戦火の勇気 1

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この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください

第3章です。
イブの記憶の手がかり、『石碑』をめぐって思いがけない情報が錯そうします。
その影響は本人たちだけに留まりません。
 抜けるような青い空と、対してすがすがしいコントラストを浮かび上がらせる白い雲。いつもより高く感じるそんな空のさらに上から、陽光がほどよいあたたかさで降り注いでいる。どのポケモンであっても「ああ、いい天気だな」とつぶやいてしまいそうな空模様だった。
 町の活気もまずまず、行き交うポケモンたちもお互いにあいさつをしながら今日という一日をどう楽しく過ごすか、教え合わずにはいられない。
 町があるという目印にもなる湖、そして町のシンボルともいえる救助・探険『基地』も、いつもの通りだった。ケガをしたポケモンが治療をしてもらうために訪れたり、以前基地の世話になったポケモンが遊びに来たり、メンバーに差し入れを持って来てくれたりもする。まさに町の活気の元だった。
 ただ基地の三階、そこだけが、外界のにぎやかさとは壁一枚隔ててその対極にあった。
 三階にあるカイナの雑務室に重い空気をため込んでいるのは、カイナ、ルイ、ユウの三匹。ルイとユウはうつむき、カイナはその向かいにすこしだけ、難しい顔をして立っていた。
「話を、聞かせてもらうね」
 カイリューの大きなからだから発せられる声に、彼よりずっと小柄なブイゼルとピカチュウをおびえさせるような厳しさは含まれていない。
 カイナは、多くのポケモンをどうしても見下ろしてしまう己の体格で、相手を怖がらせてしまうことを嫌っていた。それは初対面のイーブイに接するときの姿勢に気を配っていたことや、会話をするときの言葉の選び方からもわかることだった。もともと生まれもった彼の性格もあいまって、それは当のカイナが思っている以上に温和な印象を与えているのだけれども。
 しかしそんなカイナの言葉にも、二匹は落ち込んだ声ではい、と応えた。
「僕が基地を留守にしている間、イブくんとミロトくんが大きなケガをかかえて帰還をしたことは聞きました。かれらの容態は深刻といっていいものだった」
 カイナはひとつひとつの順序を追いながら、ことのてん末を確認することにした。

 『憂いのほら穴』から帰還したカイナは、イブとミロトには再度じゅうぶんな休息を取るよう指示し、パッチールもランプに任せ、自分はすぐにほら穴での出来事の整理にかかった。
 まず事の発端となったイブとミロトからは、朝、カイナが調査から帰還した時点でじゅうぶんとは言えないながらもいくつかの情報を聞いていた。
 その次に、自分自身でほら穴に向かい、ドサイドン、フライゴンの姿を確認し、『神』というキーワードを聞き出した。
 パッチールについてはケガの具合を考慮し、全快してからの会話がベストであるとカイナは判断していた。
 のこりは独断で今回の件に当たったらしい『LUCKS』だった。かれらほどの実力者が独断で動いてはいけない、という規則はもちろんリーダー達はさだめていない。しかし、今回はふだんの救助活動とはいくぶん事情がちがっていた。
 また、リーダーが把握すべき事実を知るには、行動をおこした当事者に聞くのが第一、という常識もある。こと、真面目すぎるがゆえにすべてを抱え込もうとしがちな『LUCKS』は、報告を怠るということはしないまでも、細部まで丁寧に掘りさげないかぎりカイナが知るべき事実が浮かばない恐れがあった。

「キミたちはドサイドンがイブくんたちにケガを負わせた、という情報をかれら自身から聞き出した。そして『憂いのほら穴』に向かった。ここまで合ってるかな?」
 カイナがちから無くうつむいているルイとユウに、問いかける。二匹はまた短くはい、とだけ答えた。
「……僕が留守のあいだに、行動計画の申告なしでの出動。『LUCKS』らしくはないね」
「はい……考えが足りなかった、そう思っています」
 ルイが控えめな声で答えた。ふだん落ち着いているポケモンのルイだったが、やはりそれに輪をかけたような落ち込み具合だった。
 どうも慣れない。カイナはそう思った。
 こういう、いくら言葉を選んでも責めていることには変わりがない話を進めるようなことは、カイナの不得手の内だった。だが、『基地』の責任者たれと思う、いや『願う』サブリーダーにそのような事情をおもてに出すような権利は無いと、そういう戒めも持っていた。この点、このカイリューは本当に現実的な領域に立っていた。野生で暮らすほかのカイリューでは、同じ目的を持った仲間内での上下のかかわりを前提とするような領域を関知することなど、一生無いと言い切れるだろう。いや、現実的なのは何も生まれつきだったわけじゃない、とそうも思っている。きっとこの立ち位置は、この『基地』を完成させたときから踏み入れざるを得なかったところ。そう、サブリーダーとしてのいまだからこそ感じていた。
 そして、カイナは向かい合っている。かれと道をともにすることを望んでくれた、いまだ若きエースでありかつ、ベテランのポケモンたちに。
「どうかな? 僕にはむしろ、考え抜いたうえでの結論が『憂いのほら穴』での行動だと思えるけど」
 カイナは意識の上に薄膜を張っていた自らの弱さをとり去り、さらに問いただした。
「仲間と、周囲のポケモンの危機に対して、私、たちは……」
 今度はユウが答えた。ルイとは逆に、いつも活発に動いている彼女にしては、気の毒すぎるほどの弱りきった表情が見てとれる。
 幼さを残し、成熟しきらない内に秘めた純粋さと、その幼さには大きすぎる、現実をその身に刻んで得た経験値が、『LUCKS』にどんな判断をもたらしたのか。それが浮き彫りになろうとしている。
「……いえ、行動した後の基地の危険も考えるべきでした。イブくんたちのようなポケモンに危害を加えるのが、許せなかったんです。どんなバツでも受けます、ですから」
「今後も活動させて、ください」
 二匹は、『ほら穴』での出来事のあと、それぞれが自覚していた後ろめたさを、ようやく口に出した。リーダー不在の基地を留守にしたことによって生じた危険を、かれらはみずから悟っていた。
 そしてカイナは、かれらの反省をすぐには受けとめなかった。
「あくまでも自分たちが浅慮だったと」
「はい」
 カイナは責任感のかたまりを頭に乗せたような『LUCKS』をみて、かれらに向けるには珍しい、呆れが混ざった表情になった。
「……その結論を出すにはちょっと焦りすぎ、かな」
 あいかわらずカイナの顔にはいつものような微笑みこそ表れていなかったが、意図的にひかえめにしていたような声の抑揚は、わずかにだけゆるんでいた。それにつられるよう、ルイとユウは視線を上げた。
「今度は僕から。まず先に何を心配するべきだったかを、聞いてもらうね。無意識にでも答えが出ているキミたちにうるさく言うことも、きっと無駄ではないと思うから」
 カイナが考える『基地の危険』の中身は、かいつまんで次の三つだった。

 パッチールを探しているドサイドンたちが、『LUCKS』と入れ違いで基地に現れる可能性があったこと。
 緊急出動を要する依頼があった場合、対応ができなかったこと。
 ドサイドンにより危険な目にあったのはパッチールだが、そこに居合わせたのがイブとミロトという『基地』メンバーたちだったことから、二つ名が付いてまわるほどに知れた『LUCKS』が『救助』ではなく『復讐』に動いた、という噂が広まりかねなかった事実。

「誤りやすいことだけど、僕は『基地』は何かを守る『手段』であれ、『目的』や『守るべき対象』とは考えていません。それは本来の役割からして間違っていると言えます」
 『基地の危険』も、建物自体やメンバーだけではもちろんなく、そこに滞在しているポケモンや、基地の活動がなくなって困るポケモンたちがいるからね。そう、カイナは付け加えた。
 特に三つ目はとてもデリケートな問題だった。ドサイドンに対しては、以前に自警団まがいの説得と戦闘を試みたことがあったカイナでさえ、『正しさ』の線引きが難しい例と言える。
 守りたいもの。守れないもの。戦うべきもの。戦うべきでないもの。
 『基地』に訪れるポケモンがこれに当てはまり、『基地』のメンバーはそれに当てはまり、それ以外の野生のポケモンは――といった風にリーダーが断ずるのは、基地の活動範囲が広がるにつれ容易ではなくなっていたのだった。
「だから、救助や探険をするメンバーには、いま以上に自らがすべきことを自覚して行動してもらわなくちゃいけません。今回の件が今後起こらないとも限らないからね」
 ルイたちは無言でそれを聞いていた。深い深い、光が届かない洞窟の先でみつけた不思議なとびらを前にしたような表情を浮かべて。
 カイナはうなずくと、二匹を現実に引き戻すように言った。
「いま思いつくのはこのくらい。さっき言ったように、あの状況で基地を離れてしまったことは確かにベストではなかった。けれど」
 カイナはひと呼吸おいて、もうひとつ、かれらに伝えるべきことを口にする。
「ドサイドンという危険に立ち向かった勇気と使命感を誤断と切り捨てるポケモンは、この基地にはいません。僕の知るかぎりは」
 カイナの想いが乗ったその声は、『LUCKS』の憂いをどこかに投げ去るような力強さが含まれていた。 
「……カイナさん」
「キミたちを前にしてだからこその、僕からの拙い講釈だと思ってくれていい。キミたちなりに考えるところもあるでしょう。きびしい言い方だったけど、キミたちにこういう『大層』で『独善的』な事情を知ってもらうことは、利益になるはずなんだ。数えきれないほど多くのポケモンにね」
 そう言って、カイナはようやく笑った。いつもの、かれが慈しむべきすべてのポケモンに向ける、かれが持つ天性のおだやかさで。
 カイナは「不便をかけるね」とは言わなかった。これまで、そしてここまで尽くしてくれている二匹に向けるには、それは労いとはほど遠く唾棄すべき文句になると、カイナは信じていた。
 『基地』の事情を吐露したのも、『LUCKS』の強さを認めているからこその、カイナからの我侭、とも言えた。だからこそ、ここでルイとユウに向ける笑顔は、カイナの感謝をこれまでにないほど伝えていたのだった。

 カイナたちがいる三階雑務室にそのポケモンが現れる、すこし前のこと。その場所にはちいさな茶色がふたつ、点々として並んでいた。それらはもぞもぞと、形は違えど長い耳を雑務室の扉にそばだてていた。
「ルイにぃたち遅いな……」
 先にふわふわの毛玉を乗せたような耳をもつミミロルが、声をおさえて言った。
「ボクたちのせい、なのかな……」
 対照的に、ぴんととがったような耳をもつイーブイが、やはり小さな声で言った。
「帰ってきてからまっ先にここに入って、そのあとずっとだもん。ボクとミロトくんが原因で怒られてたら、どうしよう?」
 となりにいるミミロルの名を口にしつつ、落ち込んだときに見せる垂れた耳と尻尾がすこしだけ揺れた。この状態は、そのイーブイの性格からして別段めずらしくはないものだった。
「イブはカイナさんが怒ったところ、見たことあるのか?」
 イーブイの名を呼ぶミミロルが、そわそわして落ち着かない気持ちで聞き返した。
「ないけど……」
 不安げに答えるイーブイだったが、「そうだよな……」とつぶやいたミミロルもどうやら同じようだった。
「……でも、ルイにぃたちのことを聞いたときから様子が変だったからなぁ……長いこと放っておいたオレらのチーム名もようやく決まったんだ。イブ、その名に恥じないようちょっと様子見てこいよ」
「えっ……ミロトくんずるいよ、入りにくいからって」
 この状況を打破するためのいけにえとして自分を指名したミミロルに、イーブイがあわてて返した。
「それにそれをいったら、ミロトくんだって」
「いいだろー、減るもんじゃないって」
「……食欲が減るもん。おなかがきりきりする」
「そっちの心配かよ。オレのほうが食欲ないからだいじょうぶだ、イブなら行ける」
「よくわかんないんだけど……」
 独特の理論をかさにがんばるミミロルに負けじとイーブイが文句を言おうとした瞬間、それはどん、という大きな音を立ててイーブイたちにぶつかった。かれらはそのまま勢いよく開いた扉の中へと飛ばされた。
「わぁっ!」
「うぇっ!?」
「え」
「?」
「あ」
「……お?」
 雑務室の半ばまで転がったイーブイとミミロルは、身体ごと上下さかさまになった状態ながらも、部屋のなかに広がった声に聞きなれないポケモンのものがあることに気が付いた。
「もしかして蹴っちまったか? わりぃ」
 そう言ってのけたそのポケモンは、申し訳なさそうにしながらイーブイとミミロルを見下ろしていた。その背丈は若干カイナより低かったが、たいていのポケモンはその体つきに圧倒されてしまってもおかしくないような、太い腕と足を持っていた。体毛は淡いブラウンで統一されていたが、胸から腹にかけて、大きく満月をふちどったかのような金の輪が描かれていた。このポケモンの特徴のひとつといえる。
「この体になってから足元が全然見えなくてよ、いまだに慣れねンだよな」
 そう、睨みを利かせた顔をしかめながら、なかばひとりごちている。そしてその体躯に比して小さな耳を、己の腕ほどの太さの枝木ならいとも簡単に切り裂いてしまいそうな鋭い爪で器用にもみほぐした。恐らくこれがこのポケモンの困っている表情なのだということが、かろうじて判る程度には眉が下がっている。
「あ? 何だよみんなして固まって」
「あの……どちらさまですか?」
 カイナとのやりとりを一時中断されたルイは、そう問いかけた。そして雑務室にいるほぼ全員が、同じ疑問を持っていたのだった。
「ああっ!? ひでぇな! 俺だよ! ほら!! あの、今のこの姿に負けないくらいたくましくて強かった……俺だよ!!」
(いや、誰だよ……ガラ悪いポケモンだな)
 大声でわめきだしたポケモンを見て、ミミロル――ミロトはふとした連想を起こした。
 もしかしてこいつ、あのドサイドンたちの――!?
「ちょっとアンタ、いつの間にここまで上がって来たの! 暴れるつもりなら容赦しないわよ!?」
 さすがに一階の救護所まで声が届いていたのか、ランプが入り口に立ち、ラッキー種の大きな体でふさいでいる。逃げ道どうこうというより、突如現れた気性の荒いポケモンを一階に戻さないための対処なのだろう。その後ろでは、リュナが隙間から心配そうな顔をのぞかせていた。
 それを見たミロトとイブも、臨戦態勢を取った。ここまで敵に侵入されたら、全力で戦うしかない。そう覚悟を決めようとしたとき、カイナの声が割り込んだ。
「ちょっと待ってみんな。勘違いしてると思うんだけど……」
 カイナは中心に囲まれたそのポケモンに近寄ると、上から下までを眺めて、言った。
「メグちゃん、だよね?」
「えっ!?」
「うそっ!?」
 カイナがその呼び名を口にしたとたん、真っ先に驚きの声を上げるランプとリュナ。同時にふさいでいた入り口から『メグ』と呼ばれたポケモンに近付き、べたべたと触りはじめる。
「アンタほんとにメグちゃん? ずいぶんたくましくなっちゃったわね……」
「背もあたしと同じくらいだったのに、あのメグが……」
 そしてひと通りなでまわした後、ほう、と感嘆の息をもらした。
「メグちゃん……?」
 イブが、首をかしげながらやはり見覚えのないポケモンとランプたちを交互に見た。
「メグちゃんはね、この『基地』の『探検隊』メンバーのうちの一匹なんだ。遠征から文字通り『進化して』帰ってきたみたいだね」
 カイナが、イブの疑問に答えた。
「『進化』って、なんですか?」
「『進化』っていうのはね、ポケモンがより強くなるために姿を変える成長のことなんだ。メグちゃんはもともとリュナちゃんより背が低いくらいの『ヒメグマ』種だったんだけど、あそこにいるのは『リングマ』。進化したんだよ」
 そうカイナがイブたちに簡単な紹介をした直後、リングマがたくましい身体と同時に手に入れたソウルフルな叫びを響かせた。
「その名前で呼ぶなあああああああああ!!」
「ちょっと、その身体なんだから大きな声出さない。不満なの? 残念ね、あんなにかわいくて似合ってたんだからいいと思うわよ」
「うんうん、かわいくていいじゃん」
「リュナはだぁってろッ! ……百歩譲って『メグ』はいいとする!」
 ぶんぶんと両腕を上下に振ってラッキーとニューラに訴えるリングマは、傍から見ていると破壊活動をするためのウォーミングアップをしているようだった。とにかく、何気ない動作にも迫力が乗っている。
「だけどそもそもメグちゃんメグちゃんって俺は♂だってーの!! もうこんななんだからいつまでもその」
 バチーン!
「うるさい! 叫ぶな! 下に響くっ」
「うおおおお痛てえええ! なんなんだこの仕打ちは!! おかしいだろ!?」
 ランプの、相手との身長差と荒々しい動きをものともしないショートジャンプからのビンタ(往復ではなかった)に、リングマは一段と大きな声で吠えた。
「わからないなら~……!」
 同時にランプの目が光った。殺気をたたえて。 
「いやわかった、わかったから……」
 あわてて声を落とすリングマ。大きくなっても、基地に訪れるポケモンたちの大半を世話していた女丈夫には敵わない。そう本能レベルで理解してしまったリングマは、ぶちまけていた勢いをすごすごと片付けるしか方法はなかった。
「そうねぇ、名前変えたいんなら、リングマの『リン』ちゃんはどう?」
「賛成!」
「いいよ、判りやすければ何でも……もう好きにしてくれ」
 ヒメグマだったころの記憶が抜けないのだろうか、ランプとリュナはリングマのイメージを『カワイイ』から変えるつもりはないようだった。
「なんでこの姿になってまで『ちゃん』づけなんだ……納得できねぇ」
 のれんに腕押し、といった具合ですっかりやり込められてしまったメグ……いや、『リン』のつぶやきをその長い耳で拾ってしまったミロトは、なぜか同じ仲間を見つけたような親近感を持つのだった。

「ともかくカイナ、戻ったぞ」
「うん、無事で何よりでした。おかえりなさい」
 自分をようやく落ちつけたところで、リンは改めてカイナと向き合った。 
「援助物資もいろいろ見つけてきたから、好きに使ってくれ」 
 リンはカイナ手製のおおきな袋に詰まったどうぐ達を、部屋の入り口から運び入れていた。その数はリン自身が収まってしまいそうな大きさの袋三つ分だった。
 探検隊の中には、『基地』の活動をささえるための資材やどうぐを調達しに探険に赴いてくれるポケモンがいる。もちろん、そういうポケモンは概して自分の縄張り内だけでの生活から、『探険』という世界の広がりに魅せられてその道に入門する者もすくなくはなかった。リンも、そのうちの一匹だ。
 そして、もともと探険を主な活動としてきたカイナは、どちらかといえばリンのような探険をするポケモンをまとめるリーダーなのだった。
「ありがとう、いつも助かるよ。遠征はどうだった?」
「初めてじゃあなかったから何も問題はなかったな。ぼちぼちだ」
 カイナから基地から離れておこなっていた遠征の具合を聞かれたリンだったが、そう簡単に答えると、すこし居心地悪そうに気になっていたことを口にした。
「……でだ、今日は何でこんなにカイナの部屋に集まってたんだ?」
 リンはカイナに向けていた視線を、ゆっくりと薙ぐように部屋にいるポケモンたちに移した。リンの大騒ぎに巻き込まれたポケモンと加担していたポケモンが、そのまま残ってカイナとのやり取りを眺めていた。
「半分はリンのしわざじゃん」
「うるせぇ。新しい顔もいるみたいだな」
 リュナの茶化しに憮然と答え、イブとミロトを見やる。
「うん、紹介するよ。新メンバーのイーブイのイブくんと、ミミロルのミロトくん。とある事情があって、この基地のメンバーになってくれたんだよ」
「事情?」
 カイナの紹介に、リンが問いかける。
 カイナはイブとミロトに顔を向けた。イブがうなずく。
「イブくんは、この基地に来るまえに記憶を失って倒れててね。そこをルイくんとユウちゃんが発見して搬送してくれたんだけど、記憶が戻る手がかりを探すのに都合もよさそうだったから、そのまま基地メンバーとして入隊してもらったんだ。ここには情報も集まるからね」
 そう、イブの入隊までの経緯を要約して話した。
「……そうか、そいつは大変だったな。相方のほうは?」
「ミロトくんは僕の知り合いのキュウコンの息子さんだよ。入隊を希望して、基地に来てくれたんだ」
 カイナから加えてミロトのことを聞いたリンは、眉をすこしだけ上げて、ミロトを見やった。
「あのキュウコンがミロトのかーちゃんか……どうりで俺を見てもどっしり構えてるなと思ったぜ」
 うはは、と肩を揺らして笑う。そして、イブたちに向けてさらに片手と口元を上げた。
 よろしくお願いします、と応えたイブは、リンのその憮然さが抜けない中に見える表情の変化から、歓迎されているのかな、と前向きにとらえた。でも、やっぱりわかりにくい。
「まぁ、遠征についてはこれからゆっくり話せる。が、その後が手持ち無沙汰でなぁ。カイナ、何か俺に手伝えることはないか?」
「手伝えること? そうだね……」
 カイナは、リンがまたすぐに別の地へ探険に行く気はないのだろうと察し、いまの基地が抱えている問題を頭にめぐらせた。そして、かれの中にある現実的な思考が、リンという強力なピースを適所にはめ込もうとして、ある方向へ動いた。
「……『石碑』の伝説は、聞いたことがあったよね?」
 カイナはリンに問いかけた。
「『石碑』? ああ、俺が知ってるのは何か伝説について書いてあるものが、五ヶ所にあるってやつだが」
 リンはうなずき、カイナに答えた。
 カイナは変わらずリンとカイナのやり取りを見守っていたイブとミロトに向き直った。
「イブくん、ミロトくん。リンちゃんに、イブくんの記憶探しを手伝ってもらったらどうかな?」
「えっ……?」
 突然のカイナの提案に、イブが目を丸くした。
 正直なところ、いまだに記憶が戻っていない今、手がかり探しを手伝ってもらえたら、イブとしてもとてもありがたい。しかし、同じチームのミロトがそう簡単に認めるかどうか、イブはそれを心配した。イブとのチーム結成についてでも、その後の救助活動についてでも、前からミロトにはちょっぴり頑固なところがあるということは、イブも把握していた。そのミロトからあまのじゃくな発言を招きかねないカイナの提案に、気遣いが行き過ぎるタチのイブは焦ったのだった。
「あの、とてもありがたいです。ですけど、あの……」
 イブがもごもごと言いよどんでいるところに、ミロトが意外な一言を発した。
「いいんじゃないか? イブもその方が助かるだろ?」
「えっ!?」
「何だよ? 何か心配事でもあるのか?」
 ミロトの、予想とは真逆の返答に、ついついイブは大声を上げてしまった。「いきなりいっしょに行動とか、無理無理」なんてことをいつ言い出すかと思っていたのに。
「何でもないですっ!」
 イブはあわてて自分をフォローしつつ、心のなかでミロトに謝った。パートナーのミロトくんが良いなら良いんだ。誤解してゴメンね。
「ぜひ、おねが」
「たださぁ」
 いつの間にか挑発的な表情になっているミロトが、イブをさえぎった。
 安心してカイナの提案を受け入れようとしていたイブは、自分がすでにミロトのあまのじゃくに犯されていたことにようやく気づいた。
「リンさんってどのくらい強いの?」
 ミロトにしては遠まわしだったが、リンは自分に向けられたある種の挑戦に、今度ははっきりとニヤリとしてみせた。
「いいぜ。見せてやるよ。チーム入隊試験だな」
 リンは準備運動とばかりに、ふんふんと両腕を振りまわした。
 カイナもこの展開は予想していなかったようで、あわてて言った。
「リンちゃんは強いよ。ヒメグマのときからバトルのセンスは飛び抜けてたから」
「大丈夫だ、カイナ。まかせとけ」
 この発言を、ミロトはリンの自信の表れと受けとった。
 が、カイナはそうではなかった。困った顔になりながらも、リンに何か考えがあってのことだろうと、うなずいてみせた。
「そういや、お前らのチーム名は?」
 『入隊試験』のために部屋の入り口から外に出ようとするリンは、思い出したようにミロトたちに問いかけた。
 おろおろとしているイブと、意気揚々としているミロトは対照的な表情ながらも顔を見合わせたあと、答えた。
「『PLUCKS』!」
「『PLUCKS』か、いい名前だな。よし、行こうぜ」

 リンたちが連れ立って出て行ったあと、カイナはひとつため息をつきながらも、困り顔をくずした。どことなく、うれしそうでもある。
「『PLUCKS』だって。ルイくんたち、相当慕われてるよ」
 部屋に残ったルイとユウに、カイナは言った。
「そうだとしたら……僕もうれしいです」
 ルイが、同じく部屋の入り口をみつめながら、そう応えた。
「さて、中断しちゃってたけど、本題に戻ろうか」
 カイナはそう言い、ルイとユウに話の続きをすることにした。
 本題、というのは中断前に話していた『基地の危険』のことではなかった。それに関してはもう、伝えるべきことは伝えきった、とカイナは思っていた。これからルイとユウの意見を募るのは、もうひとつの、基地の今後に関わりかねない重要な問題。
 パッチールが言った、『神のお傍についていたルカリオ』のことだ。

 にぎやかなポケモンたちの声をその黄色くてながい耳に残しつつ、ユウはいつも爛漫に振りまいている元気をどこかに落としてきたかのよう、いまだ呆然と、カイナの声を聞いていた。

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