第4話 勇気

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読了時間目安:7分

この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください

 …自分はなんて気が弱いんだろう。今日は、それを一段と深く感じさせられたような気がする。

 あたしは探検隊に憧れていた。探検隊___、ポケモン達の依頼を解決しつつ、まだ見ぬ秘境や宝を求めて世界をまわる、とってもかっこいいポケモン達。
 いつか、あたしもなってみたいなぁ…そう思いながら時は過ぎていって、プクリンギルドの噂を聞いた。すぐさま一念発起して家を出て、プクリンギルドに来たまでは良いけれど、怖くて中に入れなかった。本当に自分なんかが入れるのだろうか、入れるわけないんじゃないか。無駄だということは分かっているのに、どうしても後ろ向きのことばかり考えてしまう。
 そんなもやもやとした気持ちを抑えて入ろうとしても、入り口の前、足元の鉄網から聞こえてくるあの“声”が、不安をどうしようもないほどに煽って、あたしは耐えられなくなってしまう。そしてそのまま、入ることもせずにギルドをあとにするのだ。

 そんな日々が数週間も続いた。今日こそは、と思ってあの宝物までも持ち出して来たというのに、結局ダメで、しかもその宝物はドガース達に奪われてしまった。

 海岸で出会ったピカチュウは、あたしを弱虫だと言った。その通りだと思う。自分が憧れていた探検隊とは程遠い、意気地無しの自分がいっそう嫌になった。でも、彼は取り返そう、と言ってくれた。その言葉は、どうしようもない自分を変える、最後のチャンスのように見えた。

 嬉しかった。


 そんな彼が、シン君が…目の前で倒れていく姿を、あたしはただ見ているだけだった。

 「シン君…」

また、頼りなく声を漏らした。小さい声。分かってる。海岸で、取り返すって決めたのに。何をうじうじしてるんだあたしは。

 (弱虫のままでいいの?)

 その言葉を、頭の中で反芻する。何故か懐かしいその言葉。理由は分からない。ただ一つ分かることといえば、彼が倒れてしまった今、取り返せるのは自分だけだということだ。
 勇気だ。勇気を、振り絞るんだ。動け、動けあたしの足。



 「うわああああ!」

ありったけの大声と共に、あたしは二匹に突っ込んだ。もちろん易々とかわされる。ひらりと宙返りしたズバットが、あたしの背中に噛みついた。力が抜ける。振りほどこうと体を揺らしたりしても、ズバットの噛む力はどんどん強くなり、ますます力が抜けていく。
 「そのまま押さえてろよ、ヘッジ」
そう言ってドガースが膨らんだ。さっき、シン君にやって見せた“スモッグ”を撃つつもりなのだろう。あれを喰らっては彼と同じ結末を迎えてしまう。それだけは、ダメだ。

 あたしは地面の砂を、ドガースめがけて思い切り蹴っ飛ばした。“すなかけ”、ダメージは与えられないけれど、怯ませることくらいできるはずだ。

「うっ!?なんだこれ!」

 狙い通り、砂はドガースの目に命中し、彼は怯んで膨らむのを止めた。今のうちだ。ズバットがドガースに気をとられていたので、あたしはわざと背中から倒れてズバットを地面にぶつけてやった。

「げふっ!?」

 噛む力が弱まった。あたしは咄嗟に跳ね起きて、ズバットを振りほどく。
 でも、問題はこれからだ。ドガースはだんだん目が見えはじめ、もう一度“スモッグ”を繰り出そうと膨らみ始めていた。鬼気迫る表情で、今度はたとえ“すなかけ”を食らっても放つことを止めないだろう。距離をとろうとしても、後ろではすでにズバットが起き上がり、逃がすまいと構えている。………どうしよう、他になにか…できることは……。
 後ろに下がることもできない。そのまま立ち尽くす。二匹が迫ってくる。あたしは必死で頭を回す。でも、出てくるのは……「諦めろ」という悲しい声だけ。
 ……万事休す。認めたくないその状況を、頭のなかで噛み締めた。

 その時だった。





 「ぎゃふぁ!」

 ドガースに突如落雷が落ちた。焼け焦げ、地面にドサッと落ちる。背後にいたのは、モモンの実を口に食わえたピカチュウ…シン君だった。

 「てめぇ!よくもガスケを!」

 攻撃を喰らいつづけてもはや瀕死のズバットが、シン君に攻撃を仕掛けた。彼は落ち着いた様子でそれを交わして羽をつかみ、“電気ショック”をお見舞いする。どうやらズバットは断末魔をあげる気力もなかったらしく、羽はだらん、と垂れて気を失い、シン君が手を離すとそのまま地面に落ちてしまった。

 シン君は両手を上にあげて伸びをして、あたしの方を見た。無意識にビクッと体が震えてしまった。理由は分からない。シン君はそれに気づいた様子も無く、右手をあたしの方に差し出しこう言った。

「ナイスガッツ。よく頑張ったな」

「あ、ありがとう」

 あたしはぎこちなく返事を返した。彼が「ん」と右手をぐいとこっちに出してきた。数秒経って、それが労いの握手だということに気づいたあたしは慌ててそれに答えた。

 それから、あたしは石板だけ抜き取って帰ろうって言ったのだけど、シン君は「メアリーに謝らせる」と言って聞かなかった。あたしは何となく引目を感じたけど、そもそもどっちが石板を持っているか分からないし、ドガースの体を前足で探るなんてことは死んでもイヤだったのでシン君の言う通りにした。













 しばらくするとドガースの方が目を覚ました。でも、起きて最初の一言は謝罪ではなく罵声。そのあとどこからともなく取り出した石板をあたしの方に投げつけ、ズバットを背負って逃げるように帰っていった。結局謝りもしなかったのだけど、シン君はどこか満足そうだった。なぜかはよく分からない。



 「帰るか」

 シン君がそう言って、あたし達も「海岸の洞窟」を後にした。行きと違って帰りの道のりはあっさりと終わり、すぐに海岸に戻ってきた。

 シン君は黙って海を見ていた。その目は何か遠くを見ているような、または何かを待っているようにも見えた。あたしも隣で、クラブ達の吹く泡が浮かぶ、夕焼けの海を黙って見ていた。

 今日は、大丈夫そうな気がする。手に持った石板の欠片を見て、そう思った。石の表面の描かれたその不可思議な模様を見ると、なんだか勇気が湧いてきた。うん、言おう。言うんだ。

 「ねえ、シン君」

シン君はこちらの方を見た。



 「あたしと、探検隊をやらない?」
一日一話投稿を三日で破ってしまい本当に申し訳ないです。お詫びとしてもう一話を夜に投稿いたしますのでなにとぞ。

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