まさに、目から鱗が落ちた瞬間だった。
過去のわだかまりを捨て、仲間を助ける……わだかまりがあれば、それすらも容易くはないだろう。
年少のアカツキとダズルにそれができて、自分たちにできないはずがない。
今まで見えなかったものが急に見えた気がして、三人の顔には知らず知らずにやる気が漲っていた。

「あいつら、非常階段の方行ったよな」
「ああ。ヤミヤミ団なんかにこれ以上のさばらせといちゃ、ポケモンレンジャーの名折れだ」
「あいつらの邪魔をさせないように、非常階段を守ってようぜ」

アカツキとダズルへの借りを返すためなどではなく、ただ『仲間を守る』ために。
三人は互いに頷き合って、駆け出した。






年長の三人組がすっかり改心したのを知る由もなく、アカツキとダズルは残った非常階段に到着した。
七階の踊り場から見る限り、この非常階段はヤミヤミ団に発見されていないらしく、破壊の痕は見受けられなかった。

「良かった、こっちは無事みたいだ」
「セブンさんは先に行っちまってる……よな?」
「たぶん。ぼくたちも急ごう」
「おう!!」

自分たちが立ち止まっている間に、セブンはガブラスと先に進んだのだろう。
もしかしたら、彼は適当な理由をつけて自分たちと別行動を取ろうとしていたのかもしれない。

(こんな時だから、足手まといを切り離して先に急ぐって考えるのは当然だよね)

非常階段を一段飛ばしで駆け上がりながら、アカツキは切ない気持ちになった。
非常事態なのだから、自分よりも著しく技量の劣る人間と一緒にいつまでも行動するのは、決して合理的とは言えない。
セブンが別行動を提案したのも理解はできるのだが、それでもやはり切ない気持ちと悔しさが込み上げてくる。
それを伝えなかったのは彼なりの精一杯の優しさだったのかもしれない。
しかしながら、セブンはこんな時だからこそ若手だけで行動させ、自信をつける契機にしてもらいたかったのだ。
さすがにそこまで理解するには、アカツキもダズルも気持ちが急きすぎていた。

(足手まといなのは認める。認めなきゃしょうがないんだ。
……だけど、だからって何もしないわけにはいかない。ぼくたちはポケモンレンジャーなんだから!!)

自分たちの実力は、トップレンジャーから見れば取るに足らないレベルでしかないのだろう。
だからといって自分のやるべきことを見失いはしない。
今はヤミヤミ団からレンジャーユニオン本部を守り抜くこと。そのために、ヤミヤミ団を速やかに撃退しなければならない。
それだけ分かっていれば十分だった。
しかし、拍子抜けするほど静まり返った非常階段を登って十階にたどり着いた時、その『やるべきこと』を本当にやり抜けるのかという意志を揺るがす光景に遭遇した。

「おっと、そこの坊やたち。動くんじゃないよ」
「……!?」

十階の踊り場にたどり着いたところで、出し抜けに投げかけられた言葉。
アカツキとダズルは前につんのめりそうになりながらも、すんでのところで足を止め、踏ん張った。

(あの子は……)

踊り場の左側には、アルミアの城で出会ったヤミヤミ団のキザったらしい男と、見たこともないピンクの女。
短く切り揃えたピンクの髪に合わせるようにして、半袖シャツとミニスカート、足首まで保護するブーツに至るまで、ピンクで統一した二十歳過ぎの女だった。

(あの女、オレを連れてった……!!)

ダズルはその女を睨みつけた。
ボイル火山で自分を拉致した相手だったので、忘れるはずもない。
彼女は鼻筋の整った顔立ちで、美人と呼んでも差し支えないだけに、ピンク一色というのはかなり目に痛い取り合わせなのだが、当人はそんなことを気にしている風でもなく、むしろ得意満面の笑みを浮かべていた。
というのも、彼女は十歳くらいの金髪の女の子を人質に取っていたからだ。
何の罪もない一般人を人質に取るなど言語道断、鬼畜にも劣る振る舞いなのだが、やはり当人は気にしていない様子だった。
そして、踊り場を挟んだ右側にはセブンとイオリ、そしてシンバラ教授の姿があった。

(そうだ、あの子はイオリの妹の……)

アカツキは状況を理解した。
ヤミヤミ団の男女(確か、男の方は地獄のなんたらという肩書きを名乗っていた)が女の子――イオリの妹・ロッコを人質に取って、何かを求めているのだ。
途中で割って入ってしまったので、何がなんだかよく分からないのだが、男――アイスの傍らに控えるガブリアスの刃物のような視線と雰囲気が、無駄な行動の一切を許さないかのごとく周囲を縛り付けていた。
そう……少しでも変な動きをすれば、人質の身の安全は保障しないと言わんばかりに。

(ほう……少しは成長したような顔になったな)

アイスはアカツキに視線をやり、口元に笑みを浮かべた。
久しぶり……という挨拶のつもりだったが、無視された。
この状況を考えれば、相手の笑みにまで悠長に付き合っていられるはずもない。
トップレンジャーと一緒だったとはいえ、単身でアルミアの城の奥にまでやってきた年少のポケモンレンジャーのことは、初対面の時から気になっていたのだ。
そんなアイスの気持ちを余所に、ピンクの女がイオリに嫌らしい笑みを向けながら言葉を投げかけた。

「さっさと決めな、イオリ。あんたの可愛い妹がどうなってもいいのかな~?」
「痛いっ、痛いよ、お兄ちゃん!!」
「ロッコ……!!」

言葉の途中で女はロッコの頬を抓った。
それほど強く抓ったわけではなかったが、かなり痛かったらしく、ロッコは泣き叫んでイオリに助けを求めた。
頼りにできるのが、目の前にいる自慢の兄だけなのだから、それは仕方のないことだった。
だが、ロッコの泣き叫ぶ声がイオリを激しく動揺させていた。
セブンは放っておいたら間違いなくヤミヤミ団の二人の下へ向かってしまいそうなイオリの腕をガッチリつかみ、その場に押し留めていた。
無論、彼の顔には怒りが浮かんでいた。
人質という時点ですでに怒り爆発なのだが、それもイオリの身内を盾に取るなどとは許しがたい。

(一体何が起こってるんだ……?)

アカツキはごくりと唾を飲み下した。
今の自分には何もできない――どうしようもない現実を突きつけているこの光景を、ただ座視することしかできない。

「何度も言わせないでよね」

ピンクの女がニコッと微笑む。
虫をも殺さぬ柔和な笑みが、緊迫に凝り固まる場の雰囲気に似つかわしくなく、空恐ろしささえ漂わせていた。

「システムの最終調整にはイオリ、あんたほどの技術者でなければ務まんないのよ。
……さあ、戻る!? 戻らない!? どっち!? 男ならさっさと決めちゃいな!!」

子供の泣き声は思いのほか耳障りなものなのだが、女はまったく意に介していないようだった。
むしろ、泣き声をひけらかすことで、イオリに要求を呑ませようとさえ感じられた。

(システムの最終調整って……まさか!?)

アカツキはそこでようやく、事態を理解した。
恐らく、ヤミヤミ団が開発を進めている『モバリモよりも厄介なシロモノ』は完成間近で、システムの安定稼動を約束するための最終調整をイオリにさせようというのだ。
確かに、イオリの研究者としての知識と、メカニックとしての技術があれば、かなり難解な構成のシステムさえ容易に調整できてしまうだろう。
だからこそ、ヤミヤミ団はイオリに言うことを聞かせるのに最も効果的な手段として、妹を人質に取ってユニオン本部に乗り込んできたのだ。

(だとすれば、ミラカドや他のヤミヤミ団は陽動……こっちが本命だったのか……!?)

アカツキの想像は正解だった。
ユニオン本部の一階を襲撃することによりエレベーターを使えなくして戦力を分散させ、本命である十階にレンジャーが来にくくしたのだ。
いくらトップレンジャーのセブンとはいえ、相手のポケモンがガブラスにとって相性最悪のガブリアスで、しかもトレーナーがついているためにそこらの野生のガブリアスよりも強いのは間違いなく、さらにイオリの妹が人質に取られているこの状況では、思うように身動きが取れない。
ヤミヤミ団はそこまで見越した上で、綿密に襲撃計画を練っていたのだろう。

(できることはなんだってやるつもりでいたのに、今はなんにもできやしない……!!)

迂闊に動けば、どうなるか分かったものではない。
今の自分にでもできることがあると信じてここまでやってきたのに、いざ蓋を開けてみれば、何もできないという現実が待ち受けていた。
アカツキはどうしようもない悔しさに歯噛みしながら、拳を強く握りしめた。

「……………………」

イオリは泣き叫ぶロッコを見ているのが辛いのか、視線を逸らした。
しかし、握り拳をわなわなと震わせて、それこそどうしようもない気持ちでいることを周囲に示していた。

(僕は……!!)

このまま自分が要求を突っぱね続ければ、その分だけ可愛い妹が傷つくことになる。
だが、ここでヤミヤミ団の要求を受け入れれば、アルミア地方全体をさらなる危機に陥れてしまうことは間違いない。
妹を取るか、それともアルミア地方に住むすべての人とポケモンを取るか……究極の二択がイオリには突きつけられていた。
どちらも簡単に選び取れない状況だっただけに、ピンクの女はイオリを急かしていたのだ。
敵の本拠地で時間をかければかけるほど、自分たちが不利な状況に傾いていくのが間違いないから。

(ロッコを助けたい……!!
でも……)

答えは簡単なのだ。
ヤミヤミ団の言うことを聞くのが最良の手段。
だが、そうしてしまえば、二度と引き返せないところに行ってしまう気がする。
そう、たとえば……

(アカツキ、ダズル……)

ヤミヤミ団の悪事に結果的に加担していた自分を、何事もなかったかのように受け入れ、スクール時代と変わらぬ態度で接し続けてくれている親友。
彼らを裏切ってしまうことになりそうで、怖かった。
たった一人の妹、親友、アルミア地方……どれかを犠牲にしなければ、この先へは進めない。
残酷だがそれが真理であることは、誰の目にも明白だった。
これ以上イオリが苦しむのを見ていられなくなったのか、セブンが彼の肩にそっと手を置いて言った。

「イオリ……君にとって妹はとても大切な人なんだろう。
だったら、俺たちのことなんか気にせずに助けてやってくれ。
……おまえがシステムを完成させたところで、それを俺たちが破壊してしまえば済むだけの話だ」
「……セブンさん……」

イオリにとって、ロッコは大切な妹だ。
それは、アカツキにもよく分かった。
イオリとロッコがアンヘルパークで仲睦まじげにしていたのを見かけたことがあったからだ。
だから、できればイオリにはロッコを助け出して欲しい。
それがどのような結果を招くことになろうとも。親友として、心からそう願うばかりだ。

(ぼくにもっと力があったら……こんなこと、絶対許さなかったのに!!)

今どのように思っても、この状況を変えられないことは承知している。
それこそ、嫌と言うほどに。
だからこそ、こんなことを二度と許してはならぬよう、ポケモンレンジャーとしてもっともっと力をつけていかなければならない。
ヤミヤミ団への怒りと、この状況をどうにもできない自分の無力さへの腹立たしさ。
それらをバネにして、より強くなろうと、アカツキは心に誓った。
ダズルも似たようなことを考えていたが、セブンは年少のポケモンレンジャー二人が精神面で大きな成長を遂げようとしているのを雰囲気から察していた。

「…………」

イオリはしばらくうつむいていたが、やがて顔を上げた。
その表情は迷いも後悔もなく、ただ凛としたものだった。

「セブンさん、シンバラ教授……僕、ロッコを助けたいです。
アカツキ、ダズル……君たちを裏切ってしまうことになるけど、ごめん……」

自分を信じてくれている人たちを裏切ってしまうのは、身を裂かれるほどに苦しい決断だったに違いない。
だが、妹を助けると決めた以上、その心の苦しみに耐えなければならないのだ。
イオリはアカツキとダズルにそっと微笑みかけると、ヤミヤミ団の元へと歩き出した。

(イオリ……絶対、キミをヤミヤミ団から救い出してみせるから。
だから、それまで待ってて……!!)

今は無理でも、いつか必ず救い出してみせる。
アカツキがヤミヤミ団の二人をきつい眼差しで睨みつけた――直後。
ガブリアスの姿がふっ、と掻き消え、次の瞬間には前脚のヒレ(ただのヒレではなく、攻撃の手段にも用いられるほどの硬さを有する)をイオリとロッコの鳩尾に食い込ませ、二人を気絶させていた。

「――なっ……!?」

あまりに突然すぎる出来事に、誰も反応できなかった。
トップレンジャーのセブンですら、呆気に取られたような表情を浮かべていたが、わずかに遅れてガブラスがガブリアスに飛びかかる!!
ポケモンだからこその俊敏さだったが、ガブリアスは相手の攻撃を予測していたのか、すぐさまその場で砂嵐を巻き起こし、周囲の視界を奪いつくした。

「うわっ……!!」

狭い空間で荒れ狂う砂嵐に、アカツキは息を止め、腕で顔を覆うくらいしかできなかった。
大小様々な砂が身体にパチパチと叩きつけ、砂を吹き付ける風に立っているのが精一杯だった。
やがて砂嵐が収まって目を開いた時には、ヤミヤミ団の姿はどこにもなく、ガブリアスが起こした砂嵐の残滓――大量の砂だけがその場に残されていた。

「ちっ……連中、最初からロッコを解放するつもりがなかったようだな……!!」

セブンが忌々しげに言葉を吐き、握り拳を壁に叩きつけた。
トップレンジャーすら身動きできぬうちに事を運ぶヤミヤミ団の手際の良さは脱帽だが、アカツキもダズルも、最初からヤミヤミ団が人質を解放するつもりがなかったことに強い憤りを覚えていた。

「最初からこうするつもりだったなんて……!!」
「絶対許せねえ!!」

さんざんイオリの心を踏みにじっておきながら、ロッコを解放する気がなかったのだ。
このままでは、延々とロッコを盾に取られ、イオリは言うことを聞かされ続けるのだろう。
そう思うと、どうしようもない怒りが込み上げてくる。
このまま放っておけばアカツキもダズルも、我が身を顧みずにイオリを助けに飛び出していってしまいそうだと判断してか、シンバラ教授が二人の肩に手を置いた。

「落ち着きなさい、二人とも」
「……!?」

穏やかで、静かな口調。
だが、それがかえってアカツキとダズルの心に強い衝撃を与えたのか、二人の怒りは水を浴びた炎のようにさっと立ち消えた。
教授の目にはヤミヤミ団への強い怒りがあったが、同時に『この状況をなんとしても打破する』という強い気概も感じられた。
怒りに身を任せてしまいそうになった自分の心に気がついて、アカツキは愕然とした。

(これじゃあ、あの時と同じだ……プエルタウンの、あの時と……)

ポケモンレンジャーになって一ヶ月が経った頃、アカツキはプエルタウンで怒りに身を任せて行動しそうになったことがあった。
その時はラクアが止めてくれて、頬を叩いて目を覚まさせてくれたのだが……その時と同じことになりかけていたのだ。
親友という自分にとって大切な人の気持ちを踏みにじる行為を許せないと思うあまり、冷静さを欠いてしまう……同じ過ちを繰り返してしまいそうになったことに、アカツキは自分自身の心の弱さを痛感せずにいられなかった。

(そうだ……こんな時だから、落ち着いて考えなきゃ……)

握りしめた拳に、爪が食い込む。
その痛みが我に返った気持ちに沁み入って、ともすれば怒りに飲み込まれそうになる心を鎮めていた。

「今すぐは無理だが、連中をぶちのめしてイオリを助け出すのは俺たちだ。
……その時まで怒りは取っとけよ」
「はい……」

セブンの憤りも尋常ではなかったが、彼は今までにこのような状況を何度も経験しているためか、すぐ冷静さを取り戻していた。

「それに、いくら妹を人質に取られているといっても、イオリが延々と言うことを聞き続けるとは思ってない。
……時間は限られるだろうが、あいつが頑張っているうちに何とかしたい。
教授、どうします?」
「そうじゃな……ここまで来てしまった以上、猶予はないと考えるべきだろう。
地下のホールに全レンジャーを集めて、今後の対策を協議する。
召集は上層部から行うから、それまでは本部の被害状況を確認しておいてもらえんか」
「分かりました」

シンバラ教授はこんな時だからこそ冷静に振舞っていた。
本心は、気に入っていたイオリを連れ去られて憤慨しているだろうが、今憤慨したところでどうにもならないことを理解しているのだ。
オペレーションルームへと歩いていく教授の背中が、自分たちに足りないものを教えてくれているような気がして、アカツキは小さくため息をついた。

「……というわけでアカツキ、ダズル。
召集がかかるまで、俺と本部内の被害状況を確認してくれ。
……恐らく、ヤミヤミ団の連中は引き揚げていっただろう。最大の目的であるイオリの連れ戻しに成功したからな」
「…………」
「…………」

セブンの言葉に、アカツキとダズルは悔しさを顔に滲ませた。
やはり、一階や七階での騒ぎは陽動だったのだ。
本命は、イオリを連れ去ることでより厄介な装置の稼働を早める……つまり、ここでの騒ぎ。
深刻そうな表情を見せる二人に、セブンがやれやれと言いたげな顔で言葉を付け加えた。

「おいおい、おまえらがそんな顔してどうすんだ。
イオリを助けるって決めたんだろ?
だったら、もっとしゃんとしてろよ。そうじゃなきゃ、イオリだって安心して助けを待てないだろう」
「そう……っスね」
「連中の本拠地に乗り込む時が来たら、その時は思いきり怒りを爆発させて暴れまくればいいさ」
「はい……」

やると決めたのなら、凛としているべきだ。
イオリだって、アカツキやダズルが助けに来てくれると信じているからこそ、ヤミヤミ団の言うことを受け入れたのだ。
自分たちのことばかりで、イオリの気持ちをまったく考えていなかった浅慮さが、どうにももどかしい。

(そうさ。いつか必ずイオリを助け出すんだ。
ぼくたちがこんな風に落ち込んでばかりもいられない)

アカツキは頭を振って、気持ちを切り替えた。
ヤミヤミ団を許せないという気持ちはどうしても消えることはないが、それよりも、アルミア地方の自然と平和を脅かしている組織だからこそ、断固として戦わなければならないという気持ちの方が強いことに、ふと気づいた。
今の自分がポケモンレンジャーとしてこの場にいるのだと、改めて認識した瞬間だった。
アカツキがそんなことをしみじみと思っていることなど露知らず、セブンがため息混じりに言った。

「しかし、連中もずいぶんと掃除に難儀するようなモン残していきやがったな……」
「砂ですよね」
「ああ」

その言葉に周囲を見渡してみれば、床も壁も天井も砂まみれ。
ついでに言うなら自分たちも砂まみれで、少し腕を振るだけでこびりついた砂の粒がパラパラと下に落ちていく。
湿気を含んでジメジメした感触がないだけ、気持ち悪いとは思わないのだが、それがせめてもの救いかもしれない。

「ここは被害らしい被害が見当たらないが、念のためオペレーションルームから議長の部屋まで見て回ろう」
「はい」

セブンとダズルが歩き出したのを見て、アカツキは慌てて後を追おうとした。
……と、床に積もった砂の中からきらりと何かが光ったのが見えて、アカツキはしゃがみ込んだ。

(いったい、なんだろう……?)

恐る恐る、その光ったものに手を伸ばす。
ヤミヤミ団が残していった罠ではないか……そんな考えも頭を過ぎったが、罠など仕掛けるくらいなら、砂嵐で身動きが取れない時に攻撃した方がよほど効率的だし、確実だろう。
そう思って、アカツキは砂の中からそれを拾い上げた。

(……USBのフラッシュメモリだ。さっき、こんなもの落ちてたっけ……?)

砂に半ば埋もれていたのは、データの運搬手段としてよく用いられているUSB式のフラッシュメモリだった。
本体に刻印されたメーカーはアカツキも知っているような大企業のもので、容量は4ギガバイト。
しかし、先ほど踊り場にやってきた時、こんなものが床に落ちていただろうか?
記憶を遡ってみるが、床にUSBのフラッシュメモリが落ちていた瞬間はどこにもなかった。

(もしかして、これって……)

アカツキの頭に、二つの可能性が浮かんだ。
一つは、イオリが残していったもの。
もう一つは、ヤミヤミ団がついうっかり落としていったもの。
最初から落ちていたわけではなさそうだから、どちらかがこの場に残していったものと考えられるのだが、気になる以上、放置はしておけない。
アカツキは即座にセブンに届け出た。

「セブンさん!!」
「どうした?」

背後から上がった声に、セブンは足を止めて振り返った。

「砂の中にこんなのが落ちてたんですけど……」
「フラッシュメモリか」

アカツキがフラッシュメモリを手渡すと、セブンは興味深げにいろんな角度からメモリを眺めた。
一方、ダズルはどうしてそんなものが落ちていたのかと疑問に思い、首を傾げていた。

「確か、俺がおまえたちより先に来た時にはなかったと思ったぞ。
誰かが落としていったんだろうが……教授に見てもらおう。
タイミング的に連中がやってきてから去るまでの間に落ちたものなら、放置はしておけないな」

十センチにも満たないフラッシュメモリに入ったデータが、事態を思いもよらぬ方向へと導こうなどとは、アカツキもダズルも、そしてセブンさえも今の時点で予想もつかなかった。






To Be Continued...

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