13話 純白の騎士?

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『風見』
『どうした。神妙な顔をして』
『……頼みがある。俺を鍛えてくれないか』
『その頼み。……悪いが断らせてもらう』
『どうしてだよ!』
『新型のデッキポケットの開発の方でトラブルがあってな。今晩から早速埼玉に向かわないといけない。数日は戻れないと思う。……そんな顔をするな、その代わりの案を考えておく。そうだな、知り合いに声をかけてみよう』
 つい数時間前の会話を思い出し、風見は少し気が重い。「知り合い」というのも七年程会っておらず、電話番号を交換しただけの人間だ。電話番号が変わっていれば当然繋がらないし、繋がったとしても淡白にしか人間と接さない風見ですら数少なく苦手だと感じる人間だ。
 そう思案しながらTECK(テック)埼玉研究所の廊下を歩いていると、後ろから風見を呼ぶ声が聞こえ、足を止める。
「風見チーフ、踏矢先生からのデータ到着しました。コピーしてまとめておきました」
「すぐ読ませてもらう」
 先日翔達立ち合いの元、Afを渡したあの踏矢准教授からのレスポンスが返ってくる。廊下で立ちっぱなしにも関わらず、数十ページに渡る資料を食いつくような勢いで風見は読み込み、その内容をまるごと消化する。Afは負の意思に関してのみ物理干渉を起こす、という風見の推測は正確だという裏付けが取れた。
「……概ね俺の推測通りだな。俺の設計通り試作機PA-01の製作を着手しよう。デッキポケット班で空いているスタッフは……。高崎と沼田達か」
「そうですね。今は特に」
「ならば宮田副チーフ、君がPA班に入ってそいつらと既に待機しているPA班を動かせ。俺は新型デッキポケットが落ち着いたらそちらに行く。それと踏矢准教授へのレスは俺がやっておく。ありがとう」
「分かりました」
 勿論この研究室にいる人間は皆風見より年上だ。しかし、圧倒的技術力の差から風見へ不満を言う者は少ない。風見の指示を受け、踵を返して行く彼もまた、一人のエンジニアとして風見を尊敬し、風見からも信頼するTECKのエースだ。
 実際にプロジェクトが動き出したことで、夢に一歩近づいた。失敗しようがそれを昇華させ、進めばいいだけだ。もはや今の心残りは翔のためにかつてのライバル、市村アキラ(いちむら あきら)に連絡を取ることのみ。私用のスマートフォンから通話アプリを立ち上げ、十秒渋ってコールを押す。待ち時間は約数秒。思いの外早く連絡が繋がった。声変わりを経たからか、面影を感じつつもどことなく聞きなれない声がする。
『久しぶりだね、君の方から連絡があるなんてここ数年でのサプライズだ』
「そんなことはどうでもいい。今回は一つ頼みがあって電話を寄越した。風の噂で聞いたが、お前がオーバーズについて調べているというのは本当か?」
『へぇ。よく知ってるね。そうだよ』
 出来るだけこいつに喋らせたくない。そうだよ、の次に何か続きそうな気がしたので、風見は強制的に別の話題を割り込ませる。
「俺の知り合いでオーバーズについて悩んでいるやつがいる。力になってやってほしい」
『……ならばこちらの要望も一つ聞いてくれるんだよね?』
「何が望みだ」
『君と久しぶりに会いたいんだ。別にその友達と一緒に来てくれてもいいし、君が今大活躍だってことも知ってて忙しいだろうから別日で会うとかでも構わない。たったそれだけでいいんだ。それだけで、何をすればいいか分からないけど、君のお友達のお手伝いをなあでもしてあげるよ』
 風見自身そんな月並みな表現を使うとは思わなかったが、こいつとは死ぬほど会いたくなかった。しかし、どうもそうは問屋が卸さないらしい。別に今危害を加えられたりすることはないだろう。しかし、かつてこいつが今より偏屈だった時の風見のプライドを一度へし折ったという苦い記憶、それだけが拭えない。少なくとも今の風見の絶対的な矜持は揺らがない自信がある。それでも、万が一こいつに再びへし折られてしまったら、という被害妄想もまた、ある。ここまで導いてくれた友の頼みと、そんな自分勝手なジレンマ。どちらを優先するか。躊躇いこそあるが、迷いはない。
『で、どっちなんだい?』
「分かった。約束しよう。いずれお前の元へ向かう」
『OK! 今の僕の住所とか空いてるスケジュール、メールしたいんだけどあのメールアドレスは生きてるの?』
「ああ、生きている。そこに頼んだ」
 やや強引に通話を切り、肺が空になるほど深く息を吐く。これだけの会話でも相当な疲労感で、壁に体を預ける。額を拭うとカッターシャツの袖が汗で濡れていた。
 自分自身と向かい合う。捨て去りたい過去も糧にしてきたつもりだが、どうやら清算しきれていないらしい。
「我が往くは 光に満ちた 覇道なり、か」
 手のひらを握りしめ、再び目に力を宿して前を向く。やがてその時が来るまで、今は目の前にある輝かしき希望に全身全霊を注ぐのみだ。



 鬼兄弟の一件の翌日、風見のいない風見家にリビングにて翔、恭介、仁科希、澤口美咲の四人がテーブルを囲みながらソファに座る。
 真剣な面持ちだが、どこか上の空の翔。昨日検査入院したが即日帰宅。昨日何もできなかったからかいつも以上にやる気な恭介。敵対したときの気迫を片鱗も感じさせず、少し居心地が悪そうに肩を窄める美咲。そんな三人をのんびり眺める希。四者四様、とでも言おうか。いつもは風見がピシャリと締めるAf会議(仮称)も、今までにない妙な浮ついた空気感に包まれる。
 鬼兄弟に実際に拉致された怒りをAfの件にぶつけてやろうと、血気盛んな恭介が静寂に一石を投じる。
「はいはい、始めようぜ。鬼兄弟からなんか足取り掴んだんだろ?」
「あー、その件ね。風見君からの伝言なんだけど、それは無視しろって」
「へ? ……えー! なんでなんすか希さん!」
「風見君くらいの背丈の男、ってこの辺に何人いるのよ。しかも顔見てなかった? 見えなかった? かわかんないけどそんな情報も無いんじゃあ追いかけようがない。って判断らしいわ」
 風見の背丈は百七十センチを少し越す程度。確かにそんな人間いくらでもいる。しかも鬼兄弟が言うには顔が見えないような暗い場所で出会った。つまりシークレットブーツで背丈を誤魔化されている可能性もある。
 じゃあどうするのか。と、恭介が問う前に希は口角を上げる。
「だーいじょうぶ! ちゃんと次善の策を用意してあるわ。皆このビデオちょっと見てほしいんだけど」
 テーブルに置かれてあったノートパソコンを希が操作し、一つのビデオファイルを選択する。他三人はそれに食い入るよう、狭いソファに身を寄せ合う。
 誰かがスマートフォンか何かで撮影したものだろうか。よくよく揺れる画面が、真っ暗な夜を照らす街灯を捉えきれていない。その街灯の下では一人の男が傍らにアーマルドを携え、カードで戦っているようだ。対戦相手が映っていないが、画面左から現れたダークナイトがアーマルドを攻撃し、男が画面右側に吹き飛ばされる。
 カメラが一度右側に吹き飛ばされた男を映したのち、左側に向くと──。
「こいつは……!」
「ダークナイトだ」
 間違いない。この黒い甲冑とバトルテーブル代わりに地面に突き刺した大剣。薫と翔が科学博物館で遭遇した、あのダークナイト本人だ。
「ここからよ」
 希の声を受け、再び三人は画面を凝視する。ダークナイトが剣を地面から引き抜き、右腕を伸ばすと男のデッキからカードが一枚浮かび上がり、ダークナイトの手に渡る。おそらくあれはAfだろう。そしてその次の瞬間。踵を返したと同時にダークナイトの姿がまるで元からそこに存在しなかったかのように、ふっと消えたのだ。撮影者らしき女の戸惑った声が響いている最中、ビデオの再生が止まる。
「消えた?」
「確かに俺のときも突然いなくなった気がする……」
 ビデオファイルのウインドウを消し、希は風見が残していったワードファイルを立ち上げる。どうやら風見の指示内容はそこまでしか覚えていなかったらしく、あとはそのワードを読み上げていくだけだ。
「えーっと、鬼兄弟が言ってたのはAfを『奪う』ことでなく『使わせる』ことが重要。ってことらしいわ。風見君の推測では、今のAfはあくまでまだ第一段階。きっとその次の第二段階があるんじゃないかと推測してるわ」
「ちょっと待ってください、それだと風見さんたちがAfを使うことにもリスクがあるってことじゃないんですか?」
 そう割って入るのは澤口美咲。美咲自身、今でこそ力で懐柔されたが、本来Afを使うことには反対意見だ。そういわれるとその指摘も頷ける。
「その辺は風見くんがなんだっけ。踏矢先生? って人と協力して大丈夫かどうか確認しているらしいわ。その件は一旦置いておくけど、『使わせる』ことが第一の目的で、その次に第二の目的があるとするならAfを回収する必要ももちろんあるわよね。となれば、このAfを回収してるダークナイトっていうのが黒幕本人かそれに近い存在じゃないか。って判断したらしいの」
「いやまあそれは分かるんですけど。……まさかこれを追えってことですか?」
 翔の問いに希が頷く。
「たぶん、ほっといてもいずれ来ると思うんだけどね。でも早期解決のためにはこちらから追いかけなくちゃ。ってことらしいわ」
「でもビデオや翔が言ってたりするように、消える相手だなんてどうやって見つけるんです?」
「たぶんねえ。ステルス機能じゃないかって。ステルスって言ってもピンキリだから、どんなステルス機能なのかは分からないんだけど、見えていないだけで当の本人はいるはずよ。だから目撃して消えても、音や赤外線を頼りにすれば必ず跳ね返るはずだから追いかけれるのは不可能じゃないわ」
「いやいや! 簡っ単に難しいこと言いますね」
 希は目が泳いだものの笑ってごまかす。追う方法は分かっていても、その手段の実現に至らないといったところか。
「あ、美咲ちゃん。さっきのAfの使用の件だけど。問題があるならば黒幕をさっさと潰して、Afは風見君の手で他の人の手に渡らないようにすればいい。って言ってた気がするわ。どっちにしろまずは敵を見つけてやっつけちゃおうって感じで」
「言い方軽いですね……。わかりました、黒幕を暴くのが優先なのはごもっともです。私も協力します」
 希の説明だけだと呆れ顔を浮かべるしか無かったが、風見の言葉と受け止めるとその重さが変わってくる。それは美咲だけでなく、翔達全員がそうだ。
「まあとりあえずは恭介くんの機動力を活かして近辺のパトロールって感じで地道にやるしかないわね。一応、インターネットで情報を探したりしてるんだけど、何分消えるから証拠があるのもさっきのビデオくらいしかなくてさ。あ、でも目撃証言は都内のほぼ23区内だから住所がその辺だと思うの」
「いや~、きついっすわその情報。それで探せとかこの部屋にある塵をピンポイントで探せってレベルっすよ」
「まあ他のAf絡みの事件もあるかもしれないし、いずれにせよパトロールお願い、だってさ。美咲ちゃんも一緒に行ってあげて! あ、そうだ。それと翔君は風見君から別件あるからちょっと待ってね」
 風見の存在感恐るべきかな、今日はどうにも締りが悪い。
 恭介は両頬を一度ピシャリと叩き、スイッチを入れ替える。っていうか澤口美咲と行けってマジか。まだこの子よくわかんないんだよなあ、あの風見に啖呵切れるあたりタダモノじゃないし緊張する。女子とは比較的接し慣れてる自信はあるが、今までとは違う感じの子なだけあって何が地雷か分からないのが更に怖い。たぶん、一度機嫌を損ねたら根に持ちそうだなあ。現に今も美咲の表情は硬い。さっきのAfに関するやり取りが原因か、緊張してるだけなのか。イマイチどっちか判断つかねえ~。他に誰かいるならまだしも二人っきりっていうのがミョーに辛いぜ。
 チラと恨めし気に残された翔を睨むが、翔はそんな視線に気づくわけもなく。恭介は腹の底に溜まるような重い気分を引きずって、美咲と共に風見家を出た。
「で、別件ってなんですか?」
 二人だけになり騒がしさが落ち着いた風見家で、翔が希に尋ねる。
「風見君から、特訓? かなんか都合つくらしくって、それについてなんだけど──」



「バイク二ケツ乗ったことある?」
 そういって恭介はバイクからヘルメットを取り出し、美咲に向けて緩やかな放物線を描くよう放り投げる。美咲は唐突なヘルメットのパスに驚いて顔を青くするが、なんとか受け取る。
「え、えっと、無いです」
 恭介は今のリアクションで察する。なるほどね、あの強張った表情は緊張していたのかな。それもそうだ、希さんとは知り合いらしいがそれ以外にさして仲良くない異性二人と、これまたよくわからない場所で一堂に会していたらそうなる。俺だって立場が同じならそうだろう。
「まずヘルメット被ってもらっていいかな。そんで俺が先にバイクに跨るから、リアステップ。あ、ここね。バイクの後輪付近のここに足をのっけて、俺の肩を支えにして俺の後ろ座れるかな」
「わ、分かりました」
「大丈夫大丈夫。時間急いでるわけじゃないから、自分のペースでいいよ」
 恭介がニッコリ微笑むと、美咲の表情も緊張は残しつつもどこか柔らかくなったような気がする。この前風見と熱戦を繰り広げた、力強くかつ尖った印象とは違う年相応の女の子って感じだ。一度そういう思念が過ると、必死にヘルメットを着用しようとせん姿が小動物のように見えてきた。
「跨るときは自転車に跨るときと同じで、あんまバイク揺らさないようにね。よろけちゃうと危ないから」
「は、はいっ! 気を付けます」
「そうそう。そこに足かけて。で、俺の肩に手おいてバランスとってくれたら」
「お邪魔します……」
 そうやって細い手が恭介の肩にかかり、美咲がバイクに乗ると共にその重みで少しバイクが上下に撓む。慣れからか乱雑に乗る翔と違って、その撓み具合もまたいい感じだ。
「普通バイク運転中って騒音とかあったりするけど、このヘルメットにはマイクとスピーカーが搭載してるから、俺とはクリアな音声で会話できるようになってる。風見の改造ね。そんであとは危ないから基本的に運転中でも停車中でも降りるとき以外は俺の腰に手を回してくれればいいや」
 言うや否や背中にはコツンと無機質なヘルメットと、柔らかい感触が。そしてほのかに香る優しい匂いが漂う。腰どころかへその当たり、厳密には鳩尾に美咲の手が回り込み、細い腕の割には柔道の寝技のようにガッチリしがみつく。
「ごめ、それはギュッとしすぎ。逆に危ないってか苦しい……」
「ごっごめんなさい! えっと──」
「腰に手を当てるくらいで良いよ」
 ガッチリホールドされた腹回りの拘束が解除されると、今度は逆に添えるように美咲の手が恭介の腰に置かれた。
「もう少しだけ強めでもいいかな。うん、そうそう。で、運転中なんだけど慣れないうちは体動かさなくていいよ! っていうか下手に動かすと危ないし。じっとしてくれればいいから。なんか気になることある?」
「えっと……。た、たぶん大丈夫です」
「よし、じゃあ行くかあ!」
 エンジンをかけると、けたたましい音ともにヘッドホンを通してわあっ、と小さな悲鳴が聞こえる。後部座席に家族か翔以外を乗せるのは久しぶりだったため、そんな悲鳴を聞くのも久しぶりだ。もっとも、当の本人からすれば内心穏やかではないかもしれないが。
「も、もう少しゆっくりお願いします!」
「あはは。これ以上遅くしたら国道なんて出られねえぜ。早々簡単に落ちないから、ほどほどに俺を掴んでくれたら大丈夫!」
 具体的にどこへ行け、という厳命がないから今回はホログラムマップもオフにして純粋なドライブだ。まだこの子が俺らのことをよく知らないように、俺もこの子のことを知らない。上手いことコミュニケーションを今のうちから築いて仲良くなりたいものだ。
 最初こそぬいぐるみを離さない幼子のようにしがみついていたものの、十分も経たずして徐々に恭介の腰にかかる力も緩くなる。
「慣れてきた?」
「最初より……」
「よかったよかった。そういえばちゃんと自己紹介してなかったよね」
「長岡さん、ですよね。希さんから聞いて覚えました」
 この子は風見とは仲が良くも悪くもないが、希さんのことは姉のようにというと少しばかし言い過ぎだが、慕っているような節があった。澤口美咲と出会ったのは風見と直接対決をしていた日以来だが、それまでの間に連絡を取って俺たちのことを聞いていたのか。
「おお、予習ばっちりじゃん! でも恭介でいいよ。みんな俺の事苗字で呼ばねーから。……いや、強制じゃないから無理にじゃなくていいんだけど」
「は、はい。恭介さん、ですね。お願いします」
 希さんがこの子を俺に託した理由がなんとなく分かった気がした。受け答えはしっかりしているし、コミュニケーションも問題なく取れる。ただ、異性だからというのもあるかもしれないが、人との距離感の取り方があまり上手じゃない。距離感もへったくれもなくペネトレイトする風見は論外として、まま不器用な翔でなく俺と一緒にいさせることで馴らそうという魂胆だろう。そうならば乗ってやろう。
「いつからポケモンカード始めたの?」
「え、えっと。……小学校低学年なんで十一年前ですね」
「へー! 俺なんてまだ今年で五年目かな? そんなにやってるなんてすげえなあ。俺は翔に勧められて始めたんだけど、美咲ちゃんはきっかけとかなんなの?」
 とっつきやすい所を突いたはずだ。先ほどから美咲の会話の応答は比較的早かった。だというのに、急にレスポンスに間が開く。しまった、何か地雷を踏んだか?
「……幼馴染が楽しそうにやってるのを見て、私も興味を持ったんです」
 声音もやけに静かだ。おそらくこれ以上は踏み込んではならない領域だろう。運転中だから振り返るわけにもいかないが、きっと物憂げな表情をしているに違いない。あるいは遠くを見つめているか。仮に聞くとしても、まだ先になりそうだ。そう割り切って次の話題を捻る。
 実は美咲に対する恭介の憶測、後者が正解であった。恭介の背中を見てるとまるでその幼馴染を思い出してしまいそう。そう思って顔を逸らし、遠くに視線をやった美咲だったが、その視線の先にはタイミングよくとんでもないものが見えた。四階建てだろうか、ビルの屋上の室外機の隣に不可解なフォルムが一つ。
「恭介さん! そこのビルの屋上!」
 突然の目が覚めるような大声に驚き、恭介は思わず道路の真ん中でブレーキを切ってしまいそうになるところだった。ヘルメットのマイク越しにどうしたの? と美咲に問う。
「いました、例の騎士!」
「ハァ!? マジで見つかるのかよ! 分かった。どのビルだって?」
「右手側の……、黒門ビル? ですかね。ビルの名前は曖昧ですけど」
「右手側? 分かった、次の交差点Uターンするから気を付けて!」
「それでなんですけど」
 まだ何か伝えたそうな切羽詰まった声に、迫る交差点に意識を裂き切らずに恭介が聞き返す。
「ん? なんかあんの?」
「それがビデオと見たのと違って白かったんです、その騎士!」



 怪しければとりあえず叩いてみる。叩けば埃かなにかは出るもんだ。その一念で古い雑居ビルの階段を駆け上がり、屋上の扉を蹴飛ばす。まず足元には仰向けに倒れた男が、次いで視界を上げれば美咲の言う通り、白い鎧を身に纏った者がいた。
「てんめぇ、何者だ!」
 左手で背後の美咲を庇うように制し、右手で白い鎧を指さす。細かい鎧の意匠が合致しているかは分からないが、少なくともビデオで見たものとはまず色が違う上に剣のような物も持っていない。例のダークナイト本人なのか、探りが必要だ。
「私の名は……、ホワイトナイト」
 鎧のせいでくぐもった声だが、なんとか聞き取れる。声の低さから中にいるのは男だろうか。
「ホワイトナイト? 妙な恰好をしやがって、何が目的だ」
 ホワイトナイトは鎧の左腕部にあるデッキポケットからカードを一枚取り出す。遠くて細かいテキストが読めないが、おそらくAfだろう。
「私はある目的のためにAfを集めている。……君のその腰にあるデッキポケット、君もポケモンカードプレイヤーか」
「だったらどうだ」
「君もAfを持っているのか?」
「だとしたらどうする」
 風見を参考にし、恭介は強気のセリフでホワイトナイトに当たる。両者身じろぎ一つ互いに無い。まるでガンマンが銃の早抜きを競うような、闘志を湛えつつも、雰囲気は至って寂静だ。
 恭介はバトルデバイスを取り出そうと、左手をポケットに手を回さん瞬間に、ズイと美咲が押し入って恭介の前に立つ。
「ここは私がやります。恭介さんはそこの人をお願いします」
 さっきまでの柔らかい表情は抜けきって、風見と戦っていた時を想起させる固い表情だ。思わず剣幕にやられそうだったが、恭介も引き下がらない。
「いや、大丈夫。むしろ慣れないバイクに乗って本調子じゃないだろ」
「いいんです。……私にはこれくらいしか誰かの役に立てませんから」
 少しだけ見せた物憂げな表情は、すぐにビル風が吹き飛ばしていった。そうとまで言われれば、恭介も意固地に前に出る必要はない。やれやれ、とため息を一つ零して気絶している倒れた男の元へ駆けつける。
「さあ、ホワイトナイト、ですか。私が相手をします」
「Afを持っているとあれば、どちらも叩きのめすまで。順番は問わないさ」
 美咲は既にデッキポケットにいれてあるデッキをデッキケースにある別のデッキと入れ替える。次いで互いにバトルデバイスを放り投げ、腕のデッキポケットとリンクさせる。
『ペアリング完了。対戦可能なバトルデバイスをサーチ。パーミッション。ハーフデッキ』
 ホワイトナイトのバトル場のポケモンはマグマ団のザングース90/90、対する美咲はバトル場にマナフィ70/70、ベンチにはドジョッチ50/50。
 美咲がバイクの上から見た時はホワイトナイトの傍らにバクーダが見えた。そこから炎デッキかと推測したが、なるほど。マグマ団デッキと来たか。それを受けて美咲は自意識的にオーバーズを発現させる。
 マゼンタに発色する美咲のオーバーズは「処理向上のオーバーズ」だ。簡単に言えば脳内シミュレーションが極端に早くなる。将棋や囲碁でいう「一手先を読む」ことに長けたオーバーズだ。もしAということが起きたなら、その後こういうことが予想されるのではないか。ということをシミュレーションするスピードが常人よりも数倍早くなる。その分精神も擦切るので常に発現させるには難しいが、記憶の中のマグマ団デッキをシミュレートして相手の一手。いや、二手先を捉えようとする。
「先攻は私が頂く。まずはグッズ『マグマ団のスーパーボール』を発動。山札からマグマ団のたねポケモンと闘エネルギーを一枚ずつ手札に加える。私はマグマ団のグラードンEX(190/190)を選択し、闘エネルギーとともに手札に加える。そしてそのグラードンEXをベンチに出し、バトル場のザングースに闘エネルギーをつける」
 マグマ団のポケモンはタイプが闘に寄せつつ無色、悪、炎など種類が豊富な上に、マグマ団に対応するサポートカードも多い。個々の火力は心許ないが、速さと数で押してくるのが特徴だ。そこから鑑みれば、ホワイトナイトのこの一ターン目は極めて理想的な動きだろう。それだけではない。
「手札からスタジアム『マグマ団の秘密基地』を発動。このカードがある限り、マグマ団以外のたねポケモンが手札からベンチに置かれたときダメカンを二つ乗せる」
 周囲の風景が、マグマ団のマークが描かれた薄暗い室内に一変する。相手はマグマ団デッキだからダメージこそ受けないが、美咲のデッキにはもちろんマグマ団のカードは一枚もない。不利を被るのは美咲だけだ。
「ザングースでワザを発動、仲間を呼ぶ。その効果でデッキからマグマ団のたねポケモンを三匹までベンチに出す。現れろ。マグマ団のヤジロン(50/50)、ドンメル(70/70)、ポチエナ(60/60)!」
「な、なんだ! どんどん増えていくぞこいつら!」
「私のマグマ団のグラードンEXの特性はパワーセーバー。お互いの場にマグマ団のポケモンが四匹以下なら、グラードンEXはワザを使えない。しかしこれでマグマ団のポケモンは五匹、グラードンEXもその力を存分に奮うことが出来る地盤は出来た!」
 まだゲームは始まったばかり。もう前回の風見戦のように、相手の掌の上で踊る訳にはいかない。
「私の番です!」



 都内のとある私大のキャンパスにて。自分が通う大学じゃないだけあって、なんとなく居心地の悪さを感じながら、翔は希と人を待っていた。
「いやまさか特訓相手のアポが今日しか空いてないだなんて。というか希さん随伴してもらってすみません」
「心配だからねえ。その特訓相手、市村アキラっていう人なんだけどね。悪い人じゃないんだけど結構変人でさ……」
「風見よりですか」
 冗談のつもりで翔が希に言いのけたつもりだったが、希は珍しく真顔になって顔をぶんぶんと力強く縦に振る。髪が乱れるのもお構いなしなその様相から早くも翔は気が滅入る。
「えぇ……」
「風見君の変人さはさ、なんだろう。一つの物事にものすご~く熱中する変人って感じじゃん。どこか危ないけど応援したくなるような」
 夏休み期間で人の多くないキャンパスの片隅。こちらに向けて歩いてくるもっさり頭の青年が、希の背後に見えた。彼が市村アキラなのか。
「まあ、分かります」
「今日会う相手はもう単純に変な人。変人っていうか変な人ね。不気味っていうか、たぶん彼も熱中する系だけどぶっちゃけ手放しに応援できないていうか──」
「久しぶりに会うのに悪口かい。これでも君より年上なのに、酷い言われようだ」
「わっ! ビックリした!」
 もっさり頭の青年もとい市村アキラは中指の腹で眼鏡のブリッジを押し上げると、翔に握手を求めてくる。
「君の事は雄大から聞いたよ。ボクは心理学の博士課程を専攻している市村アキラだ。ボクはオーバーズを研究している。今日が少しでも君の役に立てれば幸いだ」
 差し出した手に触れた途端、ポケモンカードを介していないにも関わらずコモンソウルが作用した。おそらく俺に対して興味を抱いているようだが、それだけじゃない。もっと何か暗いものが見え隠れする気がした。なるほど、風見に増して変人と言わしめるだけはある。
「外じゃなんだろう、案内するよ」
 希が心配した、という言葉の意味と翔が感じた嫌な気配。翔はすぐにそれらが正しいと思い知らされることになる。



美咲「数では圧倒されてますが、決して遅れは取りません!」
恭介「まさか本当にAf無しで渡り合うつもりかよ! でもあのグラードン、どうやって攻略をするんだ」
市村「さて、僕の研究室にようこそ。オーバーズについてなんでも教えるし、君の特訓に付き合う。ただし一つだけ条件がある」
翔「次回『オーバーズキャプチャー』! 市村アキラ、まさかこいつも能力者か」

●TIPS
澤口美咲のオーバーズ
「処理向上のオーバーズ」 瞳の色:マゼンタ
脳内で行うシミュレーションが早くなるオーバーズ。
例えばAが起きるとその後何が起こるか。を常人の数倍早くシミュレートする、相手の一手先を読むことに長けたオーバーズ。
精神(集中力)を摩耗するので、長すぎるシミュレーションは不可能。

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