20話 出発

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この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください

2020年7月27日改稿
「ここが食堂。 そっちが風呂場、んでこの先がグラウンドになってる」

とんとん拍子に施設を案内してもらっているハルキ達はそれぞれ「へぇー」や「ひろーい」といった感想を口々に述べながら、ギルドの中を進んでいった。

「ここは医務室よ。 基本的にこのギルドに在中している医療班の誰かがいるから、怪我をしたり、具合を悪くしたらここで見てもらうの。 せっかくだし、挨拶していきましょうか」

扉を開けて部屋にはいると、今までの茶色を基調とした壁の色が白を基調とした色に変わっていた。
部屋の中には4つ机があり、薬品やら書類やらが無造作におかれている机もあれば、キッチリ整頓してある机もあって、使用している者の性格がなんとなくわかる。
壁際に置かれている大きめの棚には様々な資料やカルテと思われる紙がジャンルごとに区切られて保管されているようだ。
部屋に備え付けてあるベッドの数は3組で、ベッド毎にしっかりカーテンもついている。
なにより、このベッドは今までのように藁を敷き詰めたものではなく、ちゃんと起き上がりやすいように鉄の骨組みで少し浮かせた土台の上にふかふかの布団がおかれている。
人間世界で見慣れた病院にあるベッドに限りなく近い形状であった。

「リルだけど、誰かいる?」
「リル? 帰ってきたのね。 おかえり」

返事とともに部屋の奥にあるベッドのカーテンがめくられ、中から白衣を着たハピナスがでてきた。

「あら、患者がいるのに邪魔しちゃって悪いわね」
「別にいいわよ。 患者と言っても、バカ妹がアイス食べ過ぎてお腹壊していただけだから。それに最近、ギルドのポケモン達は依頼で留守にしていることが多くて、暇してたの」

そう言うハピナスの後ろのベッドには苦しそうな顔をしたラッキーが寝ていた。

「なんだぁ? ラディの奴、医者なのに腹壊してんのか?」
「いくらおいしいからって、バイバニラのアイスを1匹ひとりで10個も食べたら誰でもお腹を壊すわよ」
「うぅ……じゅっ、10個も食べてないもん! 9個だけだもん」
「大差ないわよ!! まったく、怪我をしたポケモンがいない日で良かったわ」
「なんか、間抜けなポケモンだねー」
「うっ!」
「ヒカリ、ストレートに言いすぎだ。 ここは、アイスが好きなんですね~! みたいにさりげなく話をきってあげるのが優しさってもんだ」
「アイト、それを本人の目の前で言ってちゃ優しさにならないよ」
「あっ」

アイトは口を手で塞ぐが、すでに言葉はお腹を壊したラッキーの元に届いてしまったようでラッキーは涙目になっていた。

「ぐすん。 いいもん! どうせラディはダメな医者だもん……!」
「もう! いちいちそんなことでメソメソするんじゃありません!」
「子供には気を使わせちゃうし……ぐすん。 お姉ちゃんには怒られちゃうし。 ……ぐすっ」
「あ~、もう! だったらしばらくそのまま泣いてなさい! お姉ちゃん知らないから!!」

ハピナスが勢いよくカーテンを閉めた。
カーテンの中からはすすりなく声がいまだに聞こえる。

「なんかすみません。 僕の友達が失礼なことを言ってしまって」
「気にしなくていいわ。 あの子がメソメソするのはいつものことなのよ。 ところで君達は?」
「そうそう、この子達は今日から救助隊に入る子達よ。 ハルキ君、ヒカリちゃん、アイト君よ」

リルがハルキ達を手で示しながら紹介した。

「あらそうなの。 私の名前はハクナ。 この町で医者をしているの。 救助隊の医務室には医療班のメンバーが日ごとに2匹ふたり在中しているのだけど、今日は実質1匹ひとりね」

ハクナはカーテンが閉まったベッドの方にチラリと視線を向けた。
カーテンの奥からはまだすすり泣く声が聞こえてくる。

「はぁ……。 それで、あの中でお腹を壊して泣いているのが私の妹のラディよ」

ハクナはため息をつきながらお腹を壊して絶賛泣いている最中の妹を紹介した。

「バチュ! バチュ! バチュ~!!」

一通りの紹介が終わったところで、ヒカリの頭上で大きな声をだしてバチュルが騒ぎ始めた。
どうやら自分だけ紹介されなかったので怒っているようだ。

「あー、ごめんね。 あなたは救助隊に入るわけじゃないからとばしてしまったわ。 この子はここに来る道中で出会ったバチュル。 救助隊で保護する事になったの」
「そう。 よろしくね」
「バチュチュ!」

小さな体を精一杯仰け反って、胸を張ろうとしている姿はとてもかわいらしかった。

「そういえばあなた達はこのバチュル以外、みんな名前があるのね」
「何か変ですかね?」

そういえば、この世界は中途半端に名付け文化が浸透している世界だ。
それを知らないアイトは普通に聞き返してしまったが、この世界では結構常識な感じあるし、変に怪しまれたりしないだろうか。

「別に変というわけじゃないわ。 ただ救助隊に入るメンバーは個々をわかりやすくするために名前がないポケモンにはつける必要があるのだけど、その手間が省けて良かったって話よ」

ハクナはさらりと言った。
変に疑われたりしなくて良かったとハルキは一安心した。
もし、疑われていたら、人間だった事を隠しながら上手く説明をしなくてはいけないところであった。

「あれ? もしかして、ザントとリルは救助隊のメンバーに名前つけてもらったの?」
「いや、俺達は子供の頃にお互いにつけあったのをずっと使っている感じだな」
「へぇ~、2匹ふたりは子供の頃から仲良しだったんだねー」
「ま、ただの腐れ縁だけどな! ハハハッ」
「もう。 ザントったら……」

ヒカリの疑問に笑いながら答えるザントの後ろでは顔を少し赤くしているリルがハルキの目に入った。
どうやらリルはザントに対して特別な思いがありそうだが、ここまでのザントの性格かして進展は遅そうだ。
挨拶もし終えたところで、これ以上、医務室にいると仕事の邪魔になってしまうのでハルキ達は医務室を後にすることにした。

――――――――――――――――――――

「そんでここがこのギルドの宿泊施設である寮だ。 俺らの部屋は3階の端にあるからちょっと遠いぞ」

救助隊で働くポケモン達が寝泊まりする寮は、ギルドと同様に白を基調とした3階建ての建物で、縦ではなく横に広い構造となっていた。
建物の内部もギルドと同じで明るい茶色を基調とした色で塗装されている。
あとから聞いた話だが、壁が茶色なのは元々、自然の中で暮らしていたポケモンにストレスを与えないよう少しでも工夫した結果らしい。
3階の端に位置するザントとリルの部屋はそれぞれ別室になっていて、奧がザント、手前がリルの部屋となっている。
まあ、人間でも異性同士で同室よりもプライベート空間がある別室のが色々とトラブルも少ないし、理に適っているだろう。
本日はどちらかの部屋にハルキ達が泊まる事になっているので、余計なトラブルを回避するためにも、ハルキとアイトがザントの部屋で、ヒカリとバチュルがリルの部屋で寝泊まりすることが決まった。
その後、日が沈んでから食事をとり、長旅の疲れもあってさっさと全員寝てしまった。
余談だが、ザントの部屋は想像と違って普通に綺麗に整頓されていてアイトが
「絶対に汚いと思った」などと失礼なことを口走って頭を小突かれていた一幕もあった。

――――――――――――――――――――

翌朝、朝食のリンゴをサクッと食べ終え、副団長に頼まれた依頼を受けるべく準備を進めていたハルキ。
昨日のうちに渡されていたレベルグを中心とした周辺の簡易地図を広げ、目的地である地点を事前に確認する。
聞いていた情報通り、地図上で見ても目的地であるイーブイの里はそんなに離れてなく、昼に出発してから、のんびり歩いたとしても、夕方には着くぐらいの距離であった。

「3日~5日って言ってたけど、これ急げば2日で戻ってこれそうじゃないか?」

アイトの言うとおり、今日中にイーブイの里について話をしてしまえば、次の日に頼まれた石を受け取って、帰ってこれそうである。

「いや、これは俺とリルが行くとしても最短で3日の依頼だ。 いくら簡単そうな依頼でも不足の事態ってのは起こりえるもんだ。 そうした事の対処も考慮して、体力面などにも余裕を持たせられる予定にするのが一番なんだよ」
「なるほど。 ……確かに無理して急ぐよりも余裕を持った方が気持ち的にも楽ですもんね」
「そういうことだ。 ま、お前らは今回が初めてだから余裕を持って5日ぐらいって言ったんだろうな。 それに、急いで戻ってきても技能測定は受けられないんだ。 どうせなら、ゆっくりイーブイの里でも観光して帰ってきたらどうだ?」

確かに、急いで戻ってきたとしてもギルドの団長は帰ってきていないだろうし、むしろ約束の日程まで暇な時間を増やしてしまう可能性もある。
もちろんレベルグを観光するという手もあるが、それは予定通りに行って帰ってきてからでも十分にできるだろうし、せっかくイーブイの里に行くのならどんな所か見ておきたいという気持ちもある。

「ハルキ。 焦る必要もねぇんだったら、ザントさんの言う通り、ゆっくりでよくないか?」
「そうだね。 ……それにしてもヒカリとリルさんちょっと遅いね」

ハルキとアイトとザントの3匹さんにんが今いるのは、ギルドのロビーにいくつか設置されている作戦会議用の机と椅子があるスペースだ。
ザントの部屋を出た際に、リルの部屋に声をかけたが誰の返事もなかったので、てっきり先に行っていると思っていたがロビーにヒカリ達の姿は無かった。

「道に迷ってるんじゃないか?」
「リルさんがいるのに? それはいくらなんでもないでしょ」
「あー、俺はなんとなく予想ついたよ。 こういう時のリルは大体……」
「ハァ~、さっぱりした! おはよう、みんな!」
「おはよ~う! ハルキ! アイト!」
「バチュ~」

そう言いながら表れたヒカリ達、3匹さんにんは顔をやや赤らめ、体から若干湯気を立ち昇らせていた。

「……やっぱり風呂か」
「せっかくギルドに帰ってきたんですもの。 入らなきゃ損だわ」
「なにも朝から入らなくてもいいだろ」
「朝に入るからいいんじゃない。 それに昨日は疲れてさっさと寝ちゃったから入ってなくてモヤモヤしてたのよ」
「すごく気持ちよかったよ~! 外風呂の景色も綺麗だったし!」
「バチュチュ~♪」
「そ、それは良かったな……」

満面の笑みを浮かべるヒカリとバチュルとは対照的に苦笑いのザント。
もしかしたら、ザントはタイプ的に水が苦手なので、お風呂も苦手なのかもしれない。
そんな事を考えている間に、アイトがここで話していたことをざっくり3匹さんにんに伝えた。
ハルキ達が決めた意見に反対するものはおらず、焦らないでゆっくり依頼をこなす方針に決まった。

――――――――――――――――――――

「それじゃあ行こうか!」
「バチュ……」
「もー、そんな顔しないでよ! またすぐ会えるから!」
「これが今生の別れってわけでもないし、すぐ帰ってくるから、お利口に待っててくれよな」

アイトがそう言いながら寂しそうな顔のバチュルの頭を優しく撫でた。
ハルキ達に懐いているとはいえ、ギルドで保護をすることになったバチュルを依頼で町の外に連れて行くわけにはいかないので、バチュルはこのままギルドでお留守番という事になった。

「ザントさん、リルさん! お世話になりました!」

今回の依頼にザントとリルは同行しない。
つまりここでいったんお別れだ。
短い時間とはいえ、お世話になったのでお礼はしっかりと伝えておきたい。

「気にすんな! とりあえず俺から言える事は楽しんでこい! これだけだ!」
「ザント、ハルキ君達は観光だけが目的じゃないのよ」
「そんなこと、わかってらぁー」
「ハルキ君、ヒカリちゃん、アイト君。 初めてで色々不安かと思うけど頑張ってきてね!」
「はい!」
「うん! 私、楽しんで頑張って来るよー」
「俺もヒカリと同意見です!」
「よろしい。 それじゃあ、気をつけて行ってらっしゃい」
「「行ってきます!」」

こうして、ハルキとヒカリ、アイトの3匹さんにんはイーブイの里を目指してレベルグから出発した。

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