四季村(クレア視点)

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読了時間目安:11分

この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください

 イツキは「敵」の目の前で突然炎の渦を使うという、色々な意味でかなり衝撃的なことをした後、この世界の「常識」に酷く傷ついた顔をしていて……今にも消えてしまいそうな雰囲気を漂わせていた。「元人間」のイツキからしたら、この「常識」はすぐには信じられないもので――とても受け入れがたいものなのだろう。アタシ達も最初はそうだった。でも、今は慣れた。……慣れて、しまった。
 ……後でゆっくりとでもいいから、傷を癒さないといけない。そう考えながら、氷の彫像のように固まってしまったイツキを動かすため、彼の尻尾に軽い電気を流すという少々手荒な手段を取る。
 イツキは尻尾を擦りながら、流れた電気の痛みとその他の理由で歪められた顔をこちらに向ける。琥珀色の目には悲しみがまるで海のように揺らめいており、少しでも衝撃を与えると零れ落ちてしまいそうだった。その目を見て身勝手な理由でイツキを傷つけたオニゴーリ達に対する怒りと、どうしもうもない悲しみが更に増幅する。だが、ここでアタシが奴らに雷を落としたとしても、これだから色違い・改造は……と、アタシ達に対する態度が悪化しかねない。
 アタシは様々な感情が爆発しそうになるのを堪えながら、何とか言葉を紡ぎ出した。

「……イツキ。辛いかもしれないけど、今は耐えるんだ。……目的は達成したから、早くここを出るよ」



 色々と考えている様子ではあったものの、皆「表面上」は無事に村へと帰って来た。村に着いて真っ先にアタシ達を出迎えてくれたのは、キュウコンとロコン――デュークさんとサラだった。二匹はまず固まったエミリオを見ると、困ったような笑みを浮かべた。これはよくあることなので、アタシも同じような表情を返す。
 次に彼らは泣きつかれて途中から寝てしまったイツキを見て首を傾げ、結局ここまでついてきて今は近くの切り株に腰を下ろしているツンベアーを見て目を見開いた。これは珍しいことなので、アタシはどう切り出そうか迷ってしまう。
 なんせ、「元人間」で「改造(目の色の他にも技もいじられている)」のリーフィアと「虫喰い」だけど「ディアナが言うには理性が残っているらしい」ツンベアーだ。いきなり彼らについて言っても、彼らは理解できずに困ってしまうだろう。
 いい言葉が見つからずに口をもごもごと動かしていると、デュークさんは赤い目に穏やかな光を宿す。
「クレア。皆、思うことがあるのじゃろう。だから、今は何も言わなくてもよい。これから少しずつ聞かせてくれれば、それで十分じゃ」
「――あ」
 デュークさんの言葉に、アタシの中にあった妙な責任のようなものがスッと溶けていくのを感じた。一度に色々と考えなければならないことがいくつも起きて、何があったのかと考えて頭の中がゴチャゴチャになっていた。早く伝えなくては、と無意識ながら焦っていたというのもあるのかもしれない。
 でも、説明するアタシがそうでは、伝わるものも伝わらない。アラン達も手伝ってくれるとは思うが、アタシと似たような状態では結果はあまり変わらないだろう。自分達の中で考えがちゃんとまとまってから、自分も相手も納得する説明をするべきだ。
 アタシはデュークさんに向かってコクリと頷くと、自分の家がある方向に向かって地面を蹴った。他にも足音が聞こえたことから、皆も同じ結論に至ったのかもしれない。
「それで、エミリオは今回何をしでかしたのかのう? またみっちり説教をしなくてはならないではないか」
「安心しろデュークさん! オレも一緒に説教をするからよ!」
 走り出した直後、デュークさんとサラの会話がアタシの耳に飛び込んできた。本当は家に帰ることに集中しなくてはいけないのに、意識がどうしてもそちらに向いてしまう。
「……はぁ」
 どうにか意識を目の前の景色に持っていこうと努力はしたものの、無理だと判断して走るスピードを少しだけ緩める。景色が過ぎ去るのが極端に遅くなったと感じながらも、目だけではなく耳にも意識を集中させ始めた。
「――――」
 アタシが駆ける音に紛れて、サクと小さく草を踏む音がする。それとほぼ同時に、ディアナの声が風に乗って聞こえてきた。
「二匹共、エミリオが今回何をしたのかはわたしが簡単に説明するわ。本当は詳細に伝えたいけど、それには皆が一緒じゃないと意味がないから無理ね。ごめんなさい」
 彼女の言葉が空気中に消えた直後、サラの慌てるような声が明確な形を成さないままにこちらに届いてくる。サラの反応からして、ディアナは二匹に対して頭を下げるか何かしたのかもしれない。
 ディアナの言う通り、皆が一緒じゃないと説明はできても意味があまりないから、彼女が謝る必要は微塵もない。デュークさんも何か思うところがあったのか、静かな声でサラを落ち着かせるとディアナよ、と真面目なトーンで語りだした。
「お主が言う『簡単』は、儂らにとっての『簡単』とは少し意味が違う。それに話せない理由も理由なのだから、謝る必要はどこにもない。むしろ誇ってもいいと儂は思うぞ?」
「そうかしら。わたしはその場の状況と分析した結果を、そのまま伝えているだけなのだけれど。あ、前回のことで、二匹だけじゃエミリオを元に戻すのは難しくなってきているとわかったから、わたしも手伝うわよ」
「おお、それは助かるのう!」
「ディアナさん、ありがとな!」
 例えスピードがゆっくりだったとしても、走るのを止めなかったため会話はもうほとんど聞こえない。だが、恐らくどういう風にエミリオを説教……もとい元に戻すかをデュークさんやサラは熱く、ディアナは冷静に語り合っているのだろう。
 ディアナは考えをまとめなくてもいいのかと思ったが、物事を分析してから行動に移す彼女のことだ。村に着く前に考えなんかとっくにまとまっていたに違いない。そう思うと彼女の性格を少し羨ましくも感じるが、ディアナはディアナ、アタシはアタシだ。ないものねだりをしても何も変わらないし、していたところで時間を無駄に費やすとしか思えない。
 ……いつまでもディアナ達のことを考えていては、まとまるものもまとまらないね。いい加減、アタシも家に行かないと。そう自分に言い聞かせてあえて遅くしていたスピードを上げると、それからは何も考えずに地を駆けていった。

*****

 家で自分の考えをまとめ、大半のポケモンが納得する説明ができるという自信を持ってから皆と別れた場所に戻ると、アタシ以外の全員がいた。どうやら、アタシが一番遅かったみたいだ。
 少し時間がかかったようじゃのう、とこちらを見て言うデュークさんと、少し疲れたような表情を浮かべて座るサラ、その横には、彼女を見つめるディアナ。そんな彼らをぐるりと囲うような形に並んでいるのはアラン、ウェイン、サリーだ。……一匹ずつ見てやっと気が付いたけど、エミリオとイツキ、そしてツンベアーがいない。
 アタシの行動を見て何か考えているのかわかったのか、デュークさんがアタシに向けて穏やかな視線を送った。そして、陽の光を浴びて黄金色に輝く九本の尻尾をふわりと動かすと、視線と同じような声を出した。
「あの二匹にはとりあえず、儂達の家の部屋で待っていて貰うことになったわい。念のため、部屋は別々にしてあるから心配はいらん。エミリオは……ちと色々あっての。二匹とはまた別の部屋で引きこもっとる」
「……オレ、今までの中で一番疲れた」
 はぁと力なく息を吐くサラの言葉を聞いて、デュークさんが困ったような笑みを浮かべる。二匹を見て、今回は結構苦戦するかもしれないと思い小さく溜め息を吐いた。
 そんなアタシを見ながら、ディアナがスッと目を細める。
「それにしても、結構時間がかかったわね。これまでのクレアの行動や性格から予想した結果と違ったから、少し驚いたわ」
 その言葉を聞いて、何とも言えない感じが心の中に広がる。遅くなった原因は、恐らくなかなか考えがまとまらなかったことと――あの時の聞き耳だろう。近くにいたシャール――目つきが悪くないのを見る限り、いつの間にかアランと入れ替わったらしい――が、アタシが遅かったことを心配してか、そっと声をかけてくれる。
「クレア、大丈夫? だいぶ考えをまとめるのが遅かったみたいだけど……」
 眉を少し下げ、本気で心配している表情を浮かべたシャールを見て、どう言ったものかと迷ってしまう。家で考えをまとめる時間の方が、聞き耳を立てていた時間より長かったのは事実だ。
 だが、この遅れに移動時間も含めると、原因は限りなく「聞き耳を立てていた」方に偏ってしまう。不幸なことに、アタシが住んでいる家は、このメンバーの中では一番遠い場所にある。なぜあんな遠いところにある家に決めたのかは、もう覚えていない。だけど、足を速くする練習になるとか、体力がついてちょうどいいとか考えていた気がする。
 そんな遠い場所にある家に着く時間は、当たり前だけど他の皆より遅い。駆けだした時のスピードそのままだったのなら、最後になることはなかったはずだ。
 未だに心配そうな目を向けるシャールに、「それもあるけど、聞き耳を立てていたから遅くなってしまったのもあるからね。アンタが心配する必要はないよ」なんて微妙にカッコ悪いこと、言えるわけがない。言ったらすぐにでもアランに入れ替わって、皮肉の一つや二つを言われる未来は見えている。
「心配かけてすまないね、シャール。でもアタシは大丈夫だから気にしなくていいよ」
 少し考えた末笑ってごまかす方法を取ると、シャールはまだ心配そうな顔をしていたものの、それ以上は何も言わずに視線をデュークさんの方へと移した。
 顔では真剣な表情を作りつつ心の中でホッと息を吐いていると、視界の端でディアナがふっと微笑んだのがわかった。顔が微妙にこちらに向けられていたことから、どうやらアタシを見て微笑んだらしい。
 ……ああ、ディアナには今のやり取りで、アタシが遅れた「本当の理由」を分析されてしまったみたいだね。その結果を微笑むだけで誰にも言わないところが、彼女なりの優しさなんだろうけど……。バレたという事実だけで結構恥ずかしい。しかもそれが原因に少なからず関係していた者本人にだと思うと、余計に恥ずかしい。
 羞恥で顔が赤くならないよう必死に表情を作っていると、デュークさんがアタシ達一匹一匹の表情を見てから静かに言った。
「では、ここに帰ってくるまでの間に何があったのか、教えて貰おうかの」
 アタシ達はその声を聞き、アイコンタクトでやり取りをすると端にいたポケモン――ディアナから「自分が見たこと」を語りだした。

 続く

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