6-4 対策の必要性

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この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください

 難なく“死相の原”を突破した僕達は、予定通り“黒の花園”に辿り着く。
 会えるかどうか心配だったけど、僕達はそこでイベルタルのイグレクさんと再会する。
 初めて会うランベルさんは凄く驚いていたけど、僕はイグレクさんに事情を説明しようとする。
 だけど事前に保安協会の代表から話しが行っていたらしく、逆に僕達が驚かされてしまう。
 それに加えて、イグレクさんからダンジョンの名前の由来も教えてもらった。

 [Side Ratwel]




 「…この辺りが突入口だ」
 「この辺が、そうなの? 」
 「うん。シルクの後を追いかけてきた時も、この辺だったかな? 」
 結局今も行方が分かってないけど…、シルク…、大丈夫かな…? イグレクさんの案内で黒い花畑を進む僕達は、他にもいくつかの事を話し合う。イグレクさんが保安協会の代表と知り合いみたいだから、ここまでの間にシルクのことも聞いてみた。…だけど流石にイグレクさんも何も知らないらしく、逆に力になれなくてすまない、って謝られた。
 それシルク以外の情報交換も済ませた辺りで、三メートルぐらいの高さを飛んでいたイグレクさんが地上に降りてくる。僕達の方を向いた状態だから、彼は背中を見るような感じで後ろを目線で示す。僕はシルクの件で最近来てるけど、詳しい場所までは教えてもらっていない。だから見上げて尋ねるベリーの横で、この間のことを思い出しながら答えておいた。
 「この辺が? 周りとあなり変わらないように見えるんだけど…」
 「確か黒い花で突入口を隠しているんですよね? 」
 「“黒陽草”で、でしゅか? 」
 「ああそうだ。ラテは知っていると思うが、ちょっとした幻覚のようなもので隠している」
 詳しくは分からないけど、伝説の種族の誰かの“チカラ”で隠しているんだっけ? イグレクさんの後ろをのぞき見るような感じで、ランベルさんは黒い花畑に目を向ける。僕もランベルさんと同じで違いは分からないけど、そのぐらい区別が分からなくなっている。知り合いに頼んで隠すつもり、ってシルクを運んでる時に言ってたから、この幻覚? が無ければ今も大きな穴が見えるんだと思う。本当にその通りらしく、イグレクさんは声のトーンを落とし、神妙な様子で答えてくれた。
 「何かよく分からないけど…、そうなんだね? 」
 「うん。とりあえず…、ベリー? 」
 「うん? 」
 「シルクから貰った“時の御守り”…、外してくれる? 」
 「御守りを? 」
 シルクには悪いけど、着けてたら突破できなくなるからね…。ベリーもいまいち分かってないみたいだけど、彼女は彼女なりに理解したつもりなのかもしれない。何かを確認するような感じで、彼女はイグレクさんの方を見上げる。すると彼はこくりと無言で頷いたから、そっか、って小さく呟く。黒い花に紛れているソーフも似たような感じだから、きっと彼も同じなのかもしれない。
 それで話しが一段落したから、僕はパートナーにこんな感じで話しかける。“弐黒の牙壌”の事は予め話してはあるけど、例の御守りは外してないからすぐに伝える。同時に僕も、右の前足のブレスレットを口で咥えて取り外す。水色のソレを鞄にしまってから、不思議そうに首をかしげるベリーに視線を戻した。
 「うん」
 「“時の御守り”? 」
 「そうだ。あのエーフィが作った物らしいが、素早さが変動しなくなるそうだ。確か“時の歯車”と同じ素材で出来ている、と“刻限”が言っていたな」
 「ツェトさんの事だよね? うん! …ラテ、外したよ」
 持ってるのはハク達と僕達、それからウォルタ君とシルク達だけだから、ある意味貴重な装備品かもしれないね。僕に頼まれたべりーはこくりと頷くとすぐに外してくれる。ベリーは同じ御守りでも耳飾りになっているから、右の耳元を爪先で触る。慣れた手つきで仕舞っている間に、イグレクさんが代わりに御守りのことをマスターランクの彼に説明してくれる。地位名で誰のことなのかすぐに分かるから、ベリーはその人の名前を口に出して訊いていた。
 「じゃあ…、ベリー、ソーフ、ランベルさんも、さっき渡したドリンクを一つ、飲んでくれますか? 」
 「シルクさんの薬だね? 」
 「そうだよ! あと“音速の種”もだよね? 」
 「うん」
 「…準備は出来たようだな」
 この二つが無いと、“弐黒の牙壌”の踏破は無理だからね…。僕が例の物の事を言ったら、ランベルさんはすぐに返事してくれた。これもライルさんの上で渡してあるから、彼はそのうちの一つの小瓶をすぐに取り出す。種の方は突入してから食べるつもりだから、僕も出したのは薄水色の液体が入ったそれだけ…。前足で押させた状態で口で咥えて蓋を外し、右の前足で持って一気に飲み干した。
 「はいでしゅ! 」
 「ではラテ、“ビースト”の件、頼んだぞ。…無事を祈る」
 「はい! じゃあ、いきますよ! 」
 「うん! 」
 「何が起こるか分からないから、気を引き締めていかないとね」
 最悪の場合命に関わることになるから…、一回突破してるけど、気を抜けないね。空になった小瓶を片付けてから、僕は一通り三人に目を向ける。いつも以上に真剣な様子で激励してくれたイグレクさんにも頭を下げ、気を奮い立たせるためにも声をあげる。一応ランベルさんの名前で申請はしてあるけど、今回のチームリーダは僕、って事になっている。ランベルさんには少し気が引けるけど、三人に呼びかけてから一歩前に踏み出す。大きく前に跳びだし、僕は幻覚で隠されている大穴に先陣を切って飛び込んだ。




――――




 [Side Ratwel]




 「ええっ? ちょっ、ちょっと待って! どどどっ、どうなってるの? 」
 「わっ分からないよ! ラツェル君、もしかしてシルクさんの時も…」
 「ううん、野生はいましたけど、こんな事にはなってなかったですよ! 」
 ぼっ、僕も訳が分からないんだけど? 黒い花畑の中の大穴、“弐黒の牙壌”の突入口に飛び込んだ僕達は、難なくダンジョン地帯に着地する。前足から地面について衝撃を逃がしたけど、後ろ足が続く前に僕…、この様子だと三人も、予想外の光景に言葉を失ってしまう。
 「そうなんでしゅか? でしゅけどラテ、隠してたはずなのにこんなにも倒れてるなんて、おかしくないでしゅか? 」
 何故なら幻覚で突入口が隠されているはずなのに、僕達がいるフロアには、沢山の影…。おまけにどれも力なく倒れいて、こんなに大声を上げているのに全く反応が無い。
 「そのはずだよ! 」
 一瞬誰かが野生を倒したって事も考えたけど、それならすぐに野生は消える…。それにぱっと見た感じだと、戦った形跡が全くない。
 「だからもしかすると…、何でここにいるのかは分からないけど、ダンジョンの地形にやられたかのもしれないよ…」
 一人とか二人とかなら、シルクみたいに穴に落ちた…。コレが一番あり得るけど、今僕達がいるエリアだけでも六人が気を失っている。種族もバラバラで、僕が知る限りではどのチームにも当てはまってない。そもそも“弐黒の牙壌”の場所自体公開されていないから、こんなに大勢がこの場所にいること自体があり得ない事なんだけど…。
 「地形に…? 」
 「かもしれないでしゅ…。ゴロンダの脈を診たんでしゅけど…」
 「ギガイアスも…だめ。手遅れみたい…」
 「こっちも…」
 ダメ元で倒れているうちの一人の元に駆け寄り、手首の辺りに右の前足を添える。僕が診てるのはブーバーンだから、無事ならかなり高い体温でやけどしそうになるはず。…だけど赤黒い鎖を着けられた彼の体温は、氷タイプぐらいに冷え切ってしまっていた。
 僕と同じように、ベリーとソーフ、ランベルさんも、別々に容態を診てくれる。だけどソーフは言葉を濁し、ベリーも残念そうに首をふるだけ…。そうなると考えられるのが、このダンジョン自体に命を吸い取られた、って言うこと。出来ることなら助けたかったけど、この感じだと他の二人も…。
 「ラテ…」
 「分かってるよ…。残念だけど、行かないと…」
 今までに何回かあったけど…、やっぱり…、慣れれるものじゃないいね…。突入して早々だけど、あまりの惨状に空気が沈み込んでしまう。僕自身これ以上言葉が何も出て来ず、つい俯いて黙り込んでしまう。…だけどベリーが肩の辺りをぽんと軽くたたいてくれたお陰で、何とか気を持ち直す事が出来た気がする。チームリーダーの僕がしっかりしないといけない、自分に心の中でこう言い聞かせてから、顔を上げてぽつりと呟いた。
 「でしゅ…、よね…」
 「うん。…ラツェル君、“音速の種”を使えば良いんだよね? 」
 「はい。ソーフは…、一応僕の背中に乗ってくれる? 」
 「ラテの、でしゅか? 」
 「そうだよ。探索用にロープを持ってきたから、絡まないように持ってて」
 「ロープって、何か原始的な方法だね」
 あの時はアーシアさんと会えたから何とかなったけど…、今回はいないからなぁ。多分確認のためだと思うけど、何とか気を取り直したランベルさんは僕に尋ねてくる。これも十分な数を一人ずつに渡してあるから、その都度食べてもらうことは出来ると思う。だから僕は大きく頷き、この流れで一番小さい彼にこう頼む。ソーフは不思議そうに首を傾げたけど、僕はそのまま訳を話す。横目でチラッと背中を示したから、多分納得はしてくれると思う。…確かにベリーの言う通り原始的な方法だけど、少しでもダンジョンにいる時間を短くするなら、これが一番良い気がする。予めロープの端と端を結んであるから、計ってはないけど結構な長さがあると思う。シルクの時に種二個分で走り切れたから、多分…。
 「そうだけど、目で見てすぐ分かるからね。じゃあ…、時間か惜しいから、今“音速の種”を食べて。すぐ出発するから」
 「うん。私はいつでもいいよ」
 「僕も大丈夫だよ」
 「ミーもでしゅ」
 今回の目的は“ビースト”の討伐だけど、そもそもたどり着くこと自体が難しいかもしれない。シルクの時は僕とアーシアさんだけだったけど、今回はベリーとソーフとランベルさん…、倍の人数がいる。戦闘自体は問題ないと思うけど、歩幅とかの関係で同じスピードで走ることは出来ない。…それにもし突破に失敗したら、それはそのまま死を意味する…。だからここでの潜入は、絶対に失敗は許されない。“音速の種”とシルクの“回復薬”は十分持ってきてはいるけど、時間との闘い、だから…。




  つづく……

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