陽はなお高く 3
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この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください
イブとミロトにとっての初依頼から数日が経った。
けっきょくのところ、目的のウパーはコラッタたちとの勝負が終わったあと、草むらからひょっこりと出てきた。もともとそれまでいっしょに遊んでいたのがコラッタたち、ということのようだった。
イブとミロトは、そこで実際にバッジを使ってウパーを『基地』に搬送した。使い方はカイナが言っていた通り、難しいものではなかった。『基地』に帰るイメージを浮かべた後、ウパーに触れて念じると五匹はあっという間に基地のそばまで転送された。
イブが勝負のあと目を回しているコラッタとニドラン♀は大丈夫なのかと聞くと、ルイは
「だいじょうぶ。彼らは彼らで勝負のあとのことは考えてるはずだから」
と、別段気にかける様子もなかった。
あっさりしてるな、とミロトは思った。ケガをしたポケモンがいれば誰でも『基地』に連れてくるものかと想像していたが、どうもそういうわけでもないらしい。
そんなこんなで、ウパーを依頼者であるヌオーに引渡し、初依頼は晴れて成功。その後、今日まで同じようにルイとユウにサポートしてもらいつつ、いくつかの初歩的な依頼をこなした。
そして今日初めて、イブとミロトの二匹だけで依頼をこなすこととなった。『LUCKS』の二匹は難しい依頼があるとかで、すでに昨日出かけて行ってしまった。
二匹いわく、「イブくんたちは筋がいいから心配ナッチュウ」とからしいが、実際イブと二匹だけで任務をこなしたことはなかったので、何が起こるかはわからない。ミロトは依頼を失敗するとは思ってはいなかったが、イブにライバル心を持っている自分を知っていたため、いまだにチームの相方に歩み寄るのにためらいがあったのだった。
(ま、だからってふつうにこなしてれば成功するって)
ミロトはそう結論づけると、昨日カイナから二匹分完成したよ、と渡されたカバンのふたを閉めた。なかにはここ数日であつまった活動用のどうぐを入れてある。
「ミロトくん、準備はいい?」
同じく準備がととのったとみえるイブにうなずくと、二匹で小部屋を出た。
今回の依頼は、山ひとつ向こう側の、『翡翠色の洞窟』で迷っているマクノシタというポケモンの救助。
今日は灰色のどんよりとした空から、小粒の雨が滴り落ちている。昨晩からぐずりだした空模様がそのまま持ち越されてしまったようだ。救助中を示す青いスカーフをしたイブとミロトは、道中に自分たちのからだほどある大きい葉っぱを見つけると、イブはそれをそのままからだに巻きつけ、ミロトは傘代わりに頭を覆った。
基地から出発してから目的地まで残り半分くらい、というところで、沈黙を保っていたミロトがイブに話しかけた。
「なぁ」
ミロトの呼びかけに、イブの耳がぴくっと振れる。ミロトから話しかけられるのは珍しかった。
「なぁに?」
イブはちょっとうれしくなって返事をした。雨で気分が沈みがちになっていたし、最近はミロトから仲間と思われてないんじゃないか、と不安になってきていたため、どうにかしてわだかまりを取っておきたかったのもあった。
「イブは基地に来る前はどこでなにしてたんだ?」
イブは『基地』の隊員になってからまだそれほど経ってはいなかったとはいえ、ミロトには自分が記憶喪失だということは話していなかった。
(そういえば、ボクはまだ記憶を失くしたまんまで、『基地』の隊員になった理由のひとつが記憶の手がかりを見つけるため、だったっけ)
「……?」
ミロトは少し答えにくそうにしているイブをいぶかしんだ。
「答えたくないんなら別にいーよ」
ミロトのそっけない言葉にイブはあわてて応えた。
「あの、そうじゃなくて……ボク、記憶喪失なんだ」
イブは記憶喪失のことをミロトに隠すつもりはまったくなかった。しかしここ何日かは救助活動のノウハウを教わるのに忙しく、『基地』に帰ってからも二匹の疲れた体はすぐに眠りたがったため、言うタイミングがなかったのだった。もちろん、あまり会話をしていなかったことも原因のひとつだった。
「きおくそうしつね。ふーん……って、記憶喪失!? わかんないってことか!?」
「う、うん……」
イブが申しわけなさそうに言った。しかしミロトはそれを意に介さず、疑問に思っていたことを口にした。
「じゃあ、これまでどうやって他のポケモンと闘ってたんだ!?」
「えっ?」
あまりにも意外そうに驚くミロトに、イブは首をかしげた。
イブとミロトは、チーム『LUCKS』と初めて出かけた救助でコラッタたちと闘った勝負のほかにも、何回か仕掛けられた戦闘を行った。ミロトはキュウコンと各地を旅していたときに身につけたというわざで応戦し、イブも同じようにいくつかのわざを使って闘った。が、イブの記憶がないということは、そもそもそんな闘い方もわからないはずじゃないか、とミロトは考えたのだった。
だが実際は違う。ニドラン♀と闘っていたときのように、イブは戦闘の構えを取り、『でんこうせっか』を使い、いくらか経験を積むか教わるかをしていないと難しい動きをしていた。
(それにこいつ、けっこうタフっぽいよなぁ……)
ミロトのこのタフっぽい、という印象にもわけがあった。救助基地のメンバーと初めて出会ったあの日、おぼろげな記憶だが、道端で倒れたときの自分を軽々と運んでいたというのがイブだったということ(そのときのいきさつは後日キュウコンやカイナから聞かされた)。『基地』へ入隊した翌日の水汲みでも、イブは水の入った重い皮袋をくわえてひょうひょうとこなしていたこと。これらの事実がミロトの頭に強く残っている。
「なんていうか、本能的っていうか、からだが自然に……」
イブはミロトに問われたことについて、必死に考えているようだった。記憶喪失となればわからないのは当然かもしれなかった。
「……イブっていくつさ?」
「いくつ? とし? えぇっと……」
あたふたとしつつさらに考え込むイブ。さすがにちょっとかわいそうになってきたため、ミロトは話を切ることにした。
「わかるはずないよな。ごめん」
ミロトは素直に謝った。が、今度はべつの疑問が頭にうかんでくる。
(まさか、オレより年上じゃないよな……?)
ミロトはそういうことが気になる年頃らしい。年下だったら甘く見られるわけにはいかないし、年上だとしてもこんなおどおどしたヤツにえらそうにされるのは嫌だった。
そんなことを思われているとは露知らず、イブはミロトに向かって言った。
「……ありがとう、ミロトくん」
突然の一言に、ミロトはきょとんとする。
「は?」
イブが続けた。
「ボクに興味持ってくれたのが、何かうれしくて……」
ミロトはイブを見た。雨はいまだに止まない。イブの目が潤んでいるように見えるのは、イブの額をうつ雨のせいだろうか。
「ボクは記憶喪失のまま『基地』に来て、カイナさんたちと仲良くなったけど、それでも不安でいっぱいだった。ボクは世界を知らなくて、世界もボクを知らなくて――だから、いまもここにいることがちょっと不安なんだ」
瞑ったイブの瞳から、水滴がしたたり落ちた。
「もしみんながいなくなったら、ボクがいなくなるのと同じだって思うと、すごく寂しい」
イブは微笑んだ。どこか儚げで、触れたらすぐにでも消えてしまいそうな笑みは、どこかで見たことのあるような懐かしさにミロトを誘った。
「でも、ミロトくんとチームを作れたから、居場所ができそうな気がして――」
ミロトは言葉の最後を聞き取れなかった。イブはうつむき、歩みを止めてしまった。
「名前」
ミロトが立ち止まったイブに向かい合い、言った。イブが顔を上げる。
「『くん』とか付けるなよ。ミロトでいいよ」
ミロトがぶっきらぼうに投げかけた言葉。イブはそれを頭の中で繰りかえす。
「うん……」
また歩き出すミロトと、後ろについていくイブ。
「イブにまで子ども扱いされてるみたいじゃん。みんなしてミロトくんミロトくんって」
ミロトは前を向いたまま、ばつが悪そうに言った。イブがくすりと笑う。
「子ども扱いっていうか……それってミロトくんがかわいいからじゃない?」
ミロトの体が石のようにかたまった。後ろを歩くイブは、あやうく背中に衝突しそうになった。
「かわっ、かわいいとか言うな!! あと『くん』を付けるな!!」
バッと後ろに振り返り、精一杯の大声をイブにぶつけたが、イブはますますにこにこして言った。
「だって、なんか抵抗あるもん」
「なんだそれ!?」
ミロトの声が山の道に響く。何事かと、周りに住むポケモンが木陰から顔を出した。
「じゃあ、少しずつがんばってみるね」
「勝手にしろ泣き虫っ!」
ミロトはまた前を向くと、ずんずんと進んでいく。イブもそれについてくる。
(ぜったいこいつには負けねぇ!)
心の中でそう誓うと、ミロトは山の中腹辺りに見えてきた洞窟の入り口に向かい、歩を早めた。
悪いヤツじゃあ、ないのかもしんないけど。
『翡翠色の洞窟』に入り、まずこれまでの救助と違ったのは視界の悪さだった。入り口でこそ洞窟の壁がその名に違わぬ翡翠色をしていたのはわかったが、いくらか奥に進んだいまではところどころに生えている光るコケを頼りに進んでいるような状態だった。
「マクノシタさん、無事だといいけど……」
イブの声が洞窟に反響する。それほど大きな声ではなかったはずだが、音の波は暗闇を駆けて洞窟のさらに奥に消えていった。
「これじゃ見つける前にこっちが迷子になりそうだな……」
ミロトが本気とも冗談とも取れない口調でつぶやいた。
「そうなったらどうしよう?」
イブが不安げにもらす。
「だからそのために『あなぬけのたま』も持ってきてるんだろ? ほら、早く進むぞ」
ミロトは下層に繋がっているのであろうか、下り坂になっている道を進んでいく。
(ミロトくん、勇気あるなぁ……)
イブはミロトのうしろを歩きながら感心した。
ここ数回、『LUCKS』の二匹にサポートしてもらいながらこなした依頼でわかったことは、イブは危険察知能力や追い詰められたときの爆発力は優れているが、道の分岐に立ったときの進路決定やどうぐの取捨選択時などの行動力、決断力はミロトのほうが上らしい、ということだった。依頼達成後の報告時にカイナがしてくれた話では、これは偏りが無くていい組み合わせなんじゃないかな、ということだった。「一匹で出来ないことは二匹でやればいい、ってことだよ」と言っていたが、たしかにイブは今、ぐいぐい前に進んでいく力に乏しい自分の代わりに率先して歩いていくミロトに頼もしさを感じていた。
「イブ、この洞窟の何階下にマクノシタがいるって?」
「うんと、たしか地下七階くらいにいるみたい」
イブはカイナにもらった依頼のメモを読んだ。メモには依頼したポケモンと発信源、内容が書かれている。
「さっき一度下ったから、いまは地下二階か……けっこう奥まで行かないと、だなー」
「うん、気をつけていこうね」
イブは念のため注意をうながした。『翡翠色の洞窟』は、いま歩いた限りでもかなり広いように思えた。この洞窟に一匹もほかのポケモンがいない、と考えるほうが難しい。やっぱり、ここにも好戦的で強力なポケモンがいるんだろうか、とイブは心配していた。最近では、ポケモン同士のバトルをしたがる者が増えてきている、という話も聞いている。イブたちが闘ったコラッタやニドラン♀も、その中に含まれているという。
しかし、イブとミロトの懸念は幸運なことに、というべきか、いまだ的中していない。何回かナワバリ意識の強いポケモンに絡まれることはあったが、救助活動を断念しなければならないほどの強敵はおらず、いずれもイブたちの足どりを鈍らす程度のものだった。
「ごめんなさい、通るだけですから……」
「いてぇなぁ……さすがスカーフしてるだけあるぜ……早く行けよ」
イブたちに攻撃をしかけたコウモリのようなポケモン、ズバットはそう言いながらふたたび洞窟の天井にぶら下がると、羽を休めた。イブとミロトは隣の小部屋で一息つくと、目標までの距離を再確認する。
「で、いまはどのあたりだ? 五階くらいまでもぐったかな?」
ミロトが空腹しのぎにリンゴをかじりながらイブにたずねた。
「四階だよ。少しずつだけど、ここをナワバリにしてるポケモンが増えてきたから……ペースが遅れちゃってるね」
イブはというと、ミロトの疑問に答えながら、カバンの中身を確めている。ミロトはそんなイブの様子を見ながらつぶやく。
「マメだなぁ……何回見たって中身が変わるわけじゃないだろ?」
「うん、でもさっき拾ったものの中に見たことのない『たま』もあったから……」
イブがカバンの中からひとつ、青色のたまをくわえて取り出した。たまの中心では、不思議な模様が浮かび上がっている。救助活動などで手に入れることができるこの『たま』は、その種類によってさまざまな効果をもっている。正確には『ふしぎだま』というらしいそのたまにどのような効果があるかは、それぞれがもつ模様によって見分ける。イブが拾ったそのたまは、見たことの無い模様を内に描いていた。
「あー……これは『ばしょがえだま』だよ」
ミロトが『ばしょがえだま』を手に取り、たしかめた。イブが首をひねる。
「『ばしょがえだま』?」
「そう。これを使うと、正面の直線状にいるポケモンと自分の位置を入れ替えれるんだ」
そういうと、ミロトはそのたまを投げてイブに返した。イブはそれをあたまの上で勢いを殺し、ポンと跳ね上げるとカバンの中へ落とし入れた。
(器用なヤツ……)
ミロトが心の中でのみ感心した。イブはさらにミロトに質問する。
「入れ替えるって……どういうときに使えばいいのかなぁ?」
「うーん……階下への通路前に陣取ってる邪魔なポケモンと戦いたくない時なんかじゃないか? その場だけしのげば、ナワバリ意識が強いやつは他の階まで追ってこないし」
「そっか……そんな使い方もあるんだね」
イブはカバンの中身を見つめながら、使い方を思い巡らせていた。リンゴをたいらげたミロトは立ち上がり、毛皮についた土をはらう。
「ま、そんなに使い道は無いかもな。行こうぜ」
地下六階までたどり着いたイブたちだったが、やはり潜るごとに視界はいちだんと悪くなり、それにともなって進むペースはやはり落ちてしまっていた。正確にはわからないが、洞窟に入ってからそれなりの時間は経ってしまっているのではないか、という焦りが二匹を取り巻きはじめる。
「だぁーっ! この洞窟広すぎなんだよ!」
イライラをつのらせたミロトが声をあげた。叫び声は洞窟の奥に向かって駆けていく。
「うん、でも、もうちょっとだから……がんばろう?」
イブはミロトをなだめた。イブにも焦りがないわけではなかったが、あとひとつ下ればマクノシタの元にたどり着けるという事実が、自分の心を励ましてくれているのを感じている。
「だけどさー、これじゃ日が暮れるじゃん。まぁここはいつも暮れてるようなモンだけどさぁ」
ミロトは何かいい方法は無いかと考えはじる。イブはミロトが変に焦らなきゃいいけど、と心の中で案じた。
「ミロトくん強いから、このまま行けばだいじょうぶだと思うんだけど……どうぐもいっぱい拾ったし」
このイブのひとことが思い付きを呼んだ。ミロトは洞窟の広さと敵の強さ、それと『LUCKS』の二匹から教わったノウハウから、ある作戦を思いつく。
「……イブ、二手に分かれよう」
イブは、洞窟に入ってからだいぶ大きくなったカバンから、ミロトに視線を移した。
「分かれるって……こんなに暗いなかで?」
「だからだよ」
ミロトは不安げなイブを説き伏せにかかる。
「この洞窟、歩いただけでもけっこう広いってのはもうわかっただろ? でもってかなり暗いじゃんか。このまんまじゃまどろっこしい!」
「でも、一匹で歩いてたらそれこそ迷子になっちゃうって、ミロトくんもはじめに言ってたじゃない」
それを聞いたミロトは、カイナにもらった救助隊専用のバッジを取り出した。
「? バッジがどうかしたの?」
「ルイにぃとユウねぇが前に言ってたこと。『近くで活動しているチームメンバーは、バッジに引かれ合う』」
ミロトはルイとユウを呼ぶときに、ルイにぃ、ユウねぇと呼んでいる。イブが首から提げているカバンを開け、イブのバッジも取り出し、並べた。
「……あっ」
「思い出したか? つながってるんだよ。イブのとオレのが。ルイにぃ達が言ってたことからすれば、これを持ってる者同士はあんまり離れらんないようになってるはず」
ミロトの言い分によると、先ほどイブが階下に下るとき、やや遅れて後を付いてきていたミロトはイブに引き寄せられるような力を感じたという。これまで実際に試したことがなかったが、カバンにつけているバッジがそのとき光っていたこともあり、どうせならハッキリさせるために実験するいい機会。成功すれば、バッジを持っている誰かが階下に下りた場合、仲間も自動的にそれに引き寄せられるはずだとミロトは主張した。
「地下への通路をさがす効率も二倍! だから、二手に分かれて探ろう」
イブはバッジの機能とそれについてのミロトの考えには単純に驚いたし、二手に分かれるのも間違ってないかもしれない、と考えた。が、何か言い知れない不安がよぎる。
「でも……でも、もし何かあったら」
「ないない! ここの奴ら大したことないだろ?」
ミロトはイブの心配を鼻で笑うかのように一蹴した。
「イブも弱いわけじゃないし……そうだ、どっちが先に下に行けるか競争っていうのもいいな!」
ミロトはさっきとは打って変わって、がぜん息巻いている。暗い中をじりじりと行動してきたため、ちょっとした楽しみを見出した今、踊りだしたキレイハナのようにもう止まらないだろう、とイブも観念した。
「わかった。じゃあ、下の階に続く通路を下ればいいんだね……もし何かあったら――」
「心配性だなー。叫ぶか何かすればいいだろ? 響くんだし」
ミロトはバッジをカバンにつけ直し、右手の通路を向く。
「イブは左から。じゃあな、手加減しねーぞ!」
そう言うと、薄暗い通路を駆けていくミロト。その姿はあっという間に見えなくなった。
ミロトと分かれてからいくらか経ったはずだが、イブはいまだに下の階へ続く通路を見つけ出せないでいた。暗闇で視界がわるく、進みにくいということももちろんあったが、やはりこの洞窟自体が広すぎるのかも、というのがイブの感想だった。途中一本道になったかと思えば最終的に行き止まりになるルートもあり、そこに挑みかかってくるポケモンがいるとなれば探索が遅れがちになるのは当然といえた。ミロトの考えによれば、バッジを持っている誰かが下の階へ向かった時点で残されたメンバーも強制的に下りたメンバーの元へ飛ばされるはずだから、ミロトもまだこの階をうろついているということになる。
「ミロトくん、大丈夫かなぁ。ミロトくんなら滅多にやられることはないだろうけど……もう下の階に行っちゃってたりして……でも、ボクが付いてこないってわかったら、そこで待ってるはずだよね。きっと……うん……」
自分が無意識にブツブツとひとりごとを唱えていることに気づいたのは、目の前にせまった洞窟の壁に声が反射してきたのを聞いたときだった。
「わっ!」
びっくりして声をあげる。イブが衝突しそうになった石の壁はもれなく叫び声を反響させ、その音も暗闇に吸い込まれるように消えていった。ふたたび訪れる静寂。
「はぁ……」
ちから無くため息をつく。傍らには、今回の救助で落ちているのを目にするのは何個目だろうか、『ふしぎだま』があった。
(けっこう落ちてるなぁ……これも拾っておこっと)
まだカバンに空きがあったかな、とイブがそのたまをくわえたその時。
――ドォォォォォォンン……
とどろく爆発音。音の発生源が遠いのか、かなり間延びしている音だった。洞窟の反響によって薄められたそれは、先ほどのイブの叫び声のように次第に消えていく。続く音は聞こえない。
イブは凍ったように固まった体をなんとか解くと、拾った『ふしぎだま』をカバンにしまうのも忘れ、くわえたまま音のした方向へ駆け出した。
(――ミロトくんだ……! ミロトくんが……!!)
土煙がもうもうと立ち込め、ただでさえ視界の悪いその小部屋の中で動く影はひとつだけだった。
「……びっっっっっっっっくりしたぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
高めのトーンが洞窟の小部屋に響き渡る。声の主は仰向けになったミロトだった。天井からぱらぱらと降ってきた小石が転がり、ミロトの頭を小突く。ゆっくりと身を起こすが、どうやらかなりの衝撃を受けたらしく、体中に生傷ができている。
「いてて……誰だこんな罠しかけたヤツ!! いきなり爆発したぞ!」
ミロトは傍らで煙を上げる罠の残骸をきっとにらむ。ミロトは爆発するこの罠の存在を知らず、気付かぬままそれを踏んでしまったのだった。直後の爆発による衝撃と振動で、小部屋は土ぼこりの海と化した。当のミロトは大ダメージを受けたが、不思議と肩から提げていたカバンは無事なようだ。そうとうな強度で編み上げられているらしい。
「……手持ちが吹き飛ばなかったのはラッキーだったかな」
自分自身を落ち着かせるようにミロトがつぶやく。カバンを開けると、回復用にとっておいた『オレンのみ』を取り出した。ミロトのカバンの中で残りはこの一つのようだったが、ダメージを回復させておかなければ、いくら敵が強くないといっても面倒なことになる。惜しんでも仕方がない。
ミロトは口に『オレンのみ』をほうり込み、考えをめぐらせた。
(こんな罠があるなんて……敵が弱くて安心してたけど、二手に分かれたのはまずかったかな?)
この爆発する罠がこのひとつだけだったならいいのかもしれないが、もしそこらじゅうにあるとしたら話は別だった。単独行動が災いして、チームメンバー双方がダメージをケアする間もなく倒れてしまう可能性が出てきている。救助にきたチームが救助される、なんて羽目になるのは避けたかった。カイナの救助基地の名前に泥を塗りかねない。そしてミロトが気にしたのは、やはり相方のイブのことだった。
(あいつに笑われるのは嫌だしな……!)
ミロトが自分自身に許せなかったのは、偉そうに提案した作戦で、自分が失敗の先駆けになることだった。ことライバル心を燃やしているイブに対して、それは落ちこぼれの烙印をその身に刻むと言っていいほどの屈辱になると思い込んでいた。
ミロトは考えぬいたあげく、ひとつの妥協点を見つけた。
(イブと合流するか)
ため息とともに立ち上がったミロトは、もと来た道を引き返すことにした。単独行動の作戦を引っ込めるのは抵抗があったが、救助を待っているマクノシタを思うとそうも言っていられない、というのがミロトの結論だった。イブと合流し、確実に救助を終わらせたい。ミロト自身は気づいていないが、救助基地のメンバーとしての自覚が行動として発現した瞬間であった。が、ミロトのその成長は、爆発の痛みとは別の苦い経験をともなうこととなる。
「イブーーーーーッ!!」
ミロトは自分の場所を知らせるため、イブの名を大声で呼んだ。もしかしたら先ほどの爆発音を聞いてこちらに向かってるかもしれない、と思うとやや恥ずかしさと悔しさが混ざった感情がわいてくるが、イブのほうも下の階へ続く通路を見つけてないならお互い様だ、と割り切ることにした。
ふと、先ほど通った小部屋の隣に、いろいろなものが落ちている部屋が目あることに気付いた。入り口に近づくと、いろいろなきのみやふしぎだまが、いくつか落ちているのがわかる。先ほどオレンのみを消費したミロトには好都合な光景だった。イブとの合流前にひろっておこうと、ミロトがその部屋に踏み入ったとき、声が聞こえた。
「お……なんだこいつ」
「見ない顔だけど……あ、スカーフしてるよ!」
「ああ、ということはあの『基地』のか」
「さっきの爆発はお前か? マヌケな奴だな!」
「新入りなんじゃない? 一匹ってことは自信家みたいだけど」
次々に聞こえる声、声、声。天井を見ると、ズバットやクロバット、イシツブテ、見たことの無いポケモンも密集している。いや、天井だけではなかった。部屋の奥のほうには、ノーマルタイプのミロトが苦手とする、かくとうタイプのワンリキーまでいる。
「救助隊様は見境ないからなぁ。ナワバリなんて知ったこっちゃないって顔して入ってきやがる」
「なんか手癖もワルイいんしょ~」
「俺らの集めたきのみとかも盗ろうってんで来たんじゃねー?」
「それは許せませんね」
ミロトをそっちのけで一方的に広がっていく因縁。洞窟に入ってから一対一の戦いではなんなく相手を退けてきたミロトも、この展開に付き合いきれるとは到底思えなかった。
「あー……」
ミロトの発した声に、部屋の全員が反応する。
「ん」
「なんだ、やる気なのか」
「こっちはそれでもいいよ」
明らかに警戒レベルを上げたポケモンたちが、一斉に戦闘体勢をとった。
ミロトは決意した。ここはこいつらの気をそらすのが先決。それなら……
「ふ……ここにはオレの助けを待つ子メリープはいなかったようだな……」
「?」
「子メリープ……?」
場の流れを無視した台詞を吐くミロトをみつめるポケモンたち。ミロトはうつむき加減でかぶりを振り、きびすを返す。
「哀れな迷いポケは、どこでオレを呼びつづけるのか……?」
やや遠くを見つめ、物悲しげな背中を向けたミミロルは、次の旅へとその身を流していくのだった。全員の頭の中でそうナレーションが再生されたときには、すでにミロトの歩調は早足に……いや、全力疾走に切り変わっていた。
「……ま」
「て」
「ええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」
大音量で響き渡るポケモンたちの怒声。
「ぎゃあああ! そんなに怒んなくてもいいじゃんかよおおお!!」
道という道をわけ隔てなく、ミロトは追ってくるポケモンたちを撒こうと必死になって進んでいった。しかし、暗闇に戸惑う来訪者と、洞窟を住処としているポケモンたちでは、足の速さに差が出るのは避けられない。やがて数匹がミロトの横をまわり込み、このままでは囲まれて脱出不可能な攻撃を受けることになってしまう、と最悪の判断をせざるを得なくなったその時だった。バシンッ! という音が追っ手のポケモンたちを包む。
「グッ……!?」
「なん……だ!?」
いままさに襲い掛からんとしていたポケモンたちの動きが、一斉に止まった。
(……?)
覚悟を決めて防御の体勢をとっていたミロトがおそるおそる辺りを見渡すと、追ってきているポケモンのすべてが、体の麻痺によりその動きを止めていた。しかし意識はあるようで、一様にしびれを取ろうともがいている。いつ動き始めるかはわからない。
ミロトはこの隙に自分を取り囲もうとしていたポケモンたちの脇をすり抜け、さらに隣の部屋に飛び込む。
「いてっ!」
しかし、ミロトの災難は簡単に退かなかった。その先で運悪く体当たりしてしまったのは、先ほど目にしたかくとうポケモンのワンリキー。先回りされたらしい。ぶつかられた衝撃で麻痺を解いたワンリキーは、その目でしっかりとミロトに狙いをさだめている。その気迫からも、これから放つわざへと力をためていることがミロトからも即座に理解できた。かくとうのわざを食らったら、ダメージは覚悟しなければならない。
「なんだか知らないけど、しびれを取ってくれてありがとよ!!」
ゴンッ!
下半身のばねと腰のひねりを相乗し、限界まで威力を増した『からてチョップ』がミロトの身体を捉え、鈍い音とともにふっとばされた――はずだった。
「ぐぅっ!」
続くくぐもった声と、ワンリキーの元から転がるひとつの影、それを見ている自分。ミロトは一瞬何が起こったか分からなかった。攻撃しようとしていたワンリキーは、いつの間にかミロトから遠ざかっている。
「こいつ……どうやって?」
ワンリキーが見つめる影を確かめたミロトは、そいつのおかげで『助かった自分がいること』を悟った。
「イブ!!」
叫び声と同時に放った『でんこうせっか』がワンリキーを捉える。高速で体当たりされた衝撃に顔をしかめ、反撃に出るワンリキー。だが、神経を尖らせたいまのミロトには当たるべくも無かった。
「『とびげり』!」
ワンリキーの攻撃をかわしたミロトが続けて『とびげり』を放つ。皮肉にも自分が得意とするかくとうわざの直撃を受けたワンリキーは後方へ飛ばされ、そのまま気絶した。
「おい、イブ!?」
ミロトはすぐさま倒れているイブに駆け寄った。イブの傍らには、砕かれた『ふしぎだま』のかけらが落ちている。それが『ばしょがえだま』だ、ということをミロトは直感した。おそらくイブは、ワンリキーの攻撃を受けそうになっている自分を見て、『ばしょがえだま』を使った。ワンリキーにではなく自分に向かって。だが、「イブはなぜ敵ではなくミロトに放ったのか」ということや、「それはおそらく自身がイブとワンリキーとの直線上に立っていたため、『ばしょがえだま』の特性上しかたがなかったこと」などということは、ミロトには考える余裕が無かった。それと同時に、自分の中の何かが異常なくらい青ざめ、冷え切っているということだけは、ハッキリと感じていた。
(バカだ、バカだ、オレは何してんだ、くそっ、何か、なにか……!)
ミロトは焦り、カバンの中を引っかきまわす。回復といえばオレンのみだが、それは使い切ってしまった。さっき因縁をつけられた部屋にあったどうぐは――拾っていない。そんな暇はなかった。拾いに――行けるはずがない。返り討ちにあう。そんなことしてる間にイブが――!
「ミロトくん? だいじょうぶ?」
するはずのない声がした正面を見ると、いつの間にか立ち上がっているイブが心配そうにこちらをのぞき込んでいた。
「!? イブよりもオレがだいじょぶなんだけど、いやちがうおまえが『からてチョップ』のえじきで……えええ!?」
イブの想像以上のタフさから混乱をきわめんとしていたミロトを尻目に、イブはぷるぷると身震いすると、ミロトが逃げてきた方角を見つめた。誰もいなさそうだと判断すると、微笑んで言う。
「よかった、爆発の音が聞こえたから、もしかしてミロトくんがピンチなのかと思って来ちゃった。あわてて『てきしばりだま』まで使ったんだけど、変だったかな?」
イブからどうだった? という評価待ちの視線を向けられ、なぜかミロトは目頭が熱くなるのを感じた。あわてて顔を見られないようあっちを向く。
「……敵が」
ミロトはうまくのどが通らないと感じながらも、絞り出すように声を出す。
「敵がまだ近くでしびれてる。早く、下の階に下りたほうがいい」
ようやくそこまで言うと、イブがにっこりと笑ってミロトに報告した。
「下への通路なら、隣の……こっちの部屋から行けるみたいだよ」
こっちの部屋、とはイブが駆けつけてきた方角にある部屋だった。ミロトはきょとんとして、イブを見た。
「イブ……」
イブが不思議そうに首をかしげる。
「うん?」
「……いや、なんでもない」
ミロトは階下への通路がある部屋に向かって歩き始める。
「ええ、気になるよう」
イブは心配そうな表情になり、ミロトを追う。
「なんでもないって」
ミロトはそうつぶやくと、それ以上何も言わなかった。イブのほうは納得がいっていないようだった。
どうやらイブは自分自身を信じるよりも先に、まずパートナーのオレのことを信じているらしい。ライバル心を燃やしていた自分はどうだったろうか。単独行動を提案して、イブと自分の差を見せつけることにやっきになっていなかったか。イブは単独行動という作戦を受け入れてくれたが、自分はその結果、イブが下の階への通路を先に見つけることを受け入れられただろうか。イブが下の階へ下りるより先に、自分のもとへ駆けつけてくれたのは何でだったのか。先に下りれば競争にも勝って、結果的にオレも瞬時にイブの元に合流できたはずなのに。イブはそんな勝負よりもオレを『助けたかったから』だ。そうに違いない。オレもそう信じよう。何でか泣きたくなるけど、イブのためにはそれがいちばん良さそうだから。
「ありがとうな?」
マクノシタを救助し、バッジを使って基地にたどり着いたあと、ミロトはイブに向かってつぶやいた。イブはやはり不思議そうに首をかしげたが、だけどちょっとだけ照れたような表情を浮かべていた。いつものように。