不穏の兆し(デューク視点)

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この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください

 エリス、イリア、アスタの三匹が消えてから少し経ったある日。なるべくいつものように過ごしていた儂とサラの耳に飛び込んできたのは、驚くべき情報じゃった。
「サリーが海を凍らせた」
 一体何をどうしたら、スケートをしようと思った、と理由だけで海の一部を凍らせられるのじゃろう。別に海を凍らせなくても、水を弾く場所でエミリオに技を放って貰ってそれを凍らせれば済む話ではないか。
 ……いや、この近くに水を弾いてなおかつスケートができるような、石造りの広い場所はない。仮にあってもこの村からは遠い場所になるじゃろうから、サリーを危険に晒すだけにしかならない。色違いでも改造でもないサリーが、受ける必要のない痛みを受けているのは見ていて決して心地のいいものではない。嫌ならこの村から逃げて貰っても構わない。むしろ逃げて欲しいと思っている。
 じゃが、サリーならきっと「ボクが好きでやっていることだし、それに状況で言ったらデュークさんも同じでしょ!」と笑って言うのじゃろうな。空想のセリフとはいえ、その通りすぎて何も言えないわい。思わず苦笑いをした後、サラと二匹でどのような方法で海を元に戻すかを相談しておると、サラがふと気が付いたように呟いた。
「そういえば、ウェインのやつ森に行くって言ってから戻ってきてないよな。何してるんだろう。また変なことに首突っ込んでないといいんだけどな……」
 サラの呟きを拾い、儂も言われてみればウェインが戻ってきていないことに気が付く。彼が森に消えてから、軽く数時間は経っている。ある程度森を散策したら戻ってくると思っていたのじゃが……。もしや、森で何かあったというのか?
 正体のわからぬ不安が頭をじわじわと支配し始めた時、何やら落ち込んだ様子のサリーが帰ってきた。が不安のせいで頭が一杯だったからか、特に理由も聞かずにウェインについて言ってしまった。
 それを聞いたサリーが慌てて森に引き返していった少し後、大きなリュックを背負ったシャールがふらりと帰ってきた。どうやらエミリオ達を捜しているらしい。
「忙しいところすまないの。ちとウェインの姿が見えなくての。何があったのかと心配なのじゃ。何でもいいから、何か知っていることはないかの?」
 そう尋ねてみると、シャールは偶然にも彼と会っていて、何と凍てつく洞窟に向かったらしいことがわかった。凍てつく洞窟は、最近虫喰いが現れたという噂を聞いたばかりの場所。何の理由があってそこに向かったのかは謎じゃが、今すぐにでも洞窟に行かないとウェインが危険な目に遭ってしまう。
 しかし、氷タイプのポケモン達が多く住むあの洞窟に炎タイプである儂やサラが乗り込んでいったら、あらぬ誤解のせいで向こうが更に攻撃的になってしまうじゃろう。
 どうしたものか……とサラと共に頭を抱えておると、ちょうどいいタイミングでディアナが村へと帰ってきた。慌てて事情を説明すると、彼女も急いで森へと引き返していく。森の向こうへと消える黒と青の体を見ながら、儂達は彼女達が無事であってくれと祈ることしかできなかった。
 そしてウェインだけではなくクレア達もなかなか帰ってこないことに気が付き、これは誤解がどうとか言わずに捜しに行った方がいいのではと思い始めた頃。彼らは無事に村へと帰ってきた。
 ……いや、「体」は確かに無事じゃったが、「心」はどうなのかはわからぬ。エミリオはあの状態になっておったし、彼を連れて来たクレアや眠っているアラン――とはまた違うリーフィアを連れて来たサリー、その他の者達の表情はとても暗かった。
 そのうえ、一見すると普通じゃが時々姿がブレることから虫喰いと思われるツンベアーもいたことから、何かがあったのだけは確かじゃろう。
 一体何があったというのか。今すぐにでも聞きたい衝動に駆られたが、こんな状態の彼らに聞いても余計に状態を悪化させるとしか思えん。それでも何かを言おうとしてくれるクレアに言葉をかけると、しっかりと意味を理解してくれたらしい彼女や他の者達は各々の家へと向かっていった。
 この場には儂とサラ、ディアナの他には寝たままのリーフィア、固まったままのエミリオ、切り株に座ったままのツンベアーが残された。儂らはこのままでいいにしても、三匹をこのままにしておくわけにはいかない。
 まず、正体はわからぬがサリーが連れてきたことから敵ではなさそうなリーフィアと、虫喰いではあるが一向に攻撃態勢を取らないことから敵意のなさそうなツンベアーを、儂達の家の空いている部屋に入れる。
 ツンベアーはともかく、リーフィアは目覚めたら場所が変わっていることに混乱して暴れるかもしれぬが、壊されて困るようなものは置いてないから別にいいじゃろう。部屋を傷つけられても、また直せばそれで済むことじゃしの。
 二匹を無事部屋に入れた後、ディアナにエミリオがしたことを聞きながら元の場所に戻り、なるべく彼を傷つけないよう気を付けながら「説教」を試みる。普段は儂だけで、ダメならサラも一緒に、更にダメならディアナといった他の者も一緒に「説教」をすればエミリオは戻るのじゃが……今回はどうしたのじゃろうか。
 儂、続いてサラ、そしてディアナが「説教」をしても、エミリオの暗い目に光が宿ることはない。確かに今回やってしまった――「優しさ」のせいで仲間が処刑される危機に陥ってしまったこと――は初めてのケースじゃが、エミリオがしでかしたのを毎回皆がどうにかして乗り切ってきた。彼もそれをわかっているから、己を責めている。
 そのことを酷だと思いつつもあえて否定しないまま「説教」をすれば、彼は新たな重みを背負いながらもきちんと戻ってくるというのに……。仲間が消えるかもしれないきっかけを作ってしまった、というショックはその言葉が持つ重み以上に本人にダメージを与えたのかもしれぬな。
 その後も「説教」を試みたが成功する気配はなく、やはりこのまま放っておくわけにはいかないのでリーフィア達とは別の部屋にエミリオを入れると、考えがまとまったらしいアラン――いや、目つきが悪くないからシャールじゃな――やウェイン達が戻ってきた。
 そして最後にクレアがやって来た後、儂は皆の表情を見てからこう言った。

「では、ここに帰ってくるまでの間に何があったのか、教えて貰おうかの」



 話はディアナから始まり、シャール、ウェイン、サリー、そしてクレアと続いた。話を聞く限りシャールは今に至るまでに二、三度入れ替わっているようじゃったが、記憶は共有しているので情報を語る分には問題ないらしい。
 皆、始めはともかく、途中から見たり聞いたりしたことは同じだった。そのせいで話は似たようなものばかりではあったが、それでも個人で感じたことは違うためそれぞれの話はとても興味深いものじゃった。
 全員の話を聞き終えた後、儂は思わずうーんと唸る。元人間を名乗る改造らしきリーフィアの出現もそうじゃが、理性の残っている虫喰いのツンベアーがいたこと。このことに不穏の兆しを覚えるのは、儂だけじゃろうか……? それに、リーフィアの「名前」。皆は彼のことを「イツキ」と言っていたが、もしやそれには「伊月」という字が当てはまるのではないのじゃろうか?
 もしそうだとすれば、アスタ達が消えた理由も察しがつく気がするのじゃが――、

「……ちと、早すぎではないかのぅ?」

「? デュークさん、アタシ達の話早かったか? もしそうなら、ゆっくりめでもう一度話すけど――」
 儂の呟きを拾って、クレアが少し耳を下げる。話すのが早くて儂が聞き取れなかったと思わせてしまったらしい。単なる独り言だ、皆の話はとても聞きやすかったと言うと、クレアの耳はまたピンと立った。へへ、と小さく笑うクレアに、思わず頬が緩む。
 じゃが、のんびりはしていられない。今日はもう家に帰って、ゆっくりと疲れをとって欲しいことを皆に伝えると、急いでサラと共に儂達の家へと向かう。サラがなぜか必死に儂の前を小走りしながら、陽を浴びて輝きを増した黄金色の尻尾をブンと勢いよく振った。
「デュークさん、またエミリオのところに行くのか? だったら、オレの一緒に行くけど……」
 紡がれた言葉とは違い、その声には明らかに疲労が混ざっている。何度「説教」をしても暗い目のまま自分が悪いと返され続けたことで、サラは行く気を失いかけているらしい。それでも自分も行こうかと言っているのは、もはや儂だけではどうにもならない事態だと察しているからに他ならない。
 サラの優しさに目頭が熱くなりかけたが、ここで泣いていても話は進まない。儂は数回瞬きをして熱さを逃すと、前を小走りしたままいつの間にかこちらに顔を向けているサラに向かって言った。
「ありがとのう、サラ。じゃが、サラも今日は色々と聞いて疲れたじゃろう。自分の部屋でゆっくり休むとよい。エミリオは儂が何とかしてみせるわい。……あと、前はきちんと見ていた方がよいぞ?」
「へ? ……むぎゃっ!」
 儂の言葉にハテナマークを浮かべながら前を向いたサラは、狙ったかのようなタイミングで彼女の前にあった木にぶつかり、顔面……というよりは、鼻を強打した。

*****

 鼻をぶつけ、少しばかり涙目なサラに知っていたのなら教えてくれよ、といった文句を言われながら家へと着く。先ほどの失敗からか文句を言っている間も前を見続けていたサラは家の扉を確認すると、勢いよく振り返る。
「デュークさん、無理すんなよ! オレはこれから寝るけど、オレの力が必要になったら無理やりにでも起こしてくれ!」
 そう叫ぶと、サラは扉を開けてタタタタという足音と共に姿を消した。力を貸して欲しくなったとはいえ、寝ている子供を無理やり起こすことなどできるわけなかろう、と心の中で文句を言いつつもその優しさに頬が緩んだのがわかった。
 この場面を他の誰かが見たら、孫にデレデレのおじいちゃんという感想を抱くのじゃろうな……なんてことを考えながら、儂も家の中へと入る。緩んだままの頬を気合を入れて引き締めると、目的の扉の前……エミリオが引き籠っている部屋の前へと来た。
「エミリオ、儂じゃ。ちょっといいかのう?」
 右前足を使いコンコンと控えめにノックをすると、少しの間をおいて中からくぐもったエミリオの声が聞こえてくる。
「……もう、僕のことは放っておいて下さい。僕の『優しさ』のせいで、皆が不幸になってしまうのですから」
 一言も逃すまいとピンと立てた耳に飛び込んできた言葉に、儂の口から思わず苦笑いが零れる。
「……やはり、終わりがなかなか見えなさそうじゃの」
 どうやって眠りの深いサラを優しく、そして素早く起こしたらいいのか。そんなことを考えながら、儂はそっと扉を開けた。

 続く

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