第25話 シオンタウン・後編
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この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください
「ポケモンタワー、ね。いわゆる共同墓地ってことなのかしら」
ニ階へと一歩足を踏み入れると、そこは既に別世界とも言える場所だった。所狭しと並ぶ、画一的なデザインの墓。薄汚れたタイル張りの床に、ポケモンタワーの内部にも外部にも纏わりつく謎の霧。しっとりとした霧は全身に纏わりつき、本人が気づかない程度の速さで体温を奪う。ゆっくりと、ゆっくりと。――――冷えた身体は動きが鈍くなり、霧は敵の姿を隠す。耳を澄ます。嘲笑うかのような笑い声が、霧の奥から微かに聞こえてきた。
「まったく。ポケモンタワーなんて馬鹿な物考えたのは、何処の誰かしらね」
あたしは嘆息した。ポケモンタワーとは、死んだポケモンの霊を慰める為の場所らしい。確かに可愛がっていたポケモンが死んだことは悲劇だろう。だが、共同墓地など作らない方が良い。個人個人で勝手に墓を作って死を悼めば良いではないか。
「こんな馬鹿な物があるから、魂が共鳴し合って、足を引っ張り合ってしまう」
声が聞こえる、彷徨うポケモン達の声。苦しい、助けてと叫んでいる。
ここには悲しみと生への未練が渦巻いている。成仏しようとすると、他の霊が足を引く。ここを気にいってゴーストが集い、更に悲しみを閉じ込める。
ポケモンタワーなんて、面倒臭がりの人間の怠惰と、死んだ事実を受け入れられない弱い心のエゴの塊だ。あたしとしては、早々に破壊してしまいたい。
「面倒だからやらないけど」
あたしは一人、肩を竦めた。ゴース達の哄笑が、タワー内に響き渡る。どうやら今夜の彼等は調子が良いようだ。ぐるぐると霧が練り上げられ、ゴーストが大口開けて姿を現した。
『ばぁぁぁぁぁぁぁっ! いっひひひひひひひひ!』
無言。あたしは白けた顔でゴーストの中をすり抜ける。ゴーストは焦り、あたしの身体の周りをぐるぐると飛び回った。完全無視。今度はするすると何度も身体をすり抜けて見せる。流石にちょっといらっとくる。うっとおしい。
「邪魔よ、そこの流動体」
『ゴッ! ――――アアアアアアァッ!?』
あたしの一言に、怒るゴースト。鋭い爪を実体化させて、あたしを切り裂かんと迫る。だがその爪があたしに届くことは、決してなかった。
「スピッ!」
一瞬後に飛び出したスピアーが、ゴーストの身体を貫く。ゴーストは呻きながら霧の中へ消えていった。物理技は効かないが、恐らく気迫負けしたのだろう。恨めしげな声が霧の奥から聞こえた。
「ありがと、レモネード。それとも今は、コーヒープリンって呼んだ方がいいかしら?」
彼はあたしの言葉に無言だ。好きにしろ。そう言っているようだ。今はあたしがトレーナーなのだから、あたしの名前で呼ばせてもらうことにする。
「それにしても面倒な空間ねぇ。暗いし、寒いし、変なのは沸いてる……しッ」
奇声。霧の中から飛び出す老婆を、あたしはひらりと避けた。勢い余って老婆は墓に頭から突っ込む。そして動かなくなった。
「老人は大切にって言うけど、イカれた老人なんて大切にできないわね」
あたしは三階へと向かう。ポケモンタワーは確か六階建て。最上階まで良い運動になりそうだ。
――――オオオオオォォォ…………
「……今の声」
上の方から、怨嗟の籠った声が響いた。ねっとりと張り付き、耳に絡み付く、悲しみと怒りの声。よくよく耳を澄ませると、微かに人の声と爆音・風を切る音も聞こえてくる。
誰かがバトルでもしているのだろうか。それ自体はこんなにゴーストが多いのだから納得できるが。
「行くのが早そうね」
あたしは階段へと足をかけた。
五階では一人の少年がゴースト達と戦っていた。四足歩行で、キリリとした赤い眼差しの獣が墓を荒らしながら駆け抜ける。ゴースト達が苦鳴を漏らした。黒髪黒目の涼やかな瞳の少年は、冷静にバトルを行っている。
「ライボルト、十万ボルトだ」
少年の指示と共に、ライボルトと呼ばれた獣は全身を一瞬帯電させると、次の瞬間には強く輝いた。その身体から発せられた紫電は空気中を高速で進み、ゴーストの一匹に直撃する。インパクトの瞬間、ゴーストは縮こまったが、すぐに目を回して床に落ちる。
その様子に怯えるゴースト達。その顔つきには既に戦う気は見られなかった。しかしライボルトは逃げ惑うゴースト達を追いまわし、次々と確実に落としていく。少年はライボルトに指示を出しながら、手元の機械をいじくる。
機械は薄い板状であり、折り畳み式になっている。開くと上が画面になっていて、下には数字のついたボタンが並んでいる。片手でカチカチと操作する様子は手慣れており、画面にはライボルトの姿がステータスと一緒に出ていた。
「レベルアップまで約13体か……ここもそろそろ潮時かな」
少年は独り言を呟くと、機械で今度は何処かにアクセスし始めた。暫くすると、画面には何処かの掲示板が表示される。掲示板の入り口にはパスワード設定があった。その質問は、この世界に生きている人間にとって実に奇妙な質問だ。
『この世界の正式名称を入力してください』
少年は澱みない動作で打ちこんでいく。全て●で表示されるので、答がどんなものかは分からない。パスワードも超えた先には、掲示板の案内と正式名称があった。
〝Pocket Monster Special World〟
――――略称、PMSW掲示板。
一番下には、何かの日数が記してある。
〝決行の日まで、あと18日〟
少年は特に気にする事なく、適当にアクセスをしていく。話題ごとに、スレッドがたっている。そのうちの一つに、少年はアクセスした。
~~~~
【俺達は】Y少女調査スレ その27【ロリコンじゃない】
1:名無しさん君に決めた!
このスレはマサラタウンを旅だった少女、仮名Yを追跡調査するスレです。本編に登場しないはずの彼女が、本編キャラと密接な繋がりがあり、また破竹の勢いでバッジを手にしている事について、「彼女はオリキャラではないのか?」という疑問を調査することが目的。
目撃情報、交流情報など。本編の存在について教える事は禁止。あくまで見守る事が基本。
荒らし・騙りはスルー推奨。前スレは過去ログからどうぞ。
☆現在判明してる情報
・貧乳である。
・11歳である。
・ひきこもりのゼニガメを連れている。
・パーティメンバーは、サイドン、ゼニガメ、スピアー、カイリューの四体。
・幼馴染が二名いる
・ボスと遭遇戦を行った。
・転生者やトリッパーとも遭遇している。
・仲間ではなさそう。この地の人間。
Y少女の画像データ
http://www.×××……
378:名無しさん、君に決めた!
おまいら大変だ!メロンパンがパーティ離脱したぞ!
379:名無しさん、君に決めた!
〉〉378
kwsk
380:名無しさん、君に決めた!
馬鹿な!
381:名無しさん、君に決めた!
あり得んぞ。何が起こった。
382:名無しさん、君に決めた!
あ、ありのままに今起こったことを話すぜ。
俺はポケモンセンターでのんびりとしていた。空気を吸おうと思って外に出たら、ユズルちゃんとメロンパンが険悪な雰囲気で睨みあっていた。メロンパンはゼニガメをユズルちゃんにつきつけており、ユズルちゃんはあろうことかこう言ったんだ。
「弱いポケモンに、意味なんてないよ」
な、何を言っているのかわからねーと思うが、俺も、ユズルちゃんが何を言っているのか分からなかった……。頭がどうにかなりそうだった……。最低系とか、傍観系とか、そんなチャチなもんじゃあ断じてねぇ。もっと恐ろしいものの片鱗を味わったぜ……
383:名無しさん、君に決めた!
。 。
/ /
( ロ ) スポポポーン!
384:名無しさん、君に決めた!
( ゚ д ゚ )
385:名無しさん、君に決めた!
何が起こったし
386:名無しさん、君に決めた!
ちょwwwwwwwwえええええええええええwwwwwwwwwww
387:名無しさん、君に決めた!
( ゚д゚ ) ガタッ
.r ヾ
__|_| / ̄ ̄ ̄/_
\/ /
388:名無しさん、君に決めた!
Before「私の相棒は、誰が何といおうとこの子です」
After 「弱いポケモンに意味なんてないおwwwwww」
389:名無しさん、君に決めた!
「だから、これは完全にフェアな試合なんだよ」
390:名無しさん、君に決めた!
ユズルちゃん……遠い場所に行ってしまったんだな……
391:名無しさん、君に決めた!
〉〉388
劇的ビフォア・アフターwwww
392:名無しさん、君に決めた!
劇的すぎてついていけないぞ
393:名無しさん、君に決めた!
俺達がいない間に何があったと言うんだ!
394:名無しさん、君に決めた!
⊂( ゚д゚ ) 今行くぞ、ユズルちゃん!
ヽ ⊂ )
(⌒)| ダッ
三 `J
395:名無しさん、君に決めた!
お巡りさんこの人です
396:名無しさん、君に決めた!
ヽ(゚д゚)vヽ(゚д゚)yヽ(゚д゚)v(゚д゚)っ 俺達が今行くぞ!
⊂( ゚д゚ ) と( ゚д゚ ) 〃ミ ( ゚д゚ )っ ( ゚д゚ )つ
ゝ ミ ( ゚д゚ )っ ミ) ⊂( ゚д゚ ) .(彡 r
しu(彡 r⊂( ゚д゚ ) .ゝ. .ミ) i_ノ┘
. i_ノ┘ ヽ ミ)しu
(⌒) .|
三`J
397:名無しさん、君に決めた!
お巡りさんこのスレです
398:名無しさん、君に決めた!
お巡りさん俺等です
399:名無しさん、君に決めた!
本人は何処に
400:名無しさん、君に決めた!
グレンタウンまでは普通だったよな
401:名無しさん、君に決めた!
シオンタウンについたころには既に変だったぞ
402:名無しさん、君に決めた!
そう言えば、ボスがご機嫌だった
403:名無しさん、君に決めた!
ユズルちゃんは不機嫌だがな
404:名無しさん、君に決めた!
何?反比例の関係?
405:名無しさん、君に決めた!
じゃあボスの機嫌が悪くなればユズルちゃんが帰ってくるのか?
406:名無しさん、君に決めた!
〉〉404
その発想はなかった
407:名無しさん、君に決めた!
ボスの名前の頭文字がXだったら完璧
408:名無しさん、君に決めた!
〉〉誰が上手い事言えとww
409:名無しさん、君に決めた!
〉〉402
なんでボスが出てくるんだ。
410:名無しさん、君に決めた!
俺、ボスの秘書やってるんだ
411:名無しさん、君に決めた!
エリートキタ━━━━━━(゚∀゚)━━━━━━ !!!!!
412:名無しさん、君に決めた!
ウホッ良い男!
413:名無しさん、君に決めた!
爆発しろリア充
414:名無しさん、君に決めた!
なんだかんだで皆優しいな
415:名無しさん、君に決めた!
ボスの秘書が2ちゃんやってんな、仕事しろ仕事
416:名無しさん、君に決めた!
秘書は俺で13人目なんだ。皆ストレスで辞めた。今はトイレで吐血してる
417:名無しさん、君に決めた!
ボスェ……
418:名無しさん、君に決めた!
何という人材の墓場
419:名無しさん、君に決めた!
イ㌔
420:名無しさん、君に決めた!
ボスがさぁ……ご機嫌な様子で言うんだよ。「活きの良いトレーナーとバトルした」って。
「どんなトレーナーだったんですか」って訊いたら
「10歳くらいの、カイリューに乗った小娘」
って。俺はもう( ゚д゚ )って顔になってしまた
421:名無しさん、君に決めた!
どう見てもユズルちゃんです本当に(ry
422:名無しさん、君に決めた!
時間的にバッチリじゃねぇかボスェ……
423:名無しさん、君に決めた!
一体俺達のユズルちゃんにどんなプレイを強いたんだ!
424:名無しさん、君に決めた!
きっと触手プレイだよ!そうに違いない
425:名無しさん、君に決めた!
何言ってんだ、念力プレイだろjk
426:名無しさん、君に決めた!
〉〉424-425
それはお前らの希望だろ
427:名無しさん、君に決めた!
ボスは放置プレイ一択
428:名無しさん、君に決めた!
バトルはしたから放置プレイでは無いと思うぞ
429:名無しさん、君に決めた!
バトルプレイ~鬼畜編~
430:名無しさん、君に決めた!
あの人スパルタだもんな……
431:名無しさん、君に決めた!
テンション上がってくると高笑いするし
432:名無しさん、君に決めた!
クールなのか熱いのか訳分らん
433:名無しさん、君に決めた!
あの高笑い聞いてると、いっそ笑えてくる
434:名無しさん、君に決めた!
ガチであのキャラなんだから、生まれる世界を間違えたとしか思えん
435:名無しさん、君に決めた!
ここは二次元なんだから、ある意味正しくね?
436:名無しさん、君に決めた!
「はははははははははははッ!」とか言いながら破壊光線とかwwwwボスの目からいつか怪光線がでると俺は睨んでいる
437:名無しさん、君に決めた!
〉〉432-436
お前ら……消されるぞ
438:名無しさん、君に決めた!
おや? 誰か来たようだ……
~~~~
「今日も絶好調だなオイ」
少年は笑いながらレスを追っていく。ライボルトは指示を受けなくても問題無いくらい、ゴースト達とレベル差がある。だから自分はのんびりとしていた。
「……誰か来る」
と、少年は階段の有る方を振り向いた。誰かが階段を上がってくる足音がしたのだ。トレーナーなら戦闘。ただの人ならスルーだ。しかしこの階まで上がってくる人間は、大体がトレーナーだろう。
霧の中に人影が浮かび上がる。随分と小柄な影だな、と少年は思った。少しすると、その姿が霧の中から現れた。
「……え?」
少年は、霧の中から現れた人物を見て、ぽかんとした。そして思わず機械でY少女の画像にアクセスする。霧の中から現れたのは、一人の少女だった。
黒く長い艶やかな黒髪をポニーテールにしている。細くて小柄な少女らしい身体つきに、ピタッとした袖なし黒ハイネック。黒いパンツ。しっかりしたブーツの音を響かせて、不敵な笑みを浮かべて立っていた。
その視線は、鋭い。雰囲気は歴戦のトレーナーそのものだ。
少年は手元の機械の画像と見比べる。隠し撮り写真だが、目の前の少女と一致しそうで一致しない。姿はそのままだが、纏う雰囲気や顔付きが違い過ぎる。写真の中の少女はもっと穏やかで優しげな顔つきだった。目の前の少女は鋭すぎる。
「貴方ね。さっきからずっとバトルしてたの」
「あ、え……あぁ」
スレで聞いていたイメージと、だいぶ違うな。と少年は思った。少女はぐるりと周囲を見渡す。その隣にはスピアーが飛んでおり、感情の読めない複眼で少年を見据えていた。
「ふぅん……ライボルト、ね。この地方では珍しいわ」
少女は無遠慮にライボルトを観察した。少年は嫌な汗が掌に滲むのを感じる。周りの空気が一層重くなった気がした。わざとらしく見えませんように。少年は願いながら、コクリと頷く。
「ちょっと暗いな……灯りを頂戴」
少女がぼそりと呟く。それに応えて、一気に墓場が明るくなった。少年は思わず目を細める。異常な事態に驚きながら墓場を見渡した。墓場に電灯なんてない。照らし出されて伸びる己の影。黒々としたそれは今にも踊り出しそうだ。光源はどこだ? 少年の疑問はすぐに氷解する。
「お、鬼火?」
揺ら揺らと、幾つもの鬼火が浮かんでいた。青白い燐光が自分達を照らす。ポケモンタワー全体に満ちる霧と合わさって、この世ならざる雰囲気を醸し出していた。少女は少年と違って、さしたる疑問も抱いていない。怯えてもいない。それは当然のことだった。
――――ちょっと暗いな……灯りを頂戴。
その言葉に応えて、鬼火は現れたのだから。少年はぞっとした。目の前に立っている少女は、独特な空気を纏っている。見た目と中身がちぐはぐな感じがした。じり、と少年は無意識に後ずさる。その音に少女が気がついた。
「ヤダなぁ。取って食べたりなんてしないよ。ちょっとバトルして欲しいだけ」
年に似合わない妖艶な笑みを浮かべて、少女は少年に近付く。気後れしていた少年であったが、バトルという言葉に立ち止った。
「バトル……?」
「そう、バトル。この身体での、彼女の初舞台」
彼女? 少年が首を傾げる。背後から、うすら寒い冷気が流れてきた。少女からあまり視線を放したくないと少年は思ったが、好奇心には耐えきれず振り返る。九つの長い影。紅い瞳と目があった。
霧の中に、何かがいる。
「さぁ、始めましょう。バトルを」
その言葉と共に、少女の手が高々と挙げられた――――
~~~~
742:名無しさん、君に決めた!
ユズルちゃんがポケモンタワーにいると言う話だが、誰か知らないか
743:名無しさん、君に決めた!
あんな不気味な所に行く奴、滅多にいないだろww
744:名無しさん、君に決めた!
シオンタウンの音楽はもう……トラウマだよ……orz
745:名無しさん、君に決めた!
……俺、ユズルちゃんに会った
746:名無しさん、君に決めた!
ktkr
747:名無しさん、君に決めた!
遭遇情報だと!
748:名無しさん、君に決めた!
バトル、したけどさ
749:名無しさん、君に決めた!
嘘じゃねーだろうなゴルァ!
750:名無しさん、君に決めた!
溜めるなwww
751:名無しさん、君に決めた!
早くしろ
752:名無しさん、君に決めた!
あれは、ユズルちゃんじゃない。姿は一緒だけど、違うよ
753:名無しさん、君に決めた!
あれは、バケモノだ
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ポケモンタワー五階。一人の少年が結界の中に座り込んでいた。
傷ついたポケモン達が結界の中で眠っている。少年の顔は憔悴しきっており、ただ俯きながら、画面を見つめている。
彼がウインディに乗った少年に会うのは、しばらく後のことである。
To be continued......?