10.迷宮エントランス

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読了時間目安:15分
時々おかしな夢を見る。
朝起きると何も覚えてないけれど、いいことも悪いこともないまぜになったようなおかしな気分がまとわりついていて、視界を覆う真っ白な光だけが瞼の裏に残っている。
夢を見るのは苦しくはない。覚えていないから。でもその光が隠すものを見てしまったら、きっともう、二度と起きられないような気がした。

「…あさ。」

鳥ポケモンのさえずりを受けてウィズの大きな耳がピンっと立つ。
ウィズの寝起きはあまり悪くはないが、この夢の時だけは体に気だるさが残るので困りものだった。
日の登り切らない内に畑に水をやらないと、と重たい体を起こす。まだ眠っているオーガスタの隣をすり抜けて家の外へと出た。
朝の空気は静かで少し冷たい。バケツを咥えて水辺へと寄ると、薄暗さによって鏡面となった水面には自分の姿がよく映る。おかしな夢を見た後も変わらずフォッコの姿。
変わったことと言えばチーム・ウィステリアを結成した日にティーから渡された、深緑に黄緑色のラインが入ったスカーフが結ばれていることくらいだ。なんでもティーが村長に拾われたときに持っていたものらしく、仲間としての信頼の証だそうだ。

はっきり言ってウィズは今の自分の容姿が好きだった。
正直ポケモンの個体の醜美はあまりわからないが、それを抜きにしたって艶のある短い毛も空気を含んで温かく柔らかい耳毛や尻尾も、つんと突き出したマズルに至るまで愛らしいものであるという自負がある。つまりはウィズ自身もふもふが、かわいいポケモンが好きなのだ。だから今の自分も文句なしのパーフェクトだと思っている。
でも、今日のような夢を見るときはやはり思ってしまうのだ。

「人間だった時の俺ってどんな顔してたんだろ…」

ウィズにはあれは人間だった時の記憶なのだという確信がある。天井知らずの嬉しさも底の無い悲しさも全て詰め込んだような、疲れてしまうくらいの感情のジェットコースター。そんなものは今のウィズは味わったことがない。
おだやか村に来て半年ほど経っただろうか。落としたバケツを口で咥えて引き上げる作業はとうに慣れたものだ。でも確実に人間だった時の方が長い。
消えない違和感を今も感じている。

(あの夢はなんなんだろうな。)

何かのショックで記憶を失ったのならあのまぶたを焼くような光が原因か。過去を思い出そうとするとそれに近いホワイトアウトにみまわれる。

(それに、ミィって誰だ…?)

その夢より気になることは、以前カクレオンに手刀を入れられた時に見た幻影だ。
建物と青い空にふと移り込む白。人のウィズはそれに手を伸ばしてそれをそう呼んだ。

(行かないでくれよ、なんて…なぁ)

あの日内側から見た自分は心の底から必死だった。あの揺さぶられる感情も納得できるほどに。

ウィズはポケモンの自分も人間の自分も、どちらも他人のように感じてしまうことが度々ある。
ポケモンの姿は自分の本来ではないし、人間の記憶は今の自分ではない。だから、少し他人のような冷めた目で自分を見てしまうことがあるのを自覚していた。
必死なときはそれも気づかないが、過去の不善のことも今の自分が壁にぶつかったとしてもそこから少し離れればすぐに気づく。ウィズの心の奥からそれらはほんの少し、遠いような。

(お前のことを思い出したら、俺は俺を取り戻せるのか。人の世界で俺が生きていた証明になるのか)

なんにせよ、ウィズには情報が少なすぎた。
この世界に人がいないなら、ウィズが過去に生きていたところを見ていた者はいないだろう。
彼が生きていたと思われるその世界でなければ。

「どこかのダンジョンが人の世界に繋がってたりするのかな。俺はなんで草原なんかに転がってたんだ…?」

考えれば考えるほどわからないことだらけだ。
ばしゃっと水をかけた木々には瑞々しい枝葉の合間で青い実の膨らみが静かに色付き始めている。







頭上でひゅっと風が巻き起こる。その一瞬前に避けた鎌を認識するより早く地面を蹴って距離を取った。近くにいる限りはその鎌の間合いだ。
間髪入れずに背後に襲い来るカブトプスの追撃をどうにか往なすも、なかなか距離が開かない。
耳元をかすめる風切り音。もつれかける足を残った足で立て直してウィズは思った。

(ほんっとこういう時四足で良かったと思うぜ。)

二本足ならとっくに地面に顔を擦ってあの爪だか鎌だかの餌食になっていたはずだ。生憎二本足だった頃の記憶は一欠片として残ってはいないが、今の安定した自分の体に逃走者は心底感謝した。

チーム・ウィステリア結成から数回目の依頼が完了し、後は探索だけという時の事だった。
ウィズとティーは最初に組んだ時の経験からティーが先鋒を努めウィズが殿を守ると決めている。ある程度の役割がわかっているのでお互いを把握しやすいのだ。二人で動くのであれば申し分ない動きができるだろう。
今回の探索中、妙に広いフロアに出たので全体把握のためにティーとふた手に分かれてマッピングを行っていると、視界に妙にちらつくものがあった。
そちらを向いてみればカブトプスが怯えた表情でこちらをを覗いているのに気がつく。

「なんだあいつ。」

よくみると箱抱えているらしい。よほど大切なものが入っているのか箱を守るようにこそこそと身を隠しながらも通路を渡ろうとしているようだが、垂直線上にウィズがいるので渡りたくても渡れない、というように見える。

「こんな可愛い相手に臆病なやつだな…」

呆れながらも少し興味の湧いたウィズはカブトプスの後を追ってみようか、と足を向けたところで違和感を感じてその動きを止めた。

「……。」

魔窟の奥へと身を引くのは怯えているからだろう。しかし敵に出会ってしまったという体の割にその引き方はいやに滑らかだった。
誘いではないのか?と思うことができたのは幸いだった。足を止めずに誘われたその先を考えて、体毛が逆立つのを感じた。

幸いマッピングはほとんど終わっている。ティーが持っているつながりオーブを通してウィズが通った場所は伝わっている。後は階段を見つけて下ってしまえばそのフロアを住処にしているダンジョンポケモンは追ってはこない。
少しだけ追う素振りを見せ、敵が道角に引っ込み自分が視界から外れた僅かな瞬間を狙って、逆方向へと駈け出した。
最悪なのは来た道が隠れる場所のない一本道だったことだ。すぐに違和感を感じ踵を返した敵の目には、脱兎のごとく逃げ出すウィズの後ろ姿がよく見えていたことだろう。

自分のたくらみが失敗したことに気づいた敵は一転、猛追を始めた。背を伸ばせば優にウィズの倍はあるその体が驚くべき速さで向かってくる。その速度に歩幅の小さなウィズのリーチはあっという間に詰められてしまう。キラリと怪しく光る鎌があと数秒で届くという距離まで追い上げてきたその時、ウィズが勢い良く後ろを向いた。

前片足を支柱にして空中でくるりと体勢を入れ替え、同時にひのこを放つとそのまま回転、止まることなく走り続けた。その後ろで僅かに放射状に広がった火は狭い通路で敵の行く手を阻んだ。カブトプスが怯む声と空いた距離をウィズの耳が正確に拾う。しかし相手は水タイプ、ひのこは数秒敵の足を止めるに至ったものの、再び走りだされてしまえばその差もじわじわと詰められていく。

そこから先は攻撃と避け合いの応酬が始まる。
壁を蹴って鎌を避け、必死で繰り出したサイケこうせんがみずでっぽうに押し返される。

「諦めろッ!」
「お前こそ何なのその執着!カブトプス特有のナンパだったりする!?」

言い終わる前に横へと飛ぶ。後ろから頭上一直線に降ってきた鎌が勢い良く地面に突き刺さった。それを力任せに引き抜くとカブトプスが笑う。

「俺は綺麗な毛皮が好きでな。」
「ひえっ!これに目をつけるとはわかってるじゃねのッ!」
「街やら村やらから来る旅ポケモンはダンジョンにはいない毛皮してやがるからな!」
「一緒にすんな!こちとら極上だわ!」
「なら並べてよく見たいものだ!」

火の粉を吐いては走って距離を取ろうとウィズに対し、敵は一向に距離を空けさせない。寄せては返すだけの波のような一定の間隔を保ち続けている。
一見余裕に見える言葉の応酬の間にも爪と体の間隔はだんだん近くなっていた。毛皮の少ない足を狙ってくるらしく、あわや掠りそうな瞬間を瞬きも惜しんで避けている状態だった。
それでも余裕を崩したら限界を悟られて追い詰めにかかってくるだろう。ウィズは避けるだけでいっぱいいっぱいだが相手にはまだここぞという力は残っているはずだ。
戻りながらも来た時に入らなかった道へと体を滑り込ませる。

「ティー!階段はどこだ!」
『次の路地をまっすぐ!その小部屋突っ切ってすぐだよ!私は退路を確保してる!』

虚空に向かって叫ぶとウィズのそばでティーの声が聞こえる。
どうやら一連のウィズの行動はティーに伝わっていたらしい。必要な情報だけを簡潔に述べると通信が落ちる。
敵も逃げられることを察知したらしい。攻撃の手がにわかに早まった。

「逃がすと思うのか!」
「お前は思ってねえだろうけどさ!」

スピードアップしたテンポに確実に体力は削られている。息をつく暇もないのだ。4駆とは言えさすがにガス欠だ。

視界には最後の小部屋が見えていた。狭い通路よりは立ち回りやすい。

(撒くとしたらここか…!)

勢いをつけて飛び込み、横っ飛びに転がって敵の軌道から逸れると、思惑通り踏みとどまりきれなかった敵が勢いのままウィズの前へと背中を曝け出していた。振り向いた顔が驚愕の色に染まっている。背後をとれたのは初めてだろう。ウィズの口元が引きあがった。

「後ろ取られた記念に食らっとけ!どこの誰とも知らんヤローにケツを追い回された俺の怒りだオラァア!!!」

弾丸のようなスピードで地面を蹴り上げ、怒声とともに抉り込むように肩から突っ込んだ。肩骨からの衝撃が相手の背骨を反り上げるのを肌で感じ、相手と共に大部屋の真ん中へと滑るように倒れこんだ。
敵の体が力なく沈み込んだのを真上から眺めていると、”やつあたり”で麻痺していたものが一気に戻ってきて今まで息を詰めていたかのように呼吸が苦しく荒くなってきた。同時に耳の奥がキンッと痛んで顔が熱くなる。

「ハッ…ハッ……ゲッホ!は、はぁあ…、ざ…ざまあみろ!誘い込みとかぁ?ナメ腐りやがってざんまぁああ~~~~~!!!ゲッホゴッホ!最終的にこんなアルティメットプリティな子狐様に沈められてちゃ世話ねえなオイ!…っはあ・・・」

走り疲れた足が生まれたての小鹿もとい子狐となっているが、アドレナリンを放出し尽くしたウィズは口汚く勝利宣言を吐き、嬉しそうに敵の体の上で数度飛び跳ねた。

「あーつっかれた!腹も減った!今日はもう帰るからな!」

わざとらしく頭部を踏みつけながら体から降りた瞬間、それまで倒れ伏していたはずの影がウィズへと伸びた。振り返る暇も与えず、鋭利な鎌はウィズの横腹を裂いた。

「ぎッ―――――!?」

反射的に振り向いて怒りに満ちた鋭い目と視線が合う。失血と痛みで多少血の気の下がった頭で思う。

(駄目だ。)

今回勝てたのは早めに気付いたことで相手のペースを崩し、運よく意表をつけたからに過ぎない。自分の倍を超える体は、まともに戦えば本来勝てる相手ではなかった。伏しながらじりりと近づく鎌にも、疲れ果てて一度弛緩した体は地面に張り付いたかのように動いてくれない。
声も上げられないままただ呆然と、頭上に振り上げられた光沢を見た。やっぱさっきのヒートアップで体力削られたの拙かったよなぁ…とっとと逃げればよかった。
あきらめ気味にそんなことを考えていた時、

「ウィズーーーー!!」

ウィズも身を竦めるような大声が通路を伝って小部屋に反響した。

「あと少し!!ここまで!!来て!!」

はっと眼前を見れば、敵は突如響いた声に意識を持って行かれている。

「い、ま、しかねええええええええええええええ!!」

血のにじむ横腹はこの際構っている暇はなかった。あえて大声を出して気合を入れると、出し得る全力で声の下に駈け出した。
去り際に尻尾に掠った感覚があったが、振り返る余裕はなかった。

次の部屋に入ると相手が追ってくる気配はなかった。相手もついさっきの声が仲間だとわかっているのだろう。それでもウィズは一心不乱に駆けた。

「ウィズ!」

緑色の体が素早く近づいてきているのを見留め、その緑にウィズは迷うことなく突っ込んだ。

「うっわぁ!?いった!痛いなもう!…じゃなくて降りて!怪我!!」
「ここでいい。もう追ってこねえよ。」

動かず横腹と尻尾から血を流すウィズにそんなにひどいのかと卒倒しかけるティー。あわあわと傷の具合を見てリュックからオレンの実を取り出しては取りこぼしていた。
そんな相棒を見てウィズはようやく落ち着きを取り戻し始めたのだった。

ひとまずの応急処置が終わり早急にダンジョンを出る。ティーに肩を貸されながら帰る道すがら、ウィズがポツリとこぼした。

「死にかけた。」
「見ればわかるよ……。」

無事でよかったね、とティーが言う。

「あのダンジョン、あんな怖いポケモンいたんだね…。」
「二度と行きたくねえ…。」
「でもなんとかなったじゃん。」
「お前は脳内まで植物のお花畑か!水晶で見てただけじゃあのヤバさはわかんねえよ…」

弱気な声を出すウィズに気楽なことを言うティー。
草タイプだけあってカブトプスにはそこまで脅威を感じてはいないようだが、死ぬ思いだったというだけあってウィズは冷ややかな視線を送った。

「二匹と一匹は別でしょー?次私がいたら絶対倒せるね!」
「はあ?すっげーでかい上に超速かったんだからな。お前とか跳ね飛ばされて終わりだから。」
「はいはい、じゃあ次は別のダンジョンに行こうね。」
「…まあそうだな。今日はもう寝たい。」
「夕飯食べないの?」
「気力無い…」
「そんなにかぁ。」

学校の保健室へと向かったウィズは治療を施したタブンネ先生と迎えに来たオーガスタにこっぴどく怒られたのだった。

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