Mission #155 最初の関門

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読了時間目安:31分
残り十五分の制限時間は刻一刻と減少している。
セブンが制限時間を宣言したのも、彼ならばそれだけの時間があればムクホークをキャプチャして戻ってこられるということだ。
どれだけアカツキに合わせてくれているかは分からないが、行く前から足手まといに成り下がるのはお断りだった。
アカツキはセブンが向かっていったのとは反対側――北東の森に足を踏み入れた。
ユニオン本部から近い場所なら立ち入ったことがあるのだが、今まで行ったことのある場所に、ムクホークはいなかった。
……となると、かなり奥まで踏み込んでいかなければならないのかもしれない。
朝方の森の空気は思いのほかひんやりしており、陽光がそれほど入ってこないことも相まって、少しでも気を抜くと肌寒く感じられるほどだった。
だが、そのひんやりした空気が肌に触れる感触が、今に限っては心地良い……緊張感を保ってくれるような気がしていたからだ。

(障害物が多いから、ムクホークを捜し出すのは難しいな……)

木の葉の絨毯を踏みしめて歩きながら、アカツキは思った。
頭上には樹木の枝葉が生い茂り、地面に近い高さでも茂みが生い茂っていたりして、障害物はかなり多い。
しかも、周囲にはコラッタやピカチュウといった野生ポケモンの姿も見受けられる。
『威嚇』を持つムクホークが近くにいれば、敏感なポケモンたちはすぐに身を隠すだろう。
つまり、この辺りにムクホークはいないということだ。

(まともに捜し出すんじゃ時間が足りなすぎる)

ムクホークをキャプチャした後は、三十秒もあればユニオン本部の前まで戻ることはできる。
ムクホークを捜し出し、キャプチャするまでの時間が十五分と考えればいいのだが、障害物の多い場所で普通に捜すには、あまりに時間が足りなすぎる。
そうなると、他の方法でムクホークと遭遇しなければならないわけだが……

(セブンさんはそこまで計算して、時間を制限したのか……?)

まともにやっていたのでは間に合わない。
そんな時、他にどんな方法を採れるのか……?
一筋縄では行かない状況に差し掛かった時に、その時の状況に応じて何ができるのか……?
現地へ向かう前に、今のアカツキにはどんなことができるのかを、セブンは見定めようとしていたのだろう。
そこに気づいたという点では、第一関門をクリアしたとも言えるのだが、問題はその先だ。
できることを捜し、それをいかにして実行に移し、成功させるか。
そこまでクリアできなければ、現地で足手まといに成り下がることを意味する。

(冗談じゃない。出かける前からリタイアなんて、そんなの嫌だ)

ぐっと拳を握りしめ、どうにかならないかと方策を思案する。
むやみに歩き回ったところで、周囲にポケモンの姿が散見される以上、ムクホークが近くにいないことは明白だ。
だったら……

(歩き回ってるだけじゃタイムアップだ。
なんとかしてムクホークを誘い出せればいいんだけど……)

姿の見えない相手を誘い出せれば、制限時間内に課題をクリアすることもできるだろう。
……いや、それが唯一の方法だ。
アカツキは立ち止まり、口元に手を宛てて考えた。

「…………」

ムックは、アカツキになにか良い考えがあるのだろうと思い、彼のすぐ傍の地面に降り立ち、翼をたたんでじっと待つことにした。
パートナーが向けてくる視線をひしひしと感じながらも、冷静さを保って方策を探る。

(ムクホークは気性が荒くて好戦的なポケモンだから、そこのところを利用できればいいんだけど)

ムクホークといえば、ハーブのパートナーポケモンであるフィートが同族にあたる。
種族的な性格として、気性が荒く好戦的。言い換えれば、血の気が多い。
そういった種族的な性格や特徴を利用して、なんとか誘い出せないか。
考えた末に導き出された答えは、ムックに挑発してもらうことによっておびき出すという方法だった。

(おびき出すだけならムックでも大丈夫だし、キャプチャするのにサポートもしてもらえるから一石二鳥だ。
よし、それで決まりだ。
だったら、場所を移さなきゃ)

ムックはムクバード。
相手はその進化形であるムクホークだ。
どう足掻いてもパワーでは勝ち目がないが、小回りはムックの方が利くだろうし、障害物の多い森の中では身体が小さいほど身軽に動ける。
全力で戦いを挑む必要はなく、キャプチャまでの時間を稼いでもらえばそれでいいのだから、ムックでも十分にムクホークの相手はさせられる。
とはいえ、気乗りしないのなら無理にやらせるわけにもいかず、アカツキはムックに意見を求めることにした。

「ムック。これからムクホーク……キミより大きなポケモンを相手にキャプチャするけど、無理に全力で立ち向かおうとしないで。
現場に着く前に疲れちゃうんじゃ困るから。
キャプチャまでの時間を稼いでほしいんだけど、やってくれるかな?」
「ムクバーっ♪」

言葉をかけると、ムックは大きな声で嘶いた。
言葉の意味が丸ごと伝わっているわけではないのだが、アカツキが何かしら大きなことをやろうとしていることは雰囲気から十分に伝わっていた。

「よし……それじゃあ場所を移そう」

ムックがやる気満々なのを見て、アカツキはホッと胸を撫で下ろした。
やるべきことさえちゃんと分かってくれれば、へそを曲げられることなどないと思ってはいたのだが、この分なら大丈夫だろう。
まだムクホークに乗ることは伝えていないが、そこは後で伝えればいい。
そう思いながら、アカツキは何度か行ったことのある、木立の少ない、森の中にしては比較的頭上の開けた場所に向かった。
ここまでの移動で約三分、残りは十二分だが、戻りの時間も考えれば、キャプチャにかけられる時間は長くても十分だ。

(ここからが本番だ……)

アカツキは頭上に覗く空を見上げながら、ごくりと唾を飲み下した。
ムクホークのキャプチャは一度だけ、フィートを相手に臨んだことがある。
トップレンジャーのパートナーポケモンだけあってよく育てられており、見事に失敗したのだが、野生のムクホークなら多少はやりやすいだろう。
相手のイメージを頭に浮かべたところで、アカツキはムックに指示を出した。

「ムック、飛び上がったら誰彼構わずバカにするような声を上げて。
多分、ムックよりも身体の大きな鳥ポケモンが出てくると思うから、ギリギリまで引きつけて降りてきて。
そうしたらキャプチャに入るから、ぼくがキャプチャを済ませるまで、とにかく動き回ってムクホークの気を逸らしておいてほしいんだ。
難しいかもしれないけど、お願いね」
「ムクバーっ!!」

任せておけと言わんばかりに嘶いて、ムックは飛び上がった。
木立の間から空へと舞い上がり、一際大きな声を発する。
人間の耳では、ポケモンの言葉はちょっとした発音やイントネーションの違いでしか理解できず、内容まで把握できることはまずない。
だから、バカにするような声とアバウトな指示を受けたムックが一際大きな声を発しても、普段と同じようにしか聴こえなかった。

(……早く出てきてくれればいいな)

アカツキは頭上で羽ばたくムックを見やり、腰のホルダーからスタイラーを抜いた。
起動させ、いつでもキャプチャに入れるように体勢を整える。

――ムクバーっ、ムクバーっ。

ごく普通に嘶いているようにしか思えない声を発し続けること、三十秒。
不意にムックの動きが止まったのを、アカツキは見逃さなかった。

(……来る!?)

直後、ムックが降下し――後を追って、ムックを倍近く大きくしたような体躯の鳥ポケモンがすっ飛んできた。
ずいぶんと剣呑な敵意を放ちながらやってきたのは、紛れもなくムクホークだ。
フィートに比べれば身体が小さめで、迫力も彼ほどは感じないが、ムックと戦えばほぼ間違いなく勝てるだけの実力は宿している。決して油断できる相手ではない。
アカツキはムクホークを睨みつけながら、ムックに指示を出した。

「ムック、適当にあしらって時間を稼ぐんだ!!」
「ムクバーっ!!」

ムックがアカツキの指示に応えるが早いか、ムクホークが鋭い爪を持つ前脚を振りかざしながらムックに襲いかかった。
傍目からは想像もつかないが、飛行タイプのポケモンではムクホーク以外扱いこなすことのできない格闘タイプの技、インファイトだ。
ムックとムクホークは互いに『威嚇』の特性を持つため、潜在的に物理攻撃力が低下している状態なのだが、それでも攻撃力の差は歴然としている。
先ほどムックが発した声は、やはり相手を挑発するためのものだったようだ。
ムクホークはいくら好戦的とはいえ、理由もなく相手に襲いかかるような野蛮なマネはしないのだ。
いきなり襲いかかってくるところを見ると、かなりコケにされていると判断したらしい。

(ムックが自分の間合いをきっちり守ってくれれば大丈夫だ。
その間に、ぼくがちゃんとキャプチャを成功させればいい)

ムックが次々繰り出されるインファイトを回避しているのを見て、アカツキはムクホークのキャプチャに入った。

「キャプチャ・オン!!」

腰を低く構え、かけ声と共にディスクをスタイラーから射出。
ムックの動きを邪魔しないようにディスクを動かす軌道を頭の中でイメージしながら、スタイラーを操作する。
ムクホークはインファイトと翼で打つ攻撃を交互に繰り出しており、それぞれの攻撃で間合いが微妙に異なっているため、ムックも相手の間合いギリギリで回避するのに精一杯だ。
サポートしてくれているパートナーの動きを制限しないよう、かといって大きな円を描いて囲うようでは気持ちが十分に伝わらない。
だから、ムックの邪魔をしないように、必要最小限の軌道でムクホークを囲わなければならないのだ。

(あまり時間はかけられない。一発でも攻撃を受けたら危険だな……)

傍目にも、ムクホークの攻撃力が高いことが覗える。
いくら互いに『威嚇』し合っているとはいえ、攻撃を受けないに越したことはない。
スタミナでは圧倒的にムクホークの方が有利だ。
長々と時間をかけていては、先にムックが参ってしまう。そうなれば、攻撃を受けてしまうことは必至だ。
ムクホークは翼で打つ攻撃を繰り出す際、目いっぱいまで翼を伸ばしてから振り下ろしており、その間合いも見誤らないように囲い込まなければならない。
ポケモンレンジャーにとってかなりの負担となるキャプチャなのだが、何度か円を描いて囲い込んでいくうちに、ムクホークの攻撃の矛先がアカツキに向けられた。

(げ……)

鋭い眼光で睨みつけられ、アカツキはドキッとした。
どうやら、ムクホークはキャプチャによって気持ちを掻き乱されたと――邪魔されていると思ったらしく、自分から挑発しておきながらまったく攻撃を仕掛けてこないムックより、なぜか分からないが気持ちを掻き乱そうとするアカツキに矛先を向けたのだ。

(こうなるかもって思っちゃいたけど……でも、こういうケースは何度だってあったんだ。対応さえ誤らなければ大丈夫)

途中で攻撃を受けるケースは今までにも何度か経験している。
その相手がムクホークでなかったというだけなのだから、やり方さえ間違えなければ対処はできる。
ムックはムクホークがアカツキに矛先を向けたことを理解し、彼のキャプチャの邪魔をさせまいと、ムクホークの周囲を忙しなく飛び回って妨害に入った。

「ムクホーっ、ムクホーク!!」

ムックが邪魔するものだから、前に進めない。
ムクホークは苛立ちを多分に含んだ声音で嘶くが、それでムックが妨害しなくなるわけでもなく――さらに苛立ちが募る。
自分から挑発しておきながら戦おうとせず、あまつさえ挑発も何もしてこない相手に気持ちを掻き乱されなければならないのはなぜか。
気性が荒く、好戦的であるという種族的な特徴を逆手に取られ、ムクホークは完全に冷静さを失っていた。

(よし、このまま……)

ムックと共に周囲を飛び回っているディスクには意識が向いていない。
これなら、普通にやっていれば大丈夫だ。
アカツキはムクホークから距離を取りつつ、キャプチャを続行した。
間合いに気をつけて、ムクホークの攻撃をディスクに食らわないように立ち回っていけばいい。
ムックの妨害を受けて、アカツキとの距離を詰められずにいるムクホーク。
キャプチャは順調に進んでいるかのように見えたが、アカツキはムクホークとディスクにばかり意識を向けていたばかりに、足元の状態を確認することがおろそかになっていた。
気づいたのは、若干距離を詰められたため数歩後ろに下がろうと足を動かした時だった。

「……え?」

踵が何か堅いものにぶつかった感触。
勢いがほとんどなかったため痛みは感じられなかったが、キャプチャに集中していた意識をわずかにでも削ぐには十分な感触だった。
他に注意を払っていなかったことに気づいた時には、足元に張り出していた木の根に足を取られ、アカツキは転倒して尻餅をついた。

「痛っ……」

固い地面に思い切り尻餅をついて、アカツキは顔をしかめた。
バランスを崩して尻餅をつくまで、完全にキャプチャを失念していた。
コントロールを失ってディスクが地面に落下したが、その間もムックはムクホークの妨害を続けていた。
周囲に他のポケモンの気配を感じていなかったし、この辺りに人命にかかわるような危険がないことも察知していたからだ。

(まずい……!!)

慌てて立ち上がった、ちょうどその時。
ムクホークの翼で打つ攻撃がムックの身体を打ち据えた。
互いに『威嚇』が働いていながらも、元の攻撃力の差は如何ともしがたいものがあり、ムックは翼で打たれた勢いをそのままに、地面に仰向けに叩きつけられてしまった。

「ムック!!」

予期せぬ事態に、アカツキは思わず叫んでいた。
パートナーポケモンは自分の半身も同然。かけがえのない存在が強烈な攻撃を食らったのだから、何も思わないはずがない。
しかし、だからといってやるべきことを見失ってはいなかった。

(キャプチャを続けるんだ!! ただでさえ時間がないんだ!!)

邪魔もなくなり、ムクホークはいよいよアカツキ目がけてすっ飛んできた。
ムックは攻撃を食らったものの、すぐに体勢を整えてムクホークを追うべく飛び上がる――が、勢いの差は歴然としていた。
速度を上げて突っ込んでくるムクホークを、再び舞い上がったディスクが幾重にもラインを描きながら囲い込む。
ムクホークは冷静さを欠いたままの状態らしく、小細工もせずに真正面からただ普通に突っ込んでくるだけ。
アカツキはギリギリまで引きつけてから右に避け、キャプチャを続行する。
そのようなやり取りを何度か繰り返した後、不意にムクホークの動きが止まった。
アカツキの気持ちが通じ、落ち着きを取り戻したのだ。

「キャプチャ完了……!!」

眼前に降り立ったムクホークの、どこかとろんとした目を見やり、アカツキはホッと胸を撫で下ろした。
だが、こうしている間にもセブンが指定した時間に刻一刻と迫っている。
一息つく間もなく、アカツキはすぐさま行動を再開した。

「いきなり怒らせちゃったりしてごめんね、ムクホーク。
キミの力を借りたいんだ。少しの間でいいから、ぼくたちに力を貸してくれるかい?」
「ムクホークっ♪」

ムックがわざと挑発して怒らせたことも含めて、まずは自分たちの非を素直に謝る。
その上で力を貸してほしいと頼むと、ムクホークは快く応じてくれた。
キャプチャを通じてアカツキの真摯な気持ちが伝わったようで、出会い頭の非礼はそれほど気にしていない様子だった。

「ありがとう、ムクホーク」

アカツキは笑顔で頷き返した。
真摯に向き合ってキャプチャすれば、必ず気持ちが通じ合う。
それがポケモンレンジャーのキャプチャであり、自然を慈しむポケモンレンジャーの心なのだ。

「…………」

ポケモンレンジャー冥利を噛みしめているアカツキを、ムックが複雑な心境を覗かせる眼差しでじっと見つめていた。
ムクホークの攻撃は受けたものの、ダメージはさほど大きくない。少し休めば体力も回復するし、痛みもかなり引いてきた。
致し方ない状況とはいえ、自分よりも身体の大きな種族のポケモンの力を借りなければならないことがもどかしい。
ムックは本能的に、目の前にいるムクホークが、いずれ自分が進化する種族であることを理解していたからこそ、どうにももどかしいのだ。
一日でも早く進化すれば、自分がアカツキを背に乗せて空を飛ぶことなど造作もない。
ムクホークを僻む気持ちを認めつつも、いずれ必ずそうなってやるというバネにして、ムックは今後も頑張ろうという気になった。
気持ちの切替が早いところは、パートナーレンジャーであるアカツキに似ている。
そんなムックの様子は露知らず、アカツキはムクホークの頭を撫でながら言葉をかけた。

「ムクホーク、ぼくを背中に乗せて飛んでくれる?」
「ムクホークっ♪」

ムクホークは容易いことだと言わんばかりに頷き、姿勢を低くした。
このムクホークは今までに何度かポケモンレンジャーを乗せたことがあり、いずれもキャプチャで気持ちを通じ合わせた結果なのだが、今までの誰よりも、アカツキに対しては自然な気持ちで乗せても良いと思っていた。

「ちょっと乗り方が下手かもしれないけど、痛かったりしたらすぐ言ってね」

そう言って、アカツキはムクホークの背中にまたがった。

(フィートより小さいけど、普通に乗るんだったらこんな感じかな……)

上手に乗りこなせているかは分からないが、何も言ってこないところを見ると、ムクホークの身体に負担となるような乗り方はしていないようである。
何度かフィートに乗せてもらって、ある程度の乗り方は理解していた。
ムクホークの背中は思いのほか乗り心地が良く、綺麗に生え揃ったとは言いがたい毛並みではあったが、それなりに安定感があるように思えた。

(ムックが進化したら、ぼくを乗せてあちこちに飛び回って、ミッションをこなしていくんだろうなあ)

ムックにポケモンバトルなどさせていないから、どれだけの力量があるのかすぐに見極めることは難しいが、ポケモンレンジャーのパートナーポケモンとしてミッションをこなしていけば、自然と実力は身についていくはずである。
そして、いずれはムクバードからムクホークへと進化を果たし、その背にアカツキを乗せて空を飛び回る日が来るのだろう。
将来に備えての予行演習と言うとムクホークに悪い気はするのだが、似たようなものだ。
いつもいつでもフィートの背中に乗せてもらえるわけではないし、『ポケモンの背中に乗って空を飛ぶ練習』のためだけに――言い換えれば自分の都合のためだけにポケモンをキャプチャするわけにもいかない。
一度の経験からでも、たくさんのことを得られるように、勉強していかなければならないところだ。
気持ちを新たにしたところで、アカツキはムックに向き直った。

「ムック、大丈夫?」
「ムクバーっ!!」

攻撃を受けながらもピンピンしているように見えたので、強がっているのではないか……ムックの性格から鑑みてそんなことを考えてみたりもしたのだが、杞憂に過ぎなかったらしい。
もし空を飛べないくらい体力をすり減らしているのなら、現地までは自分と同じようにムクホークの背中に乗っていてもらおうとも思ったのだが、その必要もなさそうだ。
もっとも、ムックからすればムクホークに対する嫉妬もあって、これ以上アカツキに弱いところなど見せられないと思っているわけだが……悲しいかな、ムックの健気な努力はアカツキにまったく伝わっていなかった。

「無理しちゃダメだからね。疲れたらいつでも言って」
「ムクバーっ」
「よし……」

大丈夫と言い張っていても、疲労しているかどうかは見ればすぐに分かる。
伊達に半年間、パートナーとして寝食と苦楽を共にしていない。

(……結構際どいけど、なんとか間に合うな)

アカツキはスタイラーを操作し、画面に時間を表示させた。
セブンが設けた制限時間まで、あと二分ある。
もっと余裕があると思っていたが、ムクホークでユニオン本部の前までひとっ飛びすれば、十分間に合う。
第一関門は突破といったところだが、本番はこれから。現地で足を引っ張るようなことがあっては本末転倒だ。
ホッとすると同時に気持ちを引き締めて、アカツキはムクホークに指示を出した。

「ムクホーク、空に飛び上がって」
「ムクホークっ!!」

ムクホークは指示を受けて大きく嘶くと、翼を広げて飛び上がった。
あっという間に森を眼下に望む高さまで飛び上がる。

(こうやって空を飛ぶのって、アルミアの城に行った時以来だけど……やっぱり、風が気持ちいいな)

吹き付ける風は少し冷たかったが、肌寒いと思うほどではなかった。
むしろ、気持ちいいと思えるくらい新鮮で、胸いっぱいに吸い込みたくなるが、それはミッションが終わってからでも遅くない。

「ムクホーク、あそこに向かって」

アカツキがレンジャーユニオン本部に向かうよう指示を出すと、ムクホークは滑らかな動きで空を舞った。
ユニオン本部からは五百メートルと離れていなかったため、十数秒で本部に戻ることができたが、すでにセブンがムクホークを傍らに、スタンバイしていた。

「お、間に合ったな」
「すいません、お待たせしました」

地面に降り立ったアカツキに、セブンが笑みを向けた。
おまえならこれくらいはクリアして当然だと言いたげだったが、真面目で謙虚なアカツキは、セブンを待たせたことをまず詫びた。

(いや、謝られることじゃないと思うんだが……時間まであと一分はあったし。
それでも、俺を待たせたことを悪いと思ったんだろう。
真面目すぎるのも困りモノだな……ま、いいか)

真面目というか律儀というか……なんというか。
頭の固さには困ったものだが、真面目なのはいいことだ。
相変わらずだなと思いながらも、セブンは頭を振って気持ちを切り替えた。

「それじゃあ、ハルバ島へ向かおう。
カバルドン神殿に立ち入るにはハルバ村の長老に許可を取らなきゃいけないんだが、すでにユニオンの方で話は通してあるらしいから、そのまま突入するぞ」
「分かりました」

アカツキが真剣な面持ちで頷き返すと、セブンは満足げに口の端を吊り上げ、ムクホークの背にまたがった。
先ほどアカツキがキャプチャしたムクホークよりも一回りは大型で、セブンとガブラスが乗っても問題なさそうだった。
アカツキはすぐさまムクホークにまたがり、一足先に飛び立ったセブンを追うよう指示を出した。
これから向かうハルバ島は、ユニオン本部からは南東に位置している。
アルミア本島を斜めに横断し、中東部にかけて広がる海を越えた先にある島で、この国には珍しい砂漠が広がることで知られている。

(カバルドン神殿って、確か……)

空へ舞い上がると、アカツキは南東の方角をじっと見据えながらこれから向かう場所について頭の中で整理した。
カバルドン神殿は、ハルバ島の北部の岩盤地帯に築かれた古代の神殿で、かつてそこでは神聖な儀式が行われていたという。
今では遺跡としての意味合いの方が強いが、中に棲息するポケモンや侵入者避けの罠が未だに作動することもあり、立ち入りが禁止されている。
そこのところの権限はハルバ島を統治するハルバ村の村長に一任されており、許可さえ取れれば中に立ち入ることができる。
具体的には、神殿の入口には鍵がかけられており、アカツキとセブンが現地に到着する時間に合わせて鍵を開けてくれる手筈になっているのだ。
神殿の中に棲息するポケモンは地面タイプが多く、中にはドラゴンタイプのガバイトやガブリアスも含まれている。

(ガバイトもガブリアスも、ドラゴンポケモンだけど地面タイプを併せ持ってるから、いても不思議じゃないけど……でも、ガブリアスか)

ガブリアスに考えが及んだ時、アカツキは以前、トレーニングルームでのキャプチャの練習の際、ガブリアスを一度もキャプチャできなかったことを思い出した。
ガブリアスはフカマルの最終進化形で、ガバイトの進化形。
性格は比較的好戦的で、流線型の身体を折りたためば、高速で跳躍することができるとも言われている。
好戦的な性格に漏れず、攻撃力は非常に高く、なおかつ動きも俊敏と、ポケモンレンジャーでなくとも苦戦は免れない相手だ。

(今までぼくは一度もキャプチャできなかったけど……出くわした時に何もできないってのは嫌だな)

キャプチャの練習だったから、相手は立体感を伴った映像に過ぎなかった。
映像に攻撃されても痛くも痒くもなかったが、実際のポケモンとなると話は別だ。
練習と同じ感覚でやっていたら、間違いなく命を落とすことになる。
練習の時、一気に接近されてそのまま攻撃されてしまったのだ。
そのあたりはセブンもある程度考えてくれているのだろうが、万が一彼とはぐれた時に出くわしたら……その時は覚悟を決めて頑張るしかない。

(あの時のぼくとは違う。
違うけど、やってみなきゃホントにキャプチャできるかなんて分かんないんだ)

何ヶ月も前と今では、キャプチャの技量にかなりの差が出ているだろうし、キャプチャするのに最低限気をつけなければならないことについてはハーブが口をすっぱくして教えてくれたこともあり、完全に身についている。
どちらにしても、実際にやってみないことにはなんとも言えない。
できれば、ガブリアスほどの強いポケモンには出くわしたくないのだが。
……なんて、考え事に夢中になっていると、セブンがムクホークをすぐ傍に寄せて声をかけてきた。

「なに考えてたんだ?」
「え……カバルドン神殿に棲息してるポケモンのことを考えてました。ガブリアスとかいるんだろうなって」
「まあ、いるだろうな」

アカツキが慌てて答えると、セブンは納得したように頷いた。
これから向かう場所のことを考えているのだから、褒められるべきことだ。
ハーブから聞いたところでは、アカツキはアルミア地方に棲息するポケモンのことなら大体は把握しているとのこと。
とはいえ、知識と実際に相対した時のギャップは大きいから、必要以上に考えるのもまた無意味だったりする。
過ぎたるは及ばざるがごとし――昔の人は、良い言葉を残してくれるものだ。

「ガブリアスは強いポケモンだからな。
好戦的とは言うが、刺激しなければ襲ってくることもないから心配する必要はないぜ。
バトルになったら俺がサクッとキャプチャしてやるからさ」
「あ、はい……」

肩をバンバン叩くセブンに、アカツキはどうにも曖昧な返答をした。
どうやら、心配されてしまったらしい。
考え事に耽って、眉間にシワなど寄せているのを見られたら、そんな風に見られるのも仕方のないことではあるが。

「頭の中にポケモンの知識が入ってりゃ、普通に対応することくらいは十分にできるさ。
それより……あっちを見てみな」
「……?」

アカツキはセブンが指差した先に目をやった。
ユニオン街道の上空に差し掛かり、左手にはプエルタウンとアンヘルパーク、そして建設中のアンヘル社新社屋(通称アルミアタワー)が見えた。
先ほどは考え事に夢中になっていて、まったく気づかなかった。
だが、アカツキは記憶の中にあるアルミアタワーと現物の大きさが異なることに気づき、眉根を寄せた。

「なんか、前に見た時よりも大きくなってるような……」
「ああ、もうほとんど完成しているそうだ。あとは内装と電波塔としてのシステムのメンテナンスを済ませれば、正式に稼動するという話を聞いた」
「そうなんですか……」

距離の違いによる目の錯覚ではなかったらしい。
セブンが言うには、アンヘルタワーはほぼ完成しており、あとは内装を整えれば本社の社屋として機能するし、テレビやラジオの電波を発するタワーとしての役割も、送電などのシステムをつかさどるプログラムの最終調整を行っているとのことだ。
現に、今朝の新聞には『アルミアタワー、会社創立記念日に使用開始』『アルミアタワー使用開始の記念日に、未来へつながるクリーンな新エネルギーの発表』という見出しが躍っていた。

「……………………」

アンヘル・コーポレーションは約二十年前から急成長を始め、今やアルミア地方にとってなくてはならない企業の一つに数えられている。
そのアンヘル社とヤミヤミ団がどこかでつながっているかもしれない……そう思った時、アカツキはなんとも言い切れない気持ちを覚えた。

(頭のいいイオリでも、アンヘル社とヤミヤミ団がつながってるかもしれないなんてことを考えなかったんだ。
普通の社員の人なんて、夢にも思ってないんだろうな……実際のところがどうなのかは分からないけど)

イオリでさえ、ミラカドがヤミヤミ団の一員かもしれないと薄々感づいていた程度で、アンヘル社とヤミヤミ団がつながっているかもしれないとは考えていなかった。
頭脳明晰な彼でさえそんな状態だったのだ、一般社員は想像さえしたこともないのだろう。

「ヤミヤミ団がアンヘルとつながっているとしたら……あのタワーも何かに利用されないとは限らないからな。注意するに越したことはない」
「……そうですね」

セブンの言葉に、アカツキはただ頷くしかなかった。
ヤミヤミ団は、利用できるものならなんでも利用する。
あの白衣の女がいい例だ――有名な食品会社のラッピングを施した貨物船でボイルランドのポケモンたちを誘拐したり、ポケモンレンジャー本人に対する警察の警護がついていない法の抜け穴を突いて、アカツキに対してヒトミを人質にしたり。
だから、もしかしたらアンヘル社でさえ、ヤミヤミ団にいいように利用されることだってありうるのだ。
資本に、各界への影響力……
考えるだけでも恐ろしいことだけに、そんなことは絶対にさせてはならないという気持ちを強く抱いた。

(……そうさ。ぼくたちはアルミア地方の平和を守るために頑張ってきたんだ。ヤミヤミ団の好きになんか、絶対にさせない!!)

眼下に望むプエルタウンには、たくさんの人やポケモンが住んでいる。
プエルタウンだけじゃない。
アカツキが生まれ育ったチコレ村、一ヶ月前まで所属していたレンジャーベースのあるビエンタウン、将来のポケモンレンジャーを目指す生徒たちが勉学に励んでいるレンジャースクール……ボイルランドやハルバ島も含めて、アルミア地方の平和を守るために、今まで頑張ってきたのだ。
なにがなんでも残り一つの『王子の涙』を手に入れて、ヤミヤミ団の恐るべき兵器である『ドカリモ』や『モバリモ』を無力化させなければならないが、それができれば、あとは恐れるほどのこともない。
アカツキはぐっと拳を握りしめ、決意を新たに固めた。

「…………」

先ほどまで見せていた不安げな面持ちとは一転、やる気に満ちた表情を覗かせたアカツキに笑みを向け、セブンはムクホークに加速を指示した。






To Be Continued...

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