第112話 対戦相手の発表時間と心の葛藤時間

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この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください

 第三予選当日。対戦相手は事前に知らさせる事なく当日に発表される事になっていて、第一第二予選を潜り抜けて来た八人はリーグ内の生活感のまるでない個室で発表を待っていた。
 二日間の試合で八人が四人に減らされる。そして、この四人がバッジ所有者四人と戦い、たった一人が優勝者となる。緊張に包まれた空間から午前の陽光が差し込んでくる。
 八人は個室に用意された四人掛けの椅子に座っていて、前列の四人席には既に全員が座っていた。だから、マイ達は同じ椅子に座ることになる。後ろの席のため対戦者の顔がよく見えないが、試験をくぐり抜けてきた選抜メンバーである事に違いはない。取り留めのない憶測ばかりに神経を使う。

「お待たせしました、みなさん」

 白衣に身を包んだ女性はポケットに手を入れたまま予め決められていたであろう位置まで来ると八人の顔を見て頷き、軽く会釈をする。長い黒髪が顔にかかると顔を揺らして髪をどかし、息を吸う。

「それでは対戦者をお知らせします。前列のみなさん、後ろを振り返ってください」

 マイ達の前に座って居た四人が一斉に振り返る。思わずコウは隣にいたマイの白いワンピースをぎゅっと掴む。

「今、目が合った人がいますね。席で向かい合わせになっていたあなたです。その方があなたの対戦者になります」
(この人が対戦者……。男の人、か)

 まさか座った椅子に意味があったとは思わなかった八人の眼光が大きく開く。なんでもない気持ちがこんな気持ちになるなんて経験はないだろう。
 マイの対戦者は髪をオレンジ色に染めたであろう少年。短い髪をツンツンと逆立てて冷ややかな、意地の悪い微笑みを口元に浮かべてマイを見ていた。そんな少年を見て、唇は笑おうと努力しているが、目はそれに抵抗している。芝居がかった笑みになってしまう。

「よろしくお願いします、マイです」
「おう、よろしく。俺はオレンジだ!」
(意外と話しやすそうなひとだなぁ)
「お前見たところ弱そうだし馬鹿そうだな~。でも、まぁこれも何かの縁! 最後の最後まで気を抜くなよ!」
「は、はい」

 手を差し伸べてみると素直に手を握ってくるオレンジ。握られたまま手を上下に何度も動かされてマイは内心安心している自分に気づいた。このちょっと乱暴な感じがゴールドに似ている。結局笑みを作ろうとしたが口元が引きつるだけに終わってしまった。
 対戦者が分かったところで、と女性が手を一度叩いて八人を正面に向けた。

「これから二日間に分けて戦ってもらいます。今日、午後一時からコウ君とブラウンさんが戦い、その後パープル君とアヤノさん。翌日の午後一時にソラ君とユウナさん、最後にオレンジ君とマイさんが戦います」
「ええっおおお俺から!?」
「そのようですね、ふふ。コウ君、よろしくお願いします」

 マイは早々に部屋から出てゴールドを探しに行ったようで、ソラはアヤノと何か話している。コウは一人で一番最後に部屋から出ようと隅で待機していると対戦相手であるブラウンに声を掛けられた。可愛いというよりは美人寄りな少女は、名前の通り腰まである栗色のウェーブ掛かった髪の毛を揺らして近寄ってくる。
 マイは向日葵のような明るい女の子、アヤノは芯のあるハツラツとした女の子、でもこのブラウンはただ美人、というよりも寂しげなうちにも気品があるような女性に近い。

「お願いします……」
「緊張しますよね、私も緊張します。一回戦目という記念すべき数字……。悔いのないように戦いましょうね」
「そそそっそうですね……えーと、失礼します。マイ、マイ!」

 正確な言葉に加えて丁寧に言葉を選びながら言うブラウンに対して、モゴモゴと口ごもってしまうコウ。逃げるように早口で会話を終わらせて逃げるようにマイの元へ走り腕を掴む。

(うーん、心配ですね……)

 ブラウンは去って行った方向から真反対の方向の窓ガラスを見つめて何か困った表情を浮かべていた。

◆◆◆

「えええーっ! ゴールド、一緒に、というか隣にいてくれないのー!?」
「当たり前だろ? バトルフィールドは神聖な場所、部外者の俺は行けないんだよ」
「でもジム戦では隣にいてくれたよ? どうして?」
「ジム戦とリーグ戦は全く別モン!」

 何故こんなにも気が動転しているマイがいるかと言うと、女性の説明を聞きもしないマイがゴールドを見つけると関係者以外立ち入り禁止の場所からウツギ博士が出てくるのが分かったので二人で駆け寄るとウツギ博士が笑顔に「マイちゃん、バトルフィールドでは自分と対戦相手の二人しか入れないんだって。すごいね~頑張ってよ~」と言われたからである。言うだけ言って博士はまた消えてしまって、苦しそうに気まずそうな顔をしたゴールドが残った。
 つまりマイはなんで抵抗していて、ウツギ博士は何を言いたいかと言うと、ゴールドはバトルフィールドには入れないという事。

「うー……でも……あの、その……」

 言葉を探しているのであろう、彼女の口は彼女自身の体重よりも重そうだった。今まではゴールドが側にいてくれたという大きな安心、そしてアドバイスをくれていた。しかし、ポケモンリーグでは側にいるどころか立ち入り禁止と来た。
 安心材料がなくなると知ったマイはしどろもどろに脈略のない言葉を並べる。

「大丈夫だって、観客席の一番近いところのチケット取ったしな。俺と母さん、シルバーとかクリスだって来てくれるぜ!」
「そういうんじゃないっ!」

 口調は絶望を叫ぶようで目頭が熱くなるマイ。次第に涙が出てきて拭いても拭いても止まらない。

「うわぁぁあん! 絶対無理だよぉぉおお!」

 こうなってしまっては予選の時に挑んでいた、ゴールドが寂しく思えた強気のマイはどこにもいない。

「おっおい! 落ち着けって! ほら、こっち来い!」

 言葉を知らない幼児のように大きな口をあけて上を見てひたすら泣く。周りの人々は何があったのかと目を見張る。最初の涙が出てしまうともう駄目だ。あとは泣き疲れるまでになる。
 星の如き涙を流すマイの左手首を掴み、リーグ会場から連れ出して木陰に隠れる。困惑している今も泣き続けていた。

「何が無理なのか、一つづつ教えてくれよ。解決になるかもしれねぇだろ?」
「ううっ……あ、あの、あのね」
「おう、どうした」

 青葉が柔らかい原っぱに座らせると優しく慰めるように髪の毛を撫でる。泣きすぎて鼻の奥がジーンと痛むのかマイは鼻を抑えながら話す。

「一人じゃ怖い」

 たった一言が大きな鉛となってゴールドに振ってくる。いきなり、これかと。

「お前は一人じゃない。リューくんやピーくんがついてるだろ?」
「あ、う、そっか……そうだよね……。ごめん、みんな……。あと、あとね、ゴールドがいないのが、いやだ……」
「俺はちゃんといるから、どこにも行かねぇから」

 鼻水を啜りながらゴールドに身を預ける。撫でられる肩が気持ちいいのか目を閉じている。

「でも、となりじゃない」
「うーん、そうだな。じゃあ、これ貸してやる!」
「わっ!」

 寂しそうに親指の爪を噛むマイに自分の帽子とゴーグルを渡してやる。ふわり、とゴールドの香りがマイを包みこむ。

「これなら大丈夫だろ? お前なら勝てるさ絶対。俺がいなくても平気だ。お前は十分強くなった」
「うん……。ゴールドが言うならだいじょうぶかも!」

 抱えていた膝を解放して立ち上がるとマイはゴールドを真っすぐに見つめて言い放った。赤い鼻と目が焼き付くが今だけは言うのはやめておこう。
 立ち直ったマイを確認して、空白が出来たような寂しさを感じてしまう。もう俺がいなくても大丈夫なのか、なんて不謹慎に思いながらもゴールドは先を歩くマイに追いつく。

「さて、コウを応援しに行くぞ!」
「おーっ!」

 取り残された気持ちを隠してゴールドは右腕を大きく空に掲げて、マイも左手を上に伸ばした。
 あんなに泣いていたのにすぐに立ち直るのは、ゴールドがいるからなのか、それとも旅をして自信を付けたからなのか、それはマイにしか分からない。

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