第44話 友の奇跡、ジェムの決意

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「メガリザードンを出すと思いこまされたのは私の不覚だ。しかしどのみち君に私を倒すことはできないよ」

 全員の意表をついて出された最後のポケモンをサファイアは軽んじる事はしない。だが脅威として見ているわけでもない。

「フライゴンは特別ゴーストタイプに強いポケモンではないし、ダイバ君の持つガブリアスとは違う利点も存在はするが……それも特段私達の『影分身』『身代わり』『守る』『ゴーストダイブ』等の技に相手の経験や勘から来る予測を外させる『死線幽導』による十重二十重の守りを崩せるものではないはずだ」
「ならば受けてみるがいい……これが我が竜達が貴様を倒す答えだ! ボーマンダ、『ハイパーボイス』!!
「……『守る』だ」
「ボアアアアアアアアア!!」

 再び飛行タイプとなったボーマンダの咆哮が襲い掛かる。大見得を切った割にフライゴンは地面に足をつけたまま動く様子はない。ドラコの意図は読めないがひとまず音による攻撃を無効化する為に大地を染める影に身を隠させ――


「フライゴン、『地割れ』だ!!」
「『地割れ』……だと!?」


 フライゴンが大地を砂漠のように干上がらせ、一瞬にして『地震』とは比べ物にならないほど深く地面が切り裂かれる。一瞬にして切り裂かれた先は、ヨノワールの影。隠れた巨体を影もろともはるか地の底まで叩き落す。

「……ッ、シャンデラ柱の影へ――」
「柱だろう建物だろうと影は大地から離れられない!!続けろフライゴン!!」
「ふりゃあああああ!!」

 ボーマンダは咆哮を続けている以上影から出れば大ダメージは避けられない。故に『死線幽導』で偽の気配によるフェイントをかけ別の影に移動しようとするが――

「貴様の誘導はあくまで姿が捉えにくく見てから反応するだけでは技が当てられないからこそ起こせるフェイク。だが私のフライゴンは貴様の影だけをこの複眼で見続ける!!」
「……!!」

 街灯の影に隠れようとしたところを街灯もろと切り裂きシャンデラの影を地の底に落とし閉じ込める。『地割れ』は受けた相手を一撃で葬る必殺の技。地の底に落されたヨノワールとシャンデラが地面に浮かび上がると、ヨノワールはうつぶせに倒れシャンデラの炎は消えて顔の一部が割れていた。明らかに戦闘不能だった。サファイアが二体をボールに戻す。ダイバがドラコの意図を理解しはっとする。

「そうか……ここまで流れ全てがドラコの戦略だったんだ」
「どういうこと……?」

 目まぐるしい攻防とドラコの意志にジェムの心も動き始めたのだろう。ダイバに尋ねるジェム。

「最初にカイリューが『地震』で攻撃したのはあらかじめ地面を割ることで本来命中させづらい『地割れ』を使いやすくさせるのが狙いだったんだ。ドラコはチャンピオンの戦術の肝が幽かな気配による誘導だと勘づいていた。だからこそメガシンカした二体での『ハイパーボイス』で影に隠れなければ逃げられない攻撃を連発してチャンピオンを逆に誘導した。どんなフェイントも、フィールド全体を襲う音相手には効果がないから」
「影は宙には浮かばず地面に張り付くように出来るもの……本来飛べば簡単に避けられる『地割れ』も影の中にいては逆に逃れようがなくなってしまう……ということですか」
「これが……ドラコさんの本気」

 ドラコはダイバの方を見て笑う。それを汲んで、ダイバもため息一つついた後ジェムのために言葉を続ける。

「確かにドラコの戦術はすごい。けど、これでジェムや僕たちと戦った時も本気だったって言うのもはっきりした」
「えっ?」
「フライゴンがガブリアスには使えない『地割れ』を扱えるのは僕も知ってる。でもフライゴンが『地割れ』を使えるようになるのは物凄く手間がかかるんだ。その割に欠点も多くて扱いづらい。ドラコもわざわざメガシンカの特性を二つ利用してまで『地割れ』の命中に繋げてる。……つまり、ドラコのこの戦略はあくまで対チャンピオン専用でジェムや僕たちに対して手を抜いてたわけじゃないんだよ」
「そう……なのね」

 今のダイバの説明で全てを納得できたわけではないだろう。後で平手打ちの一発くらいは覚悟しておくか、と思いながらドラコはサファイアに視線を戻す。
 
「貴様の残りは一体……さあ、私の竜達の力で引導を渡してやろう。そしてジェム達をこのグランギニョルから開放してもらうぞチャンピオン!」

 ほんの数十秒での大逆転。サファイアがボールを一つ掴みそれを見つめる。それは追い詰められたことの焦りか。計画に反旗を翻されたことへの憤りか。あるいは。

「ふ……想定以上の結果だ。礼を言おう」
「貴様、まだ言うか」
「誤解しないでほしい。これは私の計画とは関係ない個人的なものだよ。久しぶりに、緊張感のあるポケモンバトルだ」

 サファイアは、幽かに笑っている。大人の余裕と、目の前のピンチに心を高ぶらせる少年の心が混ざった不思議な表情だった。チャンピオンとして圧倒的な強さと誰にも気づかれないフェイクを操る彼には骨のある対戦相手など久しぶりなのかもしれない。モンスターボールから出すのは、チャンピオンが絶対の信頼を置く相棒。ダイバやアルカ、ジェムがこのフロンティアで見たポケモンだ。

「現れろ、全てを切り裂く戦慄のヒトガタ――メガジュペッタ!」
「特性は脅威だがその前に決める! やれボーマンダ!!」
「ボアアアアアアアアア!!」
「メガジュペッタ、『ゴーストダイブ』だ」
「どこへ逃げても無駄だ!!フライゴン!」

 メガジュペッタが影に隠れる。チャンピオンが無策で同じことをするとはドラコも思わない。だがどんな策を取ろうがフライゴンの目は見逃さないという確信があった。事実フライゴンの紅い複眼はジュペッタの隠れる先を見抜き――その影が向かう先は地面でも建物でも柱でもなく。


 フライゴンやボーマンダよりもはるか高い宙。蒼天に白い影が映り、その中にメガジュペッタが存在しているのが誰の目にもはっきりとわかった。

「な……!?」
「『影送り』または『影法師』と呼ばれる現象だよ。影とはどこにでも誰にでもある……そういうものだ。メガジュペッタ、ボーマンダを狙え」

 どれだけ素早く地面を割ろうとも、空を奈落の底に落とすことなど出来ない。咆哮の為に息継ぎする瞬間をつき、白い影から飛び出たメガジュペッタが漆黒の爪でボーマンダの体を無尽に切り裂く。メガボーマンダが咆哮ではなく悲鳴を上げ、意識を失い地面に落ちていく。

「メガボーマンダさえ倒してしまえば、もはやフライゴンには『地割れ』を使うことさえ出来ない。私の勝ちだ」
「いいや、勝つのは私達だチャンピオン!」

 宙にいるボーマンダを切り裂くためにメガジュペッタの体も当然宙に浮いている。雲が出来るほどの空からも地面からもそれなりに離れた位置にいる。今この瞬間だけは、小細工なしの一撃を当てられる。この時の為にずっと隠していた奥の手がフライゴンには存在する。

「フライゴン! 『アルティメットフライドラゴンバーン』!!」
「ふりゃあああああああああああああ!!」

フライゴンの口からエネルギーの塊が放たれ、四つの竜の形を取って地面から宙から回避の隙間なくメガジュペッタに叩きこまれる。竜のZ技をその身に受け、メガジュペッタの体が破れ悲鳴を上げる。エネルギーが消え、人形の体がフライゴンの正面に落ちた。

「勝った……!」
「……見事だ。君はトレーナーとして私との駆け引きに勝った」

 サファイアがわずかに無念そうに言う。ドラコの方が上だと。それは勝負の決着を意味していた。

「だが、ポケモンバトルの勝敗は別だよ」

 起き上がったメガジュペッタが、影の爪で紅い複眼を切り裂いた。フライゴンが激痛に苦しみ、視界を奪われる。眼を壊され、逃げることすらできず虫のように這いずるフライゴンにジュペッタは止めを刺そうとする。

「フライゴン……!」
「お父様やめて! もう勝負はついたわ!」
「――『虚栄巨影』」

 ジェムの制止を聞かずメガジュペッタが『ナイトヘッド』による自分の巨大な影を作り、伴って肥大化した影の爪でフライゴンの体全体を切り裂いた。フライゴンはそれでも動こうとして足を進めるが――それが逆に自分の発生させた地割れに落ちてしまい姿を消した。ドラコのポケモンは四体とも倒れ、サファイアの勝ちが決定する。

「私の策を看破したのは見事だが、ポケモンの強さを見誤ったな。Z技の一発で倒されるほど私のジュペッタは弱くはない。……君の負けだ。役目を終えた君には舞台を降りてもらおう」
「そこまでのまっとうな強さがありながら……何故他人の、娘の努力を嘲笑う真似が出来るのか私には理解できん」
「……全ては見ている皆の笑顔の為だ。メガジュペッタ」

 全力を出し切り、満身創痍で息を荒げるドラコにメガジュペッタが『影打ち』を撃とうとする。それは演出上の見せしめであり、ドラコにまた邪魔されては面倒だからだろう。受ければジェムとサファイアが戦うまでの間はまともに動けなくなる程度の怪我を負わせるつもりであろうことは誰の目にも明らかであり。


「お父様の気持ちは十分わかったわ。だからやめて」


 ジェムが、アルカの元から起き上がりジュペッタとドラコの間に割り込んで大きく手を広げて庇った。影を出しかけたジュペッタが慌てて止める。ジェムの声は真実を知った時の絶望や失意はない。感情を感じさせないここに来るまでのジェムではありえなかった冷えた声。だが慌てることもなく彼は自分の娘に問う。

「なら答えを聞こう。ジェムはこれからどうする。真相を知った以上私と戦うのはやめるか? それとも……私の娘として一週間後の決戦を受けてくれるか?」
「ジェム……」

 ドラコ、そしてダイバとアルカがジェムを見る。このフロンティアでの日々はチャンピオンの娘という大きな使命感を背負う小さな少女を中心に回っていた。それを知り、彼女は口を開く。


「お父様が全部仕組んだって聞いたのはショックだった……でもわかったの。それを望んだいたのはお父様、お客さん……そして誰よりも、私自身だったんだって。私は皆に認められるすごいトレーナーになりたかった。お父様みたいにみんなを楽しませるトレーナーになりたかった。お父様はお仕事、みんなに楽しんでもらうためって言ってたけど……それは私の為で、ジャックさんの為で、お母様の為でもあったんだって」
「……」

 ジェムがこのバトルフロンティアに来た元々の理由はそれだ。誰よりも父親の傍にいる立場で、だからこそ近づきたいと願っていた。それを母親が支えてくれて、ジャックが戦い方を教えてくれた。

「ジャックさんは楽しい勝負が大好きだし、お母様は私が危ない目にあって取り返しのつかないことになったらどうしようってすごく心配してた。危ない目には合ったけど……お父様やジャックさんが裏で仕組んでなかったら、私は本当に死んじゃったかもしれないってことだよね。そしたらお母様すっごく悲しんだと思うわ」
「……ああ、そうだろうな」

 サファイアは眼を閉じた。ピンチを演出しつつもジェムが主人公になるように調整するということは、すなわちジェムを危険に晒しながらも安全に徹底して気を配るということだ。仮にサファイアが何の計画もなくジェムをバトルフロンティアに連れてきていれば、世間や悪意を知らないジェムは誰かにかどわかされていたかもしれない。

「だから私には、お父様のやったことを否定する権利なんてない。私がそうしたいってずっと憧れてたことなんだもん。だから私は……お父様とポケモンバトルで勝負する。約束するわ」

 それがドラコの反逆を無にする行為だとしても。父親のやったことは、誰よりも自分が求めていたことだからそれを放棄してはいけない。ジェムの誰よりも強い使命感がそうはさせない。

「……わかった。ならば一週間後を待っている。……さすが、ジェムは私とルビーの娘だ。ジャックさんの弟子だ」

 サファイアが演技ではなく本当に感極まったように呟いた。自分の意志を、理想をジェムが理解してくれたからだろう。真相を知られた時点で、ジェムが自分を許さず戦わない可能性も真剣に考えていたからこそ彼は娘に選択を迫ったのだから。


「だけど私は、お父様を許さない。私よりずっと頑張って戦ってきたダイバ君の気持ちを利用して、アルカさんを悪者に仕立て上げて、ドラコさんに私達を騙させたこと……今の私は、もうお父様とお母様とジャックさんの為だけに戦えない。今の私にはあなたが認めなくても大切にしたい人達がいる、父様が私のためにダイバ君たちを傷つけたことを正当化するなら……私はお父様の理想に協力するために戦うんじゃない、私の友達のために、あなたと戦うわ!!楽しい勝負なんてしない、私の気持ちを全部ぶつける親子喧嘩にするから!!」
「……!!」


 その場にいる全員がジェムの言葉に呆気にとられた。あれだけ父を慕っていたジェムが怒りをあらわにして喧嘩をすると宣言した。サファイアでさえ、敢えて黙っているのではなく本当に言葉が見つからないようだった。

「クククククク……ハハハハハハッ!! チャンピオン、この言葉も貴様の想像していたか!? こいつは貴様の操る運命の意図も、私の竜が導く方向も無視して戦うつもりらしい! 別に騙していたことへの罪悪感などそうないが……そういうことにしてやろう!」

 膝をつき、息を荒げたままドラコが笑った。正直ジェムが父親の理想を受け入れたものだと思っていたがゆえに、本当に痛快だった。

「わたしが悪者だなんてはっきり言っていつもの事ですが……まあ、あなたなりに私の気持ちを汲んで怒ってくれたことは認めますよ」

 アルカがジェムに歩み寄り、苦笑した。アルカが許せないと思ったところはまた別にあるのだが、それも追々わかりあっていければいいだろう。自然にそう思うことが出来た。

「……ジェム」
「ダイバ君……私、勝手なこと言っちゃった?」

 ダイバがジェムに近づき囁く。ジェムはちらりと振り向いてダイバの表情を見た。表情はなんだか呆れているように見える。

「いや……僕に関しては間違ってないよ。それに……君は、そうあればいいと思う」
「そっか、ありがとう」

 それはダイバのついた優しい嘘なのかもしれないけど。嘘なら嘘で構わない。ジェムに対しての想いがあるのは間違いないから。ドラコもアルカもダイバも、ここでの出会いを通して自分と一緒にいてくれる。だからジェムは、父とフロンティアに囚われず自分の道を進む決意が出来る。

「とにかく……例え私達の出会いがお父様の掌の上だったとしても、まだわかりあえていないとしても……私はここにいるみんなと一緒にいたいしお父様のしたことを認めない! だから……覚悟してもらうからね、お父様!!」
「そうか……それがお前の選択なのだな、ジェム」
「うん、みんなに言われたけど私はお父様みたいに立派なことが出来る人じゃないみたい……我がままで、傲慢で、利己的で狡猾なんだって」
「それを否定する権利はこの出会いを仕組んだ私にはない……か。ならば覚悟しておこう、お前達との戦いを。一週間後、バトルフロンティアの中央で待つ」

 サファイアの姿がジュペッタと共に影の中に消え去る。それをどこに行ったか確かめることもなく、今の自分の仲間へと振り向いて三人を一気に抱きしめた。三人は、拒絶せず腕を回り切れない小さな体を受け止める。

「ごめんなさいみんな……後一週間、お父様に、ホウエンチャンピオンに勝つために力を貸してちょうだい!!」

 三人がそれぞれ噛み合わない返事をする。だけどこれでいいのだ。残す戦いはあと一つ。ジェムと父であるサファイアの決戦のみ――



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