第8話 戦い

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 なんとかはるこについて行った僕は、そのままポケモンセンターへと飛び込んだ。さあどこだ。足をとめ、あたりを見回す。
「アキ、速いね」
「お、おう」
入ってすぐ遠くを見回していたためか、あまりにも入口近くにいたはるこに気付けなかった。
「わたし、結構速く走ったのに」
 はるこは息一つ乱していない。だけど、僕だって鍛えていないわけではない。あの程度で息を切らしてはいられない。
「あれくらいなら、まだついていけるさ」
 実際まだスピードを上げられる余裕はあった。それでも、はるこは僕よりも遥かに余裕があるように見えた。
「ねえ、バトルをするところって、頑丈だよね?」
「頑丈さ。ポケモンセンターの下にわざわざ作るくらいだから、耐久性は防災シェルター並だろうね」
「地下、なんだよね?」
「うん」
 ……。自分で言って気づいた。何故、はるこはここまで走ってきたのか。
 はるこはきっと、追手が自分を見つけていると思っている。いや、そう思った方が良いということだろう。
もしあれがはるこの追手の仕業だとすると、あの音は、はるこを誘いこむものだ。一見、ジュンサーさんやジョーイさん、町の住人達の注意が一気に山に集中してしまうため、誘いこみには見えない。でも、ジュンサーさん達があそこで通行止めをする以上人は入ってこない。そして、そんな状況でも、はるこなら行く。自分のせいで何か被害が出ることに何か感じてしまうはるこなら、一目散に駆けつける。相手はそれがわかっている。はるこのことを知っている。でもそれなら、何故あのまま山に入らなかった? 確かに、ポケモンセンターの地下でやり合えば被害は一番出にくい。逆に誘い込んでやろうというのもなんとなくわかる。でも、あのまま突っ込んで行けば、はるこならもう既に倒せていたかもしれない。
「はるこ、なんで誘いに乗らなかったんだ?」
「あ、え? アキ、わかってたの?」
「いや、今のお前の反応で確信が持てたよ。でも、なんで誘いに乗らなかったのかわかんねえ。自分の強さに自信があるなら、誘いに乗ってでもやっつけてくればよかったじゃないか」
「……ごめんなさい」
 はるこは申し訳なさそうな声を出しながら、突然、ぺこりと頭を下げた。
「あのまま行ったら、アキ絶対一緒に来ると思ったし、来たら山で、その、攻撃も防ぎにくくなるし」
「僕を守りながらやるには場所が不利って、そういうこと?」
 はるこは僕が怒っていると思ったのだろうか、再びごめんなさいとか細い声で呟くと、さらに頭を下げた。
「ほら、顔上げて。そんなことでいちいち怒ったりしないよ。僕を危険に晒さないようにしてくれたんだろう?」
 ゆっくり、まだ申し訳なさそうにしながら顔をあげると、そのままコクんと首を一つ縦にふる。
「で、でも、アキが思ったよりずっと動けるから、その、無駄だったのかなって」
 慌てて取り繕うかのようなはるこの言葉に、僕は笑いそうになった。こんなことをここまで気にしてしまうほど、はるこは普通の女の子だ。それが追われているのなら、僕だって手伝ってやりたい。
「無駄じゃないさ。あのまま山で戦ったら何が起こるかわからない。ジュンサーさん達の言うことが本当なら、何をしでかすかわからない連中だ。やりあうのなら、頑丈な場所に逆に誘いこんでやった方がいい。それに、閉鎖的な空間なら奇襲はないから、僕を守りやすい。そういうことかい?」
 意地悪を言ったつもりじゃないが、はるこには責められているように感じたかもしれない。その通りまた申し訳なさそうに肩をすくめるはるこを見て、逆に申し訳なくなった。
「うん、だいたい、あってる」
「よし、じゃあこんなところで話している場合じゃない。早く下へ行こう」
 走り出すと同時に僕ははるこの手をとって、そのまま下へとつながる階段を目指す。僕だって、そう簡単にやられはしない。少しは頼りにしてくれよ、とメッセージをこめたつもりだった。あえて後ろを一度も振り向かず、僕は階段を駆け下りる。はるこは黙ってついてくる。ただそれだけではるこに認められたような気になるほど、僕は単純な男だった。

 ポケモンセンターには地下三階まであった。地下一階から三階までバトル場として開放しているようだ。本当に災害時の避難所にもなっているようで、どのバトル場にもいろんな物資が備蓄されているらしい。自動ドアの横。入口の災害時指定避難所のマークを見たところで、僕はいつだったかそんな話を聞いたことを思い出していた。
 横開きのドアを通り、僕達はバトル場へ足を踏み入れる。地上一階から一気に駆け下りてきたというのに、片手で、しかもその手を僕に握られた状態ではるこは一度もバランスを崩さずについてきた。
「アキ、ここだったら暴れても大丈夫なんだよね?」
「ああ、ちょっとやそっとじゃ壊れないはずだよ」
 バトル場の真ん中まで来たところで、僕ははるこの手を放す。「よおし」と意気込んでいるはるこは、くるりと周ってドアの方を向く。「みんな、準備はいいね?」と、メタモン達に一声かけ、少しだけ腰を落とした状態で静止した。
「な、なあ、はるこ。そんなすぐに攻撃をしかけてくるのか?」
「多分。もしあれが本当にあの人達の仕業ならね。きっとわたしの姿は発見しただろうし、あんな大きなことをしておいて今更何もしてこないってことはないと思う」
 はるこの言葉を考えもせずにそのまま受け取り、僕はゴクリとつばを飲み込み、モンスターボールに手をかけた。張りつめた緊張感が流れる。僕は得体のしれないやつらと戦うことに少し緊張しているのかもしれない。手がジトリと汗を出し始める。はるこを守る戦いのはずが、僕の中でいつの間にか自分の力を示し、身を守る戦いになっている気がした。僕はどこまでも臆病で、ただのトレーナーだ。いくら格好つけても、格好つくはずがなかった。
 僕ははるこの右側に立っていた。さっきアパートで見た感じだと、腕のない付け根の部分にはりついたメタモンが主力なようだから、変に邪魔をしたくなかった。我ながら自分が情けない。やっぱり、僕が守ってもらっているようだ。はるこの先ほどの言葉が、気にしてないとはいっても、強く心に響いた。でも、僕だって弱くない。ポケモン達と一緒なら、役に立たないなんてことはないだろう。今さっき情けないことを考えていた僕の頭が、自分の本音を砕くように自分を鼓舞している。怖いし、緊張するし、いつの間にか戦う目的がすり替わっちゃっているみたいだけど、僕は自分が弱いことを認めたくはなかった。まったく面倒くさい奴だ。はるこのように、自分の強さにあれだけの自信を持てればどれだけいいことか。やっぱり、この子が羨ましい。
 と、こんな風に余計なことをいろいろ考える時間があるくらい、追手が現れる気配はなかった。どれだけの時間が過ぎただろう。もう五分は経っているかもしれない。妙に緊張していたから、体が痛い。僕が流石にいきなりは来ないんじゃないか、と声に出そうとしたところで、はるこの方が先に戦闘態勢をといた。
「こないねえ。変なの。わたしを捕まえようと躍起になっていたのに」
 はるこはこてん、と首を傾げ、僕の方を向く。
「……そもそもさ、はるこは追手がもうついてきているってことについては、どれだけ確信を持ってるんだ?」
「絶対来ると思ったんだけどなあ。昨日も、ずっと見られていたみたいだし」
 僕は昨日、はるこがずっと体中にメタモンを張り付けて歩いていたことを思い出した。あれはやっぱり、警戒していたのか。
「じゃあ、こんなことが起こることも予想していたのか?」
「ううん、それは流石に、だね」
「そもそも、あの爆発自体が本当はただの事故だってことは?」
「それはないよ」
 はるこはキッパリと僕にそう告げる。
「アキ、わたし、本当に追われているの。一度追手を撒いて、サエのおうちに身を隠し始めたころは平気だった。でも、それから少ししてやっぱり見つかっちゃった。サエと、サエのポケモン達は強いから、わたしそれに甘えちゃってるの。窓ガラスの話、知っているでしょ? あれだって本当は外に怪しい影があったからなんだよ。サエだって、ただ寝ぼけただけだとは思ってない。きっとわかってる」
 話を聞いていて、僕にはまた一つ聞いてみたいことができた。質問ばかりで申し訳なくなるが、僕は、はるこがサエさんの側を離れるつもりなのか聞きたかった。でも、僕はそれを口にするのを躊躇った。はるこだって、本当はサエさんと一緒にいたいはずだ。だから、ああやって短い間だけど一緒に暮らしている。サエさんを危険に晒すかもしれないとわかっていながらも、だ。
はるこはそれこそ、本当のお姉さんのようにサエさんを慕っているのだ。離れたいわけがない。
「だから、来るよ。必ず。何をするかわからないけど、必ず、来る」
 はるこは語気を強めてそう言うと、再びドアの方に向き直る。
 なんていいタイミングなんだろうと思った。僕は身構え、じっと前を見据える。自動ドアが横に開き、その奥から見える黒い影達が並んでいた。

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