18話 光なき世界で

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 新開亮太は二十年前の九月十日、新開家の第二子として生を受けた。
 父親はオフィス機器メーカーの営業で、持ち前の明るさと特殊技能を用いて業績は部署内でも上位を争う優秀さ。母親は同じ会社内で知り合った父親と結婚、第一子出産の際に退社。第一子は亮太とは年が二つ離れた姉で、名を新開叶恵(しんかい かなえ)という。
 一件なんの変哲も無い一般家庭に思えるが、二点だけ他の家庭と異なっていた。
 一点目、父親が能力者であること。彼の能力の名はスマイルスポット。彼の周囲の人間が自然と安心感を得て、誰であろうと笑顔になる精神干渉系の能力だ。後天的に得た能力で、そのお陰で彼は家庭を作るにまで至ったともいえる。無論、その能力こそが彼自身の努力の結晶であり、決して「楽をして」得た幸せでないことは伝えておこう。そして、彼は自身が持つ能力について自覚がなかったということも。
 しかし彼が築き上げた家庭は、二点目の異物によって徐々に崩壊の兆しを見せる。
 二点目、第一子である叶恵が先天的な能力者であったこと。現在に至っても、先天的な能力者は極々稀だ。父親譲りの精神干渉系能力だが、その効力は父親とは真逆で悪魔じみていた。
 それは亮太が二歳になった頃、最初は違和感めいたものとして認識された。父や母曰く、どうも叶恵の傍にいると、変な気分になる。意味も無く悲しくなったり、怒りっぽくなったり。ただ自分達が疲れているだけだ、と両親は思っていたが、叶恵が幼稚園に入園した頃にはその違和感は明らかな異質なモノとして表層化する。
 叶恵は周囲の園児と馴染めず、精神的にではなく物理的に他の園児が叶恵と距離を取る。先生や他の保護者も、叶恵に近づくと心が──どう形容してよいものか分からないが──とかくモヤモヤする。
 この事もあり、亮太の母は形見が狭い思いをすることになる。「お宅の娘さん、不気味じゃない?」「うちの子には近づかないで頂きたいんです」「何か呪いとか憑りつかれてるとか……」などなど。悪意があるものないものいずれであれ、その言葉一つ一つが亮太の母親の精神を穿っていく。
 能力だなんて病院で診断出来るはずがあろうか。そもそも、父親ですら自身の能力を自覚していないのだから、原因がわかる道理は一つもない。
 そしてその災禍は当然、弟である亮太にも降り注ぐ。亮太は叶恵の傍に行けば、情緒不安定になり理由もなく暴れたり、泣き喚いた。
 転機があったのは亮太がポケモンカードを初めて手にした小学二年生の頃。未だに何が起きるかわからないが、姉の傍に行けば嫌な気分になる。そう思って姉を敬遠し続けていたのだが、ある日脈絡もなく突然、姉の傍にいても何ともならなくなった。
 このとき既に亮太は能力破断のオーバーズを発現させていた。瞳の色が変わらないという性質もあり、本人がオーバーズだと認識したのはかなり後のことだが、物理干渉だけでなく精神干渉も受け付けないオーバーズを得た。亮太の脳が自衛のために発現したオーバーズのお陰で、ようやっと亮太は叶恵と話し合い、触れ合うことが出来た。
 姉は自分の周りに居る人が嫌な気持ちになる、ということは理解していた。理解していたからこそ、どこにいても孤立しようとしていたし、仮に誰かが近付いたとしても向こうから自ずと去っていく。
 辛い、寂しい。家族からも怪訝な様子で接される。子供は思いの外聡い。自分が親からも疎まれていることを、十歳にしながら叶恵は理解していた。
 その話を叶恵の口から直接聞くことで、亮太の中にある決意が生まれる。なんだか知らないが、今の僕なら姉さんの傍にいても前みたいに変になったりしない。姉さんの傍にいれるのは僕だけだ。だからこそ僕が姉さんを支えてあげるんだ、と。
 そこから一年半経って、亮太の姉への想いが新たな力の発現に至った。能力精査のオーバーズ。視認した相手の能力の名称と効果を知るオーバーズだ。これによってより厳しい現実が亮太に突き付けられた。
 新開叶恵の能力はホットスポットという。半径約数メートルにいる人間の感情を混乱させる。いわば一種のパニック状態にさせるのだ。混乱させられた人間は自分で感情のコントロールが出来なくなり、最悪頭痛を引き起こさせる。この能力の最大の特徴は、能力者本人が一切自制できないということだ。本体に意識がある限り、常に発動される。そして本体の精神が昂れば、能力の効果及び効果範囲はさらに悪化する。
 つまり叶恵に意識がある状況であれば、叶恵の意思に関係なく人間はそうした「嫌な思い」をするのだ。最近母親が頭痛が酷い、と嘆いていたが、その意味を亮太はようやく理解した。
 能力の効果を知ったところで、具体的意何が出来るかなんてわからない。それでも、僕が姉さんをなんとかする。
 亮太は叶恵の能力を巡って、親が既に不和を引き起こしていたことも知らず、一人決意を胸に秘めた。
 それから亮太は積極的に姉の傍にいるようにした。少しでも寂しさを紛らわせてあげよう、と。しかしその代償はあまりにも大きい。姉が元より気味悪がられ、疎まれていたこともあり、その悪評が亮太へと飛び火していく。亮太と親しい友人が一人、また一人と減っていく。それでも亮太は姉を支えられることの歓びの方が重要だった。
 そして亮太が小学五年生の頃。母親が頭痛で倒れることが多くなった。無論、叶恵が家にいるときに限ってだ。前々から薄気味悪さがあったがそれでも我が子。そう思っていた母親も、肉体、精神のどちらにも限界がきてしまった。
 家に居れば周囲にいるだけで気分をおかしくさせる娘。昔はそうでもなかったのに、そんな娘に他の交友関係を断ち切って娘と共にいようとする息子。さらに外に出れば、あそこの娘さん不気味よねえ。と言った心無い声、果ては何か悪いことをしている、といった身も蓋も無い悪評。頼れるはずの夫も、肝心の娘とのライフスタイルがズレているため能力の影響下にいることが少ない。そのため、意見がかみ合わない。何を言っても、疲れてるんじゃないの。だとか、ゆっくりすればいいさ、だとか。毒にも薬にもならぬ曖昧な対応。もうこれ以上は耐えられなかった。
 負の連鎖の積み重ねは、両親の離婚という決定的な出来事を迎える。何より娘を手放したがった母親は無理やり亮太を引き取り、叶恵を父親側に押し付けた。そして亮太は姓を母方のものである生元(きのもと)に改め、祖母の家に引っ越した。亮太が小学六年生の時であった。
 亮太からすれば一方的な出来事だ。倒れる母も心配だったため、母を恨むつもりはあまりない。だが自分が姉を守るんだという意気を、親の都合で引き裂かれてしまった。
 叶恵の住む家と亮太の住む家は遠く、子供の亮太一人では向かうことが出来ない。母親は亮太を連れて叶恵のいる父の元へと向かうこともほとんど連絡も取っていないようだった。亮太が高校生になるくらいの頃、伝えられたのは父が投身自殺をしたということだけだ。
 その葬式ですら叶恵の姿は無く、今もなお叶恵は行方不明のままである。誰かが叶恵の身寄りを引き取ったなんて話も聞かない。親族の一人が、叶恵が父親を殺したのではないか、だなんて陰口を叩いたが、亮太は真っ向から否定した。
 姉さんは今も苦しんでいる。きっと一人ぼっちで辛いんだ。だから僕が支える。
 そう思い、奨学金を借りて県外の大学に進学し、今なお消息不明の姉と再会出来たなら二人で住めるように。そう思って亮太は親元を離れた。
 そんなある日、状況は突如変化する。亮太が大学二回生の夏休みを迎えた頃、突如怪奇な仮面を被った女が現れた。仮面の女は新開叶恵は今も生きている、その所在を知りたければダークナイトとなってAfを集めるのだ、と告げたのだ。
 何故この仮面の女がその事情を知っているのか、未だに亮太には分からない。だがその仮面の女は確かに新開叶恵と思しき写真を持っている。最初こそ訝しんだが、話を聞けば聞くほど信じざるを得なくなった。少なくとも仮面の女は、姉さんの行方を知っているどころか実情を知っていないと答えられないような情報を持っている。最低でも接触したことがある人間だ、と。亮太は意を決し、仮面の女からダークナイトとなるための大剣、デザイアソードを受け取る。
 たとえ仮面の女の目的が何であろうとも。自分の行いで誰かを傷つけることになる悪魔の契約だとしても。脳裏に浮かぶ姉さんの表情はいつも悲しげで、憂いていた。仮面の女から提供される写真も、昔と変わらず憂い気に帯びている。だから今度こそ、僕自身が姉さんの手を取り幸せにしてみせる。
「そのために君を傷つけなくてはならないとしても、僕はもう止まらない。いや、どちらにせよ今更になって引き下がることなど出来ない!」
 亮太が語った過去と、その表情を見え恭介は察する。迷いこそあれど、決意は鉄くろがねのように固い。
 己の行為が客観的悪だとしても、それでも自身の幸せを信じて迷わない愚直さ。この故意的な悪意を秘めた人間と対峙するのは、恭介は初めての経験だ。
 だが直感で分かる。それを言葉で説き伏せるのは不可能だ。力を示さなければ、今ここで何を言ってもあいつには届かない。力なき正義は正義とは呼べない。ただの理想論だ。
「話してくれとありがとうよ。それがお前の本心だというなら、俺がするべきことは決まった」
 亮太の心は決して宥めるべき荒波ではない。ダークナイトと言う名の鎧に閉じこもった、堅牢なる悪意だ。自分の行為が悪だとわかっていながら、それを独善のために仕方なしに良しとする。それは紛うことなき邪悪だ。だが生元亮太という本来の人間性が善であることを、恭介は知っている。それゆえ割り切るのだ。今のあいつは生元亮太という皮を被ったダークナイトだ、と
 たとえ俺が、あいつが傷ついても、それでもその悪意を切り崩さなくてはならない。こじ開けなくてはならない。もう何も怯えることも恐れることもない。きっと今ここで俺たちが向かい合う事は運命だ。恭介の中のすべての靄、枷は解き放たれた。今こそ敵を討つ時!
「何があってもお前を倒す。これ以上好きにさせてたまるかよ! バトルだ。サンダースEXで攻撃、フラッシュレイ!」
 恭介のバトル場のサンダースEXの体毛が輝く。その輝きを一つに集め、光線としてバンギラスEX110/180に打ち付ける。だが、攻撃を受けたバンギラスEXの挙動がおかしい。暴れ狂ったように体を振り回し、バンギラスEXの重たい尾がサンダースEX110/130を薙ぎ払う。
「バンギラスEXについているバッドエネルギーの効果。EXポケモンの攻撃を受けた際、相手にダメカンを二つ乗せる」
「くっ……」
 互いにサイドは三枚。恭介のバトル場にはサンダースEX110/130、ベンチにジバコイル140/140とデンリュウEX170/170。向かい合う亮太のバトル場にはバンギラスEX110/180、ベンチにはヤミラミ80/80。これで恭介の番が終わり、三巡目に入る。
 フラッシュレイを放ったサンダースEXは次の相手の番、たねポケモンからダメージを受けない。亮太のバンギラスEX、ヤミラミは共にたねポケモン。あわよくば相手の動きを封じ込めるが……。
「僕は君とは違う。君のように群れずとも、僕は一人で戦える。僕は手札からグッズ『Afシャドーレイン』を発動。自分の場のダメカンが乗っていないポケモンをトラッシュし、全てのポケモンにダメカンを一つ乗せる。トラッシュするのはヤミラミだ」
 ヤミラミは黒いエネルギー体へと変化し、上空高く舞い上がったのち雨のように場に降り注ぐ。
 バンギラスEX100/180、サンダースEX130/160、デンリュウEX160/170、ジバコイル130/140。四匹ともダメージを受けるが、亮太側は10ダメージに対し恭介側は30ダメージだ。
「群れれば群れるほど、負担も大きくなる。不必要なまでに」
「そうは言うが、一人で戦うお前はバンギラスEXを失うだけでゲームセットだ!」
「君の企みなどは既に読み切っている。バンギラスEXにポケモンの道具『バンギラスソウルリンク』をつけ、バンギラスEXをメガシンカ。光なき世界で、雷震を招く堅牢な暴君。その力を解き放て! メガバンギラスEX!」
 バンギラスの外鎧の凸部が波打つように伸びていく。しかしその一つ一つが風に揺蕩う見た目に反し、相当な重量を抱えている。腹部もメガシンカに際してエネルギーを蓄え、青から赤へと色味を変える。
 予感はあったが、出来れば避けたかった展開だ。メガバンギラスEX160/240はメガ進化ポケモンとして扱われるため、フラッシュレイで防げない。しかもソウルリンクの効果で、メガシンカをしても亮太の番は終わらない。
「メガバンギラスEXは古代能力『θダブル』によって、ポケモンの道具を二枚までつけられる。僕は手札から『Afドローモーター』をメガバンギラスEXにつける。そしてバトル、デストロイヤーキング! このワザは相手のバトルポケモンに乗っているダメカンの数かける60ダメージを追加する」
 サンダースEXに乗っているダメカンは三つ。よって、基本威力に加算して110+3×60=290ダメージだ。
 メガバンギラスEXが拳を振り上げ、地面を叩きつける。地盤は真っ二つに割れ、さらにサンダースEXの足元まで突風を伴いつつ地割れが浸食する。凹凸だらけの剥き出しの地盤にサンダースEX0/160はいとも容易く叩きつけられる。
「ぐう!」
 恭介も腕を交差し身を屈めたが、舞い上がる砂利が突風に煽られ、鋭利な刃物と化してその身を襲う。剥き出しの腕のあちこちが切れ、僅かに血が滲む。痛みはまだ大したことないが、長袖を着なかったことを少し後悔した。
「ドローモーターの効果発動。メガバンギラスEXが相手をワザで倒したとき、超過ダメージ40につきカードを一枚引く。サンダースEXに対しての超過ダメージは160。よって山札からカードを四枚引く。さらにEXポケモンを奇絶させたことで僕はサイドを二枚引く」
「くそっ、まだだ。デンリュウEXをバトル場に出す!」
 これで亮太の手札は八枚。手札が減るどころか、むしろ番を重ねるごとにみるみると増えていく。対する恭介はどうだ。共に戦うポケモンが減って、むしろ自身の生傷ばかり増えていく。
「今ならまだ引き返すことはできる。これ以上痛手を負いたくなければ──」
「馬鹿言うなよ。楽しくなんのはこっからじゃねえか」
 穏やかな表現で切り返したが、恭介の中では苛立ちが募っていく。翔のような能力がなくとも、亮太が何を感じているのかは察することが出来る。
 人を傷つけながらも、これ以上傷つけたくないから自分から退いてくれ。そうした矛盾を孕んだ亮太の心の叫びが、恭介にとって何より痛い。
 どうして本当の気持ちを言わないんだ。表面上は優しく接そうとしているようだが、その行動の本質は拒絶だ。擦り切れていく精神を、やがて訪れる幸せという麻酔で麻痺させている。人を傷つけることに抵抗があるクセに、人を傷つけてまでしてようやく出会えた姉と、本当に幸せのままでいられるのか? 恭介にはそうは思えない。だが、その言葉や想いは今声に出したとしても亮太に届かない。
 今、亮太と恭介の間。ちょうどメガバンギラスEXとデンリュウEXが対峙するその間くらいに、見えない白線が引かれている。亮太の殻をぶち抜き、恭介が言葉を伝えるためにはメガバンギラスEXを倒して白線を踏み越えねばならない。
 だが現状はピンチだ。Afシャドーレインと、メガバンギラスEXのデストロイヤーキングの相性があまりにも良すぎる。今のままでは亮太の番が回れば一撃で皆倒されてしまう。つまりここで恭介は、デストロイヤーキングを耐える、メガバンギラスEXの行動を封殺する、メガバンギラスEXを倒す。のどれかをしなくてはならない。全てはこのドロー次第。
「行くぞ、俺の番だ!」
 引き当てたのはAf。これならば、先の全ての要項を満たすことが出来る。そして同じくAfを使うことで、ようやっと恭介も亮太の土俵に上がることが出来る。
「手札からグッズ『Afメガ・サブリメーション』を発動! バトル場のポケモンに対応するソウルリンクをトラッシュすることで、手札、山札からそのポケモンをメガシンカさせる。そしてその場合、メガシンカしても自分の番が終わらない。俺は手札の『デンリュウソウルリンク』をトラッシュすることでデンリュウEXをメガシンカ! 轟き響く雷電よ、闇を撃ち抜く光となれ! メガデンリュウEX!」
 ふわりと白い体毛が頭と尾に広がる。尾の体毛には発光体である赤い球体のような発電器官が広がり、メガデンリュウEX210/220は強い輝きを解き放つ。
 まずは最大HPを増やした。これでデストロイヤーキングを受けて耐えるHPを得られた。が、亮太が手を打たないはずがない。次の手へ急ぐんだ。
「折角メガシンカしてもメガデンリュウEXにはエネルギーが一つもついていない。そのままではただのサンドバッグだ」
「手札からサポート『プラターヌ博士』を使う。手札を全てトラッシュしてカードを七枚引く。そしてベンチのジバコイルの特性『マグネサーキット』を発動だ。その効果で手札の雷エネルギー四枚をメガデンリュウEXにつける」
「馬鹿な! 四枚一気に引き当てるなんて」
「言ったろ、楽しくなんのはこっからだって!」
 恭介からしても賭けだった。メガデンリュウEXのワザを使うために必要なエネルギーは四つ。ジバコイルのお陰でいくらでもエネルギーはつけられるが、そのエネルギーそのものを引き寄せれるかどうかはまた別の話。しかし恭介は成し遂げた。これでメガバンギラスEXを撃破、最悪でも封殺する手段が完成した。
「これで終わりだ。その流電でぶち抜け! エクサボルト!」
 メガデンリュウEXの白い体毛が風でこすれ合い、静電気を引き起こす。その静電気に己の発電器官から湧き出る電気を重ねて束ね、メガバンギラスEXへと叩き込む。
「エクサボルトの効果発動。メガデンリュウEXに30の反動ダメージを与える代わり、エクサボルトの威力を50追加して相手をマヒさせる!」
 基本威力120に50を加え、170。残りHP160/240のメガバンギラスEXを撃破、もしなんらかの手段で防がれたとしてもマヒによって次の番相手の動きを封殺出来る。
 メガデンリュウEX160/220が巻き起こす雷電に、恭介自身も視界が真っ白になりそうだ。メガバンギラスEXがバッドエネルギーの効果でメガデンリュウEXに接近。一矢報いんと20ダメージを与えて抗うが、それを最後に強力な電磁場によってメガバンギラスEXの巨体が元の位置まで吹き飛ばされる。放電が止み、メガバンギラスEXのHPをデッキポケットで確認する。0/240。勝った、あのダークナイトを打ち倒した! 生元亮太を撃破した!
 だというのに、デッキポケットのスクリーンに対戦終了の表示が一向に現れない。メガデンリュウEXやジバコイルのホログラム映像も消えない。相手のEXを気絶させたし、サイドもきちんと二枚引いた。いや、それどころか黒焦げになったメガバンギラスEXも依然存在したままだ。
「……正直君を侮っていた。僕をここまで追い詰めたのは、ダークナイトとして活動して以来君が初めてだ。だが、これが本当のダークナイトの力だ!」
 黒焦げのメガバンギラスEXの体が崩れていく。泥のように崩れたその骸の中から、鈍い光を放つ大剣が現れる。亮太が、いや、ダークナイトが手にしていた大剣と全く同じ物だ。そして崩れた骸が旋風に煽られるように空中で逆巻きつつ、新たなシルエットを形成していく。そんな馬鹿な。
「自分のバトル場のポケモンが気絶して、相手がサイドを二枚以上引いたときのみこのカードをバトル場に出すことが出来る。……光なき世界で、義無き剣を振るう救世主! 現れよ。アンフォームド=ダークナイト・メシア!」
 突如メガバンギラスEXの骸から現れた「ダークナイト」が恭介の前に立ちはだかる。亮太がダークナイトとして活動している時と全く同じ鎧に兜、そして大剣だ。一つだけ違うのは、亮太は大剣をバトルデバイスとして使っているのに対し、ダークナイト・メシアはしっかりと大剣を構えている。亮太のようにカードを置くための剣じゃない。あれは斬るための剣だ。
 思わず言葉を失った恭介だが、はっと我に返りデッキポケットのスクリーンで情報を確認する。あのバトル場にいるダークナイト・メシア100/100はHPを持ち、悪タイプのたねポケモンとして記載されている。まさかあれがポケモン。いや、ポケモンの代わりというのか。
「ダークナイト・メシアは通常のポケモンと異なり逃げることが出来ない。また、このカードがバトル場にいる限り僕は手札のポケモンをベンチに出すことが出来ない。そしてバトル場に新たにポケモンが現れたことで、このゲームは継続される。僕の番だ」
 普通ならばデッキポケットのスクリーンから相手のカード情報が読めるのだが、Afと同じくダークナイト・メシアもカード情報が読めない。アンフォームド、と冠していたがアレはAfではないのか。
 一体何をしてくるのか一切読めないが、メガデンリュウEXのHPは160/220だ。基本的に高火力のワザを放つポケモンはそのポケモン自身のHPも高い。ダークナイト・メシアのHP100/100からすると、一度はワザを耐える勝算はある。こちらの番が回れば、エクサボルトで一撃で倒せる。しかしあの亮太の自信ありげな言動、間違いなく何かある。
「手札からバッドエネルギーをダークナイト・メシアにつける。ここでダークナイト・メシアの第一の特性発動、『デザイアアブゾーブ』!」
 ダークナイト・メシアが持つ大剣の刀身に、黒い光の塊が一つ吸い込まれていく。
「互いのプレイヤーが手札からカードをプレイ(使用)するたびに、このカードにデザイアカウンターを一つ乗せる」
「デザイアカウンター……?」
「続けてポケモンの道具『ヘッドノイザー』を君のメガデンリュウEXにつける。このカードがある限り、ワザに必要なエネルギーが一つ増える」
 銀色の拘束具がメガデンリュウEXの頭部に取り付けられる。それと同時にダークナイト・メシアに更にデザイアカウンターが補充されていく。
「まだまだ行くよ。グッズ『メンテナンス』を使い、手札を二枚山札に戻し山札をシャッフル。そしてカードを一枚引く。サポート『フレア団の下っ端』を発動。君のメガデンリュウEXについている雷エネルギーを一つトラッシュする。さらにグッズ『ランダムレシーバー』を発動。山札を順にめくり、最初に現れたサポートを手札に加える」
 山札を四枚めくった所でククイ博士が現れ、亮太はそれを手札に加える。カードが三枚プレイされたことで、これでカウンターは五つ。
「そしてグッズ『アンフォームド=リグレス・アイディール』を使って僕の番は終わりだ」
「なんだと? ワザを使わないのか」
「いいや、ダークナイト・メシアのワザに必要なワザエネルギーは無色二つ。使わないじゃなく使えない、だ」
 これならエクサボルトで勝負が決まる。仮に攻撃を耐えられても、マヒにすればその回復手段はないはず。ヘッドノイザー、フレア団の下っ端でエクサボルトを使うためにエネルギーが二つ必要だが、その供給手段はある。
「だったら真正面からぶちのめすぜ! ジバコイルの特性『マグネサーキット』を使う。それにより、手札の雷エネルギー二枚をメガデンリュウEXにつける」
「ダークナイト・メシアの効果。デザイアアブゾーブによって、デザイアカウンターを二つ乗せる。これでデザイアカウターは八つ」
 メガバンギラスEXを撃破したと思った時、俺は初めて亮太との間に引かれていた白線を飛び越えることが出来たと思った。だが実際は逆だ。このダークナイト・メシアが現れたことで、亮太の姿がより遠くなった。
 名は体を表す、とはよく言ったものだ。ダークナイト・メシアはメシアと名のついている通り、あいつにとってダークナイトとなり剣を振るうことが、姉と自らを救う手段だと思っている。その強い想いが、鎧のように亮太を覆っている。
 亮太が自分の過去を話すときに、恭介は見たのだ。今にも消えてしまいそうな蝋燭の炎のように、亮太の表情は憂いでいた。亮太は今もなお苦しんでいる。それでも亮太は他者との関わりを拒絶してまでも、もう戻れないと思っているのかひたすらに進もうとする。恭介にだって分かる。そんなことをした先に、果たして何が残るのか? 荒涼とした虚しさだけだ。
 亮太に偽善だろうと自分勝手だろうと思われてもいい。今手を伸ばさなきゃいつ手を伸ばすんだ。俺はお前と違って他人との繋がりを断ち切れない。だからこそ、苦しんでいたり、破滅に向かう誰かに手を差し出せずにはいられないんだ。
「聞け、亮太! お前がやっていることは間違っている。お前のやり方でお前がお姉さんと逢えたとして、お姉さんはそれを喜ぶのか? お前ぐらい聡けりゃ分かるだろ!」
「なら君が言う正しさってのは何だ? 力無き道徳では人は生きていけない。そんなものはただの罵詈雑言だ。僕はそれを拒絶する。力がなければ人を救う事も幸せにする事も出来ない」
 やはりダメだ、今のあいつには何を言っても言葉が届かない。闇で湛えたその瞳は、果たして俺を捉えているのか。もはやそれさえも分からない。だったらその鎧をぶち抜いて、風通しを良くしてやらなきゃならねえ。
「なら力が無いかどうか、今ここで見るこった! フルパワーで、その鎧ごと貫け! メガデンリュウEX、エクサボルトォ!」
 無論エクサボルトの効果も併せて発動だ。メガデンリュウEXのHPを30削りつつ、解き放つ雷撃の威力は120+50=170。先ほどと同様に、メガデンリュウEXの体毛に徐々に電気が集中していく。
 が、対するダークナイト・メシアは剣を構える。何をするつもりだ。今更何が出来るわけでもない。チャージを終えたメガデンリュウEXが攻撃態勢に入る。光の速度で敵を討つ電撃だ。妨害するなら攻撃動作が終わるまでに動きがあるはずだが、依然亮太は動かない。
 そして時が来る。瞬で弾ける雷撃は、軌跡だけ残しダークナイト・メシア10/100を狙ったはずだ。だが、ダークナイト・メシアは剣を振り上げて雷撃を弾き飛ばした。あまりにも早すぎて、恭介にはその動きを認識することが出来なかった。気付けばダークナイト・メシアは剣を振り上げ、生き残っていたのだ。
 クソったれ! なんて堅牢なんだ。これでも届かないっていうのか……!
「ダークナイト・メシアの第二の特性。『カントフリック』は、攻撃を受けるときにデザイアカウンターを全て取り除くことで、取り除いた数かける10だけダメージを減らす。そしてバッドエネルギーの効果で、君のメガデンリュウEXに20ダメージを与える」
 ダークナイト・メシアが受けたのは120+50-10×8=90のダメージ。これで10だけ踏みとどまったというのか。しかもメガデンリュウEX110/220も、ワザの効果とバッドエネルギーの効果で50のダメージを受ける。もはやどちらが攻撃をしたのやら。
 少なくとも80も相手の威力を下げる効果を持つカードを、恭介は知らない。もはやダメージを軽減、ではなく防御だ。
「いや、それでもエクサボルトの効果でダークナイト・メシアはマヒだ!」
 マヒ状態であれば、亮太の番が終わるまでベンチに逃げることもワザを使うことも不可能。進化かベンチに戻す術があれば回復するが、進化は流石にしないだろう。ベンチに戻ろうにも、亮太のベンチにポケモンはいない。更にダークナイト・メシア自身のデメリットで亮太はベンチにポケモンを出せない。行ける。
「僕の番。まずは前の番に使用した『アンフォームド=リグレス・アイディール』の効果が発動する。前の番にこのカードが使われ、次の自分の番の初めにこのカードがトラッシュにある場合。僕はトラッシュの基本エネルギーとアンフォームドと名のつくカードを手札に加える。僕が加えるのは悪エネルギーと、リグレス・アイディール。そしてグッズ『なんでもなおし』を発動。これでマヒ状態を回復させる」
 剣を振り上げたモーションのまま、痺れて動けなかったダークナイト・メシアの体から痺れが消える。剣を再び目の前で構える。更にグッズを使ったことで、再びデザイアカウンターがたまっていく。
「悪エネルギーをつけ、もう一度手札からリグレス・アイディールを使う。さらにサポート『ククイ博士』を発動。手札からカードを二枚引き、この番のワザの威力を20加える」
 これで溜まったデザイアカウンターは四つ。黒い光を吸い込んだ大剣の刀身が、徐々に黒くなっていく。
「……僕はこんなだから、決して友達が多い方ではない。君と初めて大学で出会った時、君は何の気兼ねもなくたまたま隣の席にいた僕に声をかけてくれた。それだけじゃない、僕を遊びに誘ってくれて、今もなお僕を友だと言ってくれる。とても嬉しかった。だけど、君が僕の行く手を遮るのならば、この剣でその縁を断ち切ってでも僕は進む」
「まるで終わりのような言い回しをしやがって」
「終わりのような、じゃない。終わるんだ。ダークナイト・メシアのワザは基本威力20に対し、デザイアカウンターを全て取り除いて、取り除いた数かける20ダメージを加算する」
 ククイ博士の効果を合わせ、亮太の言う通りの効果であれば20+20×4+20=120。メガデンリュウEX110/220では受けきれない。前のターン、亮太は攻撃出来なかったのではない。エクサボルトやバッドエネルギーでメガデンリュウEXにダメージが累積していくのを待っていたのだ。恭介は亮太の手の上で転がっていたにすぎない。勝ち急がずにエクサボルトの効果を使わなければ、結果は変わっていたかもしれない。もっとも、もう過ぎたことだが。
「くそっ! 亮太──」
「怒り、悲しみ、嘆き……。そのすべてを解き放つ。リリーブフィーリング!」
 剣を両手で構え、真上に振り上げる。いわば上段の構えをダークナイト・メシアがとる。黒ずんだ大剣は更に周りの光を吸い込み、黒いエネルギー体で着飾った刀身は元の二倍。いや、三倍ほどの長さに膨れ上がった。そしてそれを真下へ振り下ろす。
 ただそれだけで、漆黒の凶刃は圧倒的な破壊力を招く。メガデンリュウEX0/220の姿は大剣の黒い光に吸い込まれるかのように消し飛んだ。そしてその次は恭介の体が衝撃で舞い上がる。約七十キロある体は木の葉のように容易く飛ばされ、乱流の中視界はぐるぐると回る。最後に見えた亮太の姿は、既に恭介に対し背を向けていた。
「待……て──」
 地面に頭から叩きつけられる痛みを感じるその前に、恭介の意識は閉じる。



恭介「ダークナイトの正体は生元亮太だった。噂に違わぬ強さだ。
   でもまだ俺はあいつの本当の言葉を聞いていない。それを聞くまでは諦めきれねぇ」
翔「待てよ。今からそんな体でどこへ行くつもりなんだよ」
恭介「次回、『情熱の咆哮』。心配してくれるのは分かる。でも、悪いが俺にも通す意地があるんだ!」

●TIPS
生元亮太のオーバーズ
「能力精査のオーバーズ」 瞳の色:紫
相手(姉)を知りたいという好奇心から発現。
視認した相手の能力の名称と効果を知ることができるオーバーズ。

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