怪獣のバラード

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読了時間目安:7分

 湖での連日の滞在、そして演奏を経て、一行は再び旅に出た。それからの旅程は今までよりも気楽なもので、目的地に着くのはあっと言う間のことだった。
 森を抜けると、ひび割れた灰色の道が見えた。しばらく道沿いに歩いていくと、今度は木々よりも高い建造物が現れた。
「ついに来たわね」
「これが遺跡、ですか」
「そうそう。遺跡って言ってるけど、これは元々人間の住んでいた場所だったんだよ」
 辺りを見渡すと、石のような建造物が整然と並んでいる。長い時間放置されていたのであろう、建物の大部分が欠けたり、植物に覆われたりしている。完全に崩れて瓦礫の山となっているものも少なくない。吹き抜ける風が独特のにおいを伴って、四人の体を通り過ぎていく。これが人間の住んでいた場所かと、スターは感慨に耽った。昔はもっと、この景観も美しかったのだろう。
「人間の街が栄えていたのは、海辺であることが多いからな。ここなら、目当てのものも手に入るだろう」
 古びた看板を眺めながら、ジャンは語る。この匂いは、潮の匂いなのだと教えてもらった。
「そう言えば、ここに来たのって何かを探しに来たんですか」
 スターは聞く。三人は目を丸くしたが、そう言えばスターはここに来た目的を知らないことを思い出し、その疑問を持つ理由に合点がいったようだ。
「私たち、人間の残した音源を持って帰るためにここまで来たのよ」
 ロマは語る。
「昔から言い伝えられてきた曲は色々あるけど、人間は私たちの知らない音楽をいっぱい作ってきたからね。人間は円盤とかにそれを記録して保管してるから、それを探して森まで持って帰るのが私たちの今回の仕事」
 へぇ、と相づちを打つ。しかし、数多くある建物の中から、どうやって音源のある場所を探せば良いのだろう。スターには見当もつかなかった。
「じゃあ、俺とヌーシュで再生機を探して来る。ロマとスターは一緒に音源を探してきてくれ。明かりが欲しくなったらヌーシュを呼んでくれたらいい」
「はい」
「分かったわ。じゃ、スター、行きましょ」
 二人と別れ、人間の残した街並みを歩く。建物一つ一つから、役目を果たせないままに力尽きてしまったような惜しさが滲み出ているような気がして、スターは少しもの悲しい気持ちになった。ロマは大通りの両脇に並んだ建物の看板を、一つ一つ確認していく。街の入り口が見えなくなるほど進んだところで、ここに入りましょ、とロマは言った。自分の背丈四つ分くらいの高さの、茶色がかった建物だ。入口に、黄色と赤を基調とした四角い図柄が何かしら描かれていた。
「階段、気をつけてね」
 狭い空間の中で、段差を登っていく。これもスターにとって初めてのことだった。建物の中は暗く、足下が見えにくい。短い足で登るには苦労を伴ったが、何とか目的の場所に到達した。
 一つの部屋に入ると、ロマは壁際で何かを触り始めた。すると、外からの光が射し込んできた。窓を遮る布を取り払ったらしい。土埃が舞い上がったので、ロマは慌ててその場を離れた。ちくちくと喉を刺す感覚は、砂漠の砂嵐とはまた違っていた。
「結構明るくなったわね。これなら探せそう」
 ロマは振り返り、窓に背を向けた。太陽光で、部屋の奥まで様子が分かるようになった。
「それじゃあ、始めるわよ。色々棚があるけど、形はどうであれ、入れ物が正面を向いてるものを探して。そういうものは人間達の間でも人気があった音楽が多いから。そういうのをなるべく優先して集めるのよ。とりあえず、見つけたらこっちの棚に持ってきてね。外に出すのは後にしましょ」
「分かりました」
 二人で手分けして、音源を集める。棚の中には、透明な薄い容器が大量に並べられていた。そのうちの一つを手に取り開けてみると、中には一枚の円盤が大事そうに納められていた。
「ひょっとして、この部屋全て、こういうのが入ってるんですか」
「そうそう。凄い数でしょ。さすがに全部は持っていけないからいくらか厳選しないとね。後でジャン達がこれを再生できる機械を持ってきてくれるから、なるべく色々な種類のものを持って行きましょ」
 ロマの返事が返ってくる。確かに、部屋一面に並べられた円盤を全て持ち運ぶのは無理そうだ。
「あれ」
 ふと、視界の端に気にかかる一枚があった。棚の一列を全て同じ種類の絵柄が占めている。砂漠の中、人間の男が一人で正面を向いて笑っている絵だった。そしてその笑顔は、スターをとてつもなく懐かしい気持ちにさせた。胸の奥底から、言葉に出来ない不思議な感情がわき上がった。
 スターは、その絵の人物を知っていた。
「ロマさん、この人です」
 その円盤を手に取り、ロマに叫んだ。ロマは手を止め、スターの元へ近づいた。
「僕が小さい頃に出会った、旅人です」
 描かれた彼の笑顔は、力に溢れている。音楽を精一杯楽しんでいる姿を、その立ち姿で表現している。
 彼は成功したのだ。あの日小さなナックラーに語った、世界中に自分の音楽を届けるという夢を、叶えたのだ。
「良かった」
 気がつけば、スターの目から涙がこぼれていた。それはいつまでも止まらず、赤いカバーからも溢れ出て、持っている円盤の容器の上に落ちた。
「本当に良かった」

 ジャン達と合流すると、真っ先に旅人の作った音源を聞かせてもらうことにした。
「驚いたな。まさか、こんな風に出会えるとは」
「本当に。音楽は時間を超えるんだねぇ」
 ジャンもヌーシュも、彼の音楽に興味津々のようだ。音源の選別の一枚目に流す音楽として、異論は無かった。
「どうも、元々ある曲のカバーみたいね。それじゃ、行くわよ」
 ロマがスイッチを押すと、軽快な音楽が流れ始める。底抜けに明るいようで、どこか陰りのあるような曲調だった。今にも消えてしまいそうなおぼろげな様子と真っ直ぐな意志が、見事に混ざった一曲だった。
「まるでスターに宛てたみたいな曲だな」
 ぽつりと、ジャンが呟いた。
「僕、こんな風に見えてるんですか」
「でもなんだか分かる気がするわよ」
「ほんとほんと」
 三人に茶化され、笑った。スターも、そうだといいな、と思った。あの時の出会いが少しでも彼の力になれたのなら、たとえ偶然でも僕は誇ることが出来るだろう。
「僕、この旅についてきて、良かったです」
 砂漠を捨てて歩き続け、もう一度彼に会うことができた。それだけでも十分すぎるくらいなのに、まだまだ叶えたい望みは残っている。
「いつか必ず、皆さんと一緒に演奏します。絶対、待っててくださいね」
 誰かを傷つけることしか出来なかったこの翼が、みんなを笑顔にする瞬間を、ジャンも、ヌーシュも、ロマも、待っている。
「ああ、楽しみにしてる」
 ジャンは大きく頷き、嬉しそうに笑った。

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