特殊性癖アルセウス!!
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この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください
「う、うぅ……?」
暗闇の中、体を折り畳んだ状態でショウは目を覚ました。
体育座りのまま、そうしないと入れない程に狭い空間。
それは、オオニューラが背負う籠の中だった。
だが、目の前にあるはずの隙間はどうやら地面に接しているようで、籠の中は本当に光一つ入ってこない真っ暗闇だった。
けれど、それは不幸中の幸いだったかもしれない。
蓋を開ければ、突き刺すような寒さの風が襲った。防寒具を身に着けていても、動いていなければすぐに体が凍りついてしまいそうな程。
けれど、凝り固まった体を必死に動かして、外へと出る。
痺れた体を必死に解しながら、周りを見渡す。
「な、何が起きたんだっけ……?」
順々に思い出していく。
ここは、純白の凍土。キングであるクレベースを鎮める為、私はここに来た。けれど、ギンガ団の目的はそれだけではない。各地のポケモンを調査、記録するという目的の為に、天冠の山麓と同じく起伏の激しいこの地の各所をオオニューラの力を借りて巡っていた、はずだった。
崖を見上げれば、籠が上から転がり落ちた跡と、それよりも深くオオニューラが突き立てた爪の穴があった。
どうやら、あそこからオオニューラは私を落としたらしい。
何故、そんな事を……?
思い出される記憶。何かの咆哮。
それから、籠に隠れて何かが落ちているのに気付いた。
籠をどかしてみれば、そこにあったのは毒々しい紫色をした、長い鉤爪。
折れた、オオニューラの鉤爪。
「えっ……」
その時、一際強い強風が吹いた。
びゅうううっ。
粉雪が滑り落ちる。崖の上からも、さらさらと、赤く染まった粉雪が。そして同じ鉤爪が数本、からからと互いに音を立てながら、目の前まで落ちてくる。
「……オオニューラ? オオニューラ??」
理解が、追いつかない。
起伏の激しいこの土地。
今居る場所から下を覗く。降りるには厳しい高さの崖が、まるで巨人用の階段のように幾つも連なっている。
周りを広く見渡す。歩いてみる。
他に降りられるような場所は無かった。また、登るにも無理があるような崖しかなかった。
そして、人を乗せてこんな崖を上り下り出来るような、はたまた人を乗せて飛べるようなポケモンも、今は持ち合わせてはいなかった。
「…………どうしよう」
呟きは、虚空に消えるだけだった。
取り敢えずは、とバクフーンをボールから出した。
このぼんぐりから作られたボールは、元居た自分の世界のようなボールのように半透明でもなければ、薄くもない。
だから外で何が起きているのかなんて、音も含めてほぼ分からないようで。
バクフーンはどうしたの? と聞くように、いつものとろんとした気怠げな目でショウを見つめた。
「……ごめん、ちょっと落ち着かせて」
そう言って、ショウはバクフーンに抱きついた。
宿舎ではいつもの事だけれど、こんな場所で唐突に抱かれてバクフーンは少し驚く。
そして辺りを見回して、虚空を見つめて。その目がすぅ、と細くなった。
「……バクフーン?」
抱いていた、その喉が動いていた。彷徨える魂を浄化し、黄泉へと送るというその能力。
喉が動いたという事は、その魂を飲み込んだという事で。
再びバクフーンと目を合わせれば、もうそこには、いつものおっとりとした雰囲気は消え失せていた。
そしてバクフーンは、自分の手足を見つめた。
「バクフーンじゃ、無理だよ……」
雪を溶かす事は出来るだろうし、滑り降りるだけの体のしなやかさも持っていても、私を背負って飛び降りられる程の体躯じゃない。
レントラーもエーフィもトドゼルガも。そしてクロバットも私を乗せて飛べはしない。
そして笛で呼ぶにせよ、イダイドウはともかく、アヤシシもガチグマもここまではやって来れない。
そもそも……大声で助けを求める事も、多分しない方が良い。ここは、狩場だ。あのオオニューラを殺してしまう程の、強靭且つ残忍な誰かの。
それでも、どうにかするしかない。
オオニューラの爪を慎重に拾って、ポーチに入れた。
一本だけでも、持って帰る事にした。せめて少しでも、彼の生まれ育った場所に帰してあげたかった。
「ごめん……本当に、ごめんね。
……私だけでも助けてくれて、ありがとう」
そうしてショウは立ち上がった。
ポケモンを全て出す。基本いつでも元気一杯なレントラーとトドゼルガが出るなり吼えそうになるのを必死に止めて。
バクフーンが悲しそうに、オオニューラの爪を皆に見せた。何も伝えなくても、バクフーンにはやるべき事が分かっていた。
一番にすべき事は、とにかく速やかに、静かに平坦な場所にまで降りる事だ。
オオニューラを無惨にも殺した相手。砕かれたどの爪の先にも、血は付いていなかった。そしてこの高低差の激しい場所で、殺したオオニューラを連れ去る事が出来る。
少なくともこんな場所じゃ、手持ちのポケモンを全て出したとしてもまともに立ち向かえるか怪しいだろう。
現状を理解した皆。クロバットがショウを乗せられるか不安そうな顔をしていた。トドゼルガは自分の鈍重さを呪い、レントラーとエーフィはこの段差を降りる事が出来るか下を覗いて、絶望した。
でも、詰みではない事をショウは必死に考えて導き出していた。
……とても度胸が要るけれど。
まず、トドゼルガをボールに戻して、それをクロバットに渡して一つ下の平地で開いて貰う。
次にエーフィを。
そして、他のポケモンを全部戻して、ショウは崖の前に立った。
そこまですれば、トドゼルガとエーフィ、クロバットはショウがこれから何をするか分かった。
トドゼルガは背筋を伸ばし、鼻をピンと立てた。その上にエーフィが乗る。クロバットにはショウの体重を支えられるだけの筋力はない。それでも、僅かでも落下速度を落とすために、ショウはクロバットを上に呼び、その胴体に手を回した。
そして、飛び降りた。
ばさささささささささ!!
必死にクロバットが四本の翼を羽ばたかせる。音無く技巧的に飛ぶのが自慢のクロバットだが、ここまで羽音がうるさくなってしまうのは想定外だった。
だが、始めてしまったものはもう止められない。クロバットはショウを落とさないように必死に羽ばたき続け、そして唐突に負担が軽くなる。
エーフィのサイコキネシスが届く位置まで降りて来れたのだ。
ほっとしたクロバットはそのまま疲れきったかのように、ふらふらと落ちて、トドゼルガの背中に落ちた。
まずは一段目。
ショウもエーフィのサイコキネシスにどうにか地面まで下ろして貰ったものの、エーフィもそれだけで結構疲れていた。
……もっと重たいものだって時には運んでいたりするけれど。
でも、それはきっと物だからだろう。人という、華奢な生き物を運んだ事なんて今まで一度もなかった。クロバットも、エーフィも。
思いの外、時間も音も立ててしまった。気付かれたかもしれない。
とにかく……とにかく、もっと早く降りなきゃいけない。私がすべき事は……私がすべき事は、皆が私に心配せず戦える事だ。
私が傷一つなく降りる事じゃない。
トドゼルガとエーフィをもう一段下に下ろす。まだまだ平地まで崖は何段もあった。そして、クロバットを戻した。
戻す直前、えっ、と言う顔をしていた。ボールに入っても、ガタガタと音を鳴らしていた。
「大丈夫、大丈夫だから」
私はエーフィを信じる。
再び崖の前に立つ。先程と同じ位の高さ。エーフィが私を不安そうな目で見てくる。やめてくれと言わんばかりだった。
けれど時間は、無いんだ。
「いくよ」
口を大きく開けて。でも声は小さく。
息を大きく吸って、吐いて。
……時間は、無いんだ。
そして何の助けも無いままに、ショウは飛び降りた。
エーフィが息を飲んだのが見えた。けれど、その額の玉が強く光り輝いて、ショウの体が強力なサイコパワーで受け止められる。
みし、みししっ。
「かっ、はっ……!?」
一歩間違えれば、体が捩じ切られてしまうような。そんな強烈なサイコパワーに、呼吸も出来なくなる。それに気付いたエーフィは慌ててサイコパワーを緩めるが、そうすればまた一気に落ちて、どさりと地面に落ちた。
「あ、く……」
必死に呼吸を整える。すぐにでも立ち上がらないと。時間は無いんだ。
「フィィ……」
おずおずと近付いてきたエーフィの頭を笑顔で撫でた。
「大丈夫。こうやって降りられたんだから、大丈夫だよ。次も頼むね」
そう言って、すぐにボールにしまう。ただ、立ち上がろうとして、一度躓いてしまう。
「ブアッ」
トドゼルガが声を上げて。それも抑えさせた。
「一番重要なのは、私が無事に平地まで降りる事じゃないの。それよりもあなた達がちゃんと元気な状態で平地まで降りる事なの。
そうしないとオオニューラを殺した相手と、まともに戦えないから」
伝わったのかは分からない。本当に言葉が通じるのはバクフーンだけだった。そのバクフーンも、全部理解しているとは言い切れない。
でも、怒ってる場合じゃない。それだけは伝わったようで、大人しくなる。
「じゃあ、次も、頼むね」
ショウは膝を着いたままトドゼルガもボールに戻した。
下を覗けばまだ四つも段差があった。
「……急がなきゃ」
ずきずきと足首が痛む。でも平地まで降りれば、元々戦えやしない私はレントラーに乗れば良い。だから。
「クロバット、お願い」
三段目。同じようにトドゼルガとエーフィを下に侍らせて。クロバットを戻す。
激痛を隠しながら崖の上に立って、飛び降りる。
今度こそ、エーフィが集中しきった顔になって落ちるショウを優しく受け止める。呼吸が出来る。
集中、ゆっくり、ゆっくりと下ろしていく、が、唐突にまたショウは落ちた。
何か、青いものが宙に浮かぶショウとトドゼルガの間を目にも止まらない速さで通っていたのだけが見えていた。
それと同時にサイコパワーが唐突に途切れて。
エーフィが消えていた。
「きゃっ……!?」
ザザアァァッッ!!
その何かが通り過ぎた先。地に足を滑らせ、派手に雪を撒き散らしながら止まったそれは、エーフィの首に噛み付いたままにこちらを振り向いた。
エーフィの体は既にだらんと力を失っている。ぽた、ぽたりとその二股の尻尾から血が垂れ始めた。
その姿。朧げな元の世界の記憶の中からも、はっきりと思い出せた。
シンオウ地方のチャンピオンのエース。ポケモンバトルが好きならば、その姿はテレビの中で何度も何度も見たものだった。
力と疾さを併せ持つマッハポケモン、ガブリアス。
ただ……けれど。
こちらの世界に来てから、そのテレビの中、試合の中でルールに則って綺麗に戦うポケモン達と、常日頃から生死を賭けて戦う野生のポケモンの差に関しては十分に理解していたはずだった。
レントラーだって、最初にコリンクとして出会った時にはムックルを電撃で仕留めて食べていた。
オヤブンであるトドゼルガは、吹雪で一気に沢山のポケモンを凍らせる事で大所帯を賄っていた。
けれど、けれど。
このガブリアスは……。
ぶちぶち、ごりゅっ。
首を食い千切られたエーフィが地面にぼとりと落ちて、血が地面へと広がっていく。
明らかにオヤブンとしての大きさを誇るそのガブリアスは、テレビの中で見たチャンピオンのガブリアスより一回りも二回りも大きかった。そしてその貫禄は、冷めた目付きは、ヒスイの中で今まで見てきたどのポケモンよりも冷徹さを想起させた。
オヤブンとしても明らかに別格なそのガブリアスはごく、と血肉を飲み込めば、続けて自分達も仕留めようと構えた。
「ふ、ふぶきっ!」
半ば恐怖に駆られて、ショウはトドゼルガに命令した。
広範囲且つ、高威力に放たれる冷気の嵐。オヤブンと言えど、ガブリアスならば一撃のはずだ、けれど。
ガブリアスは跳んでいた。いや、飛んでいた。遥か上空、そうして吹雪の範囲から逃れれば、トドゼルガへと突っ込んで来る。
「トドゼルガッ……」
そこまで言ったところで、間に合わない事を悟ってしまう。
吹雪を吐ききったトドゼルガがやっと上を見上げれば、もう間近まで迫っていて。
そして、ガブリアスは空中で宙返りをした。
ベギィッ!
「あっ……」
体重と勢いを以て叩きつけられた尾は、トドゼルガの頭を地面へと埋めた。その太い首の分厚い皮が千切れて骨が剥き出しになっているのが一瞬見え、それは血で溢れて埋もれた。
「あ、あ、あ……」
ゆらりとこちらを向いたガブリアスは、変わらない目をしていた。
悪意、嗜虐と言ったような意志はない。エーフィとトドゼルガを殺した事に、何の感情も抱いていない。この雪原、凍土のように冷めきった目。縄張りに入ったから殺して食べるだけ。一から十まで、ただそれだけ。
何をしたところで逃してはくれない。
それを悟るには十分過ぎて。挫いた激痛も忘れて、ショウは一歩一歩後退り、そして。
「えっ、あっ、きゃあああああっ!!」
崖から落ちた。
その悲鳴。それはボールの中に居ようとも届いて、何よりも先にクロバットが外へと出た。落ち行くショウの背中を支える形で出たクロバットは必死に羽ばたく。バクフーンとレントラーが続いて地面へと着地し、そこからレントラーの背中へとショウは無事に落ちた。
それに対して上から覗いて来るガブリアスは、少しだけ舌を見せた。
大漁だ。そう言うような所作をするガブリアスには、三匹と対峙する事への警戒など微塵も持ち合わせていない。
「はっ、はっ、は、は……」
既に焦燥しきった様子のショウを見て、残った三匹はエーフィとトドゼルガはもう、あのガブリアスに殺されてしまった事を察した。
飛び降りてくるガブリアス。
レントラーが更に下をちらりと覗き、そして意を決して飛び降りた。ガブリアスという種族を、タイプを理解していた訳ではない。ただ単に、この中でショウを背に乗せて駆ける事が出来るのは己のみだと理解していたし、そうしてバクフーンとクロバットはガブリアスの前に立ち塞がった。
バクフーンが首周りから鬼火を数多に飛ばす。クロバットが翼を硬化させ、刃と化したそれをガブリアスへと向ける。
パキィッ!
硬質な音がした。クロバットの硬化した翼と、ガブリアスの腕のヒレが打ち合った音だ。ただ、打ち負けたのはクロバットだった。ガブリアスは技など使っていない。ただヒレを振るっただけ。
それは奇襲を得意とする種族と、正々堂々と戦う強さを持った種族としての差もあるだろう。だが、それ以上に単純なレベル差……年季の差があった。
跳ね返され、それでも諦める訳にはいかない! と体勢を立て直した時。
崖を蹴ってバクフーンの鬼火を躱したガブリアスの、その大きく開いた口が眼前に迫っていた。
べりゅぅ。
どうにか二つの崖を降りたレントラーとショウの前に、下顎から上がなくなったクロバットがどさりと落ちた。
「えっ、あっ、ああっ?!」
そして、再び目の前にガブリアスは着地した。口の中からバリバリと音を立てて、ペッと口からクロバットの毒牙を吐き出せば、追い込まれたショウとレントラーにヒレを死神の鎌のように向けて。
「ガアアアアアッ!!」
今まで聞いた事の無い程の怒声が上から響いて来た。
それと同時に、今まで見た事の無い程の大きさ、数の鬼火がガブリアスの前後左右から迫って来た。
百鬼夜行と名付けられた技……正しく、百の鬼がガブリアスへと襲い掛かる。
それは、このガブリアスと言えど焦るに足る迫力であり、その隙にレントラーは崖へと跳んだ。
崖から落ちる寸前、ショウが振り返れば、紫炎を滾らせたバクフーンと目が合った。いつもと違う、はっきりと開かれた目。守るという意志に溢れた目。
ボン! ボン、ボボンッ!!
せめてと弾幕の薄い部分を切り抜けたガブリアスにはしかし、背中に、ヒレに、尾に鬼火が弾けて黒ずんだ。
「…………」
傷の度合いを確かめるようにヒレを眺める。そして崖を滑り降りてきた、鬼火を滾らせるバクフーンと相対する。
「ゥゥウウアアアアッッッ!!!!」
再びの、全力の百鬼夜行。広範囲に散った後、意志を持ったかのようにガブリアスへと向かう。
ガブリアスが火傷になったのは見て取れた。この技は相手の状態異常に付け込む事によって、より威力を増す技だ。二度目、当たれば流石にその冷ました顔も崩れるだろう。
だが鬼火が集中するよりも前にガブリアスは飛び、その弾幕を掻い潜って抜け、一段下の崖へと着地する。バクフーンが下を覗けば、ガブリアスは攻勢には出ず、ちらりとショウとレントラーの方を見た。
ショウとレントラーは、平地まで後一つのところまで来ていた。けれど、レントラーの足もまたダメージが多そうで降りる事に躊躇していた。
「ガッ!?」
それに焦ってバクフーンは崖を滑り降り始め、そしてガブリアスは振り向いた。冷徹な目。
罠だ、と悟るも避ける事も滑り降りている今は適わず、せめて胴へと振るわれた爪を、腕で受けた。
どづぅっ!!
「ィ……ギイ゛ィアァ゛ッ?!?!」
折れた、だなんて生々しいものじゃない。そのまま、骨諸共貫かれた。
そして、ガブリアスはバクフーンを抱え込むようにしながら一回転して、投げつけた。
投げ先は、レントラー。
最後の崖を飛び降りたところで、レントラーは崩れ落ちた。
「レントラーッ!」
ショウが降りるも、愕然とする。四肢の二つがぼきりと折れていた。
そして、ショウも崩れ落ちる。
「あっ、づぅっ……」
どうすれば?
どうすれば??
走る足が、どこにもない。辺りを見回す。野生のポケモンは、どこにも居なかった。
そう言えば。どこにも居なかった。
変だとは少しは思ってた。けれど、今思えば、そんな場所、どこにも無かった。どんな場所でも。溶岩溢れる火山でもポケモンは居た。
極寒の地だから、じゃない。こんな崖ばかりの住みにくい場所だから、じゃない。もっと恐ろしい要因がある事に気付けなかった。
けれど、遠くに洞穴が見えた。あの巨体のガブリアスがギリギリ入れない位の洞穴だ。
あそこまで行ければ……。
レントラーも気付いて、必死に起き上がろうとした時。
そのレントラーに、投げ飛ばされたバクフーンがぐしゃりとぶつかった。
「きゃあっ!?」
バクフーンが血を撒き散らしながらごろごろと転がって止まった。
尻餅をついたショウの目の前に見えたのは、全ての足をおかしな方向に曲げて、口からも血を吐くレントラー。
倒れたバクフーンも同じく口から血を吐きながら、起き上がれない。
「え、あ、あ…………」
けれど、ガブリアスは。
そんな様子を見て、どこかへと立ち去った。殺したポケモンも連れ去らずに。
どうして? けれど、見逃されたと思うには、された事は余りにも残酷過ぎた。
でも、でも。罠だとしても、逃げる道は一つしかなかった。
ショウはレントラーとバクフーンをボールに戻し、足を引きずりながら歩いていく。
ふと、アルセウスフォンを開いた。
けれど、それはいつもと何ら変わらなかった。今居る場所がはっきりと分かる地図のアプリしかない、時々お告げが入ってくるけど、基本ただそれだけに改造されてしまったスマートフォン。
「どうして私をここに連れてきたの。どうしてこんなになっても助けてくれないの。あなたにとって私は何なの! 何なの!?」
その右下には、どうしてだろう、良く分からない数字があった。
今は17。冒険を進めるに連れて時々増えていたけれど、それが何を意味するのかは分からなかった。
「おうちに、帰してよ。帰してよぉ……」
ずっ、ずずっ。ずっ、ずずっ。
雪原に拙い足跡がゆっくりと残されていく。
挫いた足から鈍痛が響いてくる。それでも、歩みは止めない。死にたくはなかった。その為には、罠だとしても、縋りたかった。
溢れ出る涙。朧げな記憶の中から、前の世界に居た時のなんて事のない記憶が蘇ってきた。
つまらない授業を、ぼーっと窓の外を眺めながら早く終わらないかなと思っていた教室での、陽だまりの中。
友達と他愛ない会話をしながら、だらだらと歩いていた学校からの帰路。
そんな、そんな、変わる事のない日常はどれだけ貴重なものだったのだろう。
「何か間違った事をしたなら、謝ります。謝ります……だから、だから」
帰れば何か、毎日のようにポケモンの世話をしていたような気がする。そして時々、その誰かとバトルをしに行っていた。
戦歴は結構良かったけれど、時に野宿もしながらバッヂを目指す過酷な旅なんてしたくなかったから、家に留まったはずだった。
なのに、そんな旅よりも過酷な世界に追い出されて。
「……どうして、私なの。どうして、どうして……」
ずっ、ずずっ。ずっ。
たたたっ。たたたたっ。
「え、あ、」
後ろから、多くの足音が聞こえてきた。
それは、沢山のガバイド。
「あ、いや、いや!」
要するに、狩りの練習にうってつけだと。
必死に走ろうとして、転んだ。起き上がる間にも、どんどん足音は近付いてきて。
「やだっ、やだっ! いや、いやっ、誰か、だれかっ!! だれかたすけてっ!!」
バクフーンが、それに応えて外へと出た。
未だ腕からぼだぼだと垂れ続ける血。立ち上がる事すら出来ない重傷。
「あっ、だめだよっ、バクフーンっ。ボールの中にいれば、もしかしたら助かるかもしれないのに!」
言いながらも、そんな事が無いことは分かっていた。そして、バクフーンも首を振った。
「あ、うう、ああああ、あああああっ」
ショウは、バクフーンに抱きついて、泣いて。そんなショウを、バクフーンはまだ無事な片腕で抱いて。
そしてとうとうガバイド達がすぐ間近まで来た時。
バクフーンはショウを離して、目を合わせて。
せめて、せめて、これ以上苦しまないようにと。
その首に噛み付いた。
バクフーンの目からは涙がぼろぼろと溢れ落ちている。
沢山のガバイドが我先にと飛び掛かってくる。
「……ごめんね」
ぶつ。
世界が暗転した。
*
*
「……あ、おはよう」
「ショウさん、今日は随分と遅くまで寝ていましたね」
「えっ? あっ、あれっ? もうこんな時間!?」
テントの外へ出れば、随分と高くまで日が登っていた。
そんなショウに、ラベン博士が言う。
「日頃の疲れが出ていたのでしょう。一度コトブキムラまで帰りますか?」
「え、いや、いいですよ。ここから一旦帰るにしても数日はかかりますし。そんな負担、安々と強いられませんよ」
「なら良いですが……お気をつけてくださいね。ここには、シンジュ集落の民ですら近付かない場所が幾つかあると言いますので」
「大丈夫! そこあたり、私の勘は鋭いんだから」
ショウは元気一杯に答えて、外でのそりとしていたバクフーンと顔を合わせた。
「それに、私にはオヤブンも倒しちゃうバクフーンも居るしね!」
「はぁ……それでも、くれぐれも、お気をつけくださいね」
「はいはい。分かりましたよっと」
保護者のように口を酸っぱくするラベン博士に、ショウはうるさげに返す。それからアルセウスフォンを開いて、シンジュ集落の場所を確認した。
「……あ、また増えてる」
右下の、何を意味しているのか良く分からない数字。
昨日までは17だったのに。18になっていた。
「……本当に何なんだろう、この数字」
バクフーンと顔を合わせても、いつも通りの眠たげな顔でなぁに? と聞いてくるだけだった。
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