Mission #163 他愛ない、暖かな時間

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食堂に向かうと、すでにリズミとイオリが笑顔で話に花を咲かせていた。
理知的だがどこか気の強いところもあるリズミと、どちらかというと引っ込み思案なところのあるイオリ。
性格的に馬が合うわけではないのだが、同じ町(プエルタウン)の出身で幼なじみということもあり、実はそれなりに仲が良かったりする。
アカツキとダズルが二人のテーブルに向かうと、先に気づいたリズミが笑顔で手を振った。

「あ、来た来た」
「お疲れさま、二人とも」

少し遅れてイオリが振り向き、笑みを浮かべて二人を出迎えた。

「イオリ、久しぶりだな」
「うん。ヤミヤミ団に捕まったって聞いたけど、無事で良かった。相変わらず元気そうだね」
「まあな~」

ダズルは釣られるように満面の笑みを浮かべた。
イオリと顔を合わせるのはスクールを卒業して以来だから、半年ぶりになる。
ユニオン本部へ帰還するヘリの中で、アカツキから今までの経緯(イオリが本部にいることも含めて)は聞いているので、久々に顔を合わせても驚いたりはしなかった。
もっとも、経緯を話された時には目を丸くして驚いていたが。

「アカツキたちはご飯食べたの?」
「うん。先に食べちゃった」

リズミの問いに、アカツキは頷いた。
先輩レンジャーに絡まれて嫌味なことを言われて後味がかなり悪かった食卓だったが、それでもちゃんと平らげてしまったのだから、精神的なダメージを余所に、空腹感は相当に強かったのだろう。

「ごめんね。時間合わせられれば良かったんだけど……」
「いいよ、アカツキたちは現場で頑張ってきたんだから。僕たちのことなんて気にしないで」
「ありがとう、イオリ」

真面目なアカツキは、自分が悪くないのにイオリたちに気を遣って言葉をかけた。
どうでもいいところまで真面目で堅物なんだから……と、イオリもリズミも苦笑を浮かべていたが、アカツキは気にも留めていなかった。自覚がないというのは、何気に恐ろしいものである。

「……で、二人してなんの話してたの?」

アカツキは席に就き、イオリに言葉を振った。
久しぶりに……というより、スクールで仲の良かったクラスメートが四人もこうして揃ったのは初めてだったので、早く話の輪に加わりたかった。
クラスメートといえば、今もビエンのレンジャーベースで働いているヒトミもそうだが、今頃彼女は何をしているだろうか……?
相変わらず、強気で勝気な性格で後輩を引っ張りまわしているのだろうと考えると、何気に笑えてくるところなのだが。

「お互いの近況とかをちょっと。
こうやって話を始めたのはほんの十分前だから、そんなに大した話はしてないよ」
「そうそう。イオリが本部に来てるって話を聞いたのはちょっと前なんだけど、他の地方のレンジャーへの指示出しとか、仕事が結構張ってたから話する機会がなくてね」
「そうなんだ……」

イオリもリズミも、満面の笑みで言葉を返してきた。
久々に顔を合わせ、互いの近況を確認し合っていたのだろう。ここまでの環境がまるで違う二人だから、相手が今までやってきたことは新鮮に聞こえたに違いない。
同級生二人が加わったことで、今までの話は一旦リセットされて、四人での会話が始まった。

「アカツキたちはトップレンジャーの人と一緒に行動してるんだよね」
「うん」
「将来のトップレンジャー候補……だったっけ?」
「うん……ピンと来ないのが正直なところなんだけどね」

イオリの言葉に、アカツキは苦笑混じりに答えた。
ピンと来ないと言いながらもまんざらではないようで、頬にわずかながらも朱が差している。
イオリもリズミも気づいてはいたが、「照れてる~」なんてからかうことはしなかった。
真面目なアカツキは、誰が聞いても分かるような冗談でも本気に捉えてしまうのだ。
その気がないのに傷つけたなんてことになったら、シャレにならない。

「アカツキがどう思ってるか分かんないけど、それってすごいことだと思うわ。
トップレンジャーはポケモンレンジャーだけじゃなくて、オペレーターやメカニックにとっても憧れの存在だもの。
わたしじゃまだトップレンジャーのナビはできないけど、いつかはトップレンジャーと一緒に仕事をしたいって思ってるのよね。
アカツキもダズルも、トップレンジャーに一番近い位置にいるわけだし、わたしがビシビシ扱き使ってあげられるように頑張ってほしいわ」
「ははははっ、おまえが担当になったら困らせてやろうかな~?」
「ダズルだったら本当にそうしそうで怖いね」
「あはははは……」

俗に言う『特別枠』なのは間違いないし、一般的な認識に立つならば、アカツキとダズルはトップレンジャーに一番近い位置にいるということも間違いではない。
リズミは本部でオペレーターをしているものの、トップレンジャーへの指示や通信を任されたことは一度もない。
沈着冷静で頭が良く、気も利く。
彼女はオペレーター向きの性格だし、彼女自身もオペレーターという仕事に誇りを抱いているのだから、本部としても召し抱えたいと思うだろう。
ただ、経験の少なさがネックになっているのは、アカツキやダズルと同じだ。

「だいたい、トップレンジャー候補って言っても、トップレンジャーと行動を一緒にするだけで、普段と特に変わったところなんかないよな」
「そうだよね。今は勉強させてもらってる立場だからなんとも言えないけど」

ダズルの言葉に、アカツキが頷く。
トップレンジャー候補というのはササコ議長から知らされたことだった。
それに、トップレンジャーと行動を共にすることを除けば、今までと大して変わっているとも思えない。
トップレンジャーの前では自分たちの実力など霞んで見えるし、役に立つどころか、むしろ助けてもらっていることの方が多い。
そういう意味では、足を引っ張っているとも言えるのだが。

「リズミも似たようなモンだろ。オレたち揃って勉強させてもらってる立場なんだよな……迷惑かけながらさ」
「否定できないのが悔しいけどね」

ダズルがあっけらかんと言うと、リズミは小さくため息をついた。
指示を出すタイミングや、相手に理解されやすい言葉の使い方。
トップレンジャーを担当する先輩オペレーターから、細かなところまで徹底的にダメ出しを受けているのだ。
いずれ自分と同じ立場になる後輩を、しっかり育てなければ……という使命感と、後輩なら理解してくれるという信頼感がなければ、そこまでのことはしないだろう。
アカツキもダズルもリズミも、トレーナーの気持ちがそれなりに理解できているつもりだから、勉強させてもらっているという謙虚な姿勢を持ち続けていられるのだ。
ユニオン本部で働く三人が、絶えず向上心を持って仕事しているのを会話から理解して、イオリは目を細めた。

「いいね、そういうのって」
「そういうイオリだって、シンバラ教授から『ユニオンで働かないか?』って誘われたんでしょ?」
「え、そうなのか?」
「あ、うん……まあ。まだ保留にしてもらってるけど」

アカツキもダズルも目を丸くしたのだが、リズミの言うとおりだった。
二人がハルバ砂漠から戻る前、イオリはシンバラ教授に話があると言われて呼び出しを受けたのだが、その時に『ユニオンで働かないか?』と打診されたのだ。
『モバリモ』の製作者として事態の打開のためユニオンに力を貸すと決めてはいたものの、あくまでも自分はアンヘルの研究員であると考えていたので、教授からの打診は予想外のものだった。
反面、シンバラ教授を研究者として、技術者としても尊敬しているイオリにとっては、尊敬する人物から直々に誘いを受けたのは喜ばしいことでもあった。
今は緊急避難的にユニオン本部に居候している身だが、本来はアンヘル・コーポレーションの研究の一環で無人島の地下施設にいたのだ。
いずれはアンヘルに戻らなければならないし、誘いはとてもうれしいことなのだが、上司に相談もせずにそんな大切なことは決められない。

(だけど、イオリだったら教授が目をつけるのも当然かもしれない)

苦笑するイオリは、どこか照れているようにも見えて微笑ましかった。
アカツキは、彼が教授から誘いを受けるのは当然だと考えていた。
とても頭が良く、難解な数式や原理を易々と扱ってみせるのだ。
『モバリモ』を開発したことからも、研究者としての知識だけでなく、技術者としての技術も持ち合わせている。
ユニオンからしてみれば、それだけの逸材に目をつけ、欲しがるのも当然のことだろう。
とはいえ、自らの身の振り方を決めるのはイオリ自身だ。
アカツキもダズルもリズミも、できればユニオン本部で一緒に働きたいと思っているが、自分たちがそれを口にしてしまったら、イオリは悩んでしまうだろう。
それが分かっているだけに、直接的に決断を促すような言葉はかけられなかった。

「僕としては……主任がいいって言ってくれれば教授の誘いを受けようと思ってる。
その気がなかったって言っても、ミラカドさんにだまされて『モバリモ』を作ってしまったのは僕だから、その責任はちゃんと取らなきゃいけないって考えてるからね」
「そう……無理はしないでよね。
悩むようなことがあったら、わたしたちがいるんだから、ちゃんと相談するのよ」
「ありがとう、リズミ」

保留にしているものの、気持ち的には教授の誘いを受けたいと思っている。
簡単にはいかないことだろうが、だからこそ自分たちが支えてあげたい。
それはリズミだけでなく、アカツキとダズルも同じことを考えていた。
彼らの力強さ漂う笑みを受けて、イオリはこんなことを思った。

(みんなと一緒だったら、いいかな……なんでも気兼ねなく話せる人がいる職場の方が、きっと気持ちよく仕事ができる気がする)

自分のことを理解してくれる人の多い職場の方が、仕事にメリハリもつくだろうし、いい気持ちで仕事ができるような気がしていた。
今アルミア地方を混乱に陥れている元凶とも言える『モバリモ』を期せずして作ってしまったのが自分だと分かっても、アカツキたちは今までと変わらない態度で接してくれているのだ。
みんなして『友達なんだから当たり前』と口を揃えるだろうが、イオリにとってはそれがなんとも言えないくらいうれしいものだった。
アカツキに連れられてここにやってきた時は、『モバリモ』を作ってしまったという責任感からユニオンに力を貸そうと思っていたが、今は違う。
むしろ、ここで働きたいとさえ考えるようになったのだ。
自分の知識や技術が役に立つのなら、これほどに喜ばしいことはない。
憧れのシンバラ教授と一緒に仕事ができることも、イオリの背中を押す要因でもあった。

(よし……あとで主任に連絡して、ユニオン本部で働きたいって言おう)

三人の親友は、自分にとってかけがえのない存在だ。
彼らのためにもなるのなら、頑張りたい……素直にそう思える自分が、なんだかとても輝いているように感じられて、気づけばイオリの顔には笑みが浮かんでいた。

「アカツキ、ダズル、リズミ。本当にありがとう」
「? なんだよ、急に」
「そうよ」
「……どうかしたの?」

知らず知らずに自分を支えてくれていることに礼を言ったつもりだったのだが、三人は揃って首を傾げた。
特に礼を言われる筋合いなどないと思っているのだろうが、なんとも言えない反応に、イオリは苦笑するしかなかった。

「いや、なんでもないよ。
ただ……友達でいてくれることがこんなに心強いんだなって思って。
アンヘルにいた時は、仕事のことなら話せる人はいたけど、プライベートなことまで隠さずに打ち明けられるような人はいなかったから。
そういう人が近くにいるのって、本当にありがたいことなんだって」
「それはぼくも分かるよ」

照れ隠しのためのセリフにも、アカツキは正直に応じてくれた。
なんでも言える相手がいることは、本当にありがたいのだ。
アカツキにとってはこの場の三人はもちろん、ビエンのレンジャーベースで働いていた頃の同僚……彼らに支えられていたからこそ、今こうしてこの場にいることができる。
そう考えると、感謝してもしきれないくらいだ。

「イオリがここで働くってことになったら、シンバラ教授の助手みたいになるのかな?」
「それはどうだろう。誘いは受けたけど、具体的な仕事の中身まではさすがに教えてもらってないんだ。
受けるかも分からない相手に、細かなところまでは話せないんだろうね」
「ふーん……」

イオリが本部で働くことになれば、自分たちと接する機会も増えるはずだ。
彼の性格からすれば、自分たちが何も言わなくても本部で働き出しそうな気はするのだが、教授から直々に誘いを受けたと言うことは、それ相応のセクションを任されるのだろう。
そう思って聞いてみたのだが、イオリからは至極当然の返答があった。
レンジャーユニオンの機密に触れるような仕事を任せるかもしれないのに、現時点で態度を保留している相手に中身まで丁寧に教えるはずもない。

「それはそうと、アカツキたちはこれからどうするんだい?
トップレンジャーになるための訓練とかミッションとか、そういうのってまだなんだろう?」
「正直、そこのところはよく分からないんだ」

イオリの問いに、アカツキは頭を振った。
互いに、今後の動向は気になっているところだ。
イオリはレンジャーユニオンで働くか否か、リズミは今までと大して変わらないだろう。
そして、アカツキとダズルは……?
将来のトップレンジャー候補として本部にやってきたわけだが、異動になってから早一ヶ月。
今のところ、トップレンジャーと一緒に行動しているだけで、本格的な訓練やミッションといった話は聞いていない。
いずれはそういったことをするようになるのだろうが、話がないということは、次のステップへ移行するのがもっと先であるということ。
いつ次へ移ってもいいように、自分たちで何をすべきか考えて、実行に移していかなければならない。
それが本当の意味で『成長する』ということなのだ。

(今はまだ一緒にいて、ハーブさんのやってることを見て、マネできるところはガンガン取り入れていけばいい。
でも、いつまでもそのままじゃダメなんだ。自分で考えて、できることをやっていかなきゃ。
そうでなきゃ、ぼくを送り出してくれたビエンのレンジャーベースのみんなに申し訳が立たないよ)

テーブルの下に隠した拳を、ぐっと力強く握りしめる。
『いつか』がいつやってくるのかは分からない。
明日かもしれないし、一年後かもしれない。もしかしたらもっと先のことになるかもしれない。
だが、分からないからこそ、その時に備えておかなければならないのだ。
アカツキが真面目な表情でそんなことを考えているのを余所に、リズミとダズルの間で話が盛り上がっていた。

「しっかし、ダズルも災難だったわね。ヤミヤミ団に捕まっちゃうなんてさ」
「まあな。あのタイミングでやってくるとは思ってなかったからさ、どうしようもなかった」

朗らかに話せる話題ではないのだが、二人とも表情はどこか晴れ晴れとしていた。
ダズルにしても、いつまでも悔やんでいても仕方ないと考えているのだろう。
先ほど投げかけられたセブンの言葉がかなり効いているようだ。

――自分なりに精一杯のことをしてきたのに、なんでそれを誇らない!?

結果はどうあれ、最善を尽くしたことに自信を持てないのはおかしい。
できるだけのことをして失敗したのなら、それはまだ仕方ないという言い訳が立つし、後悔だって残らないはずだ。

「それに、大変だったのはオレだけじゃないって。
むしろアカツキの方が大変だったんだからさ。な?」
「え? どうだろう……そりゃあ、大変なことは大変だったけど」

いきなり話を振られて、アカツキは驚きながらも応じた。
ヤミヤミ団に捕まったダズルの方がきっと大変な目に遭っていたはずなのだが、自分もガブリアスに危うく殺されかけるなど、現地では相応の災難に見舞われた。
ただ、自分よりもダズルの方が精神的にはかなり辛い立場に追い込まれていたのは間違いない。
それをいちいち口にするのは躊躇われて、ダズルの言葉に適当に合わせるしかなかったのだが。

「現地は現地で大変だったのね……」

アカツキもダズルも、それなりに大変な目に遭ったのだと改めて理解して、リズミの表情が曇った。
どの仕事だって共通して言えることは、一番大変なのは現場第一線で働いている人間だ。
特にポケモンレンジャーや警察、消防といった危険と隣り合わせの職業ともなれば、なおのこと。
もっとも、時には現場が見えない状態で指示や助言をしなければならないオペレーターの方が大変な場合もある。
リズミも現場の緊迫した空気をレンジャーの通信から感じ取り、不安に駆られながらも指示を出したことがあるから、現場の苦労というのをそれなりに理解しているつもりではいる。
だが、親友の二人が経験した状況を伝え聞いて、やはり現場が一番大変なのだと思わざるを得なかった。

(わたしの仕事って、現場のポケモンレンジャーが不必要に危険な目に遭わないようにサポートすること。
口で言うのは簡単だけど、実際にやってみると、それがいかに難しいことか、嫌でも理解しちゃうのよね)

リズミは紅茶を一口含み、そんなことを思った。
セブンがオペレータールームでササコ議長とシンバラ教授に子細を報告していたのが聴こえていたので、ボイル火山でダズルがヤミヤミ団に捕まったことに端を発した一連の経過についてはおおよそ把握している。
だからこそ、余計に思うのだ。
大変な目に遭いながらも精一杯、自分にできることをしたポケモンレンジャーと同じくらい、いやそれ以上に頑張らなければならないのだと。

「…………」

アカツキたちのやり取りを見て、イオリは自分の気持ちがレンジャーユニオンに傾きまくっていることを認識せざるを得なかった。
やはり、知っている人間がいる場所で働くことほど安心できることはないと思ったからだ。

(『モバリモ』を作ってしまった責任を取らなきゃいけないのはもちろんだけど、それ以上に、みんなと一緒に働きたいって思うんだよな……)

将来のトップレンジャー候補という特別枠の中にいながらも、トップレンジャーと共に行動しているアカツキとダズル。
オペレーターとして各地のレンジャーに指示を出したり、本部の意向を伝えているリズミ。
立場こそ違えど、レンジャーユニオンが掲げる理念を胸に仕事に邁進していることは変わらない。
そんな彼らと一緒に働けたら……そう思うと、なんだか胸が熱くなってくる。

(もしかしたら、『モバリモ』よりも厄介なものに僕が関わってるかもしれないんだし……)

アカツキたちには黙っていたが、教授からユニオン本部で働かないかと誘いを受けた時、ヤミヤミ団が『モバリモ』よりも厄介なものを開発しているようだと、教授から言われたのだ。
無論、そんなことは口が裂けても言えるはずがない。

(思い当たる節がないわけじゃないけど、『モバリモ』の時点で厄介なのは僕が一番よく知ってる)

『ドカリモ』はヤミヤミ団が開発したもので、イオリはまったく関与していない。
起動すれば、半径五百メートル以内のポケモンの中枢神経に働きかけ、影響を受けたポケモンは範囲内にいる限り、理性を奪われてしまう。
決まった範囲のポケモンに無差別に影響を与えるという意味では性質が悪いと言える。
『モバリモ』は、人とポケモンが仲良くするためのツールとして、イオリがミラカドに騙されて作ったもの。
動力源は『ドカリモ』と同じだが、いろいろと違う点がある。

まずは、その大きさ。
『ドカリモ』は数人でようやく持ち運びができる重量だが、『モバリモ』はやや大きめのノートパソコンのサイズで、大幅な軽量化に成功した。

次に、その機能。
『ドカリモ』は起動すれば一つのことしかできない(ポケモンの理性を奪う)のに対し、『モバリモ』は『ドカリモ』と同じようにポケモンの理性を奪った上に、同じ範囲内にいるポケモンの一体一体に異なった指示を出すことができる。
音波に指向性を持たせる装置を組み込んでいるため、同じ範囲内にいるポケモンでも、あるポケモンには変な踊りをさせ、別のポケモンには延々とジャンプさせ続けるといったことができるのだ。

最後に、人の介在する余地。
『ドカリモ』は一度起動すれば、停止させるまで延々と一つのことを繰り返すだけ。
しかし、『モバリモ』は範囲内のポケモンに一括して命令を出すこともできれば、それぞれのポケモンに違った命令を出すこともできる。
言い換えれば、いろんなことができる代わりに、それ相応の命令を人の手を介して出さなければならないという煩雑さを孕んでいるのだ。

期せずして『モバリモ』を作ってしまったイオリには、それをどうにかするという責任がある。
それは同義的な責任というもので、自分がやらなくても、シンバラ教授をはじめとするユニオンの研究者たちが対処に当たってくれるだろう。
だが、それではイオリの気が済まない。
自分が作ってしまったもので傷ついているポケモンがいるのなら、やはり放ってはおけないのだ。
だから、『モバリモ』をどうにかするためにも、もう一度機能から設計から見直してみる必要がある。

(僕がアンヘルで関わってきたことといえば……)

知らず知らずにヤミヤミ団の悪事の片棒を担がされているのだとしたら、アンヘルに就職してから今に至る半年の間に、他にも何かしていたのかもしれない。
アンヘル・コーポレーションがヤミヤミ団と何かしらのつながりがあるのは、断定ができないだけで可能性としては非常に高いのだ。
そうなると、知らず知らずに仕事の内容が悪事を担っていることは十分に考えられる。

(キャプチャ・スタイラーの材質改良、軽量化に強度補強……そんなの別に悪用されたって大した話じゃないな。
野生的なポケモンのパフュームを香水として利用する方法……も違うか。
あと、応用できそうなものがあるとすれば、アンヘル新本社ビルの……あっ!!)

今までに担当した仕事の中に、ヤミヤミ団の手に渡ったら悪用される可能性の高いものが見つかって、イオリはハッとした。
教授と話をした時はそこまで考えていなかったのだが……

(これは教授にちゃんと知らせとかなきゃまずいかもしれない)

可能性がゼロでない以上、知らせておくべきだろう。
イオリは、話に夢中になっているアカツキたちに言葉をかけた。

「ちょっとシンバラ教授のところに行ってくるよ」
「ん、どうしたんだよ?」
「教授に大事な話があるのを忘れてたんだ。それじゃ、また」
「そっか……オッケー、分かった」
「悪いね、途中で抜けちゃって」
「いいよ、気にしないで」
「ありがとう」

席を立ち、早足で食堂を後にする。
まるで何かに追いかけられているかのような足取りだったが、それはイオリにとって比喩などではなかった。

(アンヘル新本社ビルの上……アンヘルタワーをテレビの新しい電波塔にすること。
それが悪用されたら、大変なことになる。僕のプログラムじゃそういう設計にはなってないけど、安心はできない)

アカツキたちはイオリが足早に食堂を出て行くのを眺めながら、首を傾げていた。

「どうしたんだろ?」
「さあ……なんか、いろいろ考えてたみたいだけど」
「本部で働きたいって言いにいくんじゃないの?
イオリ、ああ見えても素直じゃないところがあるから、わたしたちの前だとそれを言いにくかったのかもしれないわよ」
「な~んだ、水臭いなあ」
「もうちょっと素直になればいいのにね」
「まったくだぜ」
「…………」

リズミとダズルはなにやら好き勝手に言っているが、アカツキにはどうも違うように思えてならなかった。

(本当にそれだけなんだろうか。イオリ、何か浮かない顔してるように思えたけど……)

イオリの気持ちに一番近い場所にいるのは、やはりと言うべきか、アカツキだった。
真面目な性格つながりで、イオリが『モバリモ』を作ってしまったことへの責任を感じていることは、ハーブからそのことを打ち明けられた場に居合わせた彼が誰よりも理解していたからだ。
しかし、それでも予想しえないことはあった。
このイオリの行動が、次に起こる出来事の引き金を引くことになるなどとは。






To Be Continued...

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