第103話 フィアンセを探して
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この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください
「なあ、アヤ。答えたくないならいいんだが」
「どうしたの?」
「以前……スイクンを捕獲した時にハッサムを戦闘員として出していたけど、どうしてニックネームをつけなかったんだ? ギャラちゃんやフィアにはニックネームを付けただろう?」
リーグに向けて試験勉強会を終えてコウとアヤノはキキョウシティの夜の街を歩いていた。アヤノはジョバンニ先生の好意によって塾の一室をもらっていて、ここで寝泊まりをしている。コウはいつも各地のポケモンセンターで寝泊まりをしていたのだが、アヤノに「マイの試験勉強が終わるまでは一緒に住みましょう」と誘われたので同じ屋根の下にいたりする。
「あ~……ちょっと待ってね、話を整理するわ」
「ああ。とりあえず塾へ戻ろう。外は寒いからな」
風が冷たい今の時期、どうもコウは寒いのが苦手で首元に両手を当て温めていて女子のようだった。部屋に戻ると荷物を置いて、ストーブのスイッチを押してコウはストーブの真横に胡坐をかいて座り、アヤノもその横に正座を崩して座ったが眉と眉の間に右手の人差し指を当てて苦い顔をしたまま。話をまとめようとしているのだ。
「まずは、そうね。ギャラちゃんは私がはじめて友達になったポケモンで、フィアが二番目の友達ね」
「友達? ご両親から譲ってもらったポケモンではなく?」
「ええ、そうなの。私の実家、少しだけ変わっていて、その風習に耐えられなくて一度だけ家出をしたことがあるんだけれど」
(……アヤも変わっているけどなぁ)
アヤノは二つのモンスターボールを大事そうに持ち、手のひらに乗せギャラドスとロコンを愛おしそうに見つめてから、コウに視線を戻して話を始めた。
◆◆◆
「もうこんなお家いやだわ! 私、ここを出てく!」
「こらっアヤノ! 待ちなさい!」
当時五歳のアヤノはエトワールシティという花で溢れる街に住んでいて、その街の奥には光が届かない森があった。そこにアヤノは逃げるように走って行き――
(暗い、まだお昼なのに。でもお家になんか絶対帰らないんだから!)
周りも確認せずに突き進むアヤノは野生ポケモンとの遭遇も運よくせずに随分遠くへ来てしまっていた。木々が生い茂る森の中は夜のように薄暗い。
「キャッ!」
瞬間、視界が深緑から黒に変わる。湖へと落ちたのだった。無我夢中で走っていたアヤノは目の前にあった湖にも気づかずにいたのだ。
「だれかっ! たすけ……ッ!!」
泳げない五歳児であるアヤノは大声を出すが深い森の奥。誰もいやしない。虚しくも声は森に響くのみで誰にも届かない。どんどん飲み込まれるように湖に沈む身体に恐怖が支配する。
(やっぱりお家を飛び出す私がいけなかったの? お母さん、お父さんごめんなさいごめんなさい!)
息出来ずに苦しくもがく。酸素が肺からなくなると瞳は閉じられ意識が遠のく。出来る事はひたすら謝る事のみ。
「――ップハ!! ど、どうして!?」
何かがお尻を押し上げてくれたおかげでアヤノは水面に顔を出すことが出来た。その何かは真下からアヤノの顔下に潜りこんでくると自分に掴まれと言わんばかりに胸ビレで背ビレを指すと小さな手を伸ばして掴まり、岸へと向かってくれたポケモン。
「はあはあ、ありがとうございます。えっとコイキングちゃん、だったかしら」
「こぽぽぽ」
「ふふ可愛い、本当にありがとう。私アヤノって言うの、コイキングちゃんはなんて言うのかな」
言葉なんて分かるはずないのだが、嬉しくてついおしゃべりをしたくなったアヤノは話続けた。コイキングも逃げることなく水面の中でくるくる回ったり、水しぶきを上げてくれたり遊んでくれて、アヤノの側にずっといてくれた。
「――ノ! アヤノ! ああっ良かった!」
「お母さん! ごめんなさい! 私っ私っ」
「もういいのよ、まだ小さいあなたには早かった話よね、ごめんなさい。あら? そちらのコイキングさんは?」
森の中は光が届かないので気づいていなかったが母に見つけてもらい、森の外へ出てみると夜になっていた。
助けてもらったコイキングに感動したアヤノの母はモンスターボールをアヤノに手渡し捕獲をさせ、はじめのパートナーとして迎え入れた。
◆◆◆
「まあ、ギャラちゃんはこんな感じかしら。それで次はフィアなんだけど。この子、私とギャラちゃんが弱すぎてバトルに負けてばかりいたら突然ポケモンバトルに飛び込んできてくれて大活躍してくれたの! まるで正義のヒーロー、正直に言えば未来の奥さまである私の旦那さまみたいで……」
「まさかフィアンセのフィアだったりするのか……?」
「ええっその通り! まあ、フィアは女の子なんだけど性別なんて恋愛には関係ないものよ!」
モンスターボールを床に置いてアヤノは両手を絡め、瞳を輝かせる。それでハッサムの話はどうなるんだ? と軽い気持ちで聞いてみたら今度は手をほどいて胸に手を当てるアヤノ。
「私の家族はみんなを平等に愛することを徹底していて、はじめてのパートナーだから名付けを許しただけで、次からのポケモンにはニックネームを付けてはいけませんって、野生ポケモンとも平等ではなくなるからって言われたの」
「お、おう?」
「複雑よね、私もよく分からないんだけど。野生ポケモンにはニックネームがないからそのポケモンの名前で呼ばれるだけ、でも手持ちポケモンは別の名前、ニックネームで呼ばれたりするわよね? それがなんだか可哀想で申し訳なくて許せないらしいのよ」
それはアヤノの両親だけが思っている価値観であってアヤノに押し付けられる義務はない。しかし、両親が大好きなアヤノにとったらその価値観も同じでありたいと感じてしまいニックネームが付けられないでいる。
(マイのことを恋愛的な意味で好きだと言ったアヤノの理由がなんとなく分かった気がするな……)
「もちろん、ニックネームは考えたわ。けど、今更って感じだし。ハッサムはハッサムよ。ニックネームがなくても愛は変わらないもの。コウだってそうよね?」
「そうだな。アヤがそう言うならポケモン達も幸せだろう」
ストーブに手を伸ばして温まりながら言われて満足そうに笑うアヤノは、次は私が質問ね。と言いカバンに取り付けてあったポケギアを取り出して何故かこの寒い中、マイをポケモン塾へ呼び出した。
「ねえ、なんでわたし呼ばれたの。ゴールドとのお話タイムなんだけどって聞いてないね」
「それで聞きたいことってなんだ、アヤ?」
「コウ、あなたのポケモン図鑑についてよ」
「あ、無視するんだね、悲しい!」
その言葉は、コウに大きな刃となって突き刺さった――。